私の神秘は誤字を頻発させる…だったり?
迫撃砲と銃撃の雨を幸運では済まされないほどの回避をしながら、遮蔽から遮蔽へと移動する。回避しているとは言え、致命傷や直撃を避けているだけで、かすったり至近弾の煙や熱で服も肌も汚れている。服も少し焦げているかもしれない。
怖い。すごく怖い。耳元で弾丸が通過する音が響く。足元に弾が当たり地面との衝突で破裂するような音も、髪の毛を通り抜ける弾丸の感触も、背筋を凍らせるほどの恐怖を与えてくるが、私は止まることは許されない。
むしろ止まった方が危険なので止まれない。目の前を弾丸が通過するのを見たとしても、女の子らしく悲鳴をあげてしゃがむことを許さない。
こんな状況なのにまだ走ることができる自分が、まるでアニメや漫画の主人公のようだとも思ってしまう。
ビルの隙間に逃げ込んで、一時的な安全を得たところで逃げてきた方向を確認すると、風紀委員たちの攻撃が私に集中しているうちに、ノノミさんがアビドスの方たちの下へ移動したのは確認できた。ひとまずは、私が勇気を出して囮になる理由は無くなった。
でもまだ終わっちゃいけない。私が囮になってノノミさんを避難させれた、しかし私を逃した風紀委員会は次にアビドスの人たちを狙うだろう。
現に、アビドスと便利屋68が協力して風紀委員会と戦っている。次は私に向いていた分の戦力が向こうに加勢することになる。本音を言えば便利屋はどうなってもいいけど、お世話になったノノミさんはどうにか援護してあげたい。
「みなさんを戦いやすくするには……まずは迫撃砲ですね」
爆弾の雨が降る中で地上戦をするのは、いくらアビドスの生徒たちが少数精鋭でも厳しいだろう。便利屋が仲間になっていたとしてもだ。
再び走って花ちゃんを置いてきた廃屋に向かう。せっかくお風呂に入った後なのに、またしても全力で走ったことで汗まみれなったが仕方ない。
廃屋から花ちゃんの入ったガンケースを回収して、また市街地へと走る。バカみたいな距離のシャトルランをした体は息が絶え絶えになり、吐き気もしてくるが気合いで堪える。
ビルに登っている暇はない。近場で高所、かつ迫撃砲を狙える位置に移動したい。
たしか近くにペデストリ…ナントカ、つまりは高架状の歩道。それがあったはずなので、そこを目指す。
さっき銃弾の雨の中を走った時よりも安全、しかし危機感は同等並で焦りを示すように頬を汗が伝う。途中で足が止まらないよう呼吸を落ち着かせながら走る。それでも全力では走らず、落ち着いた狙撃ができるだけの体力は残すように。
「すぅ……ふぅー……」
階段を駆け上がり、深く呼吸をしながら足を緩める。歩きながら背負っていたケースを開く。銃だけを取り出すとケースがずとんと地面に落ちる。
ボルトハンドルを引いて、チャンバーチェックを行う。ボルトを戻してトリガーのセーフティを解除する。スコープのカバーを外してレティクルを確認。射撃に移る前のルーティンだ。
これらを歩きながら行い、呼吸を整える。
手すりにパイロットを引っ掛けて固定し、中腰の状態でスコープを覗く。腰と脚に負担がかかるが、それで射撃がブレないよう訓練は積んできた。スコープの倍率を調整して、肉眼による目視とスコープ越しの景色を見比べて、目測で距離を計算し弾道落下を計算。
髪の揺れ、木の葉の動き、砂煙の動き、肌で感じる風力と向きから横軸のブレを考える。アビドスは風が強い。遮るものがない砂漠から吹き込む風が砂を連れて、空気中に膜のようになって移動している。
それが市街地の中となると、建物に遮られて弱まったり、風が集まって強くなったりと、不規則な挙動をしているため計算が単純じゃなくなってしまう。
イオリのように前線に出て戦う人にはあまり影響がないが、私のような遠距離からの狙撃を主とするスナイパーにとっては避けたい環境だろう。
だが、私の弾は炸裂弾だ。多少ずれたとしても爆発がずれを補ってくれる。狙った場所が爆発の範囲に入っていれば良いだけの簡単な狙撃である。
迫撃砲ではなく、その砲弾が積まれている弾薬庫を狙う。大量の砲弾が積まれた弾薬庫は、大量の火薬が入った爆弾と同じで誘爆すればあたり一面を吹き飛ばせるだろう。
狙いを定めて引き金に指をかける。息を止めて銃身のブレを止める。指先に力を入れて引き金を引こうとする。
その瞬間に、迷いが頭をよぎった。
もしここで風紀委員会の敵として加勢すれば、もう巻き込まれたでは済まない。明確に風紀委員会と敵対したことになり、言い逃れはできないだろう。
そうなれば、便利屋68と同じように追われる身になり、最悪の場合は矯正局に送られる。
そういった自分の保身が引き金を引く指を止めてしまった。
「ふはっ……」
止めていた息を吹き返して、肺が酸素を欲して空気を吸い込む。
迷ってしまった。自分の心配をしてしまった。友人を助けなきゃいけない状況なのに、自分を優先してしまった。
「……すぅ……はぁ……」
震えていた指先を落ち着かせて、握り直す。もう一度スコープを覗いて照準を合わせる。
「私は弱いですね…」
頭で考えていたことを、改めて実感させるように自分に言い聞かせた。
私は弱い。ちっとも強くない。長い間周囲から疎まれ、傷つけられて、その日々に耐えていた自分は、耐えられるだけの強さがあると慢心していた。傲慢だった。私は強くなんてない。結局はゲヘナを逃げ出して、まっくろさんには自分な都合のいい契約を押し付けて、今は自分の保身を優先して友人を助けられない。
私は臆病だ。
「ノノミさん……」
ポツリと口から溢れた。すると頭の中に助けなきゃいけない友人の顔が浮かび上がる。さっき私を心配してくれた顔、コインランドリーで会話した時間、また会おうって約束した時のこと、それらが思考に混ざる。
私は臆病だろう。私は傷つくのが怖い。怖がっている。
だけど、友人が傷つくのはもっと怖い。一瞬でも考えてしまった。迫撃砲に撃たれて地面に伏した友人の姿を。それを見た私はどうなるだろうか。きっと自分の責任だと思ってしまう。自分を優先して動けず、助けられなかった自分が、ノノミさんの友人である資格なんてないと、2度と会わないようにするだろう。それは嫌だ、そうなりたくない。
自責の念から逃れたいという、結局は自分のためになってしまうけど。
自分のためだけの行動じゃなく、誰かのためにもなる行動をした方が、きっと後悔しないと思う。
「……!」
引き金にかけた指に力を入れる。息を止めて狙いを定めた。引き金を引く覚悟を決めた。
撃つ──
──スガンッ!!
「かはっ……!!」
脇腹に鋭い衝撃が走り、空気が逆流する。唾液の混じった空気が大きく開いた口から吐き出させる。体が横に吹っ飛んで地面に突っ伏す。制服が砂で汚れたが、そんなことを気にしている余裕はない。立ちあがろうと地面に手をついて上体をあげる。
「けほっ…げほっ…っ…」
──ズガンッ!!
背中に再び衝撃が入り、地面に叩きつけられる。肋骨が押し潰されて息が再び吐き出される。体内の空気が全て押し出されたような感覚で、息が詰まると同時に内臓が締め上げられるような苦しみが襲う。
「かひゅ……こぇ……ごほっ……おぇ……」
空気圧の変化で耳が聞こえなくなる。胃液が逆流して酸っぱい味が舌に残る。幸いにも朝から何も口にしていなかったため、固形物は含まれていなかったが、代わりに赤いものが混じっている。
今にも気絶しそうな意識を、ギリギリで保ったまま地面に横たえる。口の端からは胃液か唾液かわからない液体が垂れていて、味覚は胃酸と鉄の味が混ざり合って不快感を覚える。薄く閉じかけた目で銃声の主を見ようと頭を動かすと、ぼやけた視界には桃色のシルエットが映り込む。
「……何をしようとしてたのかなぁ」
ぼやけていた視界が明確になっていくに連れて、現状を映し出して体が凍りつく。
眼前に向けられた散弾銃の銃口。自分を鋭く見据えるオッドアイの瞳。いつでも私を撃ち倒せるように指をかけられた引き金。アビドスの制服を纏った、小柄な少女。
「あな……た…は……」
「動かないでね。動いたら、しばらく動けなくなっちゃうからさ」
「……」
低い声色で、冷たく言い放ってくる。冷静な怒りを孕んだ言葉に、逆らうことを許されない圧力を感じる。まさに蛇に睨まれた蛙、その蛇でさえ食い殺す獲物とするような鷹の目が私を捕まえる。
「あれって君の銃だよね?すごいもの持ってるね…あれで何を撃つつもりだったのかな」
「は…迫撃砲の…弾薬庫……です…」
「へぇ、味方してくれてたんだ?ゲヘナの子なのに」
「そ、れは……ノノミ…さん…友人を、助けたくて……」
「そっか。それは悪いことをちゃったなぁ…ごめんね。早とちりしちゃったよぉ」
謝罪してきた声は真剣だった。本心から謝罪をしていることがわかる。それでも、私への敵意と警戒を緩める様子はない。
「君さ、黒服のところにいた子だよね?」
「くろ…ふく……?」
「惚けないでよ。ビルの中ですれ違った時に見たよ。服装、顔、髪、武器。双子か変装じゃなければ、君で間違いない」
