結局、初日はまともに団員が集まらず、訓練にならなかった。
1時間経ってもグラウンドではソニアの一団だけが延々と腕立て伏せを続け、再度の呼び出しでようやくヴァイオラ辺境伯令嬢とその取り巻きが、ダラダラと仏頂面で姿を現したのだった。
無論、軍隊として時間厳守は最低限の取り組みの一つである。遅刻した令嬢騎士達には新任の副師団長による気弾掃射が浴びせられ、全員仲良く医務室送りとなった。
丸焦げで気絶したヴァイオラ一派の搬送を命じられたソニア達は、副師団長が自分達に対してはまだ加減していたと痛感。もはや楯突こうという気概も無くなっていた。……陰で「魔女」と呼ぶようにはなったが。
それからさらに1時間後。今度は師団長が直々に、一人ひとり名指しで呼び出しを掛けて、やっとブルーシエルとジョルヌのダブル侯爵令嬢が現れた。
ただし、ルヴィに文句を付ける目的で。
「カーマンライン師団長! このワタクシを放送なんかで呼びつけるだなんて、どういう了見なのかしら!?」
「騎士爵風情が侯爵令嬢たる我々に嘆願するのならば、まずは書面で訴えるのが筋でしょう!? 成り上がりの騎士爵には、その程度の良識もありませんの!?」
との言い分だったので、副師団長は即座に二人を反逆罪と上官侮辱罪で拘束し、地下営倉に放り込んで明朝の処刑を告げた。
ルヴィ本人の執り成しで24時間の重営倉入り(拘束具付き)まで大幅に減刑されたものの、取り巻き全員への同様の処分までは覆らない。細やかな抵抗も虚しく縛り上げられた令嬢騎士達は、未曾有の不自由さに阿鼻叫喚となっていた。
相手に必要以上の怪我をさせずに営倉へ放り込むのは、地味ながら時間も神経を使う作業だ。
シンクが副師団長用の私室へ帰った頃には、夕食の時間もすっかり過ぎていた。
……帰った、といっても、そこは今日始めて訪れた見知らぬ部屋である。
ロクな手荷物も持たない流浪の身である彼に代わり、アンスリアムの趣味なのかファンシーな家具と事務机が並んだ部屋は、そこらの宿のスイートより上質に思えた。
「聞いていた以上の酷さでありましたな、師団長殿」
備え付けの台所の設備を確認しながら、シンクはリビングに立たせた……もとい、リビングの窓からシュンとした表情で覗きこんでくるルヴィに、早速の苦言を呈す。
ここは宿舎の3階だが、ルヴィがちょっと背伸びをすれば届いてしまう高さだ。いくら美人とはいえども、内心ちょっと引いてるシンクである。
それでも、言うべきことは言わねばなるまい。
「彼女達は兵士としても、組織人としても自覚が無さすぎる。あれなら武装市民の方がまだ統率されて、士気も高い」
「で、ですけど彼女達の生まれを考えれば――」
「自覚が無いのは貴女もですよ師団長。いえ、指揮官という立場を考えれば、誰よりも酷いと言わざるを得ない。たかが小娘を、ああまでつけ上がらせるなど。団の責任者である自覚が欠如している」
令嬢騎士に向けた怒声とは真逆に、静かに威圧する声でシンクは詰め寄っていく。ルヴィが俯こうとも譲らない。
「彼女達は
「わ、分かっていま――」
「いいえ分かっていない、何一つ。横暴でも理不尽でも、上官が部下に戸惑いや恐れを感じさせてはいけない。士官学校を出ておいて、命令系統の上位下達がどれほど重要か知らないはずがない。貴女は部下を無駄に全滅させるつもりですか?」
ルヴィの顔が窓の縁へ引っ込んだ。逃げた訳ではないのだが、シンクが身を乗り出して見下ろすと、小動物のように肩身を縮ませた後頭部が見える。その姿はあまりにも頼りない。
「……わたしの家は騎士爵です。貴族とは名ばかりの、1代限りな名誉称号に過ぎません。あの人達とは違うのです」
やがて、重い息とともにルヴィが胸の内を吐露し始めた。
「ですから、本来の身分は平民と変わりません。貴族の
「だから?」
「怖いのです、わたくしは。幼い頃から社交界で蔑まれ、体格のせいで奇異の目で見られ、父もわたしも日陰を歩んできました。それに、もし機嫌を損ねた彼女達がその気になれば、わたしの実家にまで害が及ぶ――」
