――救助基地
次の朝、寝床から目を覚まし、身体を起こすと、部屋の中を一瞥しながら小さく呟いた。
「……夢じゃ、なかったんだ。自分の姿……やっぱり、ヒトカゲのまんまだ」
昨日、気が付けばヒトカゲの姿でポケモンの世界に放り出され、擬人化したポケモンたちと出会い、共に冒険を繰り広げた。目を覚ました今、その全てが現実だったのだと改めて実感する。
「にしても、なんでポケモンになっちゃったんだろう? 心当たりがないわけでもないけど……」
とは言ったものの、それが本当に正しいのかは分からないし、仮に予想通りだったとしても、腑に落ちない点は幾つも残っている。まだ色々と整理がついていない状態だが、ここでじっとしていてもどうにもならない。今はまず、目の前のことを一つずつ片付けていくしかないだろう。
「そう言えば、あの子……ローリエって言ったっけ? たしか、一緒に救助隊やるって約束したんだよね……ローリエはどうしてるんだろう? ちょっと外に出てみようかな」
外に出るなり、ローリエが倒れているのが目に入った。一体何事かと慌てて駆け寄ろうとしたその刹那、彼女は勢いよく飛び起き、ハッとした表情で辺りを見回して――ようやく、自分を見つめるハルトに気が付いた。
「え、えっと……ローリエ? どうしてこんなところで寝てたの?」
「ハハハ。ごめん。私、もうワクワクして明け方からここで待ってたんだけど……そしたら、つい寝ちゃった」
てへ、と笑いながらローリエは頬を掻いた。彼女の笑顔からは、隠しきれないほどの期待と希望が溢れ出している。よほど救助隊に思い入れがあるのだろう。明け方と言えば、おおよそ午前3時頃から6時頃までの3時間だ。正確な時間は分からないが、少なくとも数時間はここでハルトが起きてくるのを待っていたことになる。
「とにかく。今日から救助隊開始だ! 頑張ろうね!」
向かい合う二人の間に、ふとした沈黙が落ちた。ローリエは何かを言いかけて、そのまま口を閉ざす。それから数秒、空を見上げた彼女は、気まずさを紛らわせるように笑ってみせた。
「……と言っても、まだ仕事ないんだよね。ハハハハ……」
「あー、うん。昨日の今日だし……まあ、依頼が来てないのも、仕方ないよね」
あれだけ張り切っていたローリエのことだ。救助隊の登録申請くらい、きっと昨日のうちに済ませているだろう。――とはいえ。立ち上げたばかりで名前すら知られていない救助隊に、早々と依頼が寄せられるはずがない。
「そうだ! もしかしたらポストの中に……」
ポストに手を差し込んだローリエが引き出したのは、手紙ではなく、丁寧に梱包された細くて嵩張る形の包みだった。彼女の目がぱっと輝き、まるで宝物を見つけたようにそれを抱き締める。
「見て! やっぱりあった! 救助隊スターターセット!」
「それって、なに?」
「救助隊を始めるために必要な道具が一式揃ったセットだよ。救助隊を結成したら、必ず貰えるんだ。これがあれば、ひとまず活動できるはず! えっと、たしか……」
包みを開いたローリエは、一対の翼をあしらった卵――救助隊のマークが刻まれたバッジとカバン、そして新聞のような紙束を取り出した。それらをハルトに見せると、自信に満ちた表情で一つずつ語り出す。
「まず、これが救助隊バッジ。救助隊の証だよ。エスパータイプのポケモンたちが作っているらしくて、ダンジョン内で依頼人にかざすと地上まで送れるんだって」
「なるほど、”テレポート”だね」
テレポート――超能力を使って戦闘から脱出するエスパータイプの技。トレーナーのポケモンが使えば控えのポケモンと入れ替わり、野生のポケモンが使えばそのまま戦闘から離脱する。おそらく、バッジの効果はこのテレポートによるものだろうと、ハルトは当たりを付ける。
「次に道具袋。ダンジョンで拾った道具をしまって持ち運ぶのに便利なんだ。とりあえず、イチカから貰った道具もここに入れておくね。とても便利だから、冒険に行ったら使おうよ」
昨日の冒険で拾った道具に加え、イチカから貰ったモモンの実とプチふっかつタネも、道具袋にまとめて片付けておく。これで、ダンジョン探索の際もより身軽に動けるはずだ。
「そして、最後にこれ! ポケモンニュース! 救助に役立つ情報がいろいろ載ってるんだよ!」
「たとえばどんなことが?」
「えっと……」
とローリエはポケモンニュースを捲りながら、ページのあちこちに目を走らせる。『怪しい森でオヤブンポケモンが出現!』、『砂漠地帯で異常発生する砂嵐、これも自然変動の影響か?』、『星の救助隊、またも活躍!』などなど、どれも目を引く見出しばかりだ。
その中で、見出しのひとつに目を付けたローリエは、それをハルトに見せつけるようにひらりと掲げる。紙面には、こう綴られていた。
『
付近のポケモンが我を忘れて襲いかかってくるため、なにか不思議な力が働いているとの見方もされている。
ある筋からはディグダが騒いでいるからとの報告があったが、調査隊は疑問視している。
』
「自然変動……昨日も言ってたけど、そんなに深刻な状況なの?」
「うん。だから私も何かしたいんだけど……でも、他に手紙は来てないみたい」
ポストをちらりと見て、やはり空っぽなのを確かめると、ローリエは肩を落とした。
「救助の依頼があれば、ポストに手紙が来るはずなんだけど……チームを作ったばかりだから、まだ誰にも知られてないんだよね! ハハハ……」
バサッ! バサッ! 突然、羽ばたく音が耳を打つ。見上げれば、白と青の大きな翼を広げた金髪の青年が空を翔けていた。ゴーグル帽子に、黄色いマフラーが風に揺れている。
翼の形からして、彼はペリッパーだろうか――そう思った刹那、彼は空から舞い降り、軽やかに着地すると、肩に掛けたカバンから1枚の手紙を取り出した。
「郵便だ」
一言だけ残すと、青年は再び翼を羽ばたかせ、風と共に空へ舞い上がった。彼の飛び去った空を見送ったローリエは、ハルトの手にある手紙へと視線を移す。唇をぎゅっと結び、まるで告白の返事を待つように、両手を胸の前で組み、ドキドキした面持ちでじっとそれを見つめている。
「もしかして、これって……」
「ねえ、読んでみてよ」
「うん……」
言われるがまま、ハルトは緊張した面持ちで、丁寧に封を切り中身を確認する。
『お二人のことはイチカさんからお聞きしました。急で申し訳ないのですけど……どうか、お力を貸してはいただけませんか? 洞窟に不思議な電波が流れた拍子に、幼馴染のコイルたちがくっついてしまって……正直、放っておいても別に構わないとは思うんですけど……でも、あんな連中でも、小さい頃からの付き合いなので……。……だから、どうか。助けてあげてほしいんです。
』
「どうするの?」
ローリエの問いかけに、ハルトは手紙を握り締めたまま、真っ直ぐ彼女の目を見つめ返した。
「もちろん、助けに行こう。これが――救助隊アーカイブスの初仕事だ!」
「そうこなくっちゃ!」
眩しい太陽に背を押されながら、二人は「おー!」と意気揚々に声を上げ、手紙を道具袋の中へとしまい込み、最初の依頼先――電磁波の洞窟へと足を踏み出した。
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.5
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.5
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび