ブラックマーケットから仮拠点である廃屋に戻った後、スマホでニュースなどを読んでいると、ブラックマーケットの銀行が数人の強盗に襲われたというニュースが流れてきた。
別に銀行に行く予定はなかったし、自分が関わっている訳でもないので何も感じるものはなく、そんな事件が起こっていたのかと他人事のような感想が出るだけだ。
そんなことよりも、私は今とっても大事な儀式をしているのだ。
「花ちゃん……守ってくださり…ありがとうございます……」
分解した銃のバレルについた傷を直してから塗装を貼り直す。先日のアビドス襲撃で傷ついた愛銃の整備をしているのだ。
あの時、あの銃撃がバレルに当たっていなければ私の顔に直撃していた。偶然とはいえこの銃は私のことを守ってくれたのだ。私が未熟なせいで誤射をしてしまったし、もっと判断が早く行動できていれば撃たれることもなかったかもしれないが、この銃はそんな未熟な私をカバーしてくれたのだ。
心の底から最高の相棒と称賛して、もう何度目にもなるかもわからないが惚れ直してしまう。
普段からこうして定期的に銃の整備をしていたから、銃の方も私に感謝をしていたのかもしれない。まさに心が通じ合っていたということだ。
「終わりましたよ……花ちゃん」
塗装を貼り直し、砂が隙間についていたりしていたのを掃除したことで、新品のような美しさを取り戻す愛銃を眺めて満足に微笑む。
しかし、あることを思い出して笑顔が崩れてしまう。綺麗になった愛銃を見て、自分の方が綺麗になっていないことを思い出したのだ。ハルカに撃たれて気絶して、その後ネットカフェには荷物だけを取りに行ったから、もう2日もお風呂に入っていないことになる。
制服も砂まみれで叩くとサラサラと砂が床に落ちる。こっちも洗濯をしなければいけないだろう。髪が長いから、その分モップのように砂を巻き込んでいて不衛生だ。
今いる廃屋は水道が通っておらず、シャワーを使うことができないどころか、水浴びもできないため体を洗うには水が出る家を探すか、市街地の施設を利用する以外に方法はないのだ。
「たしか…近くにコインランドリーはありましたね」
地図アプリで検索をかけて正確な場所を確認する。コインランドリーはここから歩いて数分のところにあるようなので、カバンに別の服や下着などを詰めて外に出る。
移動時間はそこまで長くはないし、この辺りは人もそんなにいないので戦いになることはないと思って愛銃は置いていくことにした。
もっとも、綺麗にしたばかりの銃を外に持ち出すのを嫌ったという理由の方が、気持ちの割合の大半を占めているが。
人気のない廃屋が並ぶ道を進んでいき、やがて周りとは違い明かりのついている建物を見つける。ここが目的地のコインランドリーだと内装を見なくてもわかる。
私は中に入って、カバンに入れてきた服を洗濯機に入れて、さらにコートの前を閉めて制服も脱ぐ。どうせ誰も来ないし、コートで隠れているから自分の素肌を見られることはないだろうと軽率な考え故の行動だった。
裸コートという、露出狂と言われて通報を受けても仕方がないような格好で洗濯機を回し始める。少し恥ずかしいが寒さはほとんどない。アビドス自体が熱い地域というのもあるが、コインランドリーの中は冷房がかかっていて普通に裸だったら寒さを感じてしまうが、コートを着ているおかげで暖はとれているのだ。
砂漠で暖をとる、なんておかしな状況だと自分の発想に苦笑を浮かべて、その表情が凍り付いたのは自分の服が入っているのとは別の洗濯機が回転していることに気づいてからだった。
(ぁ…ど、どうしましょう……まさか他にも利用者が……)
自分が来るより先に回っていたのだから、当然自分よりも早く洗濯が終わり、持ち主が戻ってくるだろう。ここのコインランドリーは洗濯と乾燥が一緒に行えるタイプのようで、両方するとなるとそれなりに時間がかかる。そのため、終わるまでの時間に別の場所に行くこともあるのだろう。無人だったから大胆な行動をしてしまった。
人が来るかもしれない、そう思うと急に恥ずかしくなり寒くないのに体がプルプルと震える。コートの前をぎゅっと握って隙間がないように閉めて誰もいないのに裸体を隠す。
着る服がないからと外でコート1枚だけで体を隠しているなんて、まるで変態ではないか。コインランドリーの隅で神様にお祈りしながら身を縮める。顔はこれ以上ないほど赤くなっているだろう。
(お願いします…誰も来ないで…ください)
しかし現実とは非情であり私の祈りは届くことはなかった。入り口の自動ドアが開いて何者かが入ってくる。チラリと顔を上げると、アビドス高校の生徒の1人だった。ブロンド?ブラウン?の髪で、とても胸が大きい女性。たしか武器はミニガンだったか。
