――小さな森 B1F
「……あれ? ここって、もしかして不思議のダンジョン?」
洞穴に足を踏み入れてからしばらくが経った頃、ローリエは立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回してそう言った。不思議のダンジョン……その名前には、ハルトも聞き覚えがある。
「やっぱりそうだ! ここは不思議のダンジョンだよ!」
「不思議のダンジョンって……あの、中に入るたびに地形や構造がまるっと変わるっていう?」
「そうそう! その不思議のダンジョン!」
ローグライクゲームというジャンルがある。マップが固定された構造ではなく、通路や敵、罠、アイテムなどの配置がプレイのたびにランダムに組み替えられ、まったく同じ構成のダンジョンが現れることはない。基本的には、最深部に到達するのが攻略の目標となる。
この類のゲームの有名どころを幾つかプレイした経験のあるハルトは、ローリエの言葉をすんなりと飲み込んだ。
「あと……イチカは、ここのポケモンたちが暴れてるって言ってたよね」
「……うん。いざとなったら、戦わないといけないかもしれない」
「そうだね……。でも、きっと大丈夫だよ! ハルト、一緒に頑張ろうね!」
ローリエの前向きな言葉に、ハルトは小さく頷いた。不安は消えないままでも、不思議と心は軽くなった。二人は気持ちをひとつに、足元に気を配りながら、洞穴の奥へと歩みを進めていく。
「あれは……ヒマナッツ?」
ヒマワリの種のような身体に顔がつき、頭から双葉が芽吹いているたねポケモン。身体は黄色に茶色の縞模様が縦に3本入り、頭の葉は緑色。種族値、個体値、努力値――三値についてあまり詳しくないハルトでも、事実上のステータス最弱ポケモンとしてヒマナッツのことは知っていた。
ゲームとリアルの差はあるものの、その特徴的な見た目を間違えるはずがない。……そこで、彼はひとつの違和感に気付く。
「(……人の姿をしていない?)」
本来はそれが正しい姿なのだが、これまで出会ったポケモンはどれも人間寄り――謂わば、擬人化された姿をしていただけに、原種そのままのヒマナッツには思わず違和感を覚えたのだ。
「眠っているみたいだね」
「どうする? このまま起こさないように、そっと通り過ぎようか」
「うーん、それは難しいと思うけど……」
二人の視線の先で、ヒマナッツの目がパチリと開く。続けて、その小さな身体からは想像もつかないほどの大きな鳴き声を上げ、一目散にハルトたちの方へ駆けてきた。
「ヒマッ!!」
「うわわ!! ヒマナッツが起きた!」
「っ! ”はじけるほのお”!!」
反射的に突き出されたハルトの右腕から迸った炎は一直線にヒマナッツへと走り、命中と同時、火花のように弾けて洞穴の空気を熱く震わせた。ほのおタイプの技は、くさタイプのポケモンに効果はバツグンだ。一撃で瀕死に陥ったヒマナッツは、その場に崩れ落ちることもなく、ふっと輪郭を滲ませ――姿を消してしまう。
ポケモン学の祖、ニシノモリ教授が発見したとされるポケモン共通の習性、レジェンズアルセウス作中でもラベン博士が述べていた「弱ると小さくなる」という縮小能力によるものだろう。
「(……炎の出し方なんて分かるはずがないのに、無意識のうちに技を繰り出せていた。ポケモンの本能というか、これもヒトカゲだからこそ使えるものなのかな……)」
呆然と右腕を見つめながら、ハルトは自分が本当にポケモンになったのだと改めて実感する。
「えっ……また来た!? 今度はケムッソだよっ!」
額に1本、尻に2本黄色いトゲがある赤色の毛虫ポケモン。通路の奥からずるずると這い寄ってくるケムッソに、考えに耽っている暇はなさそうだと、ハルトは素早く構えを取り直した。
――小さな森 B2F
「”げんしのちから”!」
「”ひっかく”!」
この洞穴には、それほど強いポケモンは生息していないらしく、ポケモンになったばかりのハルトでも、無理なく立ち回ることができた。一般人としての感覚では考えられないほど、身体が素早く、また柔軟に動く。ポケモンになったことによる身体能力の変化を感じながらも、今はそれを有効に活かして、襲ってくるポケモンたちを退けていく。
先の二種以外にもポッポと遭遇した二人は、各々の技で難なく撃退する。ローリエが弱点のいわタイプの技を使えることもあり、相性面でも優位を取って戦闘を有利に進めることができた。
「……? これは……」
ふと足元で何かが光った。光る何かを見つけて拾い上げると、それは中心にPと刻まれたコインらしきものだった。百円玉ほどの大きさで、金属特有のひんやりとした感触と重みがある。興味深そうにハルトがそれを見ていると、すぐ隣に来たローリエが声を上げた。
「あっ、ポケだ!」
「ポケ?」
「お金だよ。……えっと、150ポケかな。これだけあれば、リンゴを6個は買えると思うよ」
これがこの世界のお金か――ハルトはコインを見つめ、ひとつ学びを得た思いで、それをズボンのポケットへしまった。日本であれば警察に届けるところだが、ここは異世界で、しかも自分は一文無しだ。ありがたく使わせてもらうほかない。
――小さな森 B3F
それからも襲いかかってくるポケモンたちを撃退しながら、二人は洞穴の奥へと進んでいく。ポケ以外にも青いミカン――体力を回復するオレンの実などを拾いながら、時には、この洞穴を住処とする野生のポケモンたちとの戦闘を繰り返した。
ポケモンが技を出すために必要な力――
「そろそろ、見つかっても良さそうなんだけど……」
呟いたハルトは、洞穴の影や分岐路を確かめるように目を凝らす。ここまで何匹ものポケモンに遭遇してきたが、肝心のキャタピーの姿は見当たらない。一体、どこに隠れているのだろうか。
「ねぇハルト。……あれって」
ローリエの指差した先には、亀裂のような穴が穿たれた岩壁があった。ここからでは暗くてよく見えないが、どうやら通路になっているようだ。
「もしかして、あの奥にいるんじゃ……?」
「……行ってみよう」
二人は頷き合い、慎重に足を進める。やがて通路を抜けると――
「うう……。お姉ちゃん……どこぉ? ……ぐすん」
イチカと一緒にいた二人によく似た少女が、縮こまって、肩を震わせながら涙をこぼしていた。間違いない――あの子が、捜していたキャタピーだ。怖がらせないように、ローリエはそっと声をかける。
「助けに来たよ」
「え?」
「イチカに頼まれたんだ」
「お姉ちゃんに?」
少女は濡れた目を袖で拭いながら二人を見上げた。まだ不安の色は残っているものの、ほんの少し、安心した様子が窺える。そこには確かに、助けが来たという事実に対する安堵と、ようやくイチカたちの元へと帰れるという、小さな希望の芽がきらりと宿っていた。
「洞穴の外で待っているよ。さあ帰ろう」
うん、と少女は小さく頷いた。ローリエが差し出した手に小さな手を重ね、ぎゅっと握り返す。そして三人は、洞穴の出口へ向かって歩き始めた。
ハルト(ヒトカゲ) Lv.5
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.5
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび