――電磁波の洞窟
間に広がる海を大きく回り込むようにして北へと向かう道は、決して短くはなかったが、ヒトカゲとなったハルトとローリエにとって、苦になるような旅路ではなかった。草むらを掻き分け、森の木々の合間を抜けて進むたび、ポケモンとしての身体能力の恩恵を肌で感じる。人間のままであれば何時間もかかっていたであろう行程も、今となっては驚くほど軽快にこなせてしまう。
そうして道なき道を進むうちに、やがて空気がひんやりと湿り気を帯び、森の影からぽっかりと穿たれた岩壁が姿を現す。その前には、まるで二人の到着を待ち受けていたかのように、一人の少女が立っていた。
「あ、あのぉ……お、お二人がイチカさんの言っていた方たちですか?」
「うん、そうだよ。私はローリエ」
「僕はハルト。よろしくね」
「あ、よかった。えへへ……わ、私は……アオバです……」
その少女は、どこか頼りなげな雰囲気を纏いながらも、こちらを見つめている。印象的な赤い瞳に宿る視線はおずおずとしていて、まるで一歩を踏み出す勇気を探しているかのようだった。
白い髪は肩より少し長く、左右から前へ流れるように整えられており、それぞれの束は黒いリボンで結ばれていた。右のリボンの先端には赤、左のリボンには青の差し色が施され、さりげない対称の違いが目を引く。彼女が小さく身じろぐたび、その彩りが微かに揺れて光を返した。
「き、来てくださって、ありがとうございます……ほ、ほんとに来てくれた……」
「えっと、この洞窟に君の幼馴染が……?」
「は、はい……あの二人はB6Fにいるはずですけど……」
不思議のダンジョンを進むには、まず次の階層へと通じる”階段”を見つけなければならない。だが実際には、それが本当に階段の形をしているとは限らず、裂け目や吊り橋、或いは崖下・崖上へと続く自然の坂道などというのも珍しくはない。
この洞窟の”階段”がどんな形をしているのかは分からないが、B6Fは、昨日探索した小さな森のおよそ倍の深さ――油断は禁物だと、ハルトたちは気を引き締める。
「……よし。じゃあ、行こう!」
「うん! 頑張ろうね!」
互いに頷き合い、迷いなく洞窟の中へと消えていく二人を見送り、アオバはぼそりと呟いた。
「別に、期待はしてないですけど……」
――電磁波の洞窟 B1F
同じ洞窟とはいえ、昨日のそれとはまるで異なる雰囲気が広がっていた。昨日の洞穴は、木の根が這い、草葉が揺れる、まさに森の懐といった趣だったが、今、目の前に広がるのは、土と岩とで構成された無骨な景色ばかりである。緑の気配は乏しく、見かけたとしても、岩陰に申し訳程度に生えた雑草や苔がせいぜいといったところだ。
「ここのポケモン……そこまでレベルは高くなさそうだね」
体色は鮮やかな紫色をしており、鼻先から顎、腹部にかけてと足先がクリーム色。両頬にある一本の長いヒゲと、上顎に生えた鋭い前歯が特徴のねずみポケモン――コラッタを”ひっかく”で蹴散らしつつ呟くハルトに、ローリエが「うん」と頷いた。
「今のところは、昨日の洞穴のポケモンよりもちょっと強いくらいかな?」
ゲームのようにボタンひとつでステータスを確認できるわけでも、スマホロトムのようなポケモン図鑑が手元にあるわけでもない。だから正確な数値までは分からないが、体感として大きな差は感じられない。おそらく、レベルの差は数値にして1か2――誤差の範囲と見ていい。本能か、それとも記憶にない何かなのか、頭の中の冷静な部分がそう告げている。
「……でも、レベル差とは別の厄介さがある」
視線の先には、ウサギに似た姿のポケモンが佇んでいる。体色は水色で胴体に薄い紫色の斑点模様がある、そのポケモンの名前はニドラン♀。♀までが正式名称で、その名の通り、ニドランの♀個体とされている。
