数秒前に巻き起こった銃撃の雨が嘘のように、暗闇の旧市街に静寂が戻った。
無数の6ミリ弾孔が穿たれた石畳に、赤錆色の液体がじわじわと滲んでいく。
空中に残った光の球が、路地のド真ん中に残るカタラーナ達の無残な姿を照らし出す。
一目で即死と分かるほど頭部を損壊させたシフォンとタルトは、どちらも裂けた腹の中身をぶち撒け、天を仰いでいた。
最も脂肪が厚かったカタラーナは膝をつき、一見すると座り込んでいるように見えた。だがズタズタのドレスから噴き出した血と、頭部を右から左に抜けた貫通痕から溢れた赤黒い物体を見れば、事切れてるのは明白だ。
三人を狙った銃口は、未だに路地裏の暗闇の中で息を殺している。
やがて、平屋の屋根で丸々と太った影がのっそり立ち上がった。
髪のない頭に、尖った耳、潰れた鼻、しゃくれた顎。その顔はまさしく、豚面と呼ぶしかなかった。
もちもち太った丸い手は、常人の3倍のサイズはありそうだ。右手に持った銃も相応に大きくゴツい大口径の自動拳銃である。
「お、おい馬鹿、やめろ!」
豚面は、足元から静止する声を無視して地上に飛び降りた。警戒はしつつも、大胆にも大股で令嬢騎士の死体に近付いていく。
「…………」
カタラーナの正面に立ち、顎に手を掛けて頭を上向かせる。
死相を覗き込んだ豚面が、そこで露骨に顔をしかめた。
「なんだ、おばさんかよ。いい体してると思ったのに」
「アホか、お前――」
闇に潜んだ誰かの声に、カチンと嵌る金属音が紛れ込む。
「剥製じゃないオーク、初めて見ましたよ」
「えっ、ぁえぁ?」
豚面の鼻より上が削り取られるように消滅し、全身が燃え上がったのは、0.5秒後のことだった。
「――――――――ッ!?!?!?」
無言の絶叫を上げて焼け落ちる豚面に、闇に潜んだ異形どもの意識が集中した、その隙に。
カタラーナの陰から半身を晒したリノが、平屋の屋根にいる豚面の仲間に銃口を向けていた。
「銃を扱う知能はありますか」
撃鉄は既に下ろされ、魔力を吸い上げた薬室が赤熱している。
「ですが技術がない。銃の口径と比べて弾が小さいのは、明らかな実力不足」
引き金と弾き、放たれたには気弾ではない。オレンジ色に灼けたレーザーが、夜の闇を切り裂いた。
「所詮は魔物。
屋根ごと敵を吹き飛ばす爆発が起きるも、リノは結果を見届けず、次の行動に移っていた。
カタラーナの腰布を引っ張り、分厚い脂肪を盾にして、シフォンの死体の下へと移動する。
(とはいえ、まともにぶつかれば多勢に無勢。オークどもの慰みものにされるのは御免ですね)
ほんの三〜四歩を進む間、リノは周囲を一瞥し、状況の把握とともに次のプランを企てた。
その間にも事態は進み続ける。
「う、撃て! 撃つんだ!」
どこからか悲鳴に近い声が上がる。同時に銃声も響き、カタラーナの胴体に新たな孔が穿たれていた。
不摂生は蓄えた脂肪の層が、気弾を柔らかく受け止めてリノを守る。
「生きてた時より役に立ちますね……」
苦々しく呟いたリノは、足元に転がるシフォンを蹴り上げて俯せにひっくり返した。
「ならせいぜい、使い潰してやりますよ」
銃撃の方向から、敵の大まかな位置は割り出せている。路地の片側だけと配備は薄く、人数も少ない。
かと言って対面の路地裏まで無策で走り抜けるには、些か道幅が広い。直線距離で約6メートル、たどり着くまでに背中に孔が空くだろう。
だがカタラーナを盾として担いだまま走って移動など望むべくもなかった。本職の戦闘員ではないリノに、外見以上のパワーはない。
故に、使えるものは何でも使う。
肥えた臀部に片足を乗せ、反動を付けて地面を蹴りつける。
血脂で石畳をヌメらせ、シフォンの死体をソリにして路地裏まで一気に滑走した。
「な、なんてことしやがる!?」
どこからか非難の声がするが、そもそも敵の襲撃がなければ、リノだってこのような手段は取らなかった。
路面の窪みに引っ掛かったシフォンが、ガタンと大きく跳ね上がった。
リノはカタラーナを後方に突き飛ばし、自身は前方へと頭から飛び込んだ。
民家の狭間に滑り込み、身を屈めて闇に溶けるよう駆けていく。
「マズイ……逃がすな、追うぞ!!」
後方から怒号と、騒々しい複数の足音が迫る。
リノは舌打ちしつつ撃鉄を起こした。
「名誉の戦死、とは伝えますよ。カタラーナ」
一秒にも満たない刹那、ほんの僅かに瞠目したリノは、振り切るように跳躍した。
空中で振り返ったリノは、両手で構えたリボルバーの引き金を弾く。
狙うは敵ではなく、打ち捨てたカタラーナだ。
「くうぅっ!?」
反動で一瞬の加速を得て、転がりながら再度反転。足がもつれても気合で立て直し、倒れ込むも同然に直進する。
「なんだぁ!?」
背後の困惑を耳にし、リノはしてやったりと腹で嗤った。
カタラーナに撃ち込んだ弾丸は体内で水分と反応し、高熱を発生させて全身の血液を瞬時に沸騰させた。
水蒸気で膨張した皮膚が弾け、四方八方に肉塊を飛散させる。
「うぎゃあああああっ!!」
いくつもの悲鳴は、グロさに驚いたのか、はたまた硬い部分が突き刺さったからか。
もしくは、全身に100℃を超える
いずれにしても、それ以降は叫ぶ声も足音も途絶え、キャンプ地に逃げ帰るリノを邪魔するものはいなかった。
……もっとも。
「……Damn it……」
彼女の戻るべき場所が無事かどうかは、まったく別の話だが。
常人の10倍近い巨体によって、文字通り押し潰された廃ホテルを前に、リノは奥歯を食いしばった顔で短く吐き捨てた。