【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー   作:無題13.jpg

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2.The Strategy Behind Survival
影ぬい


 早朝。

 ラマシュトゥ師団基地のエントランスに大きく張り出された辞令に、極一部の令嬢騎士が色めき立った。

 

 上級騎士(ハイナイト)アンスリアムの名の下に、公社保安部隊との合同作戦に参加する、少数選抜部隊への指名。

 

 ソニア・オーランジュは、その一人に選ばれた。

 

(つ、ついに私が戦場に……!)

 

 

 ここ数日、新任教官からのシゴキで萎えかけていた騎士への夢と情熱が、ムクムクと蘇ってくる。

 散々に「雑魚」だの「ヒヨッコ」だの罵倒されてきたが、見る目のある上官は、自分の素質を理解していたようだ。

 

「やりましたね、ソニア様」

「貴女もね、ヨルド。一緒に選ばれるだなんて、今日まで指導してきた甲斐があったわ」

 

 ソニアは自分の付き人であり、屋敷にいた時から身の回りの世話を任せているヨルド・ヴァロワと、望外の喜びを分かち合った。

 

 教官からは雑魚、有象無象、まずは体力付けろ、剣じゃなくて銃を覚えろ、と散々に扱き下ろされ、崩壊寸前だったアイデンティティも持ち直せそうだ。

 

「あ。小隊長は教官が務めるようですよ?」

「え゛っ」

 

 夢に浸っていられた時間は、30秒にも満たなかった。

 

 

 

 広大な訓練場には無数の足音とともに、定期的な爆発音が響き渡る。

 100人近い令嬢騎士が、インナーのシャツにホットパンツ風の脚衣、その下に何故かタイツと、年の瀬も迫る時期には寒々しい装いで走る。そこにシンクが容赦なく気弾を撃ち込む。

 早くもこの地の日常になりつつある光景だ。

 

 ボディラインのハッキリ浮き出る格好の若い娘達。その3分の2は運動不足な酷い体型で、約半数が人間よりも動物に近い顔立ちだ。

 そんなのが息も絶え絶えになりながら、重い身体を引きずって行くのだから、見苦しいことこの上なかった。

 

 そんな中にあって、見目麗しく立ち居振る舞いも完璧な淑女であるソニア・オーランジュは、ランニングフォームまで整っていた。先頭集団を牽引する位置で、一定のペースを保ち続けていた。

 

 ふとソニアは背後に視線を向ける。露骨に振り向けば気弾が飛んでくるので、あくまで自然に、さりげなく。

 

 自らの影に入り込むよう、ぴったり真後ろに付いてくれる従者を認めて、口角が僅かに緩んだ。

 

「ヨルド、まだいける?」

「……え? あぁ、はい……」

 

 走ることに集中していたヨルドは、ワンテンポ遅れた返事をする。

 

「喘ぐな! 尻を振るな! アバズレが一丁前に誘っているのか、見苦しい!!」

 

 気弾とともに浴びせられる罵声もまた、容赦なく彼女達の精神を抉っていく。

 自分のことを言われたのかと内心竦み上がったソニアは、前方へ向き直って走行に集中した。

 

「たかが40キロ、一息に走りきれずにどうする! 止まるんじゃねえ、血を吐いてでも走り抜け!!」

 

 40キロは全然「たかが」ではない。馬を使っても1時間は掛かる距離だ。

 

 現在のところ、師団員の一日は走ることと休むこと、それだけだ。戦闘訓練どころか、教本を読むことすら許されていない。

 鬼教官曰く「お前達には訓練など十年早い」のだそうだ。まずは基礎体力をみっちり付けて、勉強も戦術もそれからだとか。

 昼から夕方までノンストップで走らされるが、それ以外は比較的自由を許されている。とはいえ基地からの外出は全面的に禁止されているし、食事の時間も厳守。破ったら営倉行きだ。

 

 初日で営倉に詰め込まれたブルーシエル&ジョルヌ侯爵令嬢と、その取り巻き数十人も、教官の恐ろしさに一夜で従順になった。

 今も歩く屍(リビングデッド)さながらに死んだ顔で走る彼女達を見て、言いつけを破れる剛の者はいない。

 

「ぜひっ、も……む、りぃ……っ」

「言ってる側から止まるな! グズグズすると豚舎送りにするぞ!」

 

 豚よりも牛に近い容姿の令嬢騎士が、背後に撃ち込まれた気弾の爆発音で跳び上がった。

 喝が入って三歩ほど進んだものの、そこが本当の限界点だったようで前のめりに倒れて気絶した。

 本日最初の脱落者が出た。まだ10キロと走っていないというのに。

 

「貴様らもチンタラしてんじゃねえ! 昨日よりペース落ちてるじゃあねえか!! 特にヨルド!!」

「へっ!?」

 

 寸前まで部隊全員へ浴びせられていた罵声が、不意にたった一人に向けられた。

 名指しされてしまった、茶髪をツインテールにした令嬢騎士は、その田舎情緒溢れる素朴な顔を真っ青にした。

 

「何を周りに合わせている! 本気を出せ、本気を!」

「な、なんで……!?」

「他の雑魚よりちょっぴりマシな程度で満足してんな! お前もまだまだ戦闘員の端くれですらねーんだからな! 今は走れ!!」

「ひっ!? あ、あの……っ!!」

「走れ!!」

 

 殺気すら帯びた気弾が、まっすぐヨルドへ放たれた。

 周囲の走者をも巻き込んで着弾し、爆発とまではいかないが、常人ならば立っていられない程度の突風が吹き荒ぶ。

 

 その寸前。

 

「うわわわっ!?」

 

 突風を察知したヨルド一人が、団子状態だった先頭集団を跳び出していく。一瞬の間にトラック半周近い差を作る急加速だ。

 態勢を立て直した令嬢騎士達だが、瞬きの間に開いた距離を前にして、再び足を踏み出すことを躊躇っていた。

 

「……ヨルド、あなた……」

 

 今の今までヨルドの一歩前を走っていたソニアは、遠くから振り返る従者に手を伸ばして、

 

「だから止まるなって何度言ったら分かるんだ、おい!!」

 

 気弾の嵐が吹き荒れ、デスロードマラソンは再開された。

 本日の完走者、41人。

 昨日は59人だった。

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