国近柚宇はラウンジに向かって走っていた。同隊の出水から聞かされた情報の真偽を確かめるため。そしてあわよくば自分も教えて貰おうと思ったからだ。
国近柚宇はA級1位太刀川隊のオペレーターであり、特に機械操作や並列処理に長けている。A級1位部隊のオペレーターは伊達では無い。
あくまでもオペレート能力に関しては。
この女、こと勉強面に関しては最悪である。赤点を平然と取る上に暇さえあればゲームをしていて勉強など微塵もやらない。そのくせピンチになると同級生の才女、今結花に泣きつく始末。更に当真まで面倒を見させられると普段から真の悪たる別役太一の面倒を見ている今をもってしてもキャパシティの限界であった。
そんな女がノートを持ってラウンジに向かうという異常行動に出ている。何も起こらない訳が無い。
「お、国近じゃん。どうしたよ。」
そこには出水の言う通り真木理央に勉強を教わる当真が居た。
「──この裏切り者めー!留年する時は一緒にしようねって約束したじゃん!抜け駆けとかあり得ないんだけど!?」
「えぇ……そんな約束したかぁ?そもそもこれは真木ちゃんの命令でやってる事で俺がやろうって言った訳じゃ……。」
いきなり現れたと思ったら痴話喧嘩か何かか?てかそろそろ時間だし今日はこの辺にしとくか。
「──どうでも良いけどさぁ、ラウンジで騒ぐな馬鹿共。当真先輩、とりあえずそのノート覚えればある程度は点取れるだろ。テスト前になったらまた言えよ。」
「理央……お前の努力無駄にはしねぇぜ!ぜってぇ赤点回避して見せる!」
「そこはもう少し高い目標持ってくれよ……。」
当真は割と上機嫌に帰っていった。理央もまたさっさと帰ろうと荷物を纏めようとしていた。すると後ろから何故か腕を掴まれた。
「ちょっと待ってよ!何で帰ろうとするの!?」
「もう当真先輩にはある程度教えたし本人は帰ったし俺も帰ろうかと。」
「私の勉強も見てよー!というかここは教えてくれる流れじゃん!」
「え?嫌ですけど。当真先輩に教えたのもほぼ強制させられただけだし。」
「当真くんは助けて私は見捨てるんだ……そうやって私を弄んで楽しい?」
「は?誤解を招くような発言するな。ほら見ろ、変な目で見られてるじゃん。完全に俺が悪者だよこれ。」
見方によれば一種の修羅場である。理央には本来何も関係が無い案件だし、国近が留年しようが理央にはどうでも良い事だ。だがいつまでも離そうとしない国近に面倒くさくなった理央は折れてしまった。
「じゃあ1時間だけですよ。」
「やったー!ありがとう理央くん!」
だから近いっての。大体勉強見て欲しいなら今先輩に頼めば良いのに。
あ、そうか。遂に見捨てられたか。あまりにも何もやってこないわ出来ないわで。あの今先輩が匙を投げるって相当なもんだぞ。だって別役相手にも怒るの我慢出来るんだもん。理佐だったら一発で怒髪天確定だよ。
──俺は一体何をしているんだろうか。
理佐の命令でリーゼントに勉強を教えたのはまだ良い。だが何故これまで面倒を見なきゃならんのだ。そもそも太刀川隊って馬鹿しか居ないな。隊長はあり得ない馬鹿だし、出水も他に比べたらマシなだけで馬鹿だし、これに関しては言わずもがな。
──烏丸が居なくなったらこの隊終わるな。
国近柚宇と席を合わせて勉強をするという男子からしたら羨まし案件なのだが、当の本人はさっさと帰りたいのが本音。要点を掻い摘んで確実に点数を取れるポイントを抑えていく。
そんな光景を見せつけるかのように周りには映っているのだろう。嫉妬、あるいは羨望の眼差しが理央に突き刺さるのだが、それに理央が気付くことはない。この男、この類の話には残念なほど鈍感であった。
(え……?何、あれ……?)
当然その様子は不特定多数に目撃されることになるのだが、その中に三上歌歩が混じっているなど理央は夢にも思わない。
真木理央と席をくっ付け共に勉強するという光景。それを共にするのは自分では無いという現実とそれがよりにもよって国近柚宇だという事実のダブルパンチが三上を襲う。
三上歌歩は自らの容姿に対する他者からの評価を概ね認めている。面倒見の良い性格と可愛らしい所作は同性から好かれているし、異性からのそういう視線を全く感じない訳では無い。無論、真木理佐という近衛騎士が居るのでその類の絡みには遭っていないが。
だがそんな三上が唯一、では無くとも確実に及ばないものがある。それは胸部だ。
同い年のオペレーターや隊員と比べても些か小ぶりな胸部はコンプレックスと言ってよい。可愛らしいという評価も胸部が無いことによる幼児的な扱いなのではと疑っていた時期もある。
そんな三上にとって国近柚宇は天敵だ。別に仲が悪い訳ではないしむしろ仲は良い方だろう。国近は同性に対しては積極的にスキンシップをするのでたまに抱きつかれることもある。その度にその戦艦級の胸部が否応無しに押し付けられ、どんよりした気分になるのは言うまでもない。
そんな女が真木理央の隣に居る。
いや近くない?勉強教わってるだけだよね?
というか何で君も拒まないわけ?
ふーんやっぱりそういう趣味なんだ
誰にも聞こえない。
聞こえるはずもない。
脳が破壊される音と黒い感情が坂巻く音がラウンジに響いた。