迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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閑話 アルテとウルマ

迷宮に潜らない日は、何をしても自由である。

ウルマは主に武具の手入れをする。日々酷使している武具は、気づかない程度の微細なヒビなどで壊れたりするものだ。

自分で手入れすることもあれば、鍛冶師に鍛え直してもらうこともある。それ以外では露店巡りをしたり、酒場へ行ったりもする。

 

アルテは寺院の手伝いをしている。その見返りとして、シスター・アイニッキから魔法の手ほどきを受けているのだ。たまに"オールスターズ"のモラディンから、開錠技術の指導も受けていた。

 

その日、アルテとウルマは一緒に休日を過ごしていた。

女同士、親交を深めようということになったのだ。

午前中は服や小物などを見て回った。正直ウルマは服飾などにさしたる興味はなかったのだが、加護のある指輪などには興味が湧いた。

 

その後、昼食をとって芝居を見に行った。演目は、冒険活劇だった。

冒険者が冒険活劇を見るのかとウルマは苦笑したが、内容はなかなか悪くないものだった。特に、三つ首の竜との死闘は、ウルマも手に汗を握った。

炎、氷、雷の三種のブレスを操る三つ首の竜が本当にいるのかは不明だが、物語としては良くできていると思った。

 

(あたしの大盾は、耐えてくれるのかね)

 

大事に使ってきたとはいえ、かなり年季の入った代物だ。ブレスの後、ドラゴンの爪など受けたら壊れてしまうのではないかと思った。

 

(まあ、あんなものは創作だろうが)

 

ウルマとて、ドラゴンの存在は知っている。迷宮には、緑鱗の竜(ガスドラゴン)火竜(ファイアードラゴン)が出現することも確認されている。

だが三つ首の竜などというのは、おとぎ話や神話の類だった。

 

芝居が終わり、二人は酒場へと向かった。

いつもの《闘神(ドゥルガー)》ではなく、中堅どころの酒場だ。新規開拓の意味もあった。

芝居の内容の意見から始まり、探索のことについて、二人は話し合った。

そして酔いが回ってきたのか、アルテはジョンのことについて語り始めた。

 

「アンナマリーって誰よ!」

 

火酒の入った木杯を叩きつけながら、アルテは声高に叫んだ。

どうやら、ジョンが寝言で女の名前を口にしたらしい。

 

(火酒なんて飲ませなければよかった)

 

ウルマは小さく嘆息した。火酒は酒精の強い酒である。アルテには早すぎたかもしれないとウルマは思った。

 

(他種族の年齢なんてわからんからなぁ)

 

かつては長命種であったエルフやドワーフも、今では人間と変わらぬ寿命となった。レーアやノームもそうだ。大抵は見かけ通りの年齢だが、種族が違えば、見極めることはなかなかに難しくなってくる。

レーアという種族は、俊敏で手先が器用なことが多く、冒険者になる場合は盗賊になることが多い。また呪文を扱うのは苦手で、魔術師や僧侶の適性はあまりない。

が、何事にも例外はあるもので、アルテはレーアにしてはどんくさ(・・・・)で手先も器用とは言えなかった。しかし、魔法に対しては適性があった。

 

「昔の女だろう。気にするようなことじゃない」

 

少なくとも、今のジョンに女を囲っている様子はなかった。もちろん、休日にこっそり女のところに通っている可能性や、娼館に行っている可能性もある。

 

(痴情の縺れからパーティが崩壊したというのも、たまに聞く話だからな。そこに気を配っているのかもしれん。まあ、手を出す気が起きないだけかもしれないが)

 

さすがのウルマも、それは口に出さなかった。

レーアは幼児体形と言われることが多いが、背丈が低いだけで幼児体形ではない。わかりやすく言うなら、縮尺が違うだけだ。だがアルテの体形は平坦で、はっきりと言えばちっちゃくてちっちゃい、男受けするような体付きではなかった。アルテに興奮するのは、一部の特殊性癖を持った男だけだろう。

尤も、同じ種族(レーア同士)ならば、話は別なのかもしれないが。

 

「それは、そうなのかもしれないけど……」

「そんなに気になるんなら、押し倒して跨っちまえばいい」

 

二人が同室で寝起きしていると聞いて、てっきりそういう仲なのかと思っていたら、どうやら違うらしい。

 

「でも、怖いし……」

「拒絶されるのがか?」

 

揶揄うわけでもなく、ウルマはそう言った。もしかしたら、行為そのものが怖いと言っているのかもしれない。未通女(おぼこ)はそういうものを恐れるからだ。

 

「捨てられるのが……よ。あそこはとても、寒いもの」

 

絶望の色を浮かべて、アルテは言った。

 

(なるほど……。こいつは重症だな)

 

捨てられる、切り捨てられる。冒険者をやっていれば、一度は耳にする話だった。新人を食い物にする"悪"の冒険者クランは珍しくもない存在だ。

その時の"恐怖(トラウマ)"と好意が混ざり合い、複雑な感情となっているのだろうとウルマは察した。

 

「わたし、初めて"いとしい"って意味を知った気がするの」

「――ブッ……エフッ!?」

 

吹き出しそうになる酒を、ウルマはなんとか押しとどめた。

 

(酒を飲んだ時に飛び出すのは、本音かたわ言と相場が決まっているが……こりゃ騙されるわけだ)

 

この街(スケイル)には引っ切りなしに、冒険者志望の若者が訪れる。右も左もわからぬ新人(ガキ)が取っ捕まるのは日常茶飯事だった。言葉巧みに(だま)して、時に暴力もチラつかせながら、(しつ)けられる。そうして肉壁に使われたりするわけだ。もちろん、死んだら死体は打ち捨てだ。

アルテがそういった類の連中に捕まったことは、ウルマも本人から聞いていた。そしてその後のジョンとの馴れ初めや、自分の価値を知って取り戻しに来た元クランの連中を一掃したことも。

 

(そりゃあ、惚れても仕方ない。女ってのは、いつだって強い男に()かれるモンだ。ま、幸いなのは、あいつが女を捨てるような男にゃあ見えないってことかね)

 

ウルマは咳払いをひとつして、話題を変えた。

 

「そういえばあいつは、休日には何をしてるんだ?」

「瞑想していることが多いわね」

「瞑想ってのは、魔術師がよくやるアレか」

「肉体の鍛錬よりも、精神(こころ)の鍛練の方が、今は必要らしいわ」

「精神……ね」

 

火酒をぐびりと飲み干し、空になった木杯を脇に避けながら、ウルマはおかわりを注文した。

 

「たしかにあいつの戦い方は、少し妙なところがあるな」

「妙って?」

 

アルテは小首を傾げた。ウルマの言っている意味がわからなかったのだ。

 

「ぎこちなさ……とでもいうのかね。例えば、魔術師が戦士に転職したとする。呪文も使える前衛だ。戦術の幅が広がる。だが最初から上手く立ち回れるわけじゃない。魔術師として、冒険者としての力量(レベル)は高いが、戦士には成り立てだ。言っている意味はわかるか?」

「まあ、なんとなく」

「あくまで、あたしの所感だ。正しいって保証はない。だが、リーダーの資質はあると思うよ」

 

まだ短い付き合いとはいえ、ウルマもジョンに好感を抱いていた。だがそれは信頼や友情に近いもので、愛情といった類のものではなかった。

 

「ま、パーティは結成したばかりだ。のんびりやっていこうじゃないか」

 

再び乾杯し、二人はまた飲み始めた。

 

 

 

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