――電磁波の洞窟 B3F
B3Fに降りてすぐ、金色の土台に蛇の目模様――緑の中心点と外輪を描いた謎のスイッチが目に入った。あまりに場違いなそれにハルトが思わず首を傾げると、同じように気付いたローリエが「あっ」と小さく声を上げた。
「不思議な床だ! 上に乗ると、下がったステータスが元に戻るんだよ」
「元に戻る……ってことは、”なきごえ”で下がった攻撃とかが?」
「うん、元に戻るよ。……ただ、上がったステータスも戻っちゃうけどね」
「なるほど、”くろいきり”みたいなものなんだ」
その名の通り、黒い霧を出して能力変化を元に戻す変化技を思い出すハルト。基本、変化技より攻撃技でガンガン行こうぜがプレイスタイルだったが、ランクマ勢が必要とするような深い知識はないものの、能力変化――ランク補正の基本くらいは頭に入っている。
「(……今は使う必要ないけど、いつかは役に立つかも。覚えておいた方が良さそうだね)」
得た知識を頭の片隅に留めながら、ハルトたちはB3Fの探索を開始する。エレキッドにビリリダマ、ニドラン♀と見知った顔ぶれには遭遇したが、特に目新しいポケモンはおらず、拾えた道具もオレンの実くらいのもの。また1匹、通路の奥から飛び出してきたニドラン♀を瀕死状態に追い込んだところで、ハルトはポツリと漏らした。
「……それにしても、ニドラン♀がこんなに好戦的だなんて……」
「何か変なの?」
「うん。僕の記憶が正しければ、ニドラン♀はかなり大人しいポケモンのはずなんだ」
ニドランは雌雄で役割を分担しており、警戒役である雄に対して、雌は好戦的ではない大人しい性格とされている。小柄な体を守るために強力な毒針が発達したと考えられており、角と毒針は自身の身を守るために使われる。
春に毎年繁殖期があり、夏の終わり頃に卵を2個産むという生態をしており、産卵から二週間後には、それぞれから雄と雌が生まれてくる。そして最も注目すべき点は、ニドラン♀は進化すると卵を産む能力を失うということだ。ニドラン種の中で唯一、子供を産む機能を持つニドラン♀が積極的に戦うというのは、次の世代を危険にさらすようなものであり、本来であれば避けられるべき行動だ。種族の生態からしても、進んで戦闘を挑むなど、通常では有り得ないことだった。
「(……自然変動で我を忘れる、か)」
今、この世界で起きている自然変動。ことは自分が思っている以上に深刻なのかもしれない。そんな考えがハルトの胸の奥で少しずつ膨らんでいく。懸念を巡らせていると――
「あ! 階段があったよ!」
B3FとB4Fを繋ぐ階段を目の前にして、ローリエの明るい声が洞窟内に響いた。
――電磁波の洞窟 B4F
階段の先には、2匹1組で行動するポケモンの姿があった。片方は、手や尻尾の色が赤く、板のように薄く長い耳と、頬の真ん中のマークと尻尾の+型が特徴のポケモン――プラスル。もう片方は、色が青く、電気袋のマークと尻尾の形が-になっているポケモン――マイナン。
「プラァ!」
「マイッ!」
”でんこうせっか”――その名の通り、目にも留まらぬ速さで突進する一撃が、上から降りてきたばかりの二人へ同時に襲いかかる。
「ッ!」
咄嗟に腕を交差させて自らの身を庇うが、その程度で耐え切れるような衝撃ではない。ハルトは呻き声を漏らしながら、勢いに押される形で大きく後方へと弾き飛ばされた。
「ッ……いたた……」
「ハルト! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫! ローリエは?」
「私も平気!」
これまで敵ポケモンから攻撃を受けないよう立ち回っていたハルトにとって、初めての被弾。痛みは然程でもないが、それでも衝撃は大きい。体勢を立て直す間にも、プラスルとマイナンは次の攻撃を放つ準備を終えていた。
「プラァァァッ!」
「マイィィィッ!」
電気を纏い、突進する技――”スパーク”。電気袋からパチパチと放電音を鳴らしながら、プラスルとマイナンのコンビは、再び一気に間合いを詰めてくる。
「わわっ……! ”げんしのちから”!!」
慌てて両腕を突き出し、技を繰り出すローリエ。空中に淡い光の粒子が集まり、直後、複数の岩塊が発生して前方へと押し出されるように飛んでいく。勢いそのままに、プラスルとマイナンの突進を迎え撃つ。
