いつもの酒場に行くと、アルテは呆気に取られたように扉の前で固まっていた。
「どうした?」
「こ、ここで食べるの?」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……まあ、ここならあいつらと鉢合わせることもないから、いいわ。いきましょ」
意を決したように、アルテは
俺もそれに続き、店内をぐるりと見渡す。今日は、セズマールさんはいないようだ。まあ、忙しい人だからな。
「ウサギ肉のスープと
「お、同じもので」
そんなに緊張しなくてもいいのに。たしかにこの街じゃ良い酒場ではあるが。
注文を終えて、アルテへと向き直る。
先に口を開いたのは、アルテだった。
「あの、装備の新調のことなんだけど、あなたも知っての通り、わたしお金ないのよ」
「かといって丸腰で迷宮に潜るわけにもいくまい」
武器や防具が安く売られているのは、冒険者を冒険に駆り立てるためなんだろうな。どんな自信家でも、丸腰で迷宮に潜ろうとは思わない。安物でも武器防具は揃えていく。
「まあ先行投資だ。代金は立て替えとく。利子は取らないから、ゆっくり返してくれればいい」
「うう、借金が増えていく……」
アルテは吐息を漏らすようにつぶやいた。
まあ気持ちはわかるよ。借金があるってのは落ち着かないよな。
「でもシスターの言葉は本当かしら。わたしに魔法の才能があるとは思えないんだけど……」
「俺に言われてもな。まあ彼女は僧侶呪文を使えるようだし、手ほどきくらいはしてくれるだろう」
授業料を取られるかどうかはわからんけど。俺も魔法は使えるが、人に教えるってのはよくわからん。というか、自分がなんで魔法を使えるのかもよくわかってないし。
とそこで、頼んでいた料理が到着した。
「んじゃま、パーティ結成に」
「か、乾杯」
コツンと木杯のぶつかる音が小さく響いた。蜂蜜酒を飲み、スープに手をつける。アルテもおずおずと食べ始めたが、一口食べると、堰を切ったように匙を動かし始めた。
食事を終えて、宿へと帰る。女将に二人部屋に変更してもらおうとすると、俺が口を開くよりも先に、アルテは当然のように「馬小屋お借りします」と言ってスタスタと歩き始めた。
「待て待て」
「ん? なに?」
アルテはキョトンとしながら振り向いた。
「馬小屋じゃ疲れは取れんだろ。二人部屋を取るからこっちで寝ろ」
倫理的には部屋を二つ取った方がいいのだろうが、二人部屋の方が安上がりなのだ。個室が欲しければ自立してからにすればいい。
アルテが懐疑的な目を向けてくるが、別に下心はない。ただ俺がベッドで寝て、子どもが馬小屋で寝るというのは、なんか落ち着かないってだけだ。
まあ、アルテが何歳かはわからないが。
それにシスター・アイニッキにバレたら、女の子を馬小屋で寝かせるなんて! とか言われそうだし。
「無理強いはせんが……」
「そう……ね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
逡巡の後、アルテは了承した。
「ああ。じゃあ女将、部屋をお願いします」
「あいよ。湯も二人分かい?」
「ええ、お願いします」
「お湯は……ありがたいけど、いいの?」
と、アルテが遠慮がちに訊いてきた。この世界では、風呂はそう頻繁に入るものではないらしい。というか、風呂があるのは、高級宿か貴族の屋敷くらいらしい。
普通の冒険者は宿で湯を借りて身体を拭いているが、俺のように毎日湯を借りるのは珍しいと女将は言っていた。
俺に言わせれば、迷宮で汚れた身体でそのまま寝る方が信じられんが。このあたりは感覚の違いなのだろう。
それから交代で身体を拭き、俺たちは眠りについた。
◇
明けて翌日、俺たちは宿で朝食をとってから寺院へと向かった。
シスター・アイニッキの銀色の髪は、朝陽を浴びて神々しいまでに輝いている。尤も、フードによって半分以上隠されているが。
いつかは私服姿も見てみたいものだ。
「では行きましょう」
やたらと張り切っているシスター・アイニッキが、先頭を切って歩き出す。
辿り着いたのは大通りから少し外れた小さな商店だった。
「キャットロブ商店か。初めてだな」
「あら、そうなのですか? 良い店ですよ。店主はちょっと変わり者ですが」
俺がいつも利用しているのは、セズマールさんに紹介された店だ。堅物のドワーフが経営している店で、愛想はないが、丁寧な仕事と的確な意見をくれる。
「わぁっ!」
店内に入ると、アルテが感嘆の吐息を漏らした。所狭しと武器防具が並んでいる。品揃えは良さそうだな。
シスター・アイニッキは勝手知ったるように、武器を物色し始めた。
「やはり最初は片手杖でしょう。奇襲に備えて盾も欲しいですね。ですがアルテ様は小柄なので小盾の方が良いでしょう」
盾は攻撃を受け止めるものだが、小盾は打ち払う、受け流すのが主な使い方となる。上手く使えば女性や腕力に乏しい魔術師なども使える。
「鎧は、軽鎧よりも革鎧の方が良いでしょうか?」
「咄嗟の対処を考えれば、その方が良いかもしれませんね。革鎧でも多少の攻撃なら防げますし」
「あの、わたしの意見は……」
奇襲を考えた場合、やはりローブなどの軽服よりは、ある程度の防御力を持つ革鎧の方がいいだろう。奇襲は怖いからな。万全の準備をしていても、奇襲一発でパーティが壊滅するなんてのは、よく聞く話だ。
