――小さな森
洞穴を抜けた先で待っていたのは、心配そうな面持ちのイチカ、そしてその妹であるキャタピーたちだった。
「お姉ちゃん!!」
姉の姿を見つけた瞬間、少女の顔には満面の笑みが咲いた。勢いよく胸に飛び込んできた妹の体を、イチカは両腕でしっかりと受け止め、そのまま優しく抱きしめる。そんな微笑ましい光景を眺めながら、再会の邪魔にならないよう、ハルトとローリエはゆっくりと歩み寄っていく。
「本当に助かったっす! この子も無事で……ほんと、もうなんてお礼を言えばいいのか……」
「いいよいいよ、お礼は。最近はなぜか地割れとか多くて危険だしね」
「困った時はお互い様ってことで」
頭を下げるイチカに、ハルトたちは朗らかな笑顔で応える。自分たちとしては、人として当然のことをしたまで――そう言わんばかりの、どこか照れたような、それでいて温かな表情だった。
「……せめて、名前だけでも訊いてもいいっすか?」
「私はローリエ。そして、こっちがハルト」
「うん、よろしくね」
自己紹介を終えたハルトとローリエに、キャタピーたちの視線が自然と集まる。中でも洞穴から助けられた一人は、まるでヒーローショーを観ている子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、尊敬と憧れの眼差しを二人に向けていた。
「…………。カ、カッコイイ……ありがとう! ローリエさんにハルトさん!」
「ほんの少しだけど、これはお礼っすよ。受け取ってほしいっす」
そう言ってイチカが差し出したのは、500ポケと桃に似た果実――モモンの実。中に空洞があるため食べられる部分は少ないが、とても甘くて美味しく、ポケモンたちに人気の木の実だ。また解毒作用もあるため、何らかの毒に侵されたポケモンの治療にも用いられる。
それから、もうひとつ。ちょろりと緑の芽が伸びたタネのようなものを、イチカはハルトに手渡した。そのタネを目にしたローリエは、思わず驚きの声を上げる。
「これって……ふっかつのタネ!?」
「プチサイズっすけどね。流石に大粒のモノは持ち合わせがないっすから」
ふっかつのタネ――所持していると持ち主が瀕死状態に陥った際に、体力・空腹・PPを全回復するという、いわゆる自動蘇生アイテムだ。効果が発動した後は、本当に何の力も持たない、ただのタネへと変化する性質を持つ。
プチサイズのふっかつのタネが回復するのは体力のみだが、それでも事故のリスクを大幅に減らしてくれる便利な道具と言えるだろう。
「改めて、ありがとうございました。……じゃ、自分たちはこの辺で失礼するっすね」
「「「さようなら!」」」
ぺこりと頭を下げるイチカに、ハルトたちは柔らかな笑みを返した。そのまま背を向けたイチカたちは、ゆっくりと森の奥へと歩みを進め、やがて木々の合間にその姿を消していった。
「さっきは手伝ってくれてありがとう! ハルトって、なかなか強いんだね」
「……そう、なのかな?」
「それで……どうするの? このあと?」
目が覚めた時には見知らぬ森の中。帰る家も、頼れる当てもなく、ハルトはこれまで目を逸らしてきた現実と向き合い、どうするべきか、これからのことを考えあぐねていると――
「……ねえ、ハルト。行くとこないならちょっとおいでよ」
◇ ◇ ◇
案内されるまま森を抜けると、開けた空間に、ポケモンの顔を模した半球状の一軒家がぽつりと佇んでいた。周囲には薪が無造作に積まれ、入口の左右には燭台が一つずつ。敷地内には古びた焚き火の跡が残っており、ほのおタイプを思わせる要素がそこかしこに見受けられる。
「ここなんだけど……」
「(わぁ~! 何故か嬉しい! 尻尾振って喜ぶ感じ? というか……僕は人間なハズなのに、この場所が気に入って、体全体が喜んでいる! とにかく、すごく嬉しい!)」
どう言葉にすればいいのか分からない――けれど、体は勝手に動いていた。その場に立ち尽くすハルトの尻尾は、内から溢れる喜びを映すように、ブンブンと凄い勢いで左右に揺れている。
