しんと静まり返った森の中、空気の流れすらも息を潜めていた。
その場違いな静寂は、まるで森そのものが“侵入者”に気づいているかのようだった。
藍染惣右介は一歩、また一歩と、森の土を踏みしめながら進む。
枯れ葉の音、風のざわめき。それら全てを、彼は目を細めて聞き分けていた。
「……生命の波長が異なる。“こちら側”の世界とは、また違った構造か。」
己の霊圧は周囲に浸透せず、まるで濾過されるように吸われていく。
この“結界”が世界を閉ざし、外界の理から守っていることに、彼はすぐに気づいた。
(……幻想郷。隔離された理想郷、か。愚かではあるが、面白い。)
そのとき───
ガサリ、と茂みが揺れた。
「……誰か、いるのか?」
低く響く声に、うさ耳を揺らしながら一人の少女が顔を出す。
赤い目に銀色の髪。警戒心を滲ませながら、彼を睨んでいた。
「あなた、外の人間ね……。ここは、普通の人が来る場所じゃない。」
──鈴仙・優曇華院・イナバ。
彼女は永遠亭の使いとして、この森に異常霊圧の調査に来ていた。
「その瞳……月の波長を帯びている。月から来たのか?」
「……なんでそれを……あなた、何者?」
「名乗るべきか迷うが……そうだね。私は、かつて尸魂界に“神の座”を築こうとした者。」
彼の声には、威圧も誇張もない。だが、その存在そのものが圧倒的だった。
「警告するわ。ここはあんたの好きにしていい場所じゃない。今すぐ、この森から立ち去って。」
少女の声は明確な拒絶と警戒を帯びていた。
だが、それこそが藍染の興味を引いた。
「君は……ただの妖怪とは違うようだね。波動、いや…“精神波”に似た反応がある。」
鈴仙は一歩、後ずさる。こめかみをつたう汗は、彼の言葉に対してではない。
理由のない不快感。見つめられるだけで、思考が削がれていくような圧迫感。
(なに、この感じ……? 空気の“重み”みたいなものが……)
「君のような存在には、私の力がどう作用するか……少し、興味があるんだ。」
藍染は、ゆっくりと右手を上げた。
その手には一本の刀──鏡花水月。
「見せてあげよう。私の“始解”を。」
スッ…と静かに抜かれる刀身。刃が月光を受けるように煌めいたその瞬間───────
「砕けろ、鏡花水月。」
その言葉と同時に、空気が波紋のように揺れた。
鈴仙の赤い瞳が、その輝きを確かに見た。
(ッ─!? 視界が……歪む!?)
鈴仙は一瞬、何もないはずの空間に“もう一人の藍染”を見た気がした。
いや、それどころか……自分の背後にも、頭上にも、どこかに「気配」が散っている。
「……っ、な、にこれ……!」
彼女の持つ波長感知能力が、完全に混乱していた。
異常なまでの感覚ノイズ。“位置”も“存在”も、“真実”が判別できない。
「君は精神を操る力を持つ。だが、“真実を誤認させる”という意味では、私の力の方が一枚上だ。」
藍染は微笑む。だがその笑みに、悪意はなく、ただ純粋な「比較」として語っている。
「安心するといい。今のは試験的な使用にすぎない。君を傷つけるつもりはなかったよ。」
その言葉を聞いたときには、鈴仙の目の前には──
もう誰もいなかった。
ただ、風が吹き抜け、森が元の静寂を取り戻す。
鈴仙は膝をつき、呼吸を整えながら呟いた。
「……“見ただけ”で……こんなに……」
彼女はすぐに立ち上がり、永琳への報告へと向かった。
“幻想郷に現れた、異質すぎる存在”
その名も、まだ知らぬままに。
1話目から砕けちゃいました。