「俺ぁシンク・ストレイド。さっきも言ったが傭兵だ。他にも報酬次第じゃ色々と引き受けてる」
「ミーナ、です……」
自己紹介をする傍ら、リアカー引きの傭兵シンクは、殴り倒した盗賊を慣れた様子で縛り上げていた。首にロープを掛け数珠繋ぎにして自由を奪うと、荷台へと乱暴に放り込む。彼にとっては盗賊も廃品の一種なのだ。
ミーナの村では麦わらの工芸品が主要産業の一つで、熟練した職人は機械のような早さと精密さで麦を編み上げる。
盗賊を縛るシンクの手付きからは、そういった職人の技が感じられた。
完全に気を失ってはいるものの、盗賊達は生命まで奪われていない。シンク曰く、死体を残すと獣が人間の味を覚えて危険だし、生かしておけば傭兵ギルドで換金できるから、だそうだ。無闇な殺生は損でしかないのだとか。
「よっと」
「ひっ!? ちか……、待って!?」
いきなりシンクに抱えられて、ミーナは何事かと取り乱す。
なんてことはない、荷台に座らされただけなのだが、間近に迫った端正な顔で頭が瞬時に茹だってしまった。
(お姫様みたい……あ、男の人って言ってたっけ。……本当かしら?)
などと、メルヘンな空想に耽溺する。
「いだぁっ!?」
挫いた足首に触られる痛みが無かったら、そのまま戻って来られなかったかもしれない。
「骨は無事だな、ただの捻挫だ。安静にしてりゃ、すぐ治る」
いつの間にやら靴を脱がされ、細長く引き裂いた布(元は盗賊の服)で足首が固定されている。
布地は魔法によって凍らされており、治療の手際もいいらしい。
シンクはミーナに背を向け、梶棒を掴んで発車態勢に入る。
「家まで送るよ。近くに住んでんだろ?」
「え……な、なんで?」
「んな靴で遠出するアホはいねえよ」
シンクの言う通り、ミーナの住まいはここから1キロほど先の村だった。
指摘された靴は軽くて動きやすいものだが、保温性や耐水性が皆無で、材質も脆くて擦り減り易い。長距離どころか、今日の全力疾走で破損してしまう強度では、確かに長距離など歩けまい。
とはいえ、シンクの服装も厚手のチュニックとレザーパンツだけで、靴こそ編み上げのレザーブーツだが武装や装甲などが一切見受けられない。
唯一、後腰に頑丈な鞘に収まったナイフを吊り下げているが、武器というよりサバイバル用品だ。
「道だけ教えてよ。その代わり助太刀両の350フレイヤ、着いたらちゃんと払ってくれよ?」
「むっ! は、払いますよ! これでも村長の娘、なんですから!」
「なら安心だな」
既に荷車を引いて歩き出していたシンクは、背中を向けたまま茶化すように笑った。
乾燥した冬の森に、車輪の転がる乾いた音が木霊する。
晴れ渡った空は青々と澄み渡り、ほんのついさっきまで差し迫っていたミーナの危機など知らないように、縮れた雲が流れていた。
「何の用事だったか知らんけど、若いお嬢さんが一人で出歩くもんじゃねーっての」
「すみません……村からも近いし、慣れた道だったんですけど」
「安全が欲しけりゃ強くなりな。もしくは、走り込んで足腰を鍛えることだ。弱けりゃ餌にしかならねえ」
実に体育会系のアドバイスだが、ミーナもその通りだと感じた。
シンクの分析だと、盗賊にはまだ仲間がいる可能性が高く、近い場所にアジトを構えているらしかった。
冬の間に消費量の増える薪を集めるのは、ミーナを含む村の若者の仕事だ。治安が悪くなると外出に支障をきたし、特に高齢者の家に配る薪が不足するかもしれない。
複数人で行動するとしても、追われる恐怖は思い出すだけでも身が竦む。戦える備えは必要だ。
剣呑になるミーナの気配を察してか、シンクは振り向いて笑いかけた。
「安心しな。俺は『ギャラが破格なストレイド』で通ってるんだ。盗賊団の一つや二つ、良心的な値段で潰してやるって」
「っ!?」
肩越しに見せるシンクの野性的な微笑みに、さっきよりもさらに熱くミーナの胸が高鳴った。
王子様、とさっきは思った。だが今は、軍馬を駆る凛々しい騎士のようで……。
言い知れぬ焦燥が、ミーナの中で激しく渦を巻く。
(も、もうすぐ、村に着いちゃう……)
数十メートル先には、見慣れた村の門と、見張り櫓が迫っている。
