真冬の乾いた太陽が、頂点からラマシュトゥ師団の基地を照らす。
かつてないほど張り詰めた空気の中、基本的に能天気な令嬢騎士達も冬眠中のクマのように大人しく……していたかったが、副師団長の命令によりデスロードマラソンの真っ最中だ。
緊張感の理由は、師団の最高責任者である王女にして
「突然の訪問にも応対してくれて感謝しますよ、
会議用の円卓に座り、天板で両手を組んだ中年男は、軍服のジャケットがはち切れんばかりに脂ぎった体型に相応しい粘ついた声で、言葉ばかりの敬意を述べる。
十指に金や宝石の指輪、年老いたガマガエルのような弛んだ顔つきには、騎士らしさも軍人らしさも皆無だ。
背後で彫像のように控えているイエスマン中尉とジェズ伍長がいなければ、ミリタリー趣味の商売人かマフィアといった存在だが、こんなダルダルの男こそがルメインの保安部隊を統率し、その手腕を存分に振るう保安局長ガービン・ボルダンその人であった。
アンスリアムは微かに微笑んだ顔で、明朗に答えた。
「どちらでも。局長にはラマシュトゥ発足に当たって助力いただいた恩もありますので、都合はいくらでもお付けしますとも。それに、此度の接触はこちらの——」
「そーゆーのいいから、さっさと本題に入れよ。これだから政治屋は」
「シンク! あなた、どの口で……!」
横から飛んできた野次に、アンスリアムが殺気すら込めて睨み返す。
その先では、立場も弁えず当然のように着席したシンク副師団長が、涼しい顔で腕組みしている。
師団長であるエクゼルヴィアでさえ、アンスリアムの後ろで背筋を伸ばしているのだが。シンクは知ったこっちゃないとばかりに、ボニーに給仕された茶と砂糖菓子を楽しんでいた。
激昂しかけるアンスリアムであったが、一旦深呼吸して気分を落ち着け、ガービンへと向き直った。
「ほっほっほ、失敬失敬。我々のような立場ともなると、挨拶一つにも最新の注意を払いませんと、どこでいらぬ火種となるか分かりませんからな。傭兵の娘さんには奇妙に見えるかもしれませんが」
ガービンは気にしないどころか、シンクに気を利かせるような素振りで、器の大きさをアピールしている。
……若い愛人を多数抱えているらしいガービンなので、シンクにも興味を抱いたのかもしれない。
「主賓を退屈させるのはよろしくないな。上級騎士、早速本題に入ろう」
「主賓って……はぁ、分かりました。テロ組織『ルベルオルク』の追跡と調査、そして壊滅に対する、保安部隊と我がラマシュトゥ師団の業務提携について」
感情を捨てた冷たいアンスリアムが口火を切った。
シンクがボニーの案内で「サロン・ド・ミスティーク」を訪れた日から、既に二日が経っていた。
シンクとジェズの戦いを止めたイエスマン中尉は、血に塗れたままの涼しい表情でシンクに捜査協力を持ち掛けた。
「ラマシュトゥ、だったか。アレの発足には保安局も大きく噛んでいる。新任の戦術教官である君を把握しているのは、それが理由だ。我々は本来、味方陣営同士であると言える」
「つまり?」
「我々が対立してしまうのは、著しく効率に欠ける。故に捜査協力を要請したい」
「隊長!? それは——」
単刀直入に切り出したイエスマンに、ジェズが鉄面皮を崩して具申しようとする。未だに気を失っている二人の兵士、そしてイエスマン自身も軽くない傷を負わされている相手に協力要請などと。
だが部下の言葉を片手で遮ったイエスマンは、シンクにだけ顔を向けて話を続けた。
「そっちから仕掛けて来て調子が良いな、おい」
「互いに誤解があったが故だ。こっちも部下が痛い目を見ている。……私もだが」
「だから手打ちにしろってか? そっちがそれでいいんなら構わねえんだが、協力となると……」
シンクは少し——実時間において0・5秒ほど考えると、あっさり結論を下した。
「勝手に判断できん。雇い主と話してくれ」
その日は一旦話を持ち帰る形で切り上げたシンクは、(先に独りで帰還していた)ボニーを通じてアンスリアムへ報告を入れた。
だがその回答が来るよりも、ガービン達の襲来の方が早かった。
知らせを聞いたアンスリアムの慌てようも相当で、押っ取り刀ならぬ魔剣を使ってまで基地まで駆けつけたほどだった。
服はともかく、髪型とメイクのセットも気持ち甘い。それでも表面上はまとまって見えるのは、偏に彼女がプロの政治屋だからであろう。
