つい。
虹裏は触った事ないので適当に置いときます。

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第1話

 

 

 

 年度の切り替わりまで長く寒さが続いていたところ、明けると同時に一気に春めいてきたうららかなある日。

 鹿毛に近い赤みがかった栗毛の三つ編みをなびかせたウマ娘、イクノディクタスは、普段の友人全員が珍しく用事があるとのことで、一人でカフェテリアのB定食(豚のしょうが焼き)を手に、丸眼鏡を煌めかせて席を探していた。

 カフェテリア内にぱっと見空いている席は見当たらず、いつもより混雑しているような気がする。いや、これも普段通りで、いつもは友人の一人であるナイスネイチャあたりが要領よく確保してくれていたのかもしれない。

 改めて友人への尊敬を新たにしながらも、どうしたものかと一つ肩を落として、とにかく場内を一周してみようと足を踏み出したところで。

 

「あの、もしかしてお席をお探しですか? でしたらどうぞこちらへ!」

 

 横合いから声が掛けられた。

 

「トップロードさん。よろしいのですか?」

「もちろん! 4人席ですので、遠慮なさらずどうぞ!」

 

 4人席にミックスサンドイッチを置いて1人で座っていたウマ娘は、ナリタトップロードといった。ちょいちょいと手招きする仕草に、明るい栗毛がさらりと揺れている。

 

「お一人とは珍しいですね。いつもどなたかに囲まれていると思いましたが」

「あはは。アヤベさんもオペラオーちゃんもドトウちゃんも、今日は何か用事があるらしくって。そういうイクノさんこそ、お友達が多いじゃないですか」

 

 イクノは特に遠慮することもなく定食のトレイをテーブルに置いた。

 この二人、以前からの顔見知りであった。なぜなら。

 

「イクノさん、次の春天は出るんですか? 先日の大阪杯は悔しい結果でしたので、リベンジしたいです!」

「そうですね。どうするかトレーナーさんと相談していましたが、トップロードさんが出てくるのなら出る方向で話を進めてみましょうか」

「やった! ありがとうございます!」

「いえ、こちらこそ」

 

 二人とも、トゥインクル・シリーズを長く長く走り続けていて、いまだ現役を続けているという『生きる伝説(リビング・レジェンド)』であったのだ。同じレースを走って鎬を削った事も何度もあり、先日もG1レースで競い、イクノが勝利したばかりだった。

 

「あらぁ、ごめんなさい。私もご一緒してよろしいかしら?」

「あ、どうぞどうぞ!」

 

 席に着いたイクノが定食のお味噌汁(赤だしが嬉しい)をずずっとすすった時、頭の上から声が掛けられた。

 

「おや、アキュートさん」

「お邪魔しますよぉ。イクノちゃん、トプロちゃん」

 

 C定食(チキン南蛮)のトレイを置きながらほやほやと微笑みを浮かべているのは、ワンダーアキュート。葦毛の髪が白く艶やかで、緩やかな雰囲気の中に一本筋金の芯を入れたような、存在感のあるウマ娘だ。

 彼女もまた、二人の顔見知りであった。なぜなら。

 

「お二人はまだまだじーわんを勝っててすごいのねぇ」

「いえ! アキュートさんもこの間フェブラリーステークスを勝ってたじゃないですか! すごいです!」

「来月もG1かしわ記念に出走なさるのでしょう? 私がダートに適性がなく一緒に走れないのが残念です」

「あら、そう? ありがとうねえ」

 

 ワンダーアキュートもまた、『最初の三年間』を越えてからも長く走り続けている『生きる伝説』なのだ。

 彼女が走っているのはダートレースなので二人と直接競った事は無いが、同じ境遇となれば否が応にも名前は聞くのだった。

 

「う、チキン南蛮美味しそう……」

「トプロちゃんはサンドイッチだけかい? それだけで午後の練習までもつのかい?」

「あはは……ちょっと減量中で……この間、トレーナーさんにすごくいい焼肉屋さんに連れていってもらって……つい食べ過ぎちゃって」

「ふふっ。心に栄養を与えるのは大事です。でも、ダイエットとしても、きちんと体の栄養を摂った後に運動量を増やす方が有効ですよ」

「うう、わかってるんですけど~」

 

 そんな伝説のウマ娘達も、まだまだ女学生。アスリートとしての矜持と女の子としての本能の板挟みに悩むお年頃であった。

 話は弾み、食事は進み、サンドイッチだけではなくイクノとアキュートの定食もだいたい食べ終えた頃。

 

「なるほど! これが『IRON WILL』の原点……本当に細かくチェック表をつけてるんですね……勉強になります!」

「俺は、長く走らせていると言われても、担当の子の素質で走ってもらっているところが大きくて……その辺りは『IRON WILL』頼りになっちゃう事も多くて」

「はは。自分でよければいくらでも。謙遜しなくても、ワンダーアキュートさんもナリタトップロードさんも、立派にお二人に支えられていると思いますよ」

 

 幾分か人の少なくなったカフェテリアに三人の男性が連れ立って入ってきて、ピクッ、と三人の耳が翻る。ウマ娘の耳は大きく自由が利き、アンテナのように動かせば遠くの音でも聞き分けることができた。

 入ってきたのは、まさにこの三人のトレーナーであった。

 

「『IRON WILL』には各種の分析データの他に、参考文献や論文を提示してくれる機能もあるんだ。判断の論拠を知りたい時は聞いてみるといいよ」

「えっ!? そんなの説明書にありましたっけ!?」

「隠しコマンド……というわけでもないんだけど、熱心な人なら聞くかなぁってね」

「くぅ。気付かなかった……」

 

 三人はそれぞれに昼食を確保して、彼女たちから少し離れた席に陣取った。偶然にも一緒の組み合わせになっていた彼らの担当には気付いていないようだ。

 イクノディクタスのトレーナーは、今やトレセン学園内のみならず、地方トレセンや各種のサポート職、ひいてはファン層にまで大きく広がっているウマ娘レースサポートAIアプリ『IRON WILL』を彼女と共に作り上げた、イクノ自慢の専属トレーナーだ。

 全バ無事に。ウマ娘の無事を祈って努力を欠かさないその真摯な姿勢と技術は、今も走り続けるイクノディクタス自身の『メンテナンス』と『マネジメント』をしっかり底支えしてくれている。

 ナリタトップロードとワンダーアキュートのトレーナーも、同じく長く走り続けるウマ娘のトレーナーとして、その技術を学ぼうと彼について回っているらしかった。

 

「『メンテナンス』と『マネジメント』……イクノさんが長く走り続ける事が出来ている理由、ですね! インタビューで見ました!」

「あの"あいあんうぃる"、っていうの、本当にすごいわよねえ。うちのトレーナーさんも頼りにしながら、たまに自分よりも的確な事があるって悔しがってるよぉ」

「光栄です」

 

 同じように長く走り続けている二人に言われると誇らしい気分だった。特にアキュートのトレーナーは、養成学校を首席で通過した俊英という話だ。そんな人も自分のトレーナーに教えを乞うていると考えると、ますます誇らしい。

 

「しかし勉強熱心だね。君らも立派に結果を出しているというのに。お、今日は赤だしか」

 

 イクノのトレーナーが、担当と同じ豚のしょうが焼きをパクつく。赤だしが嬉しいのも担当と同じなのか、大きな湖のように深い知性と熾火のように絶えぬ熱情を感じさせる低い声で一言喜んだ。

 

「いえ、自分は最初からアキュートに支えられているみたいなもので。そんな彼女の望む限り走らせてあげたいですから……長く付き合うだけ、終わりが怖くもなりますが」

 

 少し少年らしさの残る甘めの声で言い、アキュートのトレーナーは豚キムチ定食をかっこむ。豚しゃぶにそのまま和えたタイプで、炒めたタイプでは消えてしまっている酸味がほどよく心地よい、と頬を緩ませた。

 

「そうだね……これほどの担当バと巡り合えた俺は幸運だと思っていますが、光が強ければ強いほど、その影も濃くなるというか……引退とか、想像するのも怖いですよ」

 

 トプロのトレーナーは焼肉丼を豪快にかきこんでは赤だしで流し込んでいる。満足感はありそうだが、あまり健康にはよくなさそうだ。よく噛んでサラダも食え。

 

「うん。気持ちはとてもよくわかる。でも、物事に終わりは必ず訪れる。それを穏やかにするのもトレーナーの役割で、これらの技術だと思っているよ……おっと、あまり時間に余裕はないな。まず食べてしまおう」

 

 イクノトレーナーが時計を見て呟き、男連中は食事に集中しだした。

 

「うふふ。私こそ、トレーナーさんには本当に助けられているのにねえ。これは張り切って現役を続けていかないとねえ」

「そうですね! 怪我もなく引退、というと、なんだかだんだん勝てなくなっていって失意のうちに……みたいな悪いイメージがありますけど、そんなの私たちで覆しちゃいましょう!」

「ええ。やれるだけやりきってやりましょう」

 

 期せずして浴びてしまったトレーナー達の熱に、担当バ達も意気込みを新たにしたようだった。

 

「しかし、男やもめが雁首揃えて担当離れが出来なさそうかあ。その様子だとプライベートも推して知るべしだなあ」

「「「!」」」

 

 食後のコーヒーにデザートのフィナンシェを合わせて啜りながらイクノのトレーナーが放った一言に、三人のウマ耳がキュっと絞られた。

 

「はは……それは言わない約束でしょおとっつぁん」

「誰がおとっつぁんか。そちらも?」

「今はトップロードが恋人ですね。いや、恋人以上かも。今まで女性と付き合った経験はないですけど」

「「「!?」」」

 

 ぐるっ、とイクノとアキュートの首が回り、トプロに目線が集中した。

 トプロ自身は虚を突かれたようにあたふたと顔を真っ赤にする。

 

「あはは。それなら僕もアキュートが恋人かなあ。寝ても醒めてもアキュートアキュートですよ。仮に彼女なんか出来たところで、構ってやれる時間があるかどうか……」

「専属トレーナー、特にG1など取ってしまったトレーナーというのはそういうものかもなあ。かくいう自分もチームトレーナーの打診があったが断ってしまった。イクノ以外の子を見るというのがどうにも想像がつかなくてなあ。確かにこれは、そこらの一山いくらの恋愛よりもよほど深い関係かもしれないな」

 

 談笑を続ける男達の会話を追ってみれば、どうやら字義通りの意味ではないようだった。しかし思春期の乙女達にとっては、それは字面以上の破壊力があったようだ。

 

「あ。あはははは……何を言ってるんでしょうねトレーナーさんったら……全くもう紛らわしい……」

「あらあらあら……まあまあまあ……」

 

 恋人(以上の存在)だ、などと名指しされた二人は、顔を真っ赤にして、スカートの裾などをぎゅっと掴み、食べ終えた食器をカチャカチャと無意味に鳴らしながらわたわたと目線を泳がせて、とまんざらでもないを通り越した反応を示した。

 

「ふむ。お二人に先を越されていたかと思いましたが、まだでしたか」

「「!?!?!?」」

 

 そこにイクノがブッ込んだ。特攻と書いてぶっこみと読む勢いのブッ込みだった。

 

「い、い、い、イクノさん!?!?!?」

「いえ。これほど長い間公私共に支えてくださった異性の相手を憎からず思うのは当然の帰結ではないでしょうか」

「はわわわわ……さ、最近の女の子は進んでるのねぇ……?」

「しかし、お二人とは違って、私はまだそこまで意識されていないとわかりました。これは少し計画の修正が必要なようですね」

「け、計画って……」

「お二人も一口乗りますか? 『卒業同時一心同体計画』。その他、『チームトレーナー抜擢後夫婦役サブトレーナー計画』『教官昇進後家族計画』『外部トレーニング施設開設計画』『地方レース場二人三脚強化計画』などのサブプランも並行して進めていますが」

「「!!」」

 

 長く労苦と歓喜を共にしたトレーナーとウマ娘の絆は、深く、強い。

 しかしそれがごく私的な関係に至るかどうかについては……各人の望みや努力、タイミングや運にもよる。

 

「ぶるるっ……何だかちょっと背筋に寒気がしたような……」

「俺もそんな気が……急に暖かくなりましたからね、温度差アレルギーなんてのもあるみたいですし、お互い気を付けましょう」

「風邪など引いて担当に移っては事だからなあ。自分はこの乳酸菌飲料を飲み始めてから風邪とは無縁になったからオススメしておくぞ」

 

 そして、普段は空回りしがちであるそんな乙女の努力を、磨き上げられた管理能力を持つイクノディクタスが監修するとなると……未来は、彼女たちの望む方向へ大きく向かい始めたのかもしれなかった。

 

 


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