【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー   作:サイデリア

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四角い世界の丸い論理

 締め切られた窓にも関わらず、部屋の空気が凄まじく寒い。

 

「自分とこの密偵か知りませんが、基地に部外者を招かないでください。顔を合わせるなら基地の外でお願いします」

「すみません……」

「軍規とか、ちゃんと理解してますか? 外部協力員とはいえ、あまりにも常識のない行動は謹んでください」

「ごもっともです……」

「指導教官がこれでは、部隊員の質が低いのも納得せざるを得ませんね」

「返す言葉もございません……」

 

 リノからの切れ味鋭い小言(クレーム)が、シンクの心を抉っていく。

 ボニーが如何わしい店からきたデリバリーではないことは理解してもらえたのだが、いずれにしても保安局の指揮系統に属さない者をキャンプ地へ入れてしまうのは、著しく常識に欠けた行動と判断せざるをえない。責め苦は謹んで受け入れるシンクである。

 なお、当のボニーは目を離した隙に消えており、残されたのは甘酸っぱい香りだけだった。ミステリアスというよりも、ほとんど怪現象だ。

 

「そもそもとして−−」

「それぐらいで勘弁してやりたまえ、一等兵。節度さえ守れば、規則など遵守する必要などないのだ」

「中尉ぃ……」

 

 意外な助け舟は、ボニーの資料に目を通すイエスマン中尉から出された。言動も神経質そうな青白い顔と反して、豪放磊落な気質である。

 ボニーは無表情ながらもはっきり読み取れるほどの不満を視線に込めるが、イエスマンからはまったく意に返されず、諦めて口を噤んだ。

 

「準騎士ストレイド。この資料(レポート)を作ったのは、あの色黒のお嬢さんなのだね?」

「ええ、本人が言うには」

「ふむ。……私はどうやら、危うく優秀な諜報員をこの世から消してしまうところだったようだ。大いに反省しよう、可能なら直接謝罪する機会を作ってもらえるかな?」

「はぁ、まあ……本人が良いっていうならですが」

 

 金属質で抑揚のないイエスマンの声からは、どこまで本気で言っているのか判別出来ない。横のリノも無表情だが、感情が仕草からストレートに察せられる。似てはいても、真逆のタイプだ。

 

「まさか、とは思いますが、中尉殿?」

 

 おそらく(ジト)目になっているのだろうリノが、刺々しい口振りを今度は上官へと向ける。

 

「ああいった極端に重心の崩れた体型が好みだなんてこと、ありませんよね?」

「いつも言っているがね、一等兵。人間関係を何でも色事に結びつけるんじゃない。妄想するのは止めないが、出力するな」

「どうでしょうか。堅物に見えてノリの良い中尉殿ですし、女性の趣味も案外とマニアック−−」

「また上官侮辱で営倉に行くかね?」

「失礼しました!」

 

 一瞬だがイエスマンが結構本気の怒りを滲ませたので、リノは慌てて敬礼した。しかし、あまり反省しているように見えないのは何故だろうか。

 

「仲いいんすね?」

「これは馴れ馴れしいというのだよ、準騎士殿。彼女は誰にでもこの調子だ。良く言えば社交的なのだろうが」

「今やすっかり中隊のアイドルだと自負しております」

「そしてこの面の皮の厚さだ」

 

 これみよがしにやれやれと首を竦めるイエスマンだったが、オーバーなリアクションがあってもなお、本気度合いの分からない口振りだった。

 

「さて。そろそろ脱線した話題を元に戻そうか。本作戦における貴官の役割について、だ」

 

 シームレスに真面目な話へ移行出来るのも、その機械じみた無機質さ故か。

 

「下手にうちの指揮系統に組み込むより、単独での偵察や遊撃に専念してもらいたい」

「いいんすか? てっきり歩兵とか制圧部隊の手伝いだと思ってたんすけど」

「勝手な言い草で申し訳ないが、部隊の運用に異物を加えたくないのだ」

「そりゃま、ごもっともで」

 

 シンクが頷く絶妙なタイミングで、さっきまでボニーが寛いでいた丸テーブルに、リノが街の地図を広げる。

 区域ごとに大雑把な色分けがされ、A〜Gのアルファベットが割り振られている。

 そのうち、大きく「B」と描かれた赤い円をイエスマンが指した。目測だが、他の区域よりも広い範囲に思える。

 

「このB地区と区分された範囲が、我が中隊の担当区域だ」

「へえ。思ってたよりも大部隊が動いてるんすね」

「一個大隊が投入されている。局長は可能な限り年内で片付けるつもりだ。我々だって戦場で新年を祝いたくない。だろう?」

 

 激しく頷くリノを脇目に、イエスマンは淡々と続ける。

 

「区域をうっかりはみ出したからといって撃たれやしないが、それでも色々と面倒なことにはなる。そこだけ注意してくれればいい」

「はみ出すな、とは言わないでいいんすか?」

「悪事を働くつもりがないなら問題あるまい。節度さえ守ってくれるなら、大切なのは成果だ」

 

 そう言い切ったイエスマンは、地図の上に銃型の器具をホルスターごと置いた。

 銃身の形状から攻撃用ではなく、信号弾を打ち上げる用途のものだ。魔力を光の弾として、上空高くで爆発させる。

 長距離通信技術の発達が著しく遅いレムナント大陸では、戦場での連絡手段として狼煙や光魔法が現役なのである。

 

「ルベルオルクの隠れ家を発見したら、これで知らせてくれ。すぐにでも攻撃を開始する」

「すぐに、っすか。俺が逃げる余裕あります?」

「あまりないだろう。個人的な事情もあるようだが、深追いしないことをオススメするよ」

 

 忠告するイエスマンに、シンクは僅かに眉を潜めた。そして金髪ポニテの王女様がドヤ顔してる姿が脳裏を過ぎり、ますます眉間の皺を深くした。

 

「……アンスリアムめ、余計なことを……」

「そう言うな。局長経由ではあるが、君の行動の自由について打診してきたのは、他でもない彼女だよ。現場を軽視されるのは不愉快ではあるがね、良い雇い主じゃないか」

「ご、ご迷惑をお掛けしています……」

 

 シンクは信号弾のホルスターを無造作に装着すると、部屋の出入り口ではなく、路地裏と面した窓に向かった。

 

「んじゃ、早速行かせてもらいますよ」

「レポートはいいのかね?」

「もう頭に入ってるから、中尉殿で役立ててください。……あーっと、それからうちの令嬢騎士(ボンクラ)どもは……」

「ふむ。彼女らの()()も聞いてはいるが……キャンプ地にいる限り、そうそう名誉の戦死などしないだろうな。ユーリカ一等兵」

 

 ボーっと天井を眺めていたリノが、見るからに嫌そうな雰囲気で背筋を伸ばした。

 

「せいぜい、彼女達の面倒を見てやれ。扱いは新人の後輩どもと同じで構わん」

「…………承知しました、中隊長。甘ったれたご令嬢どもをビシビシ鍛えさせていただきます…………はぁぁ〜」

「堂々と溜め息を吐くな、せめて隠せ」

 

 そんなやり取りを背に、シンクは窓枠に足を乗せて身を乗り出した。

 

「んじゃ、ユーリカ一等兵。体重が半減するぐらいには、あいつらをコキ使ってやってくれ」

「他人事のように……!」

 

 仏頂面で目だけ見開く恐ろしい表情で睨み返されたシンクは、逃げるように対面の壁に飛び付くや、垂直に駆け上がって旧市街地へ繰り出していった。

 

「ヤモリですか、あの人?」

 

 重力を無視したかのようなシンクに、スンと無表情に戻ったリノがツッコミを入れる。もう一方のイエスマンは、ジャケットの内ポケットから取り出したエナジーバーを口に押し込んでいた。

 

「モグモグ……本職の戦闘員ならば、あれぐらい造作もないよ。ぐむっ」

「食べながら喋らないでください」

「さて。仕事に戻るぞ、一等兵」

 

 さり気なく部屋のゴミ箱にエナジーバーの包み紙を捨てたイエスマンが、さっさと一人で退出するので、リノもその後に続いて出て行った。

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