――電磁波の洞窟 B1F
連絡所のペリッパーが伝えてくれたのだろうか。洞窟の入口には、二人の少女が待っていた。双子らしく体付きはそっくりだが、纏う雰囲気や顔立ちにははっきりとした違いがあった。耳の色や形も目に見えて異なり、いずれも板のように薄く長いが、それぞれがプラスルとマイナンの特徴を備えている。彼女たちこそが、今日受ける三件のうち一組目の依頼人だった。
「ニドッ!」
「あ、あれって!」
「ニドラン♀!?」
右耳が少し折れ曲がっている少女――モモイと、その対のように左耳が僅かに折れた少女――ミドリは、不意に通路の奥から現れたニドラン♀に気が付くなり、驚きの声を上げた。
「危ない、後ろに! ”はじけるほのお”!!」
「ニドッ!?」
二人を庇うように一歩踏み出したハルトが、得意とする炎技でニドラン♀を焼き払う――が、
「――コラッ!!」
その後ろから、紫色の影――”でんこうせっか”で飛び出してきたコラッタが、強烈な突進をハルトの腹部へと叩き込む。空気が弾けるような音が響き、身体をくの字に折った彼は、一瞬、呼吸を奪われた。
――だが、苦悶の声を漏らしながらも崩れ落ちることはなく、敵が跳ねて後方へと退こうと身を捻る、刹那の動きよりも早く、踏み込みざまに”ひっかく”を繰り出す。
「……っつぅ、なんとかなった……かな」
「ハルトさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、掠り傷だよ。……これくらいならオレンの実を食べる必要もなさそうかな」
まだ多少痛む腹部をさすりつつ、ミドリの問いに答える。打撃の感触は残っているが、動作に支障が出るほどではない。正確なHPは分からないが、少なくともオレンの実で回復を図るほどの深手ではない――なんとなく、理由はないが、妙に確信めいた感覚があった。
「……それにしても、護衛の依頼って、やっぱり勝手が違うね」
「うん……。昨日と同じように思っていたら、どこかで痛い目に遭うかも……」
「どこかで……っていうか、今まさに痛い目に遭った気がするけど……」
心配そうな顔で駆け寄ってきたローリエに、ハルトは口元だけで軽く苦笑を浮かべて応じる。
「(あと二人……いや、一人でいいから仲間がいれば、もう少し余裕が持てるんだけど……)」
護衛対象に攻撃が及ばぬよう前後に分かれて守っている今の状況では、昨日や一昨日のように、互いの隙を補い合う連携は取りにくい。自ずと一人一人の負担は増え、戦術も一手二手と限られてくる。だからこそ――その隙を埋めるためにも、もう一人、せめて一人でいい。信頼できる仲間がいてくれれば、それだけで立ち回りにも余裕が生まれるのだが……。
「……あっ!?」
「ん……? どうしたのお姉ちゃん……? あっ……!?」
何かを見つけたのか、モモイが通路の先を指差す。隣にいたミドリが、訝しげに眉を顰めて同じ方向を見やる。やや遅れて、ハルトとローリエも揃って視線を追うと、そこには――
「……宝箱?」
深い赤に金の縁取りが映える、いかにもな装飾の宝箱が、不自然なほど堂々と置かれていた。
「ニドランかコラッタが落としたのかな? さっきまで、あんなのなかったよね?」
「そのはずだけど……どうする? あんな大きいもの、流石に持ち帰れないし……罠かもしれないけど、ここで開けてみる?」
宝箱は膝の高さにも満たないくらいの大きさで、持ち帰るには少々嵩張りそうだった。罠の可能性も捨てきれないが、それでも何もせず見過ごすのは惜しい気がして、決めあぐねていると――モモイが、躊躇いのない声で言った。
「……ううん。ここで開かないほうがいい、持ち帰るべきだよ」
「えっ?」
「毒針の罠ならまだいいけど、爆破の罠を引いたら最悪。中身は吹き飛ぶし、開けた人も大ダメージを受ける。
モモイの言葉に従い、ハルトは半信半疑のまま宝箱を持ち上げ、道具袋の口元に近づける。すると、冗談のように――宝箱の方が明らかに大きいはずなのに、何の抵抗もなく、袋の中へと吸い込まれていった。
「わわっ!? ほ、ホントに入っちゃった……」
「前に聞いたことがあるんですけど……救助隊の道具袋って、エスパータイプのポケモンが作るのに関わってて、中には幾つもの空間があるらしいんです。それで、一定個数までなら大体の道具が入るようになっていて……だから、こんなふうに大きいものも普通に入っちゃうみたいです」
「エスパータイプの力ってすげー!」
思わず、どこかで聞いたことのあるような反応をしてしまうハルト。テレポートが付与された救助隊バッジといい、この道具袋といい、救助隊の運営に欠かせない大切な
