迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第06話 「悪のクラン」

アルテはシスター・アイニッキの手ほどきを受けて、僧侶呪文の初歩である"薬石(ディオス)"と"聖撃(バディオス)"という二つの呪文を習得した。

習得にかかった日数は三日だが、これが早いのか遅いのかはわからない。

使える回数は二回。これはディオスとバディオスを二回ずつというわけでも、それぞれを一回ずつというわけでもない。第一階梯の呪文を二回使えるという意味だ。

 

呪文というのは、一日に使える回数に上限がある。階梯ごとに、最大で九回。

第一階梯の呪文を九回、第二階梯の呪文を九回、第三階梯の呪文を九回、といった感じだ。

そして、第三階梯の呪文を節約したからといって、第一階梯の呪文を二十回、三十回と使えるわけではない。

いつ、どこで、どの呪文を使うか。呪文使いは常にそのことを考えて冒険しなければならないのだ。

まあそれはともかく、アルテはようやくシスター・アイニッキから迷宮に潜る許可をもらった。

 

薬石(ディオス)の水薬、毒消し、気つけ薬、開錠道具は持ったな」

「うん。大丈夫」

 

宝箱の開封についての話題になった時、アルテは自分がやると言い出した。どうやら、できることを増やしたいらしい。罠で死んだというのに、気丈なことだ。

そんなわけで俺が使っていた開錠道具を譲ることにした。

 

「では行こう」

 

最初ということで、今日は地下一階の探索だ。早朝のためか、人は少ない。

 

「では入るぞ」

「う、うん」

 

アルテはかなり緊張しているようだ。まあ、復帰してすぐだからな。

玄室の扉を開く。オークが四体。ぎょろりとした目がこちらを向いた。一足飛びに距離を詰め、短剣を一閃して喉を斬り裂く。返す刀でもう一体も。

棍棒をかわして、さらに一体。アルテに向いていた最後の一体を、背後からとどめを刺す

戦闘はあっという間に終結した。アルテは杖を握りしめたままポカンとしている。

 

「あ、あなたってメチャクチャ強かったのね!」

「一階だからな。対処法さえ知っていれば、大したことじゃない」

 

オークはパワーはあるが動きは鈍い。スピードでかく乱すればついてこれないのだ。

 

「これ、わたし要らないんじゃ……」

「そうでもない。要するに役割だ。僧侶の役割は前線で戦うことじゃない。それに、キミの仕事はもうひとつあるだろ?」

 

そう言って、視線を宝箱に向ける。

それに気づいたアルテは懐から開錠道具を取り出した。

 

「ああ。ちょっとまて。見えざるものを映せ(チューアリフラー・フォーザンメ)

 

ふむ。罠は"麻痺毒(スタナー)"か。まあ、これならいいかな。失敗しても即死する可能性はないし。

 

「ねぇ、それって宝箱の罠を見破る魔法よね。ますますわたし要らないんじゃ……」

「いや、この魔法は"確実"じゃない。それに見破るだけで開錠はできないし、精神力(MP)も消費する。開錠できる人間がいれば助かる」

「それもそうね。で、罠はなんだったの?」

「それを教えたら訓練にならないだろう」

 

優しさと甘さは違う。ここはしっかりしないとな。

俺の意図は伝わったようで、アルテは宝箱の開封作業に入った。

しかし、なんか手つきが危なっかしいな。手慣れていないというか。ちゃんとした指導を受けていないのか?

 

そう思っていると、小さくカチッという音が鳴った。

その瞬間、宝箱から白い煙が噴き出し、アルテを包み込んだ。直後、アルテの身体がぐらりと揺れ、床に倒れた。

柔軟(ディアルコ)》をかけて、アルテの身体を起こす。

 

「う……あ、ありがと……」

 

これは、たぶん盗賊の才能はないな。魔法の方が向いているような気がする。

 

「手を広げすぎると、両方とも掴み損ねる。僧侶一本に絞った方がいいな」

「う、うん。あ、でも、その内わたしも"透視(カルフォ)"を覚えるかも。そしたら……たぶんできると思う」

 

まあ構造が見えていれば、開封の難易度は格段に下がるからな。

 

「では、期待しておこう」

 

なんとなく、新人教育をやっていた頃を思い出した。

……人を育てる、か。簡単なことじゃあないんだよな。俺だってまだ、冒険者としては半人前なんだ。だがまあ、やるしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄室で怪物を倒し、財宝を得る。誰かが殺して奪えば、しばらくは出てこない。早い者勝ちだ。

