迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第05話 「偽金貨」

いつもの酒場に行くと、アルテは呆気に取られたように扉の前で固まっていた。

 

「どうした?」

「こ、ここで食べるの?」

「嫌か?」

「嫌じゃないけど……まあ、ここならあいつらと鉢合わせることもないから、いいわ。いきましょ」

 

意を決したように、アルテは闘神(ドゥルガー)の酒場の扉を押し開けた。

俺もそれに続き、店内をぐるりと見渡す。今日は、セズマールさんはいないようだ。まあ、忙しい人だからな。

 

「ウサギ肉のスープと蜂蜜酒(ミード)を。キミは?」

「お、同じもので」

 

そんなに緊張しなくてもいいのに。たしかにこの街じゃ良い酒場ではあるが。

注文を終えて、アルテへと向き直る。

先に口を開いたのは、アルテだった。

 

「あの、装備の新調のことなんだけど、あなたも知っての通り、わたしお金ないのよ」

「かといって丸腰で迷宮に潜るわけにもいくまい」

 

武器や防具が安く売られているのは、冒険者を冒険に駆り立てるためなんだろうな。どんな自信家でも、丸腰で迷宮に潜ろうとは思わない。安物でも武器防具は揃えていく。

 

「まあ先行投資だ。代金は立て替えとく。利子は取らないから、ゆっくり返してくれればいい」

「うう、借金が増えていく……」

 

アルテは吐息を漏らすようにつぶやいた。

まあ気持ちはわかるよ。借金があるってのは落ち着かないよな。

 

「でもシスターの言葉は本当かしら。わたしに魔法の才能があるとは思えないんだけど……」

「俺に言われてもな。まあ彼女は僧侶呪文を使えるようだし、手ほどきくらいはしてくれるだろう」

 

授業料を取られるかどうかはわからんけど。俺も魔法は使えるが、人に教えるってのはよくわからん。というか、自分がなんで魔法を使えるのかもよくわかってないし。

とそこで、頼んでいた料理が到着した。

 

「んじゃま、パーティ結成に」

「か、乾杯」

 

コツンと木杯のぶつかる音が小さく響いた。蜂蜜酒を飲み、スープに手をつける。アルテもおずおずと食べ始めたが、一口食べると、堰を切ったように匙を動かし始めた。

食事を終えて、宿へと帰る。女将に二人部屋に変更してもらおうとすると、俺が口を開くよりも先に、アルテは当然のように「馬小屋お借りします」と言ってスタスタと歩き始めた。

 

「待て待て」

「ん? なに?」

 

アルテはキョトンとしながら振り向いた。

 

「馬小屋じゃ疲れは取れんだろ。二人部屋を取るからこっちで寝ろ」

 

倫理的には部屋を二つ取った方がいいのだろうが、二人部屋の方が安上がりなのだ。個室が欲しければ自立してからにすればいい。

アルテが懐疑的な目を向けてくるが、別に下心はない。ただ俺がベッドで寝て、子どもが馬小屋で寝るというのは、なんか落ち着かないってだけだ。

まあ、アルテが何歳かはわからないが。

それにシスター・アイニッキにバレたら、女の子を馬小屋で寝かせるなんて! とか言われそうだし。

 

「無理強いはせんが……」

「そう……ね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

逡巡の後、アルテは了承した。

 

「ああ。じゃあ女将、部屋をお願いします」

「あいよ。湯も二人分かい?」

「ええ、お願いします」

「お湯は……ありがたいけど、いいの?」

 

と、アルテが遠慮がちに訊いてきた。この世界では、風呂はそう頻繁に入るものではないらしい。というか、風呂があるのは、高級宿か貴族の屋敷くらいらしい。

普通の冒険者は宿で湯を借りて身体を拭いているが、俺のように毎日湯を借りるのは珍しいと女将は言っていた。

俺に言わせれば、迷宮で汚れた身体でそのまま寝る方が信じられんが。このあたりは感覚の違いなのだろう。

それから交代で身体を拭き、俺たちは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けて翌日、俺たちは宿で朝食をとってから寺院へと向かった。

