少女と言うより「幼女」と呼べるボネットの背丈は、せいぜい130センチ台の前半だ。
しかし胸周りのスタイルを始めとする色気は、子供のソレではなかった。
ニンマリと妖しい笑顔も、気怠そうな仕草も、全てが相手を惑わす為の緻密な計算によるもの。
少なくともシンクはそう直感しているし、傭兵としての経験と勘も警鐘を鳴らしっぱなしだ。
……鳴らしっぱなしなのだが視線は正直で、色街でも滅多にお目にかかれないビッグサイズのバストに釘付けだ。理性に反して視線が逸らせない。
「うへへぇ♪ お綺麗な顔しとっても、お乳がお好きなんやねぇ、シンクはん。そゆとこ、やっぱり男の子やねぇ。うへへへへ♪」
美少女らしからぬ粘着質で独特な笑い方のボネットは、嫌がる素振りどころか両手で乳房を寄せ上げて強調させ、一層ロリ巨乳を見せつけてくる。
少女の小さな手には到底収まりきらない質量は、むしろ『ロリ爆乳』と呼んでも差し支えない。
「――……ちょっと待って。ボネットって今いくつ?」
フラフラと誘い込まれそうになったシンクは、実に危ういところで踏み止まった。
危険な女にうっかり触れば火傷じゃ済まない、それはどこの世界でも同じことだ。
「えーっと、だいぶ前に計った時は85やったっけ。今はもう一回りくらい育ってそうやけど」
「デカ……って、そっちじゃなくて!」
実数というデータでの揺さぶりにも、反射的に壁際まで飛び退いて堪えた。
そんなシンクの動揺っぷりを愛しげに、ボネットは金色の双眸を細めた。口許が三日月型に裂けたような凄みのある笑顔は、まるでウワバミだ。気を抜いたら丸呑みにされかねない。
「冗談どす。年明けたら
「マジでガキじゃねえか……」
「そーそー。見た目通りの小娘やから、怖がらんと仲良くしまへん? ねぇ、色男はん?」
「見た目が小娘じゃねえから怖ぇんだよ……」
とはいえ、実年齢を意識すれば妙な気を起こさないでいられそうだ。少なくとも、この場では。
「あーっと、そんでボネット?」
「ボ・ニ・ィ。ボニーって呼んどくれやす」
隙あらば品を作って腕を取ろうとしてくるボニーを振り払い、シンクは気を取り直して本題に入った。
「あ、ああ、ボニー。俺に何の用だ? アンスリアムからの伝令か?」
「ちゃうちゃう。うちは単純に、シンクはんと仲良ぅなりに来たんよ。うへへへ♪」
「な、仲良く?」
上擦った声で聞き返してしまうシンクに、ボニーはニンマリ微笑んでミニスカートの両裾を摘み上げた。
「妹はん、探すんやろ? せやから先に色々と調べときたんどす。こう見えてうち、情報通ってやつなんよ? ルメインなら表も裏も熟知してますさかい。一緒におって損させまへんえ?」
「……やっぱ監視じゃねーか」
「誤解やわ、そんなに睨まんといて? 確かにお姫さんの指図もあらへんことないけど、素直に助っ人や思て使うてくれてもよろしおすえ」
曇りのない金色の瞳が、シンクを真っ直ぐに見つめてくる。視線の揺らめきがまるで無く、感情があるかも読み取れない。
底の視えない深く昏い穴を覗いているようだ。さっきまでのスケベ心も吸い込まれるように消え去って、お陰で頭も冷めた。
「……ナメられたもんだな。援軍が可愛いお嬢ちゃん一人か? 俺がヘマ踏むと思われてるのも気に食わねえ」
「可愛ええだなんて、お上手♪ せやかて市内では魔剣が使えへんし、そのせいでお姫さんに捕まったのは事実やろ? おんなじよぉヘマ踏まん保証あらしまへん」
「……そりゃまあ、そうだけど……」
「それにうち、強いんよ? ほれっ」
「っ!?」
緩やかに一歩間合いを詰めて来たボニーが、次の一瞬には天井スレスレからシンク目掛けて蹴り込んできていた。
咄嗟の防御が間に合ったものの、底の薄いサンダルと激突した右の前腕に、骨の芯まで響くような衝撃が走る。不意を突かれたのもあって、受け止めるので精一杯だった。
角度的に視えるか視えないかの瀬戸際なミニスカートの中身にも、反応する余裕が無かった。
「よいしょっと」
かと思えば、重さをまるで感じさせずに跳躍したボニーは、足音もなくシンクの背後に着地してのけた。