「北海の……永久凍土の香り……シスター・アイニッキか」
俺たちがわいわいやっていると、店の奥から長身の男が姿を現した。
「ご無沙汰しております」
ペコリとシスター・アイニッキが頭を下げる。続けて俺も、軽く頭を下げた。
「……新顔が、二人か。古木に、新芽が生えたような、不思議な輝きだな。もう一人は、種火。そのまま燻り、消えるか。あるいは、
この
「……買うものは、決まったのか」
「はい。この三点を」
シスター・アイニッキが、杖と小盾、革鎧をカウンターに置く。
「わ、わたしの意見……」
「シスター・アイニッキの目を信じろ」
武具の目利きなんて俺もできんしな。できる人に任せた方がいい。
事前に予算は伝えていたが、本当にピッタリに収めてくれたな。さすがはシスターと言うべきか。
いや、シスター関係あるか、これ。まあいいか。
その後、アルテは寺院でシスター・アイニッキから初歩的な魔法の手ほどきを受けることになった。
俺はいつも通り、迷宮へと潜った。装備を買い揃えたことで、懐が寂しくなってしまったからな。
では、稼ぎに行くとしますか。
◇
地下一階だから安心して歩ける。なんて、迷宮はそんな場所ではない。実際、新人はもちろん、慣れた冒険者でも怪我を負い、時には命を失う。
迷宮とはそんな場所だ。
金貨の湧き出る泉、汲めども尽きぬ無限の宝、などと宣うものもいるが、それらはすべて
それに、本当に無限なのか。怪物はどこから来るのか。宝箱が湧き出る仕組みとは。考えても仕方ないとはいえ、やはり気になる。
まあ魔法があって、死者が蘇えるような世界だ。俺の常識なんて通用しないのだろう。
玄室の扉を開ける。中は静寂に包まれていた。
二つ目、三つ目も。
どうやら、狩られた後か。玄室は、一度狩られるとしばらくは復活しない。今日は潜るのが遅かったからな。成果なしで帰るのも癪だし、二階まで行ってみるか。
二階へと下り、未完成の地図を広げる。できれば三階への階段を見つけておきたいな。
まだ埋まっていない場所に、足を進める。
扉を開ける。出てきたのは金貨……の姿に擬態した怪物、クリーピングコインだ。
「運がいいな」
最初に出会った時は困惑したが、この怪物はおいしい。一撃で倒せる上に、動きは鈍い。そして、ほかの怪物に比べて落とす金貨の量が多いのだ。
「んじゃ、稼がせてもらうとするか。そりゃ!」
短剣を走らせる。一撃でクリーピングコインは倒れた。地面を跳ね回り、こちらの隙を窺って体当たりを仕掛けてくるが、動きが遅いので当たる可能性は低い。
「ひとつ、ふたつ、みっつ!」
瞬く間に三体を斬り伏せる。
「よっつ、いつつ、むっつ、ななつ!」
続けて四体。これで残るはあと二体……んっ?
「あれ? 三体?」
残っているクリーピングコインは三体。数え間違いか? いや、たしかに俺は七体倒したはずだ。ということは……?
「増えてる? いや、仲間を呼んだのか?」
そういうタイプの怪物がいるとは聞いたことがある。こいつがソレか?
一体を倒し、残り二体。しばらく様子を見る。
すると、一体のクリーピングコインが淡く発光し始め、近くの空間が歪んだ。そしてそこから、新たなクリーピングコインが出現した。
やっぱり仲間を呼ぶタイプか。前回も九体出現したが、即座に全滅させたからな。気づかなかったが、一体くらい増えていたのかもしれん。俺の
「もしかしてこいつは、ボーナスモンスターというやつではないのか?」
こんなやつがいるなら、噂にでもなりそうなものだが……いや、二階は麻痺や毒を持つ厄介な怪物が多いからな。たぶんこいつは、出現率が低い。前回も遭遇したのは一回だけだったし。
こいつを目当てに二階を徘徊するのは、あまり現実的じゃあないってことかもしれん。おいしいからこそ、情報が出回らないという可能性もあるが。
「なら、稼げる時に稼がないとな」
数を調整しながら、クリーピングコインを倒す。戦っていてわかったのは、こいつらは放っておいたら無限に増え続けるのではなく、頭数が減ったら補充するという行動パターンのようだ。
だから適度に削りつつ、倒しきらないように注意するといった配慮が必要だった。
倒した数が五十体を超え、俺はふと不安になった。
これ、ちゃんと宝箱に反映されるのだろうな。迷宮の法則がよくわからないからな。もしかしたら上限があるのかもしれない。
とりあえず百体。そこで止めよう。
「六十三、六十四、六十五」
倒したクリーピングコインを数えながら、戦闘を続ける。こいつら、どこに口があるのかわからないが、ブレスを吐いてくる。だがそれはそよ風のようなもので、ダメージはない。
体当たりも大したダメージではないが、当たりどころが悪いとそこそこ痛いので注意する。
「九十八、九十九、百!」
最後のクリーピングコインが倒れる。それと入れ替わるように、玄室の奥から宝箱が出現した。
"
蓋を開けると、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
どうやら倒した数はちゃんと反映されていたようだ。
結構な時間をかけて戦った気がする。効率的には、どうなんだろうな。まあ、今日はこれで帰ることにしよう。呪文はまだ残っているが、なんか疲れた。