従騎士の屋敷は今なお蜂の大群の襲撃に遭っている。
「マリーゴ……Fさん!」
「了解ヨ」
サルビアがナイフを投げて、それをマリーゴールドが爆破する。なお、これまで投げナイフと表記してきたが、厳密には食事用と兼用のナイフである。これもサルビアの能力で生み出したものだった。
蜂達は針や熱線で攻撃してくるが、二人には掠りもしない。しかし、とめどない大群に二人も突破口を見いだせず、戦況は膠着していた。
「このままじゃ負ける事は無いにせよ、勝てないワネ」
「これだけの大群……おそらく、統率者がいるはずです。でも、探そうにもこの物量じゃ……」
二人が本気で対策を講じようとした時、援軍が訪れた。
「二人とも助けに来たよー!」
「コスモスさん!」
「感謝するワ。早速だけど、この虫共をちょっと食い止めてくれないカシラ!」
「勿論だよ! 《The Zillion》!」
それは《無数》に分身を作る事が出来るコスモスだった。あっという間に彼女は分身を作りだし、サルビアとマリーゴールドは蜂の相手から解放された。
「サルビアちゃん。デカいの一発!」
「言われなくても!」
サルビアが大砲を一発撃ち、それによって出来た穴から二人は抜け出す。それでも蜂の大群がいる事に変わりはないが、コスモスが引き受けた事でいくらか密度は減った。その後も床からマシンガンを並列召喚して絨毯銃撃しながらマリーゴールドを援護する。
蜂の大元は外部にいると推定され、サルビアは家の外となると弱体化してしまうのだ。
「何人か出払ってる時に襲撃してくるなんて!」
「全員揃ってる時の方が珍しいじゃないのヨ」
実は従騎士達は今回26人全員揃っているわけではなかった。今回エメラルドの国に赴いているA、B、C、J、Mの他にも、他の任務に当たっている者や自発的にいなくなる者もいる。また、そもそも外部からの参加で屋敷に住んでいるわけではない者もいる。
「こういう時にツバキさんがいれば……!」
「いない奴の話しても仕方ないデショ。アタシ達で何とかするワヨ」
「いるよ」
「あ、ツバキさん!」
いつの間にか現れた着物姿のショートカットの女性が風に乗って二人を見下ろしていた。口元はニヤニヤしており、マリーゴールドの額に若干の青筋が浮かぶ。
「W! アンタいつもいつもどこ行ってんのヨ!」
「ご挨拶だね。エメラルドの国の場所を最終的に特定したのは私なのだが」
「意図してじゃないデショ。無頼派気取って何がしたいのヨ。アンタは」
「芸術家と言うのは、自己表現の感情を抑える事が出来ないものさ」
実は、エメラルドの国の場所を最終的に特定したのはツバキだった。彼女はよくフラフラと行方不明になるのだが、かなりの確率でこうして掘り出し物を見つけてくるのである。困るは困るのだが、一概に責めることも出来ない。それがツバキの行方不明癖なのである。
兵器として作られた従騎士達は、それぞれの能力を制御するために性格が自ずと調節されていく物なのだが、ツバキの能力は非常に強力であり、それを制御する性格となっていると思われる。それが何故放蕩者なのか、とマリーゴールドは純粋に疑問だった。
「さて、私は一手でこの状況を覆せる。しかし、味方を巻き込むのは忍びない。故に屋敷の外で使わせていただこう。サルビア殿の手間を増やしたくはないしね」
「ヤバいワ。一応、中に避難しておこうカシラ」
「さて、忠告はした。私の作品の披露と行こうじゃあないか。まずはその鬱陶しい羽音を止めさせてもらおう。《冬ノ章・
ツバキが万年筆を振るってそう唱えると、屋敷の外の蜂の大群を吹雪が襲う。風と雪で飛行不良に陥った虫達を見てツバキは嗤う。
「どうだい? 列車の中にすら伝わる寒さ。自分が何処にいるのかさえ分からない。絶望的な気分だろう? さて、次だ。《冬ノ章・
そして、ツバキは再び万年筆を振り下ろす。すると、急激に屋敷の外の気温が下がり、あれよあれよと氷点下に、そして到底生身では耐えられない気温となる。
「仏教には大紅蓮地獄というのがあるそうだ。あまりの寒気に身体が裂け、血を散らす。そんな中にいる君達は……砕け散ったようだね」
ツバキは蜂の大群の死骸を見て満足したように微笑む。常日頃から言葉は刃だと人格者は豪語しているが、実際に刃として使うものはそうはいまい。ツバキの技は彼女の書いた小説が由来だ。春夏秋冬の章に分かれる彼女の小説において、夏と冬は試練の章である。愛し合う二人の男女が耐え抜いたその試練に、蜂は無残にも敗れたのだ。
ツバキの
天気は試練であり、祝福でもある。その強大な力を、ツバキは小説に封じたのだ。