いったい、これらを作ったのはどんなポケモンなのだろう。どんな姿をしていて、どんな気持ちで、何のために作ったのか。気付けば、そんなことを考えずにはいられなかった。
――電磁波の洞窟 B2F
「本当に助かったわ、ありがとう! あとでペリッパー連絡所まで来てちょうだい。お礼を用意しておくから、期待しててね♡」
階段を降り、B2Fの探索を進めていたところ、次の階層へと続く階段の傍に、その少女の姿はあった。ピンク色の髪に、金髪の三つ編みをひと筋だけ混ぜた特徴的な髪型。もしかしてと思い声をかけてみると――案の定と言うべきか、二組目の依頼人であるタマタマのピンキーだった。
説明書通り、救助隊バッジをピンキーにかざすと光が彼女を包み込み――次の瞬間には、目の前から光ごと掻き消えていた。
「よし、これで残るは――次の階層で救助して、それから最下層に向かうだけだね」
これ以上、この階層に留まる理由も特にないため、一行は迷わず次の階層へと降りていく。
降りてすぐの部屋にいたビリリダマが勢いよく”たいあたり”を仕掛けてきたが、昨日の探索を経て不意打ちを警戒していたハルトは、反射的に”はじけるほのお”でこれを迎撃。そのまま一撃で沈められたビリリダマは、地面を転がるように倒れ、先ほどのものより簡素な――青地に白の縁取りが施された宝箱をぽつんと残して、音もなく姿を消した。
「あっ、また宝箱だ!」
「やっぱり、さっきの宝箱もニドランかコラッタが落としたっぽいね」
「もしかして今日は宝箱が出やすい日なのかも!」
宝箱を回収したハルトは、唐突にそんなことを言い出したモモイの方を思わず振り返った。
「そんな日があるの?」
「うーん、私も他の救助隊からちょっと聞いただけだから、分からないことだらけだけど……特別にお金や宝箱が手に入りやすい日があるんだって」
「へぇ~……それじゃあ、とにかくラッキー、で良いのかな?」
モモイの言葉が事実であるならば、救助隊発足直後で何もかもが足りないハルトたちには有り難い話だった。実際、通路や部屋の片隅に落ちているポケも心持ち昨日より多い気がする。
その後も何体かのポケモンと遭遇したが、たまにダメージを負いながらも、大きな怪我をした者は一人としておらず、危なげなくB3Fの探索を進めていく。
「あっ……あそこ、誰かいない!?」
「……本当だ。あれが、最後の依頼人かな?」
ローリエが見つけた人影に向かって、一行は足並みを揃えて歩み寄っていく。
「……ゴホッ、ゴホッ。くっ……無理をし過ぎたか」
「……!? 大丈夫ですか!?」
最初こそ警戒を解かず、慎重に歩みを進めていた一行だったが、その人物の様子が目に入った途端、誰からともなく駆け出していた。壁に背を預けるようにして座り込んでいたのは、内側が黒く縁取られた灰色の大きな耳を持つ傷だらけの女性。衣服の至る所に焼け焦げた跡が点々と残り、ところどころが激しく破れている。肩口には鋭い牙で噛みつかれたかのような裂け目があり、滲む血の量からも負傷の深刻さは一目瞭然だった。
「その怪我は……」
「救助隊か……助かった。まひ状態にされたところを狙われてな」
まひ状態は1/4の確率で技が使えなくなり、すばやさが半分(第六世代以前では1/4)になるという状態異常だ。ポケダンでは移動速度が1段階下がり、通常攻撃・技が使えなくなるというさらに厄介な仕様となっている。仲間のいない時にまひ状態になるというのは、それはもう、事実上の戦闘不能と言っても過言ではない。
「……取り敢えず、これを食べてください」
「これは……オレンの実か」
感謝すると短く告げ、女性はオレンの実を頬張った。すぐに傷口の出血は収まり、荒れていた息も次第に落ち着きを取り戻していく。依然として動きには痛みが残っているようだったが、少なくとも応急処置としては十分な効果を発揮していた。
「名乗るのが遅れたな……ポチエナのカンナだ。この恩は――地上に戻ってから、必ず返す」
そう言い残し、カンナは救助隊バッジの光に包まれて地上へと帰っていった。
本音を言えば、まだ気がかりな点は残っていたが――依頼はこれで終わりではない。ハルトたちはため息をひとつつき、軽く頭を振って気持ちを切り替えると、再び探索へと足を踏み出した。
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.6
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.7
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび