現代の貴族は多くの問題を抱えるが、その最たる一つが部屋住み令嬢の始末だ。公社に与する、しないに関わらない課題である。
貴族令嬢は主に婚姻で家同士の繋がりを得る為に使われてきた存在だ。
しかし公社の台頭で貴族社会そのものが廃れつつある昨今、その意義も失われている。
結果、嫁に行けず、役割もない穀潰し……『部屋住み令嬢』が溢れかえることとなった。
そもそも貴族の価値観では、女性が働くのを『卑しい』とする風潮が未だに根強い。農業にしろ手工業にしろ、令嬢にとって自ら働くというのは酷い侮辱なのである。
なので部屋住み令嬢は成人しても働かないで実家に寄生し続ける。その維持費も馬鹿にならず、傾いた屋台骨にトドメを刺す事例も珍しくなかった。
アンスリアムが目を付けたのは、そこだ。
もはや負債でしかない令嬢を、王女麾下の騎士団というブランドでもって引き取ってくれる。令嬢本人にとっても、家の当主にとっても、願ってもない提案だった。
「ふ~ん。産廃業者みたい」
「言うに事欠いて産廃って……あ〜、まあ、言い得て妙ね」
シンクの暴言を否定しきれないアンスリアムは、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。
実際、貧乏の極まった弱小貴族にとっては、穀潰しを合法的に、かつ体面を保って処分出来るなど願ってもないことだ。確かにやってることは産廃業者じみていた。
公社の経営に関わって財政も潤っている家の場合ならば、多額の持参金まで持たせて送り出してくれたし、その金が騎士団の設立を強力に後押ししたのも事実である。
また、そうして得た金を騎士への給金という形で食い詰めた貧乏貴族に流せば、利潤と忠誠をまとめて得られる……ビジネスとして成り立っていると言えなくもない。
(……あれ? 私って結構アコギなことやってる?)
自分の行動に唐突な別側面を発見して、一抹の疑問を覚えたアンスリアム。だが犯罪でも悪事でもないので別にいいか、と即座に頭を切り替えた。
「けど、そんな産廃どもなんか戦力になるの?」
「産廃言うなっつうの。貴族教育って戦闘訓練も含まれてるのよ。それも結構高度なのがね。だから完全な素人をゼロから訓練するより労力が掛からない、って目論見……だったん、だけど……ねぇ……」
露骨に言い淀んだアンスリアムが天井を仰ぐ。自白を強要される捕虜のように沈痛な面持ちだ。
シンクは褐色メイドにコーヒーのおかわりを注文しながら続きを待った。
観念するようにアンスリアムが正面を向き直るまで、2分少々の間が空いた。
「考えが甘かった。頭ン中がお花畑っていうのかしら。今時あんな牧歌的な訓練風景があるなんて……」
「逆に面白そうじゃねーか。見世物にして金取った方が儲かるんじゃね?」
「令嬢動物園って? あっはは、そりゃウケそうね」
空虚に嗤うアンスリアムだが、不自然な笑顔からは少しだけ本気が窺えた。
「そうもいかないのよ。部屋住み令嬢の処分先が確立されれば、公社に属する貴族からは継続的な支援を受けられる。その金を循環させれば、国内のパワーバランス回復に繋がる」
「随分と壮大ですこと」
「私が目指すのは旧勢力と公社の仲立ちなの。それには多くの実績が不可欠。部屋住み令嬢をただ引き取るだけじゃなくて、入隊そのものがステイタスになるようじゃないと」
「八方美人だな」
「当然よ。欲しいのは最大公約数の指示だもの。ちなみに30年ぐらい先を見据えて計画中。だから、いきなり躓く訳にはいかないの」
弁に熱が籠もっていたアンスリアムは、そこで褐色メイドの淹れたアイスティーを一杯飲み干した。それから改めてシンクを真っ直ぐに見据える。
「で、海岸での話に戻るのだけど。貴女、エンジ・ストレイド氏の縁者なのよね。彼は今、どこに?」
「死んだぜ」
「……死んだ? え、死んだ?」
信じたくない気持ちがアンスリアムに聞き返させるも、事実は変わらない。
「もう半月ぐらい前の話だ。なによ、あんた親父のファン?」
「半月ぃ!? 嘘ぉっ!?」
思わず立ち上がってテーブルに身を乗り出すほど、アンスリアムの狼狽っぷりは凄まじかった。
褐色メイドがすかさず回収しなければ、淹れたばかりのティーセットが丸ごと吹き飛んでいたかもしれない。
「れ、連絡が取れなくなっておかしいとは思ってたけど……な、なんてこと! 最悪だわ……」
「傭兵が急にポックリ逝くなんて珍しくもねえだろ」
「……契約の交渉中だったのよ、彼とは……」
やがて全身から空気が抜けたように座り直したアンスリアムは、両手で頭を支えるように項垂れた。
「王女様が傭兵に仕事?」
「ええ、師団の戦術教官をね。令嬢騎士を一流の兵士《ソルジャー》に鍛え上げるには、私や師団長の能力じゃ足りないもの。百戦錬磨の傭兵が欲しいってギルドに注文したら、紹介されたのが彼だったわ」
実際、民兵や村の自警団に戦術を教えるのも傭兵の仕事の一つだ。正規軍の教導なんてのは聞いたことがないが、実情はアンスリアムの私兵らしい令嬢騎士団には、都合が良かったのかも知れない
「ふーん。つまり、親父に代わって俺が業務を引き継げと?」
「話が早いわね、その通りよ」
またも座っていた椅子を倒すほどの勢いでアンスリアムが起立する。寸でのところで褐色メイドが割り込んで、倒されかけた椅子を受け止めて後ろに下げた。
「貴女の受けたお父様からの薫陶、是非ともあいつらに教示してやってほしいの」
「薫陶なんて立派なもんじゃねえよ。悪ぃけど、ルメインには仕事探しで来たんじゃねーんだ。他を当たってくれ」
「報酬は弾むわよ! 必要なら身分だって偽造してもいいわ。何をするつもりか知らないけど、損はさせないわよ、絶対!」
「お、おう……必死だな、おい……」
余裕の無さの表れか、アンスリアムは有用な条件を提示しつつも、魔剣まで抜いて露骨に脅しに掛かってくる。シンクとの遭遇は完全なる偶然だっただろうに、藁にも縋る心持ちなのが伝わってきた。
ちょっと粘れば、もっと良い条件で契約出来るかもしれない……とも考えたが、クレナイを探すうえでは、確かに権力者の後ろ盾は願ってもない。
「うん、いいよ」
約1秒間、彼にしては熟考した返事をすると、アンスリアムは「よっしゃーっ」とばかりにガッツポーズをした。勢い余ってテーブルの天板を蹴り上げてしまい、ティーセットがまとめて宙に舞う。
「雇うのはええんですけどね、姫さん?」
空中のティーセットを目にも止まらぬ手付きでキャッチした褐色メイドが、半目の表情で主に尋ねた。
「なぁに、ボニー?」
「さっきから勘違いしはってるけど、そのヒト男どすえ。ご令嬢ばっかのラマシュトゥに放り込んでええんです?」
「……………………え゛」
褐色メイドの忠告に絶句しつつ、アンスリアムは幽霊にでも遭遇したような顔でシンクを見つめるのだった。
(ま、結局は女装姿で放り込まれた訳だがな! 恐ろしいほど似合ってるのが、また……親父はどうするつもりだったんだろう?)
師団長室の扉は異様に大きく、金メッキされた取っ手は姿見のようにシンクを映す。その自分の姿に、つい見惚れていた。
ベリーショートに近かった髪型を魔法で伸ばした以外には、さしたる手入れもしていない。なのに男だと考える方が不自然なほどサマになっていた。
あまりにも見目麗し過ぎて、自分じゃなければ速攻で口説きに行くのに……という悔しさすら覚える。
「……どうぞ?」
無意味に葛藤をしていたら、扉を押す手が止まっていたらしい。気を取り直したシンクは、扉を押し開けるのと同時に深く一礼した。
「シンク・ストレイドであります。本日より、ラマシュトゥ師団の戦術教官として着任いたしました」
「はい、よろしくお願いします。エグゼルヴィア・カーマンライン十階騎士です」
軍人らしからぬ和やかな口調を訝しみつつも、シンクは自然体を装って顔を上げた。
果たしてシンクの眼前には、天板の高さが自分の目線よりも高い巨大な事務机と、それを普段遣いとしている見上げんばかりの巨女が立ちはだかっていた。