バレンタイン。聖バレンタインが如何たらという歴史的な事情はともかく、現代においては親しい人間や好きな相手に対してチョコレートやお菓子を送るというイベントと化している。
主に女が男に贈るのが一般的だが、女同士で贈り合うケースも多い。かくいう俺の姉も三上さんに贈るためであろうチョコレートを手作りしている。そしては俺はというとこの日は少々憂鬱だったりする。
「おっはよー理央くん。今日はなんか空気がソワソワしてるよね、やっぱりバレンタインだからかな?」
「宇佐美か。俺にとってはさっさと通り過ぎて欲しい一日だがな。」
下駄箱で宇佐美と鉢合わせる。そして俺は予め昨日の内に持って帰っていた上履きを出す。え?何故わざわざ持ち帰るのかだと?下駄箱を開けたら分かる。
「うわぁ理央くん大量だねぇ。大収穫じゃん。」
「回収する身にもなれ。あ、少し食べる?」
「それ今この場で言わない方が良いよ?」
下駄箱を埋め尽くさんとするチョコの数々。これが嫌だからバレンタインの前日には上履きを回収する。上履きを出そうとすると中の物まで出てきて面倒だからな。
俺は予め用意してある袋にチョコを入れていく。正直誰が贈り主かも分からんが、わざわざ紙袋を用意してくるなんて無様というか何というか。
「──真木くんその紙袋ぶら下げて教室入るのは嫌味だと思うよ。」
「俺にそんな気持ちが無いから良いんだよ。」
「うわぁ凄い理論。」
教室に入ると氷見が話しかけてくる。別に嫌味も何もないだろ。単に持ち歩くしかないから仕方ないんだよ。
「そういう氷見は烏丸に渡せんのか?」
「──え、え、いやあの……その……。」
「分かった分かった、多分こりゃ無理だな。」
昔はあがり症だったらしい氷見は今は普通に人と話せるのだが、烏丸の話となると途端に借りて来た猫というかパニクって使いものにならなくなる。
「まあ烏丸が玉狛に移ったら接点無くなるもんな。」
「うッ……。」
「学校も違うから同校の先輩後輩みたいな絡み方も出来ないし。」
「あ、あ、あ……。」
「そもそも太刀川隊にいた頃から親交無いよな。」
「わぁ……あ……。」
「あ、理央くんが亜季ちゃんのこと虐めてる!」
「人聞きの悪いこと言うな。」
外聞が悪いから止めてくれ。ただ事実を陳列しただけだろ。というかそんな状態になるまでほっとくのも悪いだろう。
「栞、真木くんが正論で殴ってくる。」
「おぉ、新手のDVってやつだね。」
「だから外聞の悪い言い方は止めろ。」
お前ら人を陥れて楽しいか?
「烏丸本人へのプレゼントじゃなくて烏丸の弟たちに贈るつもりで渡せば良いだろ。あいつの家、兄妹多いし。」
「何でそんな良いアドバイスがあるのに最初から言わないの?馬鹿なの?」
「せっかくアドバイスしてやったのに何て態度だ。」
烏丸はどうせ自分へのプレゼントより兄弟にも渡せるプレゼントの方が嬉しいクチだろ。そうやって接点持たないと始まらんだろうし。
「真木くんって意外に結構モテるんだね。」
「──綾辻か。」
話しかけて来たのは嵐山隊のオペレーターである綾辻遥。クラスも同じで接点があるといえばあるし、無いといえば無い。まあ正直あまり話す機会がない。氷見の方が喋りやすいし、宇佐美の方が親しみやすい。ボーダーの広報をやりながらこの学校で生徒会役員までやってるというのは頭が下がるというか完璧過ぎて若干怖い。てかこいつ今、意外って言わなかったか?
