――ポケモン広場*1
「今日は本当にありがとうございました!」
そう言って、去っていくパレッタと別れた三人は、広場の南側から東へと足を向けた。パン屋の店先からは焼き立ての香りが漂い、隣の青果店には瑞々しい野菜や果実が山積みになっている。どこか心落ち着く喧騒の中、ふと思い出したようにローリエが口を開いた。
「そう言えば、今のお金があれば”かえんほうしゃ”のわざマシン、買えるよね?」
それは、ハルトがメインウェポンに据えようと考えていた技の一つだった。ピンキーから得た1000ポケの報酬で、二つの候補のうち、既に習得済みのほのお技よりも“ドラゴンクロー”を優先して購入したのが昨日のこと。そこへ今回の報酬が加われば、もう片方のわざマシン“かえんほうしゃ”にも手が届く。
――つまり、ローリエの問いは、カクレオン商店に向かうかどうかを意味するものだった。
「……今はいいかな。買えないことはないけど、流石に財布の中身が心許なくなるし」
ゲームであれば迷わず購入していたが、これは現実だ。今後の生活費や消耗品、それに万が一を考えれば、手元の資金を使い切るわけにはいかない。急ぐ必要もない以上、今はまだ控えて、もう少し懐事情に余裕ができてからでも遅くはない。それに――選択肢の幅が広がった時のためにも、ある程度の手持ちを残しておきたい、というのも理由の一つである。
「確かに、その方が堅実だろうな」
「私も賛成。いざっていう時に備えて貯金は大事だもん」
ローリエとカンナもまた、その考えに異論を挟むことなく頷きを返していた。生まれ育ったこの世界の常識を身に付けた二人にとって、日々の暮らしや物の価値は感覚として根付いている。そんな彼女たちが迷いなく同意してくれたのだから、やはりこの方針に間違いはないだろう――と、ハルトは確信を得る。
「それじゃ、今日も依頼を探しに――行く前に。そろそろお昼だし、何か食べようか」
「いいね!」
「異議なし」
三人は大通りの一角にあるパン屋へと向かう。先ほどから感じていた香りも、店先に近づくにつれてよりはっきりと意識に上るようになり、棚に並ぶパンが否応なく食欲を掻き立てる。小腹が空き始めていたこともあり、そのまま店の中へと足を踏み入れた。
――ポケモン広場 ベロリンガのふわふわベーカリー
「いらっしゃいませー、ベロリンガのふわふわベーカリーへようこそ!」
メルヘン調の装飾が施された店内で、可愛らしい女性が笑顔で迎えてくれた。頭には三角巾を身に付け、その下から赤みを帯びた長い髪を左右に束ねている。腰に生えた大きな尻尾、それに店の名前からしても、おそらくベロリンガだろう彼女は、三人に気付くと元気に挨拶をしてきた。
「美味しい焼き立てのパンはいかがですか? 今日はアップルパンがオススメですよ!」
「じゃあ、それを3つください」
「はーい! アップルパン3つですね」
ローリエが応じると、店員の女性はさらに笑みを深めながら、嬉しそうに声を弾ませた。掲げたトレイには焼き上がったばかりのアップルパンがこんもりと盛られていたが、そのうち3つがあっという間に取り分けられる。財布を取り出す頃には、一つずつ丁寧に紙袋へと詰められており、あとは支払いを済ませるのみとなっていた。
「それでは、お会計は120ポケになります!」
「はい」
「120ポケちょうどですね、ありがとうございます! またのご来店、お待ちしています!」
店の外にはいくつかのテーブルと椅子が並び、購入したパンを落ち着いて味わえるようになっている。空いている席を見つけた三人は、会計を終えて店を出ると、揃って腰を下ろした。袋から取り出したパンはほんのりと温かく、しなやかな生地の感触が指先に伝わってくる。
「「「いただきます!」」」
一口かじると、中からは爽やかな酸味が溢れ出す。リンゴの甘みとサクサクのパイ生地が絶妙に絡み合い、噛み締めるたびに幸せな気分になる。焼き加減も抜群で、外はカリッと、中はしっとりと柔らかく舌触りもいい。煮込まれたリンゴがとろりと溶けるようにほどけ、口いっぱいに優しい余韻が広がっていく。
「ん~~~♡ おいしい~~~!!」
「ああ、これは美味いな……」
カンナは目を閉じて味わい、ローリエは一口食べるごとに瞳を輝かせる。その声色は上機嫌そのもので、頬を膨らませながらもぐもぐとパンを味わう姿は小動物のようでなんとも愛らしい。カンナもこれまでの落ち着いた印象が嘘のように口元を緩めている。表情は控えめだが、どこか満ち足りた気配が滲み出ていた。
「……」
そして、ハルトはただ無言でパンを食べ進めていた。甘いものはもともと好きなほうだが、ここまで夢中になるのは久しぶりだった。手や口周りが汚れるのも気にせず、ひたすら味わうことに集中している。最後の一口を頬張ったところで顔を上げると、向かいのカンナと目が合った。
「ハルト」
「……ん?」
「さっきの話で思い出したんだが……“がんせきふうじ”は覚えないのか?」
昨日の宝箱から手に入れたわざマシンは、“がんせきふうじ”と“はがねのつばさ”の二つ。翼を持たない三人に後者は使えないが、前者ならヒトカゲのハルトでも習得できる。口の中のパンを飲み込んだハルトは、ふぅ……と小さく息をつき、少し考えてから答えた。
「……うん、覚えないよ。確かに、手札は多いに越したことはないけど――使いこなせなきゃ意味がないし。しばらくは、“ドラゴンクロー”の感覚を体と頭に馴染ませるのに集中したいかな」
習得可能と言っても、覚えてそれで終わりというわけではない。ひとつの技を身に付け、実戦で使いこなすには、それ相応の時間と訓練が必要になる。ましてや、ハルトはこの世界に来てまだ日が浅い元人間であり、体の扱いも未熟なまま。焦って数ばかり増やしても、身に付かず混乱を招くだけだ。一つ一つ、確実に、自分の技として根付かせること――それが、今の自分にできる最善だと考えていた。
「そうか。……いや、余計なことを言ったな。気にしないでくれ」
「ううん。そうやって、色々と言ってくれるほうが、僕としては助かるよ」
自分一人の目線には限界がある。複数の視点が交わることで、初めて見えてくるものもあるし、時には思いも寄らぬ発想が生まれることもある。自分の考えに自信がないわけではないが、それに固執していては視野が狭まり、いずれ致命的な間違いを招くかもしれない。だからこそ――仲間たちの意見は、決して軽んじることのできない、大切な指針となり得るものなのだ。
もう一度、「そうか」と頷いたカンナは、手元に残っていたパンを口の中に放り込む。
「「「ごちそうさまでした」」」
満腹になった三人は立ち上がり、次の目的地――ペリッパー連絡所へと歩き出す。朝焼けの空は何時の間にか高く澄み渡り、正午の太陽が暖かく広場全体を照らしている。雲一つない青空は彼らの心を映したかのように晴れやかだった。
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.11
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
・ひのこ
・ドラゴンクロー
・えんまく
ローリエ(チコリータ) Lv.13
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび
・どくのこな
・こうごうせい
カンナ(ポチエナ) Lv.10
・たいあたり
・とおぼえ
・すなかけ
・バークアウト
・さしおさえ
・かみつく
登場人物
ベロリンガ娘 :フワワ 元ネタ:超昂大戦より『八馬森ふわわ』