ネットカフェに置いてきた荷物を回収して、ホテルではないがチェックアウトして廃墟街に足を進める。
空き家を一時的な拠点にしてしばらく療養してから、ある程度回復したのを確認したら外出する。先日のアビドス襲撃で消費した弾薬を補給しなければいけないため、ブラックマーケットに向かおうと愛銃のケースを肩に担ぐ。
自分が使う銃の弾丸は、ブラックマーケットにあるお店でしか買えない品物で、前は月に一度くらいのペースで買いためていたのだが、今は手持ちのお金が少なくて予備の弾を切らしていたのだ。
幸いアビドスとブラックマーケットの距離は近いみたいで、余計な交通費を払うことなく徒歩で向かうことができる。
ブラックマーケットに足を運ぶのも久々で、唯一安心というか、自分が周りを気にせずに過ごせる場所に行くからか、少しだけ頬が緩んでしまう。
(おじさま…元気でしょうか)
いつも通っている店の店主との付き合いは長く、自分の中では唯一自分を理解してくれている友人だと思っている。ふとした時に私を孫のように扱ったくるため、最初は嫌だったけど今では「おじさま」なんて呼ぶくらいには身近な存在だ。
親戚のおじさんに会いにいくような感覚でブラックマーケットに行く自分に何とも言えない気持ちになるが、こうしてゲヘナ学園から逃げ出した自分の居場所としてはお似合いかもしれない。
そうこう考えているうちに、人気のない道を迷いなく進んでいき、やがてブラックマーケットの一角に足を踏み入れる。
たまに食べるたい焼きの屋台を横切って、いつものお店に向かおうとするが。
ぐぅ〜〜……
たい焼きの匂いに釣られたのか、お腹が空腹を訴えて鳴き声を上げる。普段朝ごはんは食べずに朝昼兼用で食事を済ませるため、この時間にお腹が空いているのは当然なのだが、今日の腹の虫はよっぽど空腹なようでたい焼き屋の店主にまで聞こえそうなほど大きな音をあげた。
「……」
私は黙ったままその場で立ち止まり俯く。今の自分の顔は鏡を見なくてもわかるくらい熱く、真っ赤になっていることが容易に想像できる。
そして、自分の行動に猛烈に後悔する。どうして立ち止まってしまったのか。そのまま立ち去っていれば、恥ずかしさはあってもここで終わりだったはずだ。しかし、立ち止まってしまったため、店主側にも何か余計なことを考えさせてしまったのではないか。そう考えてしまう。
絶対に振り向きたくないけど、このまま歩き出すのも憚られる。これが赤の他人で初対面ならまだ楽だった。しかし、何度か購入したこともある屋台のため、店主ともそれなりに顔見知りであるのがまた恥ずかしい。
「……嬢ちゃん」
「っ…はひっ…」
急に話しかけられたことで妙な返事を返してしまう。どれだけ恥を重ねるのだろうと心の中で涙を流しながら、ぎこちなく屋台の前に立つ。
「買っていくかい?何度も来てくれてるし、一個おまけするよ?」
「ぁ…えと…」
最悪だ。いや、最悪と思うのは失礼だろう。私を気遣ってくれたのだから。でも、偶然お腹が鳴ったとはいえ立ち止まってしまった挙句、その様子を見て商品をおまけされるのは、まるで狙っていたみたいで罪悪感がある。
「…ひ、ひとつ……ください」
「ひとつだね」
「ぁ…やっぱり、二つ」
「あいよ」
二つ購入してひとつおまけされて三つのたい焼きが入った袋を渡される。出来立てのようで食欲を誘う香りと温もりがある。二つ買ったのは、片方はおじさまにあげるためであって、私が食べたかったからでは決してない。
「ありがとうございます…」
「また来なよ」
たい焼き屋の店主に感謝して、たい焼きをひとつ袋から取り出して食べ始める。このたい焼きの味も久しぶりで、さっきまでの恥ずかしさもどこかへも消えてしまいそうだ。
ブラックマーケットは自分にとっては第二の家のような安心感がある。自分のような離れものが集まるような場所なのだから、それが良いこととは言い切れない気持ちもあるが、ここの人たちは他と比べれば自分に優しくしてくれる。
もしかすれば、本当はこれがみんなにとっての普通でありゲヘナで自分が疎まれている故に、ブラックマーケットが良い場所だと思いこんでしまっている可能性はあるが知ったことではない。
それのどこに問題があるのだろうか?人それぞれに自分の居場所があるように、私の居場所がブラックマーケットだったというだけのこと。ここにいる間だけは、自分の足取りも軽くなるのだ。
(これが、実家のような安心感、というものなのでしょうか…?)
たい焼きの美味しさと、心落ち着ける場所にいるという二つの要素が自分の心を温めてくれる。罪悪感や辛い日々ですり減っていた心も些か軽く感じて、無意識にスキップするような足取りになってしまった。
側から見ても気分が良さげな雰囲気のまま、道路沿いの地下階段を降りていく。シャッターが閉まった建物の地下に私がお世話になっているお店があるのだ。
入り口を開いて中に入ると、すぐ横にあるレジカウンターでコーヒーを嗜んでいる猫の店主に声をかけられる。
「いらっしゃい…アザミか」
「お久しぶりです、おじさま」
片目に傷のある渋い声のマスター。もし声優の仕事をしていれば、伝説の傭兵みたいなキャラクターの役が似合いそうだなと密かに思っている。
マスターはコーヒーをカウンターに置くと、後ろの引き出しを開けて中のものをジャラジャラと音を鳴らしながら箱に詰めていく。
「いつものでいいんだろ?」
「はい。ただ、今回は一箱だけでお願いします」
「なんだ、金欠か?」
一箱分とは25発だけである。値段にすれば約10万円とかなり高い。
ハンドガンやアサルトライフルの弾が50発入った箱でも、コンビニで買えば約800円。スナイパーの弾なら、同じように50発の箱で買うと約1,800円。自販機は場所によって値段が大きく違うこともあるからあてにならないが、それでも値段の違いは20〜50円程度だろう。
1発の値段ごとにわけるならば、小口径は10から30円。大口径は50から100円になる。
それに比べて私の使う炸裂弾は1発だけで約4,000円ととんでもない値段である。これでも、少しコスト削減して安くなってはいるのにだ。
もともと使っていた『炸裂榴弾』から、爆発範囲が小さくなる代わりに使用する火薬を抑えた『炸裂弾』に変更したことで多少コストを下げることはできた。それでも一般的に使われる弾薬と比べれが桁が違うのだ。
これに関しては、桁が少なかった花ちゃんと、桁が多い弾薬という凸凹な組み合わせが気に入っているが、好みだからと値段が高くていいわけではない。トリニティのお嬢様たちようにお金持ちではないので、弾の消費はなるべく減らさなければならない。
こういう面でも戦闘は嫌いだ。でも花ちゃんを使ってあげれるからやっぱり好きかもしれない。
話が逸れてしまったが、要するに今の私に大量の予備を買う余裕はないということだ。
「そんなところです……あっ、おじさま。こちら、たい焼きです。さっき買ったものなので…よければどうぞ」
「おう、悪いな」
さっき屋台で買ったたい焼きをひとつ袋から出してマスターに渡す。コーヒーとたい焼きが合うかはわからないけど、心なしか嬉しそうに見えるので買っておいてよかったと思う。
たい焼きを渡したついでに、お金も払って弾の入った箱を受け取る。.50口径の弾は流石の巨大さで、それが25個も収められた箱は大体ペットボトルのお茶一本くらいの太さがある。それをコートの内ポケットにしまって、最後の二つ目のたい焼きを袋から取り出す。
マスターと一緒にたい焼きを食べ始める。たい焼きを食べている間、自分たちの間に会話はなく、ブラックマーケットの喧騒が扉の向こうから聞こえてくるだけ。特に話すことがないからというのが理由だが、私は美味しいものは味に集中して食べたいので、自然に無言になってしまうのだ。
(あっ…おまけのたい焼きの中身、カスタードですね…あんこのあっさりとした食感も好きですが、カスタードのねっとりと張り付くようなしつこさも好ましいです……前に食べたチョコレートも、噛んだ瞬間中から溶けたチョコがどろっと溢れ出てきて…熱くてとろみがあって…大変美味しかった覚えがありますね)
そう、無口にはなるけど、口には出さないだけで心の中では大変よく喋っているので、声に出したら相手や周りに五月蝿いと思われるかもしれない、という理由でも喋ることはない。
「アザミ、たい焼きのお礼だ。少し待ってろ」