シスター・アイニッキの銀色の髪は、朝陽を浴びて神々しいまでに輝いている。尤も、フードによって半分以上隠されているが。

いつかは私服姿も見てみたいものだ。

 

「では行きましょう」

 

やたらと張り切っているシスター・アイニッキが、先頭を切って歩き出す。

辿り着いたのは大通りから少し外れた小さな商店だった。

 

「キャットロブ商店か。初めてだな」

「あら、そうなのですか? 良い店ですよ。店主はちょっと変わり者ですが」

 

俺がいつも利用しているのは、セズマールさんに紹介された店だ。堅物のドワーフが経営している店で、愛想はないが、丁寧な仕事と的確な意見をくれる。

 

「わぁっ!」

 

店内に入ると、アルテが感嘆の吐息を漏らした。所狭しと武器防具が並んでいる。品揃えは良さそうだな。

シスター・アイニッキは勝手知ったるように、武器を物色し始めた。

 

「やはり最初は片手杖でしょう。奇襲に備えて盾も欲しいですね。ですがアルテ様は小柄なので小盾の方が良いでしょう」

 

盾は攻撃を受け止めるものだが、小盾は打ち払う、受け流すのが主な使い方となる。上手く使えば女性や腕力に乏しい魔術師なども使える。

 

「鎧は、軽鎧よりも革鎧の方が良いでしょうか?」

「咄嗟の対処を考えれば、その方が良いかもしれませんね。革鎧でも多少の攻撃なら防げますし」

「あの、わたしの意見は……」

 

奇襲を考えた場合、やはりローブなどの軽服よりは、ある程度の防御力を持つ革鎧の方がいいだろう。奇襲は怖いからな。万全の準備をしていても、奇襲一発でパーティが壊滅するなんてのは、よく聞く話だ。

 

「北海の……永久凍土の香り……シスター・アイニッキか」

 

俺たちがわいわいやっていると、店の奥から長身の男が姿を現した。

 

「ご無沙汰しております」

 

ペコリとシスター・アイニッキが頭を下げる。続けて俺も、軽く頭を下げた。

 

「……新顔が、二人か。古木に、新芽が生えたような、不思議な輝きだな。もう一人は、種火。そのまま燻り、消えるか。あるいは、盛焔(せいえん)となるか」

 

この(エルフ)が店主か? ずいぶんと詩的な表現をするものだ。

 

「……買うものは、決まったのか」

「はい。この三点を」

 

シスター・アイニッキが、杖と小盾、革鎧をカウンターに置く。

 

「わ、わたしの意見……」

「シスター・アイニッキの目を信じろ」

 

武具の目利きなんて俺もできんしな。できる人に任せた方がいい。

事前に予算は伝えていたが、本当にピッタリに収めてくれたな。さすがはシスターと言うべきか。

いや、シスター関係あるか、これ。まあいいか。

 

その後、アルテは寺院でシスター・アイニッキから初歩的な魔法の手ほどきを受けることになった。

俺はいつも通り、迷宮へと潜った。装備を買い揃えたことで、懐が寂しくなってしまったからな。

では、稼ぎに行くとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下一階だから安心して歩ける。なんて、迷宮はそんな場所ではない。実際、新人はもちろん、慣れた冒険者でも怪我を負い、時には命を失う。

迷宮とはそんな場所だ。

 

金貨の湧き出る泉、汲めども尽きぬ無限の宝、などと宣うものもいるが、それらはすべて危険(リスク)の上に成り立っている。

それに、本当に無限なのか。怪物はどこから来るのか。宝箱が湧き出る仕組みとは。考えても仕方ないとはいえ、やはり気になる。

まあ魔法があって、死者が蘇えるような世界だ。俺の常識なんて通用しないのだろう。

 

玄室の扉を開ける。中は静寂に包まれていた。

二つ目、三つ目も。

どうやら、狩られた後か。玄室は、一度狩られるとしばらくは復活しない。今日は潜るのが遅かったからな。成果なしで帰るのも癪だし、二階まで行ってみるか。

 

二階へと下り、未完成の地図を広げる。できれば三階への階段を見つけておきたいな。

まだ埋まっていない場所に、足を進める。

扉を開ける。出てきたのは金貨……の姿に擬態した怪物、クリーピングコインだ。

 

「運がいいな」

 

最初に出会った時は困惑したが、この怪物はおいしい。一撃で倒せる上に、動きは鈍い。そして、ほかの怪物に比べて落とす金貨の量が多いのだ。

 

「んじゃ、稼がせてもらうとするか。そりゃ!」

 

短剣を走らせる。一撃でクリーピングコインは倒れた。地面を跳ね回り、こちらの隙を窺って体当たりを仕掛けてくるが、動きが遅いので当たる可能性は低い。

 

「ひとつ、ふたつ、みっつ!」

 

瞬く間に三体を斬り伏せる。

 

「よっつ、いつつ、むっつ、ななつ!」

 

続けて四体。これで残るはあと二体……んっ?

 

「あれ? 三体?」

 

残っているクリーピングコインは三体。数え間違いか? いや、たしかに俺は七体倒したはずだ。ということは……?

 

「増えてる? いや、仲間を呼んだのか?」

 

そういうタイプの怪物がいるとは聞いたことがある。こいつがソレか?

一体を倒し、残り二体。しばらく様子を見る。

すると、一体のクリーピングコインが淡く発光し始め、近くの空間が歪んだ。そしてそこから、新たなクリーピングコインが出現した。

 

やっぱり仲間を呼ぶタイプか。前回も九体出現したが、即座に全滅させたからな。気づかなかったが、一体くらい増えていたのかもしれん。俺の直感(・・)は何も警告しなかったから、危険な怪物ではないとは思っていたが……。

 

「もしかしてこいつは、ボーナスモンスターというやつではないのか?」

 

こんなやつがいるなら、噂にでもなりそうなものだが……いや、二階は麻痺や毒を持つ厄介な怪物が多いからな。たぶんこいつは、出現率が低い。前回も遭遇したのは一回だけだったし。

こいつを目当てに二階を徘徊するのは、あまり現実的じゃあないってことかもしれん。おいしいからこそ、情報が出回らないという可能性もあるが。

 

「なら、稼げる時に稼がないとな」

 

数を調整しながら、クリーピングコインを倒す。戦っていてわかったのは、こいつらは放っておいたら無限に増え続けるのではなく、頭数が減ったら補充するという行動パターンのようだ。

だから適度に削りつつ、倒しきらないように注意するといった配慮が必要だった。

 

倒した数が五十体を超え、俺はふと不安になった。

これ、ちゃんと宝箱に反映されるのだろうな。迷宮の法則がよくわからないからな。もしかしたら上限があるのかもしれない。

とりあえず百体。そこで止めよう。

 

「六十三、六十四、六十五」

 

倒したクリーピングコインを数えながら、戦闘を続ける。こいつら、どこに口があるのかわからないが、ブレスを吐いてくる。だがそれはそよ風のようなもので、ダメージはない。

体当たりも大したダメージではないが、当たりどころが悪いとそこそこ痛いので注意する。

 

「九十八、九十九、百!」

 

最後のクリーピングコインが倒れる。それと入れ替わるように、玄室の奥から宝箱が出現した。

"透視(カルフォ)"をかける。罠はなしか。

蓋を開けると、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。

 

どうやら倒した数はちゃんと反映されていたようだ。道具(アイテム)はなかったが、これだけ金貨があれば十分だろう

結構な時間をかけて戦った気がする。効率的には、どうなんだろうな。まあ、今日はこれで帰ることにしよう。呪文はまだ残っているが、なんか疲れた。

 

 

 

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