「あ、ハルト。感動しているね」
得意げに胸を張った後、ローリエはニコッと笑ってハルトの顔を覗き込んだ。
「ここ、ハルトなら住みやすいだろうなって思ったし……絶対、気に入ると思ったんだ」
家の前に設置されたポストに向かって、ローリエは軽やかな足取りでてくてくと歩み寄る。風に揺れる髪を気にすることなく進み、そっと立ち止まる。その顔にはいつのまにか、どこか真剣な表情が浮かんでいた。
「これはお助けポスト。ポケモンたちの手紙がここに集まるんだよ。そして、多くのポケモンたちが自然変動に苦しんでいる。キャタピーが落ちた地割れもそうだけど……ここのところ、あちこちでいろんな変動が急に起きてるの」
それは、今、この世界を襲う異変――。
ローリエは一歩前へ出て、正面からハルトの顔を見据える。
「私、そんなポケモンたちを助けたい。ポケモンたちが安心して暮らせる世の中にしたいの」
「……」
「そこで……さっき、キャタピーを助けた腕を見込んで。私と一緒に、救助隊やらない? ハルトとだったら、世界一の救助隊ができると思うんだけど、どうかな?」
脳裏をよぎるのは、焦りに満ちたイチカの表情と、涙を流して震えるキャタピーの姿。記憶の中の彼女たちは、次第に笑顔を取り戻していく。……胸の奥から、何かがじんわりと込み上げてくる気がした。困っているポケモンを助ける――確かに、それは悪くないかもしれない。
「救助隊……うん、やろう!」
「よし! 決まり! 今日から私たちは救助隊の仲間だね! よろしくね!」
二人は、どちらからともなく手を差し出した。触れ合った温もりには、くすぐったさがほんのりと宿っていた。ハルトは小さな指先をそっと握り返し、「こちらこそ、よろしく」と微笑んだ。
「チームの名前は……えーと、まだ決めてなかったね。ねえ、ハルト。どんな名前がいい?」
「そうだなぁ……」
ポケダンズ、エレメンツ、ギンガだん……幾つもの候補が浮かんでは消えていく。どれもしっくりこない。やがて、ふとした拍子に、一つの名前が自然と口から零れ落ちた。
「アーカイブス、なんてどうかな?」
「アーカイブス……?」
「一つ一つ、これから僕たちの冒険の記録を刻んでいく……そんな意味を込めてさ」
「……うん、いいね。アーカイブス……いい名前だね! しっくりくるよ!」
ローリエはぱっと顔を輝かせ、胸の前で小さく手を握ると、心の底から嬉しそうに頷いた。
「あと、そうだ! 救助隊を始めるその日には、これをつけようって決めてたんだ。ちょうど2つずつあるから、一緒に付けてみようよ」
鞄の奥から、大事そうに包みを取り出したローリエは、それを開き、中から青と黄のスカーフを一枚ずつ差し出した。促されるまま青いスカーフを受け取ったハルトは、それをしばらく手の中で眺めた後、ぎこちなくも丁寧に、その柔らかな布地を自らの首へと巻き付ける。
「おお! 良いじゃん良いじゃん! ハルト! すっごく似合ってるよ! つけるとチームって感じで身が引き締まるよね!」
「そ、そうかな。……うん、そうだね」
会話の合間、ふと気付けば、首元のスカーフに手が伸びていた。とても不思議な感覚だった。まるで、ずっと昔から身につけていたかのような――そんな錯覚すら覚えるほどに、青いスカーフは今のハルトにぴったりと馴染んでいた。
「じゃあ……」
「うん! 救助隊アーカイブス! 明日から一緒に頑張ろうね!」
「「おー!!」」
青と黄――二人を結ぶ小さなスカーフは、新たに始まる冒険の証となる。こうして、ハルトとローリエの救助隊生活が、最初の一歩とともに幕を開けるのだった。
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.5
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.5
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび