「ふわぁ〜、眠・・・・・・」
沼津から帰ってきた翌日、俺は虹ヶ咲学園女子寮の前に来ている。帰って来たばかりで疲れも取れていないにも関わらず朝っぱらからここにいる理由は一つ、果林さんと動物園に行くからだ。昨日家に帰った頃にメッセージが来て確認したら
『明日は同好会も読者モデルの仕事もないし、前に言ってた動物園に行きましょ』
最初は帰って来たばかりだし、別の日にしたいと返信をしたら
『ヤダ』
と主張するパンダのスタンプが連打されてきた。いつまで経っても連打を止める気配がないし眠かったこともあり、早くこのやり取りを終わらせたい一心で了承してしまった。最初は動物園前に集合となっていたが、初めて会った時のことが頭をよぎり、それだけは阻止しないといけないと思い、寮まで迎えに行くと押し切った。せっかくの休日が迷子探しで終わるなんて御免だからな・・・・・・
「っと、そろそろ時間だな」
ポケットからスマホを取り出し、果林さんに電話をかける。だがいつまで経っても応答する気配がない。
「・・・・・・でねぇ」
仕方なくもう一度かけ直すがそれでも反応はない。帰ろっかな・・・・・・
prrr.....
「やっとか・・・・・・ってエマさん?一体どうしたんだ?」
だが、画面に表示された名前は果林さんではなく、エマさんだった。何か用があるんだろう・・・・・・
「もしもし」
「あ、秋介くんおはよう」
「おはようございます。俺に何か用でもありました?」
「うん、果林ちゃんなんだけどね・・・・・・今起きたみたいなの」
「・・・・・・・・・・・・はい?っていうか、出かけること知ってるんですか?」
「昨日果林ちゃんから連絡があって、起きられる自信がないから起こしてほしいって・・・・・・」
本当に何やってんだ・・・・・・自分が起きられない時間を集合時間にするか?っていうか電話のタイミング的にエマさんに起こしてもらう時間がすでに遅刻確定ってふざけてんの?
「帰っていいですか?」
「もう少しだけ待ってあげて。果林ちゃん、秋介くんと冬樹くんがAqoursに会いに行ってる間、2人は絶対に成長して帰ってくるからっていつも以上にレッスン頑張ってたの。もちろん他のみんなも。多分、果林ちゃんが思っていた以上に疲れてたんだと思う。それに、秋介くんとお出かけできるってどんな服着て行こうか、髪型はどうしようかなってすごく嬉しそうに話してくれたんだ!」
「・・・・・・30分以内に来るように伝えてください。少しでも遅れたら俺は帰ります」
「うん!ありがとう!」
「それじゃ、切りますね」
「・・・・・・ごめんなさい、待たせたわね」
電話を切ってから30分が経とうとしていた頃、時間ギリギリだが果林さんが寮から出てきた。
「本当に待ちましたよ。帰りたいと思えるくらいにね」
「だから謝ってるじゃない・・・・・・でも、待っててくれたのね」
「別に、今回はエマさんに免じて待ってただけなんでお礼ならエマさんに言ってください」
「そうね、帰ったらお礼しないと。それよりどうかしら?」
「どうって何がですか?」
「女の子がオシャレをしたんだから、感想の一つくらい言ってほしいわ」
「感想って言われても・・・・・・」
確かに今の果林さんは普段とは違うのはわかるが、ファッションのことはさっぱりだ。オシャレな中学生よりも知識がないと言ってもいいだろう。今の俺の格好も、どこでも買えるような無地のシャツにジーパンとリアクションのしようがないものだ。服なんて着れれば何でもいいの精神で生きてきたから、今の果林さんに対して何を言えばいいかも分からない。
「まぁ、綺麗だなって思います。ファッションに興味ないんで詳しく聞こうなんて期待しないでください」
「あなたの格好を見れば何となく想像つくわ」