特性は”どくのトゲ”。接触攻撃をしてきた相手を確率で毒状態にする。ニドラン♀の毒はかなり強力で、普通の人間であれば、ほんの一滴でも命取りになりかねないほどの毒性を持つという。
「”はじけるほのお”!」
「”はっぱカッター”!」
モモンの実が手元にあるとはいえ、無用な毒状態は避けたいところだ。そんな思いもあって、こちらを見つけるなり突進してきたニドラン♀を、ハルトは”はじけるほのお”で迎撃する。ローリエもまた、どくタイプにくさ技がいまひとつなのは承知の上で、あえて”はっぱカッター”を選び、距離を取ったまま支援に入った。
「わわっ! 今度はエレキッド!?」
「こうも同じ技ばかりを使わされると、ちょっとPPが心配になってくるなぁ……」
続いて現れたのは、頭の上にコンセントプラグのようなツノが生え、頭と一体化したような楕円形の体形で、全身の大部分が黄色く、お腹には稲妻模様、腕や脇腹から背中にかけては黒い帯模様が走るポケモン――エレキッド。”どくのトゲ”の麻痺版とも言える、”せいでんき”の特性を備えており、こちらも接触攻撃は避けたいポケモンだ。
そう、この洞窟に生息するポケモンは、上記の二種のように単純な能力とは別の厄介な特徴を備えているものが多かった。
――電磁波の洞窟 B2F
「ローリエ、”くさむすび”をお願い!」
「任せて!」
本来は草を絡ませて相手を転ばせる技、“くさむすび”。対象が重いほど威力が増すという性質もあり、この技に使われる草は、見た目に反して非常に丈夫で切れにくい。それを通路と部屋の境に張り巡らせ、侵入を防ぐ簡易の防壁とすることで、なるべく安全に戦いを運んでいく。
「”りゅうのいかり”!」
複数の敵と戦う不思議のダンジョンでは、位置取りが何より重要となる。真正面からの一対多は避け、通路に誘導して一対一を繰り返す――人間だった頃に遊んだローグライクゲームの知識と記憶を頼りに、ハルトは素人ながらもそうした最善の戦法を自然と選び取っていた。
草の防壁で身を守りながら、固定ダメージを与える”りゅうのいかり”で、まず1匹、さらにもう1匹と、2匹のポケモンを続け様に戦闘不能にする。
「……ふう。コイルにとっては楽な場所かもしれないけど、僕たちには厳しいね」
「楽って……それ、どういうこと?」
「この洞窟には、毒とか麻痺とか、状態異常を使うポケモンが多いでしょ? でもコイルはでんきとはがねの複合タイプだから、そういうのは効かないんだよ」
有機物ではない鋼には毒液が浸透しないため毒は効かず、電気に電気を流したところで力を増すだけなので麻痺もしない。すなわち、コイルのタイプはこのダンジョンと非常に相性が良く、有利に働くのだ。
「(……コイル、か。彼女が仲間になってくれれば、僕たちの弱点を補えるんだけど……)」
とはいえ、無理強いできるような話でもない。ひとまずは、目の前の依頼をこなすことを優先すべきだと気持ちを切り替えたハルトは、ローリエとともにさらに先へと進んでいく。
四肢のない、丸いボール状の身体と上下で紅白に分かれた体色。ポケモン世界の必需品であるモンスターボールと酷似した姿のポケモン、ビリリダマ。エレキッド同様に”せいでんき”の特性を持つこのポケモンを倒したところで、次の階層へ続く階段――大きな岩の裂け目が見えてくる。
「よーし、この調子でどんどん行こう!」
「うん。さっきピーピーリカバーも拾えたから、技の残りPPも心配なし。このまま目的のB6Fまで突っ切ろう!」
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.5
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.5
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび