【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー   作:無題13.jpg

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ロッティングシュガースイート

 ルベルオルク追跡の為、保安部隊への合流を明日に控えた夜。

 

「リノ・ユーリカ一等整備兵であります。イエスマン中尉より、本合同作戦における貴官の副官任務を仰せつかりました。ご指導よろしくお願いします」

 

 やや舌足らずな口調だが、敬礼の所作は洗練されていた。

 

 案内役として保安部隊から遣わされ、師団の基地までやって来たのは、小柄な少女兵卒だった。ボニーよりは背が高い程度で、胸については見事なまな板だ。

 短く切り揃えた濃紺の髪に、情緒の乏しい灰色の瞳。可憐さを残した幼い顔は表情を変えず、人形めいて無機質だ。

 グレイ系統のモザイク柄をしたジャケットとカーゴパンツは、一般的な保安部隊員の制服なのだろうが、袖も裾も余っていて折り返されていた。

 

「……………………」

 

 上級騎士の執務室で向かい合い、生気の薄い双眸でじーっと見つめられたシンク。アンスリアムがニヤニヤほくそ笑む気配を感じて睨み返しそうになるが、ぐっと堪えてリノ一等兵に敬礼を返した。

 

「準騎士シンク・ストレイドだ。……あーっと、失礼だが貴官——」

「歳は十五、工兵科への配属は三ヶ月前になります。その前の一ヶ月は養成所での訓練、さらに前は借金取りから逃げ回っていました」

「苦労してんのね……」

 

 借金苦から入隊を志願する者もいる、と噂は知っていたが、このような幼気(いたいけ)な少女まで……シンクは世の無常への嘆きを覚える。

 または十五歳とは名ばかりで、どう贔屓目にしても十二〜三歳にしか見えない容姿の方が無情だろうか。

 

「失礼した、ユーリカ一等兵。準騎士と言っても、軍籍は借り物でな。本職は傭兵なんだ。むしろこっちから色々と訊くことが多いと思う」

「リノで結構です。ご心配なく、しっかり補佐するよう中尉からも指示されています。新人の教育を含めて、お力沿い出来るかと」

「そうしてくれると助かる。こっちは武装市民と大差ない、新人未満の連中だからな」

 

 シンクの言は謙遜ではない。何しろ、軍事訓練を行う為の基礎体力すら身につけていないのだ。

 過酷な鍛錬に耐えるには、心身ともに健康であらねばならない。肉体に不摂生、精神に放蕩による贅肉がたっぷり染み付いた令嬢騎士が、真の騎士に生まれ変われるのはいつの日か。

 

「あと、令嬢騎士って響きに期待すんなよ? 大半が牛とか豚とか鶏みてえな顔ばっかだから。中には上玉もいるんだが、そういうのに限って性格がドブスなんだよ。その点、貴官は実に愛らしくて、聡明そうだ」

「上玉て…………」

「シンク、ステイ。リノ一等兵が引いてる」

 

 アンスリアムのツッコミで我に返ったシンクに、リノ一等兵は変わらぬ無表情ではあった。が、気の所為でないならば、二人の間合いが半歩分ほど広がっていた。

 

 

 

 リノ一等兵を客室へ案内したシンクは、その足を団員宿舎へ向けた。初日以降、日課としている夜間の見廻りだ。

 ラマシュトゥ師団の士気は低い。やる気以前の問題で、令嬢騎士のほぼ全員が今でも自身を「令嬢」と定義して憚らないせいだ。

 具体的に言うと、規則を全然守らない。

 

「全員、気をつけ!」

「ぶひぃっ!?」

 

 アトランダムに選んだ寮部屋に、マスターキーを使って容赦なく立ち入る。令嬢以前に人間かも怪しい耳障りな悲鳴に出迎えられた。

 4人で一部屋の間取りに対し、中にいたのは5人。

 内3人はこの部屋の住人だが、2人は違う。自室以外の寮部屋への立ち入りは原則禁止だが、守られていないようだ。

 加えて自室での飲食禁止も破られており、クッキースタンドを囲んでアフタヌーンティーの真っ最中だった。……午後というより、もうすぐ消灯時間だが。

 

「またかよ。食堂以外での食事は禁止っつったろうが。そんなだから醜く肥えるんだ、貴様らは」

 

 呆れが過ぎて怒るのも億劫だが、それでも言わないといけないのが鬼教官の辛いところだ。

 

「それ、全部没収な」

『ええぇぇぇ〜〜〜〜っ!!』

「えー、じゃないが」

 

 鼓膜に刺さるようなブーイングにもめげず、シンクはクッキースタンドに手を伸ばす。そこにすかさず令嬢騎士の一人が縋り付いた。

 クリームパンのような手をして、体重がシンクの倍はありそうな、それでいて身長が頭二つは低い、何とも丸々とした体型の淑女だ。

 

「あ゛ん゛ま゛り゛て゛す゛わ゛ぁぁぁっ!! それだけを楽しみに生きてるんですのよぉぉぉ〜っ!! 何の権利でワタクシのお菓子を奪うんですのぉぉぉ〜っ!!」

「うっせーよ、セリーヌ。朝礼の度に『自室で菓子食うな』って言わされる俺の身にもなれ」

 

 酒焼けしたかのようなダミ声で泣く従士セリーヌの姿は、シンクの方が泣きたい気分だ。見た目が家畜に近いだけでなく、年齢もシンクより10歳は上なので、これに可愛気を覚えろという方が酷だった。

 

「お、お願いします教官様ぁ〜」

「夜のお菓子だけが楽しみなのよぉぉぉっ!」

「毎日過酷な訓練に耐えてるご褒美だと思ってぇぇぇ!!」

 

 セリーヌ以外にも、似たような体型のもう二人から圧を掛けられ、シンクは堪らず魔剣に手を伸ばしかけた。そこをグッと堪えて、汗と唾を撒き散らす暑苦しい顔を拳で押し退けるだけで済ませる。

 

「もがっ!?」

「何が過酷な訓練だ! たかだか40キロ、余裕で走りきってもまだウォーミングアップなんだよ。それを貴様ら、揃いも揃って一度だって10キロにまで到達できてねえじゃねえか! それもこれもクソ重てぇ身体と、それに似つかわしい脂身まみれの弛んだ精神のせいだ!!」

「根性論とかナンセンス——」

「てめえらの人生に努力と根性があったら、そんな無様な体格になってねえよ。つーか、どっかしら嫁の行き手があっただろうが。誰からも必要とされねえ生ゴミが、一丁前に娯楽を味わえると思うな!!」

 

 容赦ない心の刃で、三人組の心を抉る。

 消沈したモチモチの掌を振り払って、シンクはちょっと後ろに控えている常識的な体型の二人に向き直った。

 だいぶ怖い顔で睨んでしまったらしく、二人は反射的に互いを庇うよう身を寄せた。

 

「な、なんでしょうか!?」

「こいつらを甘やかすな。茶も菓子も、用意したのはお前らだろ」

「えーっと……」

「目ぇ逸らすな」

 

 シンクから詰め寄られて、二人が首の可動域限界まで顔を背ける。

 どちらも騎士爵家の出身で、師団に来るまではそこに転がるデブどれかの従者だったらしい。

 

 上流の貴族が下流貴族の子女を侍従とする。幼少期から個人間の繋がりを強める貴族社会の因習らしいが、そのせいで道連れ同然の入団をさせられた令嬢騎士が一定数いた。

 未だに使用人根性が抜けず、同僚となった元主人の世話を焼く彼女らだが、人生経験に富むからか兵士の素質は圧倒的に優れていた。

 シンクとしても、その従者あがりに全体のまとめ役になって欲しいところなのだが……骨の髄まで染み付いた使用人根性故か、阿呆の専横を許してしまっているのだった。

 

「はぁぁ〜。まあいい。全員、運動着に着替えて表に出ろ。5周走りきれた者から寝て良し」

「む、無ぅ理ぃぃぃ〜〜〜っ!!」

「じゃあグラウンドで死んでろ」

 

 溜め息混じりの雑な命を下したシンクは、なおも縋ってくる人間モドキを蹴り倒し、一部屋目を後にした。

 没収した菓子の山をバゲージカートに乗せたシンクの口から、濁った溜め息が溢れる。

 

「……腐らせる前に食っちまわねえとな。甘いのは苦手なのに……」

 

 怒る気も失せて吐き捨てる。だがラマシュトゥ師団は総勢98人の大所帯だ。のんびりしていると、すぐに消灯時間だ。

 特に明日から保安部隊へ出向する5人については、事前準備の進捗も含めて顔を見ておく必要がある。

 

 内一名、元従者のヨルド・ヴァロワが既に準備万端なのだけは確認済みだ。

 だがヨルド以外の4人は、シンクに「貴族令嬢」の負の側面を嫌と言うほど思い知らせた、重度の怠け者どもなのである。

 

(ソニアについてはヨルドが片付けちまうだろうが。カタラーナとシフォンとタルト、あいつらが自分で自分の身支度をする姿が思い浮かばねえ。苦しむのは本人だし別にいいけど、俺が身動き取れなくなるのは堪らんぞ)

 

 一抹どころでない不安を振り払うように、シンクは次なる寮部屋の戸を蹴り開けた。

 すぐ濃密な砂糖菓子の匂いが鼻を突いた。

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