――ペリッパー連絡所
「ね、言ってみるものでしょ?」
と、ピンキーは明るく微笑みながらカンナの肩に手を添えた。彼女の一言には、臆せず一歩を踏み出した少女の勇気を讃えるような優しさが宿っていた。肩越しに伝わるその温もりに、カンナは照れくさそうに目を伏せつつも、ほんのりと頬を紅潮させて笑みを浮かべる。
「ええ、最初から諦めずに言ってみるものですね」
「そうそう、それでいいのよ! 女は度胸、当たってドカンと爆発するつもりでいかなきゃ!」
「いい勉強になりました。ピンキーさん、相談に乗っていただきありがとうございます」
「うっふっふ……気にしないで。あたいら、同じ救助隊に助けられた仲間でしょ?」
言葉を終えるや否や、ピンキーは椅子を軽く引いて立ち上がり、そのまま迷いのない足取りでハルトへと歩み寄る。直ぐ側で足を止めると、肩に掛けた鞄に手を差し入れ、その中から徐ろに何かを取り出した。
「あたいからもありがとう! これはお礼――あっ、色もちゃんと付けておいたからね」
テーブルの上に置かれたのは、1000ポケと5本の褐色瓶だった。瓶はいずれも片手で握れるほどの大きさで、そのうち2本のラベルには『ピーピーマックス』と記されている。全てのPPを最大まで回復するピーピーリカバーの上位互換に当たる薬品だ。これだけでも、今回の依頼内容に対して十分に破格な報酬であるのだが――
「これって……!?」
残りの瓶には、タウリン、リゾチウム、ブロムヘキシンのラベルが貼られていた。いずれもポケモンシリーズ本編では基礎ポイント、すなわち努力値を上昇させる廃人御用達のアイテムとして知られているが、ポケダンシリーズにおいては事情が異なる。これらは基礎ステータスそのものを引き上げる、れっきとしたドーピングアイテムなのだ。「色を付けた」などという表現では、到底済まされない代物である。驚きの声を上げるなというほうが無理があるだろう。
「それじゃ、あたいはこれで失礼するわ」
そう言い残すと、ピンキーは颯爽と歩き去っていった。彼女はいったい……そんな疑問が脳裏を過ったが、ハルトはそれ以上の思考を断ち切る。依頼人に対して、必要以上の詮索を巡らすことは礼を欠く行いだと考えたからだ。
「では、私からも依頼の報酬を。……とは言っても、大したものではありませんが……」
今度は、カンナがテーブルの上に小さな包みを置いた。中には200ポケと、名前の通り虹色に輝く『にじいろグミ』がひとつ。光の加減によって少しずつ色合いが変わるその菓子は、見た目にも楽しげな印象を与える。
一見すれば、少なく感じられるかもしれないが、これこそが本来の報酬。ピンキーが希少なアイテムをお礼として差し出してきただけに、むしろカンナの贈り物は安心感を抱かせてくれた。
「ううん、気にしないで」
「そうそう。カンナの元気な姿を見れたのが、何よりもの報酬だよ」
満身創痍で今にも倒れそうな姿を目にした身としては、無事な姿を見られただけでも十分すぎるほどの報酬だった。それどころか、こうして自らの意思で仲間に加わってくれたのだ。
これ以上、何を望むことがあろうか――と言いたいところではあるが、現実は理想だけでは成り立たない。いくら感情的に満たされていようと、お腹は減るし、道具も消費する。依頼をこなすための準備にもお金が要る。故に、遠慮することなく、実物の報酬もきちんと受け取っておく。
「……さてと。そろそろ僕たちも、次の用事を済ませに行こうか」
「何か、他にも用事が?」
「うん。ダンジョンで拾った宝箱を開けてもらうために――ジュペッタの宝箱屋へ、ね」
――ジュペッタの宝箱屋
ポケモン広場の一角――例によって、その建物は主の頭部を模して作られていた。まるで本物のジュペッタが不気味に口を開けて待ち構えているかのような異様な外観は、遠くからでも一目でそれと分かる存在感を放っている。……間違いない。ここが、モモイとミドリの言っていた宝箱専門店。ダンジョンで見つかる宝箱の鍵を開けてくれる『ジュペッタの宝箱屋』と見ていいだろう。
「すみませーん」
ハルトが声をかけてみるが、中からの返事はない。部屋の照明も点いておらず、建物の中にも人の気配はない。念のため、カウンター越しに奥を覗いてみたが、やはり誰も見当たらなかった。もしや今日は休みなのだろうか――と考えた、まさにその時。
「ごようでござるか?」
「えっ……?」
「ッ……!?」
トン、と、ハルトとローリエの肩が同時に後ろから軽く叩かれた。びくりと背筋を震わせ、飛び跳ねるように振り返ると、そこには悪戯な笑みを浮かべた見知らぬ女性が立っていた。
「……何者だ貴様は」
ただでさえ鋭い目つきをさらに険しくさせ、強面の顔をより一層引き締めたカンナが問いただすが、謎の美少女はどこ吹く風とばかりに飄々とした態度を崩さない。ひらりと身を翻すと、まるで自分の居場所に戻るかのような自然さでカウンターの向こうへと歩いていく。