「そんなことより早く行きますよ。誰かさんが寝坊したせいで予定時間から大幅に遅れてますから」
「まだ言うの!?」
当たり前だ。自分から誘っておいて待たされたんだ。これくらいは受け入れてほしいものだ。
動物園に向かうために電車に乗り込んだ俺達。休日の車内は家族連れが多くそれなりに混んでいた。動物園までそんなに時間がかかるわけではないので座れなくても問題はないが・・・・・・
「・・・・・・もう少し離れてくれません?」
なぜか果林さんがくっついている。最初は普通に拳二つ分くらいの隙間はあったはずなのに、気が付いたら肩が触れ合うくらいに近くにいた。
「この後も人が増えるかもしれないのにスペース取ってたら迷惑になるでしょ?」
「それでも限度ってものがあるでしょ。せめて拳ひとつ分は開けてください」
「はーい」
意外にも、あっさりと離れてくれた。なんだかんだ理由をつけてそのままいると思ってたから拍子抜けだ。
途中、果林さんが変な方向に歩き出しそうになることがあったが何とか目的地の動物園に辿り着いた。都内でも有数のパンダが有名な動物園ということもあり混雑なんてものじゃないくらい人が多い。正直パンダの人気を侮っていた。
「この先にパンダがいるのね!」
果林さんはパンダを見ることしか頭にないのか、この人混みを気にする素ぶりを見せない。この状況で逸れたら合流する自信がない。仕方ない・・・・・・
「果林さん、手出してください」
「手?いいけど・・・・・・」
「失礼します」
果林さんが差し出した手を握る。
「え!?急にどうしたの!?」
「迷子探しとかしたくないんで、これなら逸れないですよね?」
「・・・・・・ありがと」
果林さんの顔が赤い。電車内では自分から近づいて来たくせに何が違うというのか・・・・・・
「ほら、行きますよ」
「ええ・・・・・・」
「秋介見て!パンダよパンダ!すっごく可愛い〜!」
「そりゃパンダを見に来てんだからパンダがいて当然ですよ」
人混みを抜け、列の一番前まで来ることができた。パンダを目の前にした途端、さっきまでのしおらしさはどこにいったのか無邪気にパンダを見ている。
「許されるなら寮に連れて帰りたいな〜。・・・・・・なんて、さすがにそれは無理な話ね」
当たり前だ。本当に連れて帰ったら事件になるぞ。それにしても・・・・・・
「はぁ〜、でも本当に可愛いわ〜。見てるだけで笑顔になっちゃう・・・・・・」
普段からは想像できない表情してるな・・・・・・普段はお姉さんぶってるけどこっちが素なんだろうか。
「何?私の顔をじっと見て・・・・・・」
「いや、何でもないです。可愛いですね、パンダ」
「でしょ〜。ずっとここにいたいわ・・・・・・」
「さすがに後ろがつっかえてるのでそろそろ移動しますよ」
「わかってるわよ・・・・・・」
名残惜しそうな果林さんを連れてパンダの飼育ケースから離れ、人が少ないベンチまで移動する。
「はぁ〜、堪能したわ。大満足」
「すごく楽しそうに見てましたね」
「だって楽しいんだもの」
「次はどこに行くんですか?」
「そうねぇ、ペンギンなんてどうかしら?」
「ペンギン?動物園にもいるんですね」
「そんなに珍しくないわよ。ペンギンの散歩とか知らない?」
「あー、何となく」
「それじゃあ行きましょ」
「お〜、結構いますね」
「そうね。一匹一匹ちゃんと個性があって見ていて飽きないわ。あの子、ちょっと歩夢に似てない?」
そう言って果林さんが指を差した先にいたのは落ち着いた雰囲気のペンギンだ。確かに、言われてみると歩夢っぽく感じてくるな。
「だったら元気に羽を動かしてるのはせつ菜ですね」
「確かに。あそこで愛想振りまいてるのは、かすみちゃんね」