見張りの兵士がこちらに気付き、年忌入った櫓の梯子を慎重に下りて来ていた。
二人で会話できる時間は、もう一分と無い。
「あ、あのっ、シンクさん!」
「ん?」
何か話がしたい衝動のまま口を開くも、何を言おうか考えがまとまらない。
「……シンクさんは、王都へ行く途中なんですよね?」
結局、絞り出せたのは当たり障りのない質問だった。
「そうだよ」
「お仕事、ですか?」
「いんや。妹を探しに行くんだ。あと、親父の仇討ち」
あっさり答えたにしては、他人が触れていいのか困るような内容だったが。
「ミーナ!」
村門に近づく荷車へ駆け寄ってくる兵士の、ミーナにとっては馴染み深い声が、二人の時間に幕を引いた。
平地とは異なり、山間部の森には針葉樹の枝が鬱蒼と青い葉を付けていた。昼間でも暗く、夜になると天の灯りは何一つ届かなくなる。
冷たく湿った冬の空気の中に、生き物の気配はしない。
緩やかな登山道が続いた先には、麓を一望できる切り立った岩壁が現れる。
岩壁には根本と一体化した砦が、歴史から取り残されるように埋もれていた。
「ノゾム君、大変だぁぁぁ〜〜!」
その砦を勝手にアジトとして使っている盗賊団『ロマンス』のリーダー・ノゾムくんは、彼が『フレンズ』と呼ぶ手下からの報告に作業の手を止めた。
「んん〜? どぉ〜したんだい、フレンズ23号。トラブルかい?」
地を揺らすようなバリトンでありながら、妙に甘ったるい喋り方をするノゾムくんは、手にしていた木製の椀とスプーンをテーブルに置いた。
ノゾムくんの正面には丸太のような杭が一本打たれていて、そこに身動き出来ないほどギチギチに拘束された
うっかりノゾムくんの前で「ちょっと具合が悪い」と溢してしまったそのフレンズ、通称11号は、友達想いのノゾムくんによる手厚い看病を受けている最中だ。ヘドロ以下の臭いと味がする手製の薬草粥を、ボロボロ泣きながら嚥下している。
「と、友達探し(略奪)に出ていたフレンズ達が、駐在の騎士に捕まっちまった! い、今は麓の村の留置所だ!!」
「なんだって!?」
大きなショックを受けたノゾムくんが、拳を固く立ち上がった。
決して低くはない天井に迫る、2メートルを超える巨体、そこにパンパンに張り詰めた筋肉を積載したマッチョマンなのに、着ている服が半袖Tシャツと短パンにスニーカーなのが異彩を放つ。報告するフレンズ23号も、迫力に慣れずたじろぐほどだ。
スポーツ刈りで両眼をギョロつかせた厳つい姿からは、他者への友好性など毛ほども見出だせない。
「心優しくて仲間想いなボクのフレンズを、捕まえて監禁だなんて!! 絶対に許さないぞ、すぐに取り戻しに行く!!」
義憤に燃えている風なノゾムくん。23号は、室内で拘束されている仲間を見て複雑な表情になる。
「ところで、23号」
しかし話の矛先が自分に向いてきた瞬間、23号の顔から一気に血の気が失せた。全身に震えが走り、脂汗まで噴き出す。
「君は仲間が捕まるのを黙って見過ごしたのかな? 助けようともせずに。ん?」
ノゾムくんの質問に、心臓が潰さそうになる。
仲間想いのリーダーは、裏切り行為を決して許さない。
「お、オレだって助けたかったさ! でも……お、オレ一人じゃどうしようもなかった!! いち早くノゾム君に知らせるのが最善だって考えたんだ!!」
「ん、ん〜? ボクはそんなに頼り甲斐があるかい?」
「え……あ、ああ! 最高のリーダーだよ、ノゾム君は!!」
23号のリップサービスに、ニンマリと満面の笑みを浮かべたノゾムくんは、
「よせよ、照れるぜ」
と顔を背けつつ23号の背中を張り倒し、猛スピードで壁までぶっ飛ばして紅いシミに変えたのだった。
「さあ、行くぞ23号ぉ! ……23号? ……死んでる。うわあああああああっ! なんでだ、誰がこんな事をぉぉぉぉ……まあいいか。よーし、生きてるうちにみんなを助けに行くぞぉー! 魔剣だって出しちゃうぞーっと!」
動かなくなった23号をゴミ箱に放り入れたノゾムくんは、意気揚々と出撃の準備に取り掛かる。
幸か不幸か、すでに11号の姿がノゾムの視界に入ることはなかった。