マスターはたい焼きを食べ終わると、コーヒーを一気に飲み干して奥の倉庫に入って行った。自分もたい焼きを食べ終わっていたので、どうしたのかと疑問を浮かべながらマスターが戻ってくるのを待っていると、平たい箱を両手に持って戻ってくる。
「待たせたな…」
「あの…おじさま…?これは…」
「……ふっ」
私が中身を尋ねると、マスターは口の端を吊り上げて微笑む。まるでドッキリを仕掛ける前の子供のように、相手の反応を楽しみにしている顔だ。その表情から、中身は私が驚くものだと察しがつくが、何かを欲しいと話したことはないし、思い当たるものはなく再び首を傾げる。
マスターはその反応もわかっていたように、笑みを深めてから箱をゆっくりと開ける。
中に入っていたのは、5つの弾丸。自分が使っている.50口径炸裂弾と似ているが、少し弾頭の形状が違う。それに気づいた時、記憶の中からとある弾丸が掘り起こさせる。
「おじさま…これは…」
「.50口径の徹甲炸裂榴弾。対ヘリや装甲車に使う高貫通の炸裂榴弾だ」
.50口径の徹甲炸裂榴弾。戦車や艦船の砲弾で言うならばAPHE弾だ。装甲を貫通した後に内部で爆ぜるという仕組みを、対物ライフルの弾丸用にに小型化した特殊弾である。
1発の値段はなんと1〜2万円。たった1発で1〜2万円である。これ1発でライフル弾が600発以上も撃てるのだ。たった数分の間に、値段のインフレがとんでもないことになっている。
「こんなに貴重なものを見せていただけるなんて…」
「見せるだけなわけないだろ、こいつはおまいさんにやるよ」
「……ふぇ?」
信じられない言葉に思わず声が出る。物語やアニメでよく「ふえ?」という可愛らしい台詞を出すことがあるけど、まさか自分の口からその台詞が出るとは思わなかった。
「や、やるって…く、くれる?譲渡していただくという認識で…あっていますか…?」
「おう」
私は再びフリーズする。マスターのことは信頼しているが、今だけはその言葉を信じられなかった。
「どうせおまいさんしか使わない弾だ。倉庫で劣化していくらくらいなら貰ってくれ」
震える手で箱を受け取ると、落とさないように力を込める。しっかりと掴んで、箱から1発ずつカウンターにそっと置いていく。ドミノ倒しの板を並べるように慎重にだ。
5つ並べ終わると、ダンケースを床に下ろして開く。中には愛銃がクッションの上で貴重品の如く眠っている。そのクッションの空いているスペースに、愛銃と同じように弾丸を寝かせていく。
そっとガンケースを閉めて、しっかりとパッチン錠をつける。
「おじさま…本当に、ありがとうございます…!」
「…」
マスターは無言で葉巻に火をつけて、レジカウンターの定位置に戻る。暗にこれで話は終わりだと言うように、新しいコーヒーを淹れはじめる。
こう言う時のマスターは本当に話すことがない時のマスターであり、私もそれを理解しているから、一言だけ告げて店を出るようにしている。
「また来ます」
扉を開けて外に出る。階段を登ってから深呼吸をする。とても心晴れやかな気分だ。鼻歌を歌いながら公園でも散歩したいくらい幸福感に満ちている。
(最近は嫌なことばかりだったから…運が傾いてきたのでしょうか)
ここから良い風が吹くのではないか、そう期待して仮拠点に戻ろうとした直後のことだった。
タタタタタタタ!
と銃声が鳴り響き、変な鳥のグッズをたくさんつけた少女が走ってきたと思ったら。
「わわわっ、そこどいてくださいー!!」
私の目の前を横切って、反対側にいた少女にぶつかる。というか、良く見ればこの前自分も参加した襲撃の相手であるアビドスの生徒たちではないか。
見るからにチンピラの生徒も合流して、今にも戦闘が始まりそうな雰囲気になっていくの見ながら私は心の中で呟いた。
(運が傾いたと思ったのは気のせいでしたか……)
瑠珠アザミの情報⑨
自覚していないが意外とちょろい。
普段から疎まれている分、人の優しさに弱い。