ツバキとマリーゴールドは蜂の死骸の上を歩きながら蜂の統率者の元へと向かっていた。どうやらツバキの広域殲滅で部下が全滅してから姿を現したようだ。まあ、全滅したとは言っても首魁の隠し玉が全てなくなったわけではないのだが。
「おっと、意外と生き残りがいるね」
「女王蜂以外にも近衛がいるって感じカシラ。まあでも、アタシの活躍の場がなくなっていないのは喜ぶべきカシラネエ? このままじゃあ、不完全燃焼もいいところヨ」
「女王蜂って表に出てくるタイプだったか? まあ、好きなだけ暴れてくれたまえ。邪魔はしないよ」
「ウフフ、じゃあ遠慮なくやらせてもらうとするワ!」
マリーゴールドは空中に出現させた炎の玉に飛び乗り、ライターに息を吹きかけて炎のブレスのような範囲攻撃をお見舞いする。それをツバキが風で操る事で追撃。流石に虫。炎には弱いようだ。
「まだまだ、私の芸はこれからヨ。美しく焼死体にしてアゲル。さあさあご注目! 種も仕掛けもありません!」
蜂達の羽根から飛ばされる真空波を玉の上で器用に躱しながら、杖でダンスを踊る。突撃してきた蜂を杖で殴りながら手に取った帽子の中から炎弾を放つ。更に杖を回転させながら炎弾を発射し、乗っていた玉を蜂にぶつける。その玉は敵に着弾した途端に大爆発した。
ツバキの方も万年筆改め、魔道具『
「Qが日本の『八咫烏』って職人集団に依頼して作ってもらった刀だ。美しいだろう?」
魔道具の製作や調達を担うQが日本の職人集団に依頼して製作された『四季筆』。普段は万年筆の形をしてツバキの懐に仕舞われているが、刀の形となれば天気を纏った斬撃を放つ強力な武器と化す。万年筆の形態でさえ、ツバキの強すぎる能力を制御するのに役立っているが、刀の形態はより集中し、鋭く制御された攻撃に特化した物といえる。
だが、女王蜂と思しき個体は耐えたのか回避したのか、まだまだ元気なようだ。真空波に毒針に突撃と、多彩な攻撃を繰り広げる。
「こんだけやっても生きてるの? 随分とタフねエ。まあ、アタシは楽しみが増えていいのだけど」
杖を発火させ、炎の斬撃を繰り広げながらマリーゴールドはぼやく。因みにこの斬撃は少しの間残存する為、近衛たちが見事に引っかかっていた。
「全くだ……長引かせる意味も無し、終わらせてしまおう。此奴ら相手に使うのは少々もったいないが、派手な花火を添えてね」
「……てことは、アレをやる気なのネ。あーあ、もう終わっちゃうのカシラ」
「どうせ一度退けてもまた何某かが来るだろう。早く帰ってサルビア殿を手伝ってやろうじゃないか」
ツバキは『四季筆』を万年筆の形態に戻し、小説を開く。
「《夏ノ章・
ツバキがそう万年筆を振るうと、雨が降り出し、その雨が女王蜂の周りに纏わりつく。そしてあっという間に女王蜂を水没させる水の檻と化した。
「しみったれた雨の日も吹き飛ばす〝F〟の熱量。とくとご覧あれ」
「酷い云いようだな。まあ、実際しみったれたシーンだから何も云えないんだが」
マリーゴールドは杖を水没した女王蜂に向けると熱線を放つ。高温の攻撃が降れた雨の檻は、
「Bomb!!」
水蒸気爆発を引き起こした。働き蜂や近衛を盾に逃げ回っていた女王蜂も流石に悪運尽きたようで、上半身を吹き飛ばされて地面に落ちていた。
「怪異だし、ほっときゃ消えるとは思うけれど、一応焼いておこうカシラ?」
「そうだね。念には念をだ」
「はああ……それにしてもいい爆発だったワネエ。普段は水なんてお断りだけど、爆発の材料としては優秀なのヨネ。可燃ガスは作り放題だし、今みたいに水蒸気爆発も狙える。霧散しないようにだけ注意すれば言う事なしヨ。あ~~~! 良いワ!!」
「はいはい、好きなだけ気持ちよくなってくれ」
頬を染めながら爆発の美しさを滔々と語り出すマリーゴールドにツバキは呆れながら返す。自身も小説の事になると止まらないし、放蕩癖もある以上あまり他人の事は言えないのだが、専門外の話を延々とされても反応に困るのも事実である。
「ああ、それと」
「……何だい?」
恍惚とした表情をやめて自分を見るマリーゴールドに、ツバキは怪訝な顔をする。経験上、彼女の爆発、熱絡みの会話はもっと長いのだ。
「アンタの小説はしみったれてるけど嫌いじゃないワ。禁じられた男女の恋愛なんて五億回くらいは見た展開だけど、天気の描写がいい味出してる。それにしたって鬱のシーンが長いとは思うけど」
マリーゴールドの口から発されたのはツバキの小説への誉め言葉だった。「しみったれた天気」と言ったことへの謝罪だろうか。なんだか可笑しくなったツバキは笑って「それは光栄だね」と返した。
ツバキの刀での細々した技に名前を付けるか迷っている。