僅かな拮抗の末、派手な音を立てて岩の壁は砕かれたものの、時間を稼ぐには十分だった。ハルトが息を整え、次の行動に移れるだけの猶予を得るのには、それで事足りた。
「”はじけるほのお”!!」
力強く放たれた灼熱の弾丸が、焔の軌跡を残し、プラスルの小さな胴を正確に撃ち抜いた。
「プラッ!?」
「マイッ!!」
「いけー! ”はっぱカッター”!!」
相方の被弾に動揺するマイナンに、ローリエは容赦なく迫撃を加える。戦闘不能――両目をバッテンにして倒れ込んだ2匹は、輪郭を揺らがせて、洞窟の闇に溶けるように姿を消してしまう。
「はい、オレンの実だよ」
「あ……ありがとう、ローリエ」
一息つき、ローリエから渡されたオレンの実に齧り付く。辛味、渋味、苦味、酸味……いろいろな味が一つになった不思議な味わいだ。普通なら、これだけの味が混ざれば不味くなりそうなものだが、それらが絶妙に調和し、複雑で深みのある味覚美へと昇華されている。
「……美味しい」
果肉を噛むたび、口の中に広がる味とともに体の奥から痛みがふっと引いていく。これが、「HPが回復する」という感覚なのだろう。戦いで傷ついた体に染み込むように、オレンの実の薬効が広がり、失われた活力がじわじわと戻ってくる。
「……よし、行こう」
「うんっ!」
オレンの実を食べ終えたハルトは、再び気持ちを切り替え、ローリエとともに歩き出した。
――電磁波の洞窟 B5F
「……ふう。なんだかんだでもうB5Fかぁ」
「いよいよ次がB6Fだね! ハルト、あともう一踏ん張りだよ!」
ポチエナ――灰色の体毛を持つハイエナのようなポケモンを撃破したり、リンゴや、食べると睡眠状態になる”すいみんのタネ”を拾ったりしながら、ハルトたちはB5Fにまで辿り着いた。道中の戦いや移動で確かに疲労は溜まっていたが、目的の階層はもうすぐ――そう思えば、二人の足取りも自然と軽くなる。
「31ポケか……まあ、塵も積もれば山となるって言うしね」
「あっ、コラッタ! よし、ここは”たいあたり”で!」
倒したポケモンの数は着実に増え、拾い集めたリンゴや木の実、タネなどで道具袋の中も次第に満たされていく。小さな戦いや探索の積み重ねが、目に見える成果となって現れていた。
そして――
「……あった」
薄暗い岩壁の間に走る深い裂け目――B6Fへと繋がる階段を、ついに二人は見つけ出す。躊躇う理由など一つもない。一度顔を見合わせ、同時に頷くと裂け目の中に足を踏み入れる。階下へと続く道を下るうち、その先から二人の耳に徐々に賑やかな声が届き始めた。
「離れないー」
「困った困った。……いや、ホントにどうしよっか」
「レアコイルー?」
「には一人足りないし、中途半端だね。アオバがいれば、ちょうど三人だったけど……」
声の聞こえる方向に向かうと、そこには二人の少女が倒れていた。どちらも離れようとはしているものの、思うように体が動かせないのか、地面の上でもつれるように絡まり合っている。
まるでツイスターゲームの途中でバランスを崩したかのように、腕や脚が不自然な角度で交差しており、背中や腰、肩口に至るまでが密着した状態だ。服の裾や飾り紐までもが引っ張られ複雑に結び合わさり、どこからどこまでがどちらの体なのかも曖昧になるほどだった。
「あっ、あそこにいる……よ……」
無防備な姿勢のまま顔を寄せ合い、もがくほどに乱れていく衣服と体勢。本人たちは必死なのだろうが、傍目にはどうしても――率直に言って、非常に目のやり場に困る光景だった。
「と、取り敢えず……あの二人を助けよう」
「う、うん! そうだね!」
とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。磁石のS極とN極のように、互いに引き寄せ合う少女二人を引き離すべく、意を決して、ハルトたちは彼女たちに歩み寄っていくのだった。
チーム:アーカイブス
ハルト(ヒトカゲ) Lv.5
・りゅうのいかり
・はじけるほのお
・かみつく
・ひっかく
ローリエ(チコリータ) Lv.6
・げんしのちから
・はっぱカッター
・たいあたり
・くさむすび