「ビル……もしかして、まっくろさんの…」
「まっくろさん…?君はそう呼んでるんだ。それで、関係は?」
「関係って……」
銃口が近づく。私に嘘や言い逃れを許さないように、質問に正確に答えろという脅しだ。
「君と黒服の関係だよ…君はあいつの何?協力者?部下?」
「その……まっくろさんは…身元保証人…?というか…生活を援助してくれる人…?です…」
「もう少し詳しく教えてくれないかな…?」
「私は、まっくろさんと、家を提供してもらう契約をしたんです…なので…生活を援助してくれる人…です」
「あいつが……なんで君とそういう契約をするのかな?あいつに何を言われたの?あいつにとって、君はそれだけ価値がある存在ってことだよね?」
「わたしもよくわかりません…!ただ、私を指示した場所に行かせて、私が関わることで起こる変化を観察したい…みたいなことを言ってました…」
少女の銃口が下がり、呆気に取られたような、不安に思っているような表情で私を見下ろす。
「あいつの観察対象ってこと……?てことは…私と同じような…でも、利用するだけの契約じゃない…なんで…」
ぶつぶつと考え事りしている少女は、銃口を完全に地面に向けて、私への敵意もだんだんと薄れていく。
やがて完全に敵意は消えて、ため息をついた後に眠そうな顔をして。
「うへ〜…ほんとうにおじさんの早とちりだったみたい…許してとは言わないよ…でも、本当に悪いことをしちゃったね、ごめんなさい…」
「な…そんな……」
「わかってる…怒るよね…だから、私のことは許さなくていい……でも、お詫びの気持ちとして…なにかさせてくれないかな…」
そういって彼女は私に頭を下げてきた。
「……」
どうしたら良いだろうか。お詫びなんていらない、じゃ済まないようなことをされた。この人は心から謝罪しているとわかる。でも私は痛く苦しい思いの感情、不満があって、この人にそれをぶつけることだってできる。でも、それをやるのは何だか違う気がする。
そんな八つ当たりに近いことをするには、彼女の謝罪の気持ちを受け取りすぎた。彼女の本気が伝わるからこそ、こちらも本気で恨むことが難しいのだ。
なにより、彼女がこれだけ本気に怒りを出すほどの何かが背景にあることを感じてしまったら、許してもいいのではと考えそうになる。でも許してしまえば彼女の謝罪が軽くなってしまう。
ここは怪我の治療費や慰謝料を求めるべきだろうか。でも、お金で解決するようなこととも思えない。それにノノミさんの仲間からお金を取ったりしたら、私がノノミさんになんて思われるか。
ここはひとまず保留。貸しひとつとして、保留にしよう。
「あ、あの(ぐぅぅ〜〜…)」
保留にしたいと伝えようとしたら、私のお腹が空腹であることを忘れるなと誇示するように鳴り響いた。
「あ…ああ…あの……今のは」
「うへぇ〜……」
顔を真っ赤にして俯いている私を、困った様子で見ている少女。
「えーと……うへぇ…」
「あの…貸しひとつ…と、言うことで……保留で…」
羞恥心で肩を振るわせて、絞り出すやうに声を出した。その声は少し震えていて、恐怖や怒りではない感情で上擦っている。
「うん、わかった…でも、なるべく早いうちにしてね。おじさんは忘れっぽいから」
「はい、そうします」
その後はお互いに別れの挨拶をして、彼女は風紀委員会と戦っているアビドスの仲間のところへ向かっていった。
脇腹と背中がじわじわと痛み、傷に響かないようゆっくりと自分の愛銃の下へ向かった。
体は痛むけど、止まって撃つだけならできる。早く援護しなければ。
そう思ってスコープを覗いたが、アビドスと便利屋たちは風紀委員会との戦闘を有利に運んでいた。ノノミさんも無事である。おそらくはあの大人、あの人が戦闘指揮をしているからだ。
その後は特に援護の必要もなく先頭が終わり、風紀委員会たちも去っていった。
結局は私は何もできなかった。ズキリと心が痛む。だがそれ以前に体が痛い。口の端から垂れていた液体も乾いて肌に張り付き、疲弊から一気に空腹感が蘇る。
「お腹が空きましたね……」
花ちゃんを片付けて、遅すぎるご飯を摂るために移動を始める。
洗った服も、綺麗にした体も、全部が無駄になったような気がする。ご飯を食べて廃屋に戻れば、すぐに倒れてしまいそうだ。
その後、やるせない気持ちを抱えたまま食べたご飯は、あまり味がしなかった。
久しぶりに書いたからいろいろ忘れてる設定もあって何度も読み直して書きました。