怪物も財宝も、何が出てくるかはわからない。

しかし傾向はある。地下一階ではコボルド、オークが定番だ。

 

どちらも集団で出てくる上に、組んで現れることもある。このあたりも運が絡んでくる。

また怪物は玄室だけに限ったわけではない。徘徊する怪物(ワンダリングモンスター)がいて、そいつらは宝箱を落とさないから嫌われている。

 

「要するにわけわかんない場所ってことでしょ、迷宮は」

「だな。人知の及ばぬ異界というのもうなずける」

 

あれから十日ほどが経過した。アルテも迷宮探索には慣れ始めている。こういう時期が色々と危ないんだが、まあ一階ではそこまでの致命傷は負わないだろう。

最初は二回しか使えなかった第一階梯の呪文も、今は四回使えるようになった。

確実に力量(レベル)は上がっている。

 

「大したもんだよ、実際」

「なによ、いきなり」

「いや、努力家だと言ったのさ」

「そりゃあ、ね。楽しいわよ、魔法を覚えるって。それにあの頃と違って、強くなっている実感があるの。迷宮が身体を作り変えるっていうのも、本当なのかも」

 

鍛錬でレベルアップするのが、本当に楽しいようだ。

俺は、そういうのがなかったからな。この力も、血反吐を吐いて身につけたものじゃない。だから、自分が何を、どこまでできるのか、まだ完璧には把握しきれていない。

借りものの力だ。ある程度は制御できるようになったとはいえ、限界も底もわからない。

 

「でもバディオスって、そんなに効かないのね。わたしの信仰心が低いからかな?」

「関係ないとは言わないが、俺もそんなに詳しいわけじゃないからな。悪魔とか不死族が相手の方が効くのかもな」

 

俺のディオスの効きがいまいちなのも、たぶん信仰心が低いからだろう。何度も使っていれば熟練度があがるなんてゲーム的なことを考えて、小銭稼ぎも兼ねて回復屋などやっていたが、全然関係なかったみたいだ。

幸い、補助呪文や状態異常回復の呪文は信仰心が低くてもちゃんと発動するようだ。

 

「不死……はともかく、悪魔なんて本当にいるのかしら?」

「さて、下層には上級悪魔(グレーターデーモン)がいるという噂もあるが」

「うわぁ、でもわたしには関係のない話ね」

 

と、あっけらかんにアルテは言った。俺にとっては重要なんだがな。セズマールさんが俺を見つけたのが七階だから、そこまでは潜らなければならない。

迷宮に呑まれても、死体は階層を越えて移動したりはしない。七階のどこかに、なにか手がかりがあるはずなんだ。

まあ、そこまで潜るのは、アルテが拒絶するかもしれない。どの程度の力量(レベル)が必要なのかもわからないからな。無理強いはしたくない。やはり、早急に自分の能力を完全に把握する必要がある。

 

「今日は、二階まで降りてみるか?」

「いいわよ。一階(ここ)と大して違わないんでしょ? ほかの冒険者がいない分、探索が捗るわね」

 

どうやら乗り気のようだ。だが大して違わないというのは、間違いなんだがな。

地下への階段を下りて、最初の玄室を開ける。

その瞬間、アルテはなんともいえない微妙な表情を浮かべた。

 

「えっと、なにこの……なに?」

「ファズボールだな」

 

俺の直感が、ふわふわした物体の正体を見抜いた。危険な匂いはしない。だが……。

 

「こいつは呪文が効かない。叩くしかないな」

「そうなんだ。でも一体しかいないなら……あれ? 二体?」

 

出現した時は一体だったファズボールが、今見ると二体に増えていた。こいつもクリーピングコインと同じように、仲間を呼ぶタイプか? だが、おいしいとは思えないな。

そんなことを考えていると、また増えた。ふわふわと、どこからともなく湧き出してくる。

 

「とりあえず、仕留めるか」

 

おいしいかどうかは、宝箱の中身を見ればわかる。クリーピングコイン同様においしい怪物なら、次は増やしてみよう。

手応えはあまりなかったが、ファズボールは一撃で霧散した。脆いのは、クリーピングコインと同じか。

 

「また増えたか!」

 

増えるスピードがクリーピングコインよりも早い。結局、五体のファズボールを仕留めることになった。

 

「終わったか。アルテ、開封を頼む」

「はーい」

 

シスター・アイニッキの手ほどきを受けて、アルテも"透視(カルフォ)"を習得した。構造さえ見えてしまえば、不器用なアルテでも開封はできる。

俺がやってもいいんだが、役割を与えるってことは大事だからな。

 

宝箱の中身は金貨だった。量も多いとは言えない。どうやら、おいしい相手ではないようだ。クリーピングコインが特別なんだな。

俺たちはそのまま二階の探索を続け、キリのいいところで冒険を終えた。収穫はまあまあのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて、いつものように迷宮へと向かう。

ただ今日は、いつもと違うことが起きていた。

……尾行されている。少なくとも、四人以上。

迷宮の入り口に到着したが、接触してくる気配はない。迷宮の中で()くか? いや、中で襲われても面倒だな。敵かどうかはわからないが、とりあえず誘ってみるか。

 

「どうしたの? 入らないの?」

 

扉の前で考え込んでいた俺に、アルテが覗き込むように問いかけてきた。

 

「迷宮でパーティが全滅する理由の一位はなんだと思う?」

「それ、シスターに聞いたわ。奇襲でしょ」

 

シスター・アイニッキはそんなことまで教えているのか。もしかして元冒険者だったりするのかな。

 

「正解だ。もっと言うなら、後背からの奇襲(バックアタック)だな。後衛の魔術師や僧侶が殺られて、戦線が崩壊する」

 

ゲームだと死ななければ一回逃げて回復という手段も取れるが、現実ではそうもいかない。奇襲はマジで危険なのだ。

 

「だからこそ、前衛だけではなく後衛にも強力な仲間を置く必要がある。探知能力の優れた盗賊や忍者を配置するのも手だな」

「にんじゃってなに?」

「忍者を知らないのか?」

「うん。初めて聞いた」

 

マジか。まあ上級職ってそうそう見ないからな。まあ見ただけで職業を判別するのも難しいが。見かけで戦士っぽい、盗賊っぽい、というのはあるが、実際にそうだとも限らんし。

 

「忍者ってのは上級職のひとつで、簡単に言えば戦士と盗賊のいいとこどりをしたような職だな」

「へぇ、すごい人なのね」

 

そう。すごい人で、敵にいれば怖い存在だ。クビキリコワイ。

セズマールさんのパーティにも一人いるらしいが、まだ会ったことはない。まあ神出鬼没の人で、あまり慣れ合うタイプじゃないらしいので、友好関係を築くのは難しいのかもしれないが。

そんな感じで、冒険者の心得的なものを話していると、しびれを切らしたのか、ようやく動きがあった。

頭上から飛び降りてきたのは六人。装備を見るかぎり、全員が戦士のようだ。さすがにあの装備で魔術師はないだろう。俺みたいに、短剣を装備した魔術師なんてそうはいない。

 

「そいつは、俺たちの物だ。返してもらおうか」

 

単刀直入に、もみあげの男が告げる。嫌な顔だ。

アルテが身をこわばらせたのが伝わってくる。

 

「ただというわけにはいかないな。蘇生費用諸々を支払ってくれるなら考えよう」

「交渉するつもりかよ。いくらだ?」

「金貨七十二万枚」

 

嘲笑の表情が、見る間に嚇怒へと変わっていく。

 

「ふざけるなっ! そんなガキの蘇生代がそんなに高いわけねぇだろうが!」

「諸々、と言ったはずだが」

「なめやがって僧侶風情が! かかれ!」

 

全員が一斉にかかってくる。ああ、俺を僧侶だと思っていたのか。今はもうやってないが、回復屋のイメージが残ってるんだろうな。だが、僧侶が単独(ソロ)で潜っていることに疑問を持たなかったのかね。

 

我が敵の心を乱せ(カフアレフ・ヌーン・ターイ・ザンメシーン)!」

 

灰色の霧が敵を包み込む。その瞬間、敵の動きが変わった。

 

「消えたっ!? くっ、こっちか!」

「ぎゃっ!」

「こいつ、いつの間に!」

 

幻覚を見始めた五人の男たちが同士討ちを始めた。

 

「ちぃ! 馬鹿どもが!」

 

もみあげくんは抵抗(レジスト)したようだ。なかなかやるな。

剣先をこちらへ向けながら、男が吠える。

 

「はっ、なにが善人だ。やっぱり偽善者じゃねぇか」

「善人だと公言したことはないんだがな」

 

善・中立・悪というのは、あくまで戒律の話だ。善だから善人とは限らないし、悪だから悪人というわけでもない。

なにより、自分たちに危害を加えようとする相手を慮るなんてのは、善人じゃなくて聖者だろうよ。

怒号と悲鳴がやみ、静かになった。五人の男たちは同士討ちによって倒れたようだ。

 

「クソッ! 覚えてやがれ!」

 

三下のような捨てゼリフを吐きながら、もみあげくんは背を向けて走り出した。

 

「撤退の作法も知らんのか。炎よ来たれ(ヘーアー・ラーイ・ターザンメ)!」

 

炎の刃がもみあげくんの延髄に滑り込む。首が宙を舞った。

チラリと隣を眺める。意外にも落ち着いているようだ。

 

「殺さない方が良かったか?」

「ううん。大丈夫。わたしだって、あいつらに殺されたようなものだし、手心を加える必要なんてないのよ」

 

まるで自分に言い聞かせているみたいだな。まあ直接手を下したわけではないが、怪物と戦うのとはわけが違うわな。

それに、向こうは俺を殺すつもりだった。ならこちらも殺すつもりでかからないと、不覚を取るかもしれない。

……俺も結構この世界に染まってきたな。まあ死んでも生き返れる世界だからな。死はそこまで深刻ではないのかもしれない。死生観の違いってやつかな。

 

「……ねぇ、なんで七十二万枚なの?」

「回収代、蘇生費用、育成費、あとは俺の逸失利益……まあ簡単に言えばキミ自身の価値だな」

 

もみあげくんが見ていたのは、たぶん原価なのだろう。いるよな、原価厨って。今まで放置していたくせに、使えるとわかったら取り返しにくるあたりも、セコイし小物っぽい。

 

「じゃあ、あいつらがお金を持ってきたら、わたしを渡すつもりだったの?」

「考えるとは言ったが、渡すとは言ってないな。そもそもあいつらにそんな大金が用意できるとも思えないが」

 

俺がそう言うと、アルテの顔がほころび始めた。わかるよ、自分の価値が認められるってのは嬉しいモンだよな。

というか、パーティの移籍って本人の意思ひとつだと思うんだがな。契約書とか交わしてないし。さすがに不義理を働いたら、今後の活動に支障が出るのかもしれないが。

 

「えへへっ、じゃあ今日も冒険がんばりましょ!」

 

気持ちの切り替えが終わったのか、アルテは笑顔を浮かべて扉に手をかけた。

あいつらの死体は、まあ放置でいいか。運んでやる義理もないし。

幸いここは迷宮の入り口だ。ほかの冒険者が見つけるだろう。その中で、奇特なヤツがいれば寺院まで運んでくれるんじゃないかな。

 

 

 










………………
…………
……

ここは《魔穴》から噴き出す瘴気の渦巻く、この世の厄災全てを封じたおぞましき場所。
そこに佇むのは、一体の竜。

「あれが、目覚めたようだ」

声が、静かに響いた。しわがれた老人の声だが、その声には力があった。

――おお、門の守護者()

寝そべっていた竜の首がゆっくりと持ち上がった。その瞳の先に映るのは、一人の老魔導士。

――あれ、とは、守護者の候補ともなった、あの男か

大気が震えた。竜は、笑ったようだ。

「そうとも、友よ。わしに並ぶほどの天才魔導士。だが愛に狂ったがゆえに消え去った、あの男だ」

老魔導士もまた、しわの刻まれた顔に笑みを浮かべた。
一部とはいえ、世界の理すら捻じ曲げる(迷宮を造り変える)ほどの魔導の遣い手だった。

――また、深奥を目指すだろうか

その問いに、老魔導士は眉をしかめた。かつて、次元牢獄(コズミックキューブ)に封じられた時のように。

「あれは、別人になっておる」

――ふむ。ならばあの儀式は、成功したということか

「うむ。ゆえに、別人」

――かの者(・・・)と同じように、力を失っているのか?

《魔穴》が開いた時も、女神の加護が失われた時も、転生し送り込まれた者は、その力の多くを失っていた。
あの男も同じ状態になっていると、竜は思ったのだ。だが老魔導士は、ふるふると首を横に振った。

「友よ。あれは転生したのではない。力は失っておらぬ。だが力の使い方を失っておる」

――なるほど。別の存在なれば、致し方なしか

得心がいったように、竜は瞳を細めた。

――その者は、冒険をしているか?

「ああ。しているとも。仲間も、見つけたようだ」

竜の口角が上がった。彼女は冒険者を愛していた。そして思い出していたのだ。灰と隣り合わせだった青春の日々を。

――いずれ必ず、魔穴の深奥に至り、厄災を打ち砕く者が現れる

「あれか、それとも、かの者か」

――それは、関係ない。冒険者、なればこそ……

ゆっくりと、竜の瞼が落ちる。

――その時を待とうではないか。我が友、■■■■よ

門の守護者をかつての名前で呼び、偉大なる竜(エル・ケブレス)は眠りについた。


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