「あんたがジョンかい?」
いつものように探索を終え、アルテと酒場で夕食をとっていると、小柄な女性が話しかけてきた。
背丈はアルテより頭ひとつ分くらい高い。だが体格は正反対でがっしりしている。
腕も脚も太く、屈強な肉体なのは一目瞭然だった。
「そうだが、なにか用かな?」
「張り紙を見た。戦士の募集は、まだ受け付けてるかい?」
「ふむ。では食べながら話そうか。お互い聞きたいこと、確認したいこともあるでしょう」
「ああ。おーい、姉ちゃん!
女給に注文を告げ、ドワーフの女性は俺の正面に腰掛けた。
「あたしはウルマ。見ての通り、ドワーフの戦士だ」
「俺はジョン。こっちはパーティメンバーのアルテ。僧侶だ」
俺が紹介すると、アルテは挨拶して頭を下げた。
「張り紙にも書いてあった通り、俺たちは下層を目指すためにメンバーを募集している。一階で財宝漁りをするつもりはない。それはいいかい?」
「ああ。あたしももっと稼ぎたくてね。望むところさ。おっ、きたね。ちょいと失礼」
断りを入れて、ウルマは運ばれてきたエールをグイッと呷った。
「では、報酬について説明しよう。財宝の中で、特に欲しいものがなければ一旦全て換金。その後、一割をパーティの資金として
「貢献度とかは、関係なしか?」
「それをやると、揉める原因になる。うちは頭割りが原則だ。納得できないなら、お断りするしかない」
彼女の言いたいこともわかる。戦士というのは、常に前線で命を張っている。後方に構えることの多い魔術師や僧侶と同じ取り分というのは、納得できない人間もいるだろう。
ウルマはあごに手を当てて考え始めた。
「……パーティ資金というのは、具体的にどんな使い道だ?」
「傷薬や毒消しなどの消耗品や、蘇生費用もそうだな。要するに、パーティにとって必要なものを買う金だと考えてもらっていい」
「最終的には六人揃えるのか?」
「六人にこだわるつもりはないが、厳しいと感じてきたら人数は増やすつもりだ。その場合、全員の賛同は得るから安心してくれ。勝手にメンバーを増やしたりはしない」
メンバーを増やすことを決めたのは、本格的に七階を目指すためだ。やはりソロでは限界がある。単純に手数が増えるだけでも、戦術の幅が広がる。宝箱を空ける回数だって、俺一人じゃあ九回が限界だ。
アルテが加入して、"
地下三階へ行けば、さらに敵は強くなる。その時のために、前衛を募集していたのだ。
「わかった。その条件でいい。組んでくれるか?」
「ああ。キミはどうだ?」
「うん。わたしもいいよ。よろしく、ウルマさん」
「呼び捨てで構わないよ」
二人が握手を交わす。続いて俺もウルマと握手を交わした。
「新メンバー加入の祝いだ。ここは俺が持つから、好きなだけ食ってくれ」
「おっ、気前がいいね。じゃあお言葉に甘えて……おーい、姉ちゃん! 注文たのまぁ!」
ウルマはニカッと笑い、どんどん肉料理を注文していった。
◇
明くる日、俺たちは三人で迷宮に潜った。
まずは戦い方や連携を確かめるために、一階で何度か戦闘をした。
ウルマの戦い方は、剣と盾を
「
回避より防御に振ったタイプか。
「やっぱり《
複数の敵を一気に無力化できるからな。
「前のパーティに魔術師はいなかったの?」
「ああ。戦士が二人、僧侶と盗賊が一人ずつの四人パーティさ。しかし、あんたはなんなんだ? アルテが僧侶なのはわかる。あんた、戦い方は盗賊っぽいが、呪文も使う。戦闘ではどういう立ち位置なのかわからん」
「基本的には前衛だ。今のところはな。今後、前衛が増えるようなら、後衛に回るかもしれん。ついでに言うと、一応僧侶呪文も使える」
「ますますわからんな。それじゃあ、司教じゃないか」
こちらをジロジロと見つめながら、ウルマは嘆息した。どう見ても、司教には見えなかったのだろう。
「両方の呪文を使えるからといって、司教とは限らないさ」
「……というと?」
「職業なんてのは、冒険者としての役割をわかりやすくするための符号にすぎん。魔術師だってその気になれば僧侶呪文も覚えられるし、剣だって振れるようになる」
そもそも盗賊が職業ってのが、なんかもやもやする。せめて
あと戦い方が盗賊っぽいって、褒められてる気がしないな。速さでかく乱しているって意味だとは思うが。
「そんなモンかね」
「そんなモンさ。さぁ、次の玄室だ」
戦い方の形も、一応は出来てきた。俺とウルマが前衛、アルテが後方で援護。最近は補助呪文も覚えたので、戦闘では置物というわけでもない。
「特に問題はなさそうだな。今日はこれくらいにして、明日は二階、行けそうなら三階まで行ってみるか。ウルマは、何かあるか?」
「いや、大丈夫だ。思ったよりいい感じでびっくりしてるよ。まあ
「そんな怪物がいるの?」