追撃してくる気配はないが、構えを解かずに振り返った。
「く……っ、確かに口だけじゃねえな」
ボニーは窓枠に腰掛けて、リズムを刻むように首を左右に振っている。ニマニマと得体の知れない微笑みに、冷や汗が背中を流れ落ちた。
「警戒せんといてって。仲良ぅしたい言うたやろ?」
「本心だったら嬉しいけどな。……分かったよ、一緒に来てくれ」
「うへへ、やっとこ素直に認めてくれるんやね」
「どうせ断っても隠れて着いてくるんだろ? その身のこなしでコソコソされる方が気味悪い」
「うへへへ♪ せぇへんよ〜、そないなこと。ほな、よろしゅうお頼もうします♪」
おしゃまにカーテシーをこなして一礼するボニーは、昼間に見たどの令嬢よりも
地理的な位置はともかく、ルメインの機能的な中心部は湾岸の商業区域だ。
エクスカリバー公社の近代的な本社ビルを中心に再開発が進み、10年前と現在では建ち並ぶ家々の様式すら異なっている。
石やレンガとは明らかに異なった、白く滑らかな質感の建材は、コンクリートという新素材を鉄骨にまとわせて作られていた。
広い路地には、馬車に混じって魔導自動車の姿もある。魔剣が展開する装甲機械を物理的に再現したという最新型の乗り物だそうで、実物を目にするのは初めてだった。
インフラの整備も進んでいる。上下水道の完備は当然として、建物の間を蜘蛛の巣のように走る送魔線と、無数に設置された魔力灯によって夜でも真昼のように明るい。
まるで別の世界に来たかのような景観だった。
「すっげーな。頭がクラクラしてくるぜ」
日が沈みきってしまえば静まり返るのが当然の世で、始めて目にした人工の灯り。シンクは目的も忘れて見入っていた。
往来に人の姿が絶えず、営業を続ける店舗は昼と変わらず呼び込みを続ける。
「すごいやろ。うちも始めて見たときは肝が潰れるようやったわ」
「……ちょっとさ、距離が近い気がするんだけど」
「野暮なこと言わんといてよ。明るい言うても、こんな夜半にキュートな小娘が独りで歩いとったら誘蛾灯よ?」
脳をくすぐってくる甘い声。ボニーはシンクは右腕を絡みつくも同然に抱きしめている。
前腕が余裕で埋没する胸の谷間の深さから、シンクは顔と意識を逸らすべく街の景観を眺めていた。
「大陸中を結構あっちこっち見て回ったけど、ここまですごいのは初めてだ」
「目ぇ逸らさんといてよ。シンクはん、色事に駆け引きとか勝ち負けとか求めるタイプ? そういうん、いけずやわぁ」
「……意味分かって言ってる?」
さあ? とすっとぼけながら、ボニーはシンクの腕を引いて路地裏へ足を向けた。
沼地で巨大ワニに襲われた時を思い出す怪力だ。抵抗しようと思ったら、本腰を入れないと通用しそうにない。
「ど、どこ行く気?」
「言うたやろ、色々と調べたって。あの紋章の出どころまで案内します」
「マジか」
「情報屋の知り合いが多くてな。お陰ですっかり耳年増んなってもうたわ。うへへへ」
情報屋とは、読んで字のごとく情報を扱う商売人だ。どの街でも人の多い場所にいて、主に金銭と引き換えで様々な情報を売ってくれる。
巷の流行や相場という日常生活に密着した情報から、胡乱な場所に飛び交う闇まで、商う品物も様々だ。
「それでな、とある会員制のサロンにてよぉ似た紋章を掲げた方々が、頻繁に出入りなさっとるんですわ。サークル名は『ルベルオルク』。古代語らしゅうて意味は知りませんけど、さぞや由緒あるお名前なんやろなぁ」
「サロン?」
「紳士淑女の社交場、てやつ? 昔は貴族の方がよう通わはったそうどすけど、今は成り上がりのボンボンが遊びに使うてはります。酒と煙草で愚痴を垂れるだけの、まあ……趣深いお店どすなぁ」
「酒場と何がどう違うんだよ……」
「もう、嫌どすわシンクはん、『酒場』やなんて。ルメインでは今『クラブ』言うのが流行りなんどすえ?」
地域性のある呼び方はともかく。ボニー曰く物騒な裏事情に詳しい情報屋というのが裏通りには多く、意外な場所で意外な話が聞けるらしい。
シンクはボニー本人の信憑性を探るのも込みで、街の奥深い場所へ誘われていった。