「おっと、怖い怖い……拙者の名はムツカ。この店のあるじでござるよ」
「この店の主……!? ……こ、これは大変失礼いたしました」
店主と聞いたカンナが慌てて頭を下げる。ムツカ――そう名乗った彼女は、軽く手を振るような仕草で謝罪の言葉を受け流し、ことさら気にした様子もなくカウンターの奥に身を収めた。
背が高くて、スラリとした体つき。それでいて目のやり場に困るようなスタイル。ジュペッタの頭を模した角付きの帽子が妙に似合っていて、腰まで届くほど長い黒髪がその雰囲気に拍車をかけている。服装はどれも黒を基調としており、ショートパンツにストッキングという非常に大胆な組み合わせ。怪しげでありながら、しかしどこか堂々とした、不思議な存在感のある女性だった。
「して、ご用件は?」
「あ……はい。実は、ダンジョンで拾った宝箱を開けてもらいたくて……」
道具袋の中から青と白の綺麗な箱をひとつ、赤と金の豪華な箱をふたつ――合計三つの宝箱を取り出す。テーブルの上に置くにはやや嵩張るため、ハルトはそれらをカウンター脇の地面にひとつずつ並べていく。
「それで、いくらになりますか?」
「タダでござる」
「へっ?」
「タダでござる」
「タダ?」
「タダでござる」
聞き間違いかと思ったが、三度も同じ返事を繰り返されては信じざるを得ない。ムツカは右手の親指と人差し指で器用に輪を作り、ハルトもまた、その動きに釣られるように目を丸くする。
タダより高いものはない――そんな警句が脳裏を過り、思わず警戒の色を滲ませた視線を向けてしまう。感情の機微を敏感に察したのか、それとも最初から織り込み済みだったのか……ふっと唇の端を持ち上げ、ムツカはゆるりと口を開いた。
「お主ら、救助隊でござろ? この店は救助隊連盟と提携を結んでござってな。救助隊からの仕事はタダで引き受けるという契約になっているのでござるよ」
「救助隊連盟と……」
救助隊連盟――その名の通り、数ある救助隊を管理する組織だ。隊の結成や登録の手続きはもとより、活動記録の集約、依頼情報の仲介、そして一定の実績を積んだ隊に対しては支援や物資の提供、救助隊ランクのランクアップなどを行っている。
曰く、この宝箱屋は連盟と正式に業務提携を結んでおり、店舗運営のための支援を受ける代わりに、救助隊からの依頼については無償で対応する契約となっているのだという。
「まぁ……そういうわけで。少しばかり時間をいただくでござるよ。な〜に、三つくらいなら、すぐ終わるでござる」
ふむ、とひとつ呟いたムツカは、地面に並んだ三つの宝箱へと音もなく歩み寄る。そして――
「”えいがせんくう”*1」
彼女の足元で、淡く揺れる影が蠢いた。見る間にそれは意思を持つかのように形を変え、ムツカの腕へと這い上がっていく。滑らかに、しかし執拗に絡みついた黒い影は、腕に沿って鋭利なツメを模す黒き刃へと変貌を遂げた。
“シャドークロー”? いや、“かげうち”かもしれない。心当たりはあるのに確信は持てず、ハルトは見覚えのある/見覚えのないその技を、ただじっと見つめていた。
「……カチャリ、と。まずはひとつめでござるな」
鍵穴に影の爪を差し込むと、十秒と要さずに鍵を開けてしまう。まるで型でも取ったかのような正確さ――おそらく、不定形の影を操ることで、鍵と同じ形状を作り出しているのだろう。そのまま残りの宝箱も淀みなく開封していく。
「ハイ、これで終わりでござる」
「えっ……もう!?」
テーブルの上に宝箱の中身を取り出す。ディスク状のアイテム――わざマシンが二つに、ホンキチケットAが1枚。未だ呆然とするハルトたちに、ムツカは「……ふふ」と微笑とともに告げた。
「またのご来店をお待ちしてるでござる」
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.7
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
・ひのこ
ローリエ(チコリータ) Lv.8
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび
カンナ(ポチエナ) Lv.7
・たいあたり
・とおぼえ
・すなかけ
・バークアウト
・さしおさえ
登場人物
ジュペッタ娘 :ムツカ 元ネタ:超昂大戦より『朱鷺司ムツカ』
【えいがせんくう】
漢字 :影牙閃空
使用者:ムツカ(ジュペッタ)
タイプ:ゴースト
分類 :物理/連結
威力 :70
命中率:100
合成元:かげうち/シャドークロー
効果 :優先度が高い(先制攻撃技)。急所に当たりやすい (急所ランク+1)。