「率直に申します、ガービン局長。そちらがわざわざ我々と合同調査を行う理由が分かりかねます」
まずはストレートに、オブラートにも包まず、アンスリアムは切り出した。
「師団は慣熟訓練の最中ですし、それにしたってそこのシンクによって調整が始まったばかり。そのような状況では連携どころか、そちらの足を引っ張りかねません。慰問係としてお望みでしたら別ですが」
自らの現状を正確に露わにするアンスリアムだが、それが誠実さや正直だからではないことは、政治に疎いシンクにも察せられた。
持てるカードが少ないなりに、相手のカードを上手く探っている。そんな状況だろう。
事実としてラマシュトゥ師団は、そこらの民兵にも劣る素人の集まりだ。今から鍛えても無駄に終わりそうなのも少なくない。
シンクは例外として、ギリギリでエクゼルヴィアが使えるぐらいだろう。ボニーも底が知れないが、彼女はアンスリアムに直接雇われた密偵なので、実は師団の所属ではない。
ガービンは姿勢を正すと、天板から両手を下ろして口を開いた。
「戦闘ではなく調査だよ。相手は都市テロリストであり、その潜伏先の候補は多岐に渡る。その為には一人でも多くの『足』がいる」
「お言葉を返しますが、だとしても実動員数100名にも満たない我々に声を掛けるのは不合理に過ぎます」
「そう卑屈になることはない。立ち上げに投資をした身として、まずは実績を差し上げたいという親心のようなものだ」
「どうだか。そんな気楽な相手とも思えねえが」
ついつい横槍を入れたシンクに、ガービンが片眉を上げ、アンスリアムが恐ろしい目付きで睨んできた。
室温そのものが少し下がったに等しい雰囲気だ。ルヴィの広く大きな肩までが、雷でも落ちたようにビクリと震える。
だがシンクは、そんな空気も読まずに自分の意見を勝手に続けた。
「これは俺が独自に入手した情報だが、奴らの組織には何人か魔剣使いがいる。内一人は真っ黒い甲冑みたいな外見で、空まで飛ぶヤツだ」
「ほう」
「あ、あんた勝手に……!」
アンスリアムから口を閉ざせという重圧が掛かるも、ガービンからは「続けて」という仕草が入る。気のせいでないなら、イエスマン中尉も耳をそばだてていた。
「で、だ。俺とあんたらがやり合った店でな、組織のメンバーだっつうゴブリンから面白い話が聞けた。組織の魔剣使い、つまり幹部は全部で4人いる。あの店のオーナーがその一人だったってな」
「ほう、ゴブリンからかね? 興味深い」
殊更に大袈裟な身振りを交えてガービンが背後を振り返り、ジェズ伍長を見上げた。が、即座に逆方向に身を捻り直してイエスマン中尉に向き直る。訊きたい相手を間違えたようだ。
「中尉。君からの報告書には、魔物を発見して殲滅したことだけが記されていた。彼らに尋問はしなかったのかね?」
「申し訳ありません。我々は魔物とは対話が不可能という前提で作戦を遂行していましたので、発見即射殺を徹底していました」
事前に訊かれることが分かっていたかのようなイエスマン中尉の返答に、ガービンは短く「そうか」とだけ頷いた。一応確認しただけで、深い意味はない……そんなやり取りだ。
椅子に深く座り直したガービンは、声のトーンを少し下げつつシンクに問うた。
「で、その魔物からの情報は信頼できそうなのかね?」
「残念だが裏取りはこれからだ。本当ならすぐに動く予定だったんだけど、そっちの陰気な軍人さんがな」
「ふん」
イエスマン中尉は答えるでもなく、ただ背筋を伸ばし構えるだけだ。
アンスリアムはボニーの淹れた紅茶のお代わりを一息に飲み干し、精神をフラットに戻してからシンクへ冷たい視線を投げつけた。
「準騎士ストレイド。情報の開示タイミングは私が判断します。あなたは——」
「その命令は契約の範囲外だぜ、アンスリアム。まあ安心しなよ、あんたにも師団にも損はねえさ」
「損益の判断は私がします。あなたの発言こそ越権行為ですよ、準騎士ストレイド」
「ほっほっほ。部下が有能だと、手綱を握るのも一苦労ですな〜」
二人が場外で白熱しかけたところでガービンが水を差し、シンク達は言葉の矛を収めた。
会議室を、ほんの僅かな沈黙が支配する。
「…………ZZZ」
目を開いたまま直立不動のジェズから、微かな寝息がした気がしたが、ツッコむ余裕のある者はさすがにいなかった。