入ってきたのが女性であることに少し安心するが、よりにもよってアビドスの生徒が来るなんてと再び絶望した。もしアビドスの全員に私のことが共有されていたら、この少女も危険人物であることは変わらないのだ。
私は出来る限り存在感を消してしゃがむ。真っ白で清潔感のあるコインランドリーの内部に、真っ黒なコートを着た人物が丸まっているのは違和感しかないだろう。それでも僅かな可能性を願って目立たないようにする。
(お願いします……私に気づかないでくだ)
「あのー、大丈夫ですか?具合でも悪いんでしょうか?」
ダメだった。白い空間に黒い物体があれば嫌でも目立つ。
「あっ…はい…えと、大丈夫です……」
「顔が赤いですよ…?それに、アビドスでそんな大きいコートだと熱中症になってしまいます」
「だ、大丈夫です…これ、えと…夏でも涼しいので」
まったく大丈夫な理由にはなっていない、苦しい言い訳だと自分の発言に呆れてしまう。
「あら!そうなんですね!」
大丈夫だった。この少女は意外と天然なのだろうか。言い訳には成功したけど、こういう時の天然はとても恐ろしいものだ。無自覚で私に不都合なことを言ってきたりするからだ。
「そんな隅じゃなくて、こっちの椅子に座りませんか?」
「あ……は、はい…」
反射的に返事をしてしまったが、親切が今は余計なことになる。少しでも動けば布が揺れて肌が見えてしまうかもしれない。女性が相手でも、裸を見られるのは恥ずかしい。
慎重に立ち上がって、少女が座ったいる長椅子の端に背中を向けて腰を下す。顔を見られたくないし、前からじゃコートの中が見られるかもしれないからだ。親切に声をかけてくれた相手には失礼になるが、申し訳なさよりも羞恥心が勝っている。
「あら…?あなたは……」
「……!」
ビクッと肩を震わせる。コートを握る手が震えて誰がどう見ても動揺している素振りをしてしまう。
まさかバレたのだろうか。バレたとしてもどっちまろうか。襲撃グループの1人としてなのか、私の状況についてなのか。もしかしたら両方かもしれない。
ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえる中で言葉の続きを待つ。冷や汗でコートの中はじっとりとして、汗が体を素肌を伝っていくのが感じられる。
「はじめて見る方ですね☆どこからいらしたんですか?」
どつやら初対面だから気になったようだ。正体がバレていないことに安心して気が緩む。
「あ…その…ゲヘナ学園から…」
「ゲヘナ学園の生徒さんでしたか。わざわざアビドスまで来ていただけるなんて。どうしてか聞いてもいいですか?」
「えっと……それは……」
アビドス高校を襲撃に来ました。なんて口が裂けても言えるわけがないので、私が渋るような態度を取ると胸の前で手を合わせて、謝意の困った笑顔を向けてくる。
「ごめんなさい!そうですよね、初対面なのに色々と聞かれちゃうのはいやですよね」
「その……はい、申し訳ありません……」
私が言いたくないのを悟って、彼女は気を遣ってくれたようだ。もしかしたらこの人はとても良い人なのかもしれない。よく見れば全身から優しさが溢れ出ていそうな雰囲気がある。
そんな相手だからだろうか。私の口はいつもより軽くなっていて、しなくていい話までしてしまう。
「私……ゲヘナではあまりよく思われていないんです……だから、いくあてもないのに逃げてきてしまって……」
「そんな……誰か頼れる友達なんかは」
「……」
私は無言で首を横に振る。友人が出来たことはある。それも一年の頃の初めだけのことだ。最初はその人とも仲良くしていたし、私が事件に巻き込まれても「こういうこともあるよね」で済んでいたのだが、偶然が何度も続けば人は必然を疑うものだ。
ある日を境にその生徒との関わりは一切なくなって、交流がなくなる少し前からもなんとなくそんな雰囲気を感じていたから、私も自然と納得して関係を絶ってしまったのだ。
モモトークにはまだ連絡先は残っているだろうけど、今更何か話すようなこともない。それに、私の噂はゲヘナ中に広まっている。もしかすれば知らない間にブロックされているかもしれない。
思えばあれがゲヘナで最初で最後の友達だったことになる。彼女と疎遠になった頃にはすでに悪い噂は広まっていて、自分と友人になろうとする生徒は1人もいなかった。私自身、積極的に人と関わる性格ではなかったし、1人でも寂しく感じたことはなかったから耐えられた。
ブラックマーケットにはマスターもいたから孤独だったわけではない。
だというのに、何故だろうか。人前なのに、私の目からは涙が流れ始める。
「……ぅ…ぐすっ…」
「わわっ!どうしましたか!?あっ、やっぱり聞いちゃいけないことでしたか?」
突然泣き出してしまった私に、ハンカチと取り出して目元を拭って背中すってくれる少女。なんて優しい少女なんだろうか、私はこんなに優しい子の学校を襲撃してしまったのだと思うと、罪悪感が湧き上がってくる。
気づいた時には、彼女の胸に抱きついて泣いていた。母親に甘える子供のように、初めて会ったばかりの相手にも関わらず弱い自分を曝け出してしまった。
彼女は私を突き放すことはせず、受け入れるように優しく抱き返してくる。背中を撫でられる手の暖かさに涙が溢れて止まらなくなる。
「私、今までずっと一人で……誰にも私のこと…わかってもらえなくて……ゲヘナに私の居場所なんて…もうどこにもないんです…」
「……」
「私……本当に何もしていないんですよ……巻き込まれてばかで……私だって被害者なのに……みんな私が悪いって決めつけて……!」
「……うん」
「私が原因で起こってしまったこともあります……でも、それは私が悪いのですからちゃんと受け入れて、同じようなことがないように反省しています!でも私と関係のないことで起きる事故なんてどうしようもないじゃありませんか……私が事前にそれを察知して止められなかったからダメだったんですか?……私がそこにいるだけで全部私のせいなんですか?私は……いちゃいけないんですか……?」
「そんなことはありません……詳しい事情などはわからないです…でも、あなたは精一杯頑張っていると思いますよ。だって…こんなにも本気で泣ける子が、悪い子には思えないですから」
「……ぁ……うぅ…ごめっ…ごめんなさい…!ごめんなさいぃ……」
誰かに自分を曝け出すのがこんなにも心を軽くするとは知らなかった。自分が抱えていたもの、溜め込んでいたもの、誰かに話したかったことを一方的にぶつける。しかし、彼女は嫌な顔ひとつせず、しっかりと私の話を聞いてくれた。
しばらく泣き続けて、ようやく落ち着いてから私は改めて彼女に謝罪をした。
「ぐすっ…お恥ずかしい姿を見せてしまい…申し訳ありません……」
「いえいえ、たまには思いっきり泣いてすっきりした方がいい時もありますから!」
「あの…それと、もうひとつ謝らないといけないことがあります」
こんなに優しくしてくれた相手なのだから、ちゃんと話さなければいけない。許してもらえないかもしれないけど、こうやって私に優しくしてくれた人に、自分のしたことを秘密にしておくのは失礼だと思ったからだ。
「ごめんなさい……実は私、先日の便利屋68がアビドスを襲ったとき、襲撃犯の中にいたんです……炸裂弾で援護する狙撃手だったんですが…」
「あー!あれはあなただったんですね!とってもお上手な援護で、私たちも苦戦しちゃいました」
「お、怒らないんですか……?」
「もう終わったことですし☆私たちが勝ちましたから!」
そう言って微笑んでくる彼女に、私の心はますます軽くなっていく。この少女はなんなのだろう、女神だろうか。こんな私に優しくしてくれて、敵だったことを知っても態度を変えない。本心から私を受け入れているのがわかる。
この人ならば信じられる。そう思ったから、私は自分の名前を隠す気は無くなった。
「あっ…あの……私…瑠珠アザミ……と、申します。ゲヘナ学園、2年生です」
「私は十六夜ノノミです☆アビドス高校の、あなたと同じ2年生ですよ!」
「ノノミさん……ですね。よろしくお願いいたします」
「はい!私も、アザミちゃんって呼んでもいいですか?」
「は、はいっ…そう呼んでいただいて…大丈夫です」
アザミちゃん、なんて呼ばれたのはいつぶりだろうか。ここ1年ほどはその呼び方をされた覚えがない。懐かしくもあり、新鮮で自然と笑顔を浮かべてしまう。初対面だったのにもう心を開いていることに、我ながら単純な性格をしていると思う。
「それでアザミちゃん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「えっと…はい。答えられることでしたら…」
「……どうして裸なんですか……?」
だから失念していたのだ。私は目の前の少女、ノノミに対して心だけでなくコートの前面をも開いていたことを。文字通り身も心も曝け出してしまっている状況に恥ずかしさが湧き上がっていき、さっきとは別の理由で目に涙を浮かべるのだった。
「ぁ……あぁ……み、見ないでくださいぃ…!!」
瑠珠アザミの情報⑪
学年は2年生で、部活は帰宅部だった。
風紀委員会には美食研究会や温泉開発部に並ぶ問題児の一人として登録されているらしい。