「本人そっくりだな・・・・・・果林さん、あのペンギンは誰に似てると思いますか?」
俺が指を差したのは群れから離れ、周りをキョロキョロしている個体だ。
「私って言わせたいのかしら?」
「心当たりがあるなら直してくださいよ」
「善処するわ・・・・・・」
その後も動物園を周り、気がついた時には夕方になっていた。学生寮の門限もあるので帰らなければならない。タイミングよく空いている電車に乗れた俺達は並んで座った。ちなみに果林さんの腕にはパンダのぬいぐるみが抱えられている。一目惚れしたんだとか・・・・・・。
「楽しかったわね」
「この歳になっても動物園に夕方までいられるなんて思いませんでしたよ」
「最初はあんなに帰りたがってたのにね」
「せっかく来たんだから元取らないと損することになるんで」
「・・・・・・ねぇ、今日の私を見て、どう思った?」
「急にどうしたんですか?」
「あなたと出かけるのが楽しみで全然寝れなくて寝坊して、パンダを見て可愛いってはしゃいで、『朝香果林』のキャラじゃないって思わなかった?」
「普段の果林さんとは違うなーって思ったくらいですね」
「そう・・・・・・」
「キャラとか気にしなくてもいいんじゃないですか?」
彼女が何を気にしているかは大体予想がつく。クールで余裕のあるお姉さん、それが世間が、朝香果林本人すら無意識に求めている『朝香果林』の姿と本来の自分とのギャップを気にしてるのだろう。
「もしキャラじゃないなんていう奴がいたら、そいつはただ自分の理想を押し付けて果林さんを見てない。そんなの気にするだけ無駄じゃないですか?」
「秋介らしい考えね」
「別に、自分が知らない人からどう思われてようが興味ないんで。周りの目ばっか気にして生きるなんて馬鹿馬鹿しいだけですよ、って言っても読者モデルの果林さんはそんなこと言ってられないですね」
「そうね・・・・・・」
「俺から言えることがあるとすれば、興味が尽きないうちは味方になれるってことくらいですかね。これといって何かできるわけじゃないですけど」
「そんなことない、秋介がいるだけで何でもできそうな気がするわ」
「そこまで期待されても困るんですけど・・・・・・元気になったなら良かったです。せっかくの休日が落ち込んで終わるなんて勿体無いですから」
「・・・・・・・・・・・・」
あれ、無視?果林さんの方をチラッと見たら顔が真っ赤になっていた。別に変なこと言ってないつもりなんだけど・・・・・・
「あの、何か反応してくれません?」
「あ、ごめんなさい。秋介が笑みを浮かべるとこなんて初めて見たから・・・・・・」
「人のことなんだと思ってるんですか・・・・・・俺だって笑う時はありますよ」
「そうよね、変なこと言ったわ」
虹ヶ咲の最寄駅で降り、寮の前まで帰ってきた。
「ここでお別れね・・・・・・」
「明日は学校があるんですから早く寝てくださいね。それでは」
「待って!」
「何ですか?」
「えっと・・・・・・また今日みたいに一緒にお出かけしてくれる?」
「・・・・・・次は寝坊しないでくださいよ」
「・・・・・・うん!」
「それでは、また明日」
「送ってくれてありがとう。秋介も気をつけて帰るのよ」
果林さんと別れて家に向けて歩を進めた。
「・・・・・・・・・・・・疲れたな。でもまぁ、それなりに楽しめたしいっか」
「秋介も楽しんでくれたかしら・・・・・・それにしてもあの顔は反則じゃないかしら」
帰りの電車で見せたあの笑顔、かっこよかった・・・・・・おかげでずっと胸がドキドキして平静を装うので精一杯だったわ。
「年下のくせに生意気だわ・・・・・・今度は私がドキドキさせてあげるから覚悟してなさい」
作者自身、ファッションがさっぱりわからんのでうまく書けなかった、反省・・・・・・