「結構どころか相当だよね。ウチの京介くんにも負けないくらいには。」
「ふーん。じゃあ私も便乗して渡しとくね。」
一瞬クラスの空気が騒つく。綾辻はボーダー内外でもファンが多いのは知ってたが、ここまでかよ。
「同じボーダーで世話になってるからか?義理でも貰えるもんは貰っとくぜ。」
「あ、ズルい!はいこれ私からも。このクラスの戦闘員は理央くんだけだし、いつもありがとう。」
「あんたには世話になってるからね、はい。」
「──前から言ってるが、お前らも隊員だからな。戦闘員だけじゃ戦闘は出来ねぇからな?」
「なんでこいつこんな台詞あっさり言えるわけ?なんかムカつく。」
「ああもう勝手にしろ。」
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学校終わり、女子に囲まれてる辻を見つけた。二宮隊のアタッカーでマスタークラスの使い手である辻だが、女が苦手という弱点を抱えている。男兄弟の中で育ったからなのか母親と同隊の鳩原先輩か氷見としかまともに会話ができないらしい。明らかにタジタジしてるし完全にあがってるなこれ。
「辻、今日はこの後予定あんだろ。早く行こうぜ。」
「あ、う、うん。」
まあそんな予定があるのかは知らんが、救い出すことには成功した。あのままじゃ犬飼先輩辺りを待たないと埒が開かないからな。
「後で辻に渡しとくから袋に入れな。」
あんなに女が苦手なくせにモテたい願望みたいのはあるからな辻は。義理だろうが何だろうが渡しておいてやった方がトラブルが少なくて済む。
「その、さっきはありがとう。」
「別に良いけどよ。ほれ、回収しといたから受け取れ。」
「──真木くんは凄いね。あんなに女の子に囲まれても動じないなんて。」
「俺の姉に比べたら大半の女はどうとでもなる。そうだ、ショック療法でお前も「ごめん絶対無理だから遠慮させて。」
「うん知ってた。忘れてくれ。」
ショックが強すぎて一生立ち直れない可能性まである。いきなり致死量レベルじゃ療法以前の問題だからな。
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「理央っちー。ほいチョコレート。」
「あぁ、サンキューな。」
「あ、真木くん。真木ちゃんにはいつもお世話になってるから真木くんにもあげるね。」
「あんがとよ那須。」
「理央くん。真木ちゃんにも渡したけど、はいあげるね!」
「ありがと三上さん。」
なんか疲れるなぁ。同い年のボーダー女子から貰うチョコは絶対にお返しをしておかないと後が怖い。
「バレンタインってお菓子メーカーの打算よね。」
「まあ連中からしたら稼ぎ時だ。夏のチョコは悲惨だからな。」
「そうよね。売り上げが夏と比べて冬は2.8倍以上に増加するみたいよ。」
「ついでに言うと2月の前半部分でその年の売り上げの1割強は見積もってるらしいぞ。」
「まさに優良案件って訳ね。」
「それで何か用か?」
「私もお菓子メーカーの陰謀に乗ろうと思って、はい。」
「おお、大手の詰め合わせセット。コスパの塊だな。ありがと。」
「じゃあね。」
こんなデータ的な話をする知り合いは一人しかいない。東塾二期生、片桐隊のオペレーター結束夏凛だ。東さんの教え子というのもあるが、とにかく数字とデータ重視、俺と同じ六頴館のBクラスで話の趣向と波長が割と合うから親交はある。あ、そういや片桐隊の調子良さそうなの言うの忘れた。明日学校で言えば良いか。
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「烏丸くん、ちょっと良いかな。」
「辻先輩ですか、何でしょう。」
「ほら、ひゃみさん。」
辻は氷見と共に烏丸の元へと向かった。烏丸京介、ボーダー内に数多くのファンを抱えるイケメンであり、氷見もその一人である。あがり症を克服した氷見が未だにあがってしまう対象でもあった。
そんな氷見は烏丸へのプレゼントを用意はしていたが、理央のアドバイスに確かにと見つめ直し、わざわざ別のプレゼントを用意した。お菓子の詰め合わせセットである。5人兄妹、烏丸京介を除いた4人分の詰め合わせに自らが用意したものを袋に入れていざ烏丸の前に立とうとするまではよかった。
「ひゃみさん、ここまで来たんだから……。」
案の定、この有り様である。
(無理だよこんなの!だって烏丸くんがこんなち、近いし凄い覗き込んでくるし!)
烏丸は辻の背中に隠れてしまっている氷見を大丈夫かと伺ってるだけである。
(や、やっぱり帰ろう。辻くんここまで付き合わせたのは悪いけどやっぱ無理なものは無理だ)
氷見が諦めて帰りかけようとしたその瞬間、脳内の誰かに殴られた、そんな気がした。
なんだ結局渡せなかったか。まあだよな氷見だし、しゃあないしゃあない
俺のアドバイスを無駄にしやがって
何なら俺が渡して来てあげましょうか?
(なんかあいつに好き放題言われるのは癪だわ。大体あいつ正論なら何言っても許されると思ってない?そう考えたらムカついてきた──えぇいもうヤケだ!)
「か、か、烏丸くん!そ、その、これ、家族で食べて!」
「! マジすか、正直今日のプレゼントの中で1番嬉しいっす。」
意を決して渡したプレゼントに烏丸の顔が綻ぶ。僅かに溢れる笑み、自らへの感謝の言、完全なキャパオーバーである。
「え!?い、い、いち、いちばん?ほ、ほ、ほんとうに?」
「はい。うち兄妹多いんでこういうの凄い助かります。ありがとうございます氷見先輩。では失礼します。」
ホクホク顔で袋を持って立ち去る烏丸を見送った辻と氷見。
「頑張ったねひゃみさん──ひゃみさん?」
「ごめん辻くん、あまりの衝撃に腰が抜けて動けない。」
「えぇ……。」
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「真木くんありがとう。お礼に今度何か奢らせて。それと頭の中で真木くんにムカついてごめん。」
「何故頭の中のことを全部言っちまうんだよ、感謝が台無しだ。」