アルテはきょとんとしてウルマに問いかけた。まあ今のところ俺も出会ったことはない。もしかしたら、あの尾行に気づかず迷宮に入っていれば、遭遇することになっていたかもしれないが。
迷宮の外だから襲ってもいいというわけでもないけどな。いや、よく考えなくても、外で襲う方がマズいだろ。やっぱこの街って、治安悪いよな。法がどうこうっつーか、そもそも冒険者同士の
「ブッシュワッカーってのは、冒険者を襲う冒険者のことさ」
「え、でも、迷宮の中でほかの冒険者を襲うのはルールで禁止よね?」
「迷宮の中はルール無用だろ」
にべもなくウルマは言い放った。一応、建前としてそういう規則はある。だが"悪"の冒険者が律儀に守ったりはしないわな。
少しだけ、アルテの顔色が悪くなった。
まあ迷宮の中でほかの冒険者と出会うことは稀だ。というのも、迷宮の中では認識阻害が働いているようで、他者の存在がわかりにくくなっているらしい。だから奇襲も受けやすい。
死体だって、探す気がないと意外と見つからない。
「ま、それはともかく、一階だからな。下で通じるかどうかは、やってみないとわからんね」
「とりあえず、ウサギの奇襲に気をつけておけばいい」
「ああ、ウサギか……ウサギな……」
ああいう素早い相手は苦手なのだろう。だがウルマは反応が悪いわけじゃない。盾を上手く遣えば、攻撃を防ぐことは難しくないだろう。
迷宮を出て、馴染みの店に行き、店主のドワーフに戦利品を渡す。
「なあ、解毒の呪文ってあるよな」
「ん? ああ、
ウルマの質問に答える。僧侶の第四階梯呪文だ。意外と高い階梯なんだよな。
「そいつを極めると、解毒のほかに、状態異常攻撃に対する抵抗力を上げて、おまけにパーティ全体の体力も回復させるって聞いたんだが、本当か?」
「……は?」
思わず呆けた声が出てしまった。それじゃあ、
そもそも極めるってなんだ。俺は回復屋で何度となく
「ウルマ、それは嘘だ」
「……ああ、やっぱりか。まあ、そんな都合良くはいかねぇよな」
そう言って、ウルマはぼりぼりと頭をかいた。戦士や盗賊など、魔法の知識がない人間には判別できないからな。もしそれが本当なら、神様が調整をミスったとしか思えんよ。
そんな馬鹿話をしている間に精算は終わり、俺たちは酒場へ向かった。
「くぅ~、冒険の後の一杯はたまらねぇな!」
ウルマは火酒を豪快に飲み干した。その隣で、アルテがエールを舐めるようにチビチビと飲んでいる。
「そういえばさ、ウルマはもっと稼ぎたいからってウチに来たのよね。どうしてお金が必要なの?」
聞きにくいことをズバッと聞くんだな。お金が必要な理由って、大体がマイナスな理由だぞ。
だがウルマは気を悪くした様子もなく、淡々と語り出した。
「白金鉱って知ってるか?」
「ううん」
ウルマの問いに、アルテはふるふると首を横に振った。ウルマの視線がこちらを向くが、俺も両手の手のひらを天に向け、首を傾げた。
というか、金属なのか鉱石なのか、よくわからん名称だな。鉄鉱石みたいなものだろうか。
「まあ、かなりのレアモノだからな。ほとんど市場には出回らないらしい。たまに出たとしても高値で取引されている。そんな時に、金を持ってなくて買えませんでしたじゃあ、間抜けもいいとこだろ?」
「つまり、その白金鉱を買うために金を貯めているわけか」
「それもあるが、親父が言うには白金鉱は怪物からとれるらしいんだよ。鉱山からとれる類の物じゃねぇらしいんだ」
「へぇ、どんな怪物からとれるかはわかってるの?」
アルテに問われると、ウルマは少しだけ表情を歪めた。
「正確にはわかっていない。悪魔系か精霊系の怪物の核だとは言われているが……まあ出てくるとすりゃあ、迷宮の下層だろう。それも目的のひとつだな。で、二人が迷宮に潜る理由はなんだ?」
「わたしは普通のことよ。迷宮で稼いで、家族に仕送り」
アルテはすでに借金を返し終えていた。元々大金というわけでもなかったしな。
「俺は、借金だな。まあ大半は返し終わったが」
クリーピングコインには稼がせてもらった。だがやはり、出現率は低いな。あれを目当てに二階の玄室を回るというのは、あまり現実的じゃない。
「……一応聞くが、ヤベェところから借りてるとかじゃないよな?」
「ああ、それは心配ない」
むしろ、この街で一番の有名人と言っても過言ではない人だからな。
小さく笑みを浮かべて、俺は蜂蜜酒を嚥下した。
◇
誰かが、俺を見下ろしている。
柔らかな笑みで、瞳は
これは、夢だ。なんとなくそれがわかった。
俺の記憶じゃない。この身体に残された、記憶の残滓だろう。
視界が暗転する。
今度は、逆だ。俺が先ほどの女性を見下ろしている。
ベッドに横たわった彼女の顔色は死人のように白かった。いや、たぶん、死んでいるのだろう。
俺の手が、彼女の顔に触れた。
そして、光が溢れ、彼女は……灰になった。