「だから、それが何だと言うのです。伯爵だろうが公爵だろうが、今の情勢では10年後の存続すら危ういというのに」
冷酷に告げたシンクは、ルヴィの頭頂部を掴んで力付くで自分と目線を合わさせた。
髪を掴まなかったのは最低限の配慮だが、掌に収まらないほどにデカい頭だ。頭身が高いので気付かなかった。
「くだらない外のしがらみを団内に持ち込まないでください。アレらが実家に泣きつくなら、あなたはそれすら出来ないほどに痛めつけてやればいい。あなたの立場と権限なら可能なのですから」
「そ、そんなことをしたら――」
「戦わない兵士に存在価値はない。今のままでは貴女はクズで、師団も掃き溜めで終わる。それを変えるのは雇われの俺ではなく、師団長の貴女だ。その不釣り合いに小さな肝に命じておくことですね」
掴みにくい頭を解放するも、よほど堪えたらしいルヴィは目に見えて肩を落とし、壁に寄りかからんばかりに項垂れた。
憐れにも見えるが、かといって情けを掛ける場面でもない。
「アンスリアムからは貴女の査定も言い渡されています。見るに耐えない醜態を晒すなら容赦しません」
「……厳しい人ですね、シンクさんは」
「戦場はいつだって厳しくて理不尽です。俺だって無敵じゃない、敗北の経験だってたくさんあるんですから」
「そう、なのですね。それらがきっと、あなたを強くしたのでしょう……」
ようやく顔を上げたルヴィだったが、相変わらず弱々しい表情のままだ。師団長らしい威厳など欠片もなく、まだまだレベル1というところか。
「シンクさん。こんなわたしですが、どうかご指導お願いします」
「貴女が嫌がってもしますよ。それが仕事ですからね」
「あと、出来れば団員への制裁には手心を加えて頂けると……」
「それは無理です。生憎と生まれからして無作法者、カリスマで人を率いる器には恵まれていないものですから」
「ご謙遜を。妾腹とはいえ、亡きロートメル閣下の孫娘なのでしょう? 世が世なら、オーランジュ……さんよりも格式高い家柄ではありませんか」
「ロー……え、誰そいつ? 何の話?」
唐突に出て来た知らない名前に、シンクは真顔で聞き返した。うっかり仕事用の真面目モードまで解けてしまう。
聞き返されたルヴィも、キョトンとした様子で首を傾げた。
「断絶してしまったロートメル太公家の忘れ形見だと、アンスリアム様の書類には……」
「嘘ですよ。爺さんは北国の猟師で、多分まだ生きてますから」
「……えぇー……っ」
「経歴書は全部、アンスリアムが偽造したものですので」
盛られすぎた経歴に苦笑しつつ、シンクは唇に人差し指を当てた。
「さーてと」
決意を新たにしたルヴィを見送ったシンクは、身に付けていたプロテクターとベストを手早く脱ぎ捨てた。まだシーツも敷いていないベッドへ、無造作に投げ置いていく。
元から階級章を見せつける為だけの土台で、防御効果など気休め程度だ。むしろ動きを阻害するデッドウェイトにしかならないので、裸の方が戦いやすいぐらいだ。
何の変哲もないブラウスとシャツに着替え終えると、ルヴィの去った窓をもう一度開けた。
「お出かけどすえ?」
「!?!?!?!?」
辛うじて悲鳴を飲み込んだ。
上枠からひょっこり現れたのは、逆さまのニマニマ顔だ。
まつ毛の先が触れ合いそうなギリギリまで迫ってきたのは、良く日焼けした小麦色のような褐色肌の美少女だった。
シンクを映した金色の眼を細めて微笑むのは、アンスリアムの屋敷で会ったメイドだ。
「はぁーっ、はぁー……っ、あんたは……ぼ、ボネットだっけ!?」
「うへへぇ、覚えててくれて嬉しいわぁ。部屋ぁ、上がってええですか?」
シンクの了解を待たず、ボネット・ブランカは軽やかに身を翻して窓から侵入してくる。
子供そのものな背丈とは、まるで不釣り合いに育ったロリ巨乳が、着地の反動でたゆんと揺れた。