【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー   作:無題13.jpg

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ドミネイトソード

 装甲展開された魔剣の全長は、平均して16メートルから20メートルだ。

 本体内部に組み込まれた骨格に相当するフレームデータと、装着者の資質で前後する。

 

 地上5階の廃ホテルを文字通り踏み潰した魔剣は、元の建物よりも一回りは巨体である。間違いなく最大サイズの20メートル級だ。

 

 暗がりの中に浮ぶシルエットは人型ながら、頭部に相当するパーツが無かった。肩から頸に掛けての装甲が盛り上がって一体化し、その中央で単眼が光る。

 ほぼ球体の肩部から伸びるのも、片側四本ずつに枝分かれした触腕だ。

 下半身は上半身に対して昆虫に近い三脚だ。針のように鋭い足先を突き刺してバランスを取り、触腕の一本で()()()()()を弄んでいた。

 

『アー、ラララ〜?』

 

 リノがその「何か」をはっきり目視するより先に、単眼の魔剣も彼女に気付き、身体ごと振り返った。

「何か」をそこらに放り捨て、明滅する単眼にリノを映し出す。

 

『どーしたのかしら、オチビちゃん? こんな時間にお散歩かしらァ〜♪』

 

 外部スピーカーで増幅された、ネチネチと甲高く耳障りな声も、リノは意識の外に流した。

 固まった四肢に力を込め、考えるよりもまず、撃鉄を起こす。

 

 生身で魔剣と対峙したなら、取れる行動は二つだけである。

 逃げるか、諦めるか。

 

『ラ?』

 

 ありったけ魔力を込めた照明弾、それを呑気にさえずっている鼻先へぶっ放した。

 

 魔剣使いの多くがそうであるように、人間を脅威と認識していなかった単眼の魔剣は、真夏の太陽の30倍という光源を無防備に受けた。

 

『ララァッ!?』

 

 単眼に瞼よろしく上下からシャッターを閉めた魔剣が、たたらを踏んで仰向けに転倒した。

 相手が完全に倒れるのを待たず、リノは元来た道を引き返して全力で走り抜けた。

 仲間の安否を気遣う余裕などない。一切の雑念を切り捨て、血風香る路地まで舞い戻った。

 

「あー……、ひどい目に遭ったぜ」

「邪魔者を排除するだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ……」

「ドジェボン、スケベだけどいいヤツだった……」

 

 話し声がするも、無視だ。

 視界の端に、仲間の亡骸を囲んで血塗れの豚面が3匹、黙祷でも捧げているのか合掌していた気がする。

 100℃を超える熱湯(血の雨)で赤黒く汚れてこそいたが、足止めにしかならなかったようだ。

 

「ん……あ! あいつ、さっきの!?」

 

 豚面の一匹が、通り過ぎたリノの背中に気付いて声を上げた。

 その直後。

 

『よぉぉぉくもやったわねぇ、クソチビぃぃぃぃぃっ!!』

「おんぎゃああああああ!?」

 

 悲鳴も、金切り声も、区別なく爆発的な破壊音が押し流す。

 

 単眼の魔剣は触腕の一振りで家屋をひっくり返し、風圧で石畳を根こそぎにしながら、傍目にはゆっくりとリノを追いかけてきた。

 

 不運にも触腕の先端に巻き込まれた豚面の一匹が血煙となり、残りの二匹も弾き飛ばされて向かいの壁に頭から突っ込んだ。

 家屋の崩落を最初は無視した単眼の魔剣だったが、潰されかけた豚面に気づくや、触腕を使って覆い被さる瓦礫を払い除けた。

 

『オークちゃん達じゃないの〜♪ そんなところでお尻を出して、どうちたんでちゅか〜♪』

 

 遠ざかるリノを視界に捉えながらも、単眼の魔剣は追撃を止めた。豚面達を触腕で摘まみ上げた。見た目と異なり、繊細な操作が可能らしい。

 

「あん?」

 

 唐突に殺気が失せ、リノはペースをやや緩めて振り向いた。

 

『オークちゃん、怪我したの!? 大丈夫? ママに見せてごらんなさい!』

「ひっ!? だだだ大丈夫だよママ! オレたち元気、いっぱい、いっぱい……!」

(ママってあーた……)

 

 まるで飼い猫の具合を見る昼下がりのマダムで、豚面の嫌がり方まで猫のようだ。

 自分への視線が切れたのをチャンスと見て、リノは適当な路地を曲がって再び加速した。

 

『アララララ〜、血生臭いのが落ちませんね〜。せっかくのオベベも黒ずんじゃって』

「も、もういいよママ! 後でシャワー――」

『じゃあもういらないわ』

 

 それまで丹念に血を拭っていた触腕が激しくうねる。

 

「へ?」

 

 星のない夜。豚面二匹が自分の状況を理解できた時間はあっただろうか。

 

 

 

 魔剣が人間に与える能力や恩恵は凄まじいものだ。

 単純なパワーに留まらず、感覚器官を増幅させ、見えないものを視て聞こえない音を聴き取ることも可能だ。

 時には魔剣使いに、近い未来の正確な周囲の情報……特に獲物の位置を割り出し、教えてくれることさえあった。

 

 

 

「おぐぅふっ!?」

 

 リノが背後からの僅かな風切り音に気づいたときには、何もかも手遅れだった。

 天高く放り投げられた豚面の一匹が背中に直撃し、そのまま地面に押し潰された。

 衝突の衝撃は石畳を割って陥没した路面と、豚面の飛び散り加減から見ても凄まじい。骨の一欠片が向こう通りの民家の壁に深々と突き刺さっており、リノがカタラーナで起こした爆発など比較にならない。

 

「が…………っ、ぐァ――――!?」

 

 即死に至らなかったのは、幸運か不運か。

 撃鉄を起こし、()()()()()()()()()()()()()だけの猶予は残されていた。

 自分に出せる在りったけの魔力を搾り出した回復弾。切断直後の人体なら修復可能な一発を、リノは本能と反射だけで自らに撃ち込んだ。

 

「ゲボっ、がぁハ…………ッ!!」

 

 焼け付く痛みとともに血の塊を吐き出したとき、リノは死を覚悟した。

 だが、すぐに正常な呼吸が可能となり、胸の痛みが全力疾走後の息切れ程度に落ち着くと、まだ命運が尽きていないと実感する。

 当然、危機が去ったわけでも、生き延びたわけでもないが。

 

「……ははは、参りましたね」

 

 脚が動かず、感覚がない。少しの身動ぎで、耐えきれないほどの激痛が背骨の付け根から全身に這い上がった。

 圧壊した骨盤までは、元に戻っていなかった。

 

 というより、歪な形で再結合された、と言う方が正しい。

 

 リノの回復弾は、確かに即死級の負傷を文字通りの一瞬で全快させた。

 だが、ただ自己治癒力だけを高めた回復魔法は、時に重篤な後遺症をもたらすこともあった。

 ギプスや添え木もなく骨折を治したせいで、四肢の麻痺を起こすケースは、魔族戦役の頃から兵士が引退する理由の上位にあり続けた。

 

『アラララ、ジャストミートねぇ♪ 最期までママの役に立ってくれて、ア・リ・ガ・ト♡』

 

 倒れたリノの鼻先、ほんの5メートルの位置に、単眼の魔剣が音もなく着地する。

 重量を感じさせず、埃すら舞わない身軽さに、リノはただただ感服するしかない。

 

 触腕が伸びて、リノを掬い上げるように持ち上げた。繊細な持ち方をされているが、スベスベして吸盤すらない形状で、なぜ自分を摘むことが出来ているのか。魔剣に不思議は尽きない。

 

『アラ? 意外と外傷が無いのね〜、どーでもいいけど。さっきはよーくもアタシの目を眩ませてくれたわね。まだ残像が残っちゃってるわよ』

 

 至近距離だとスピーカーのノイズ音が酷すぎて、何を言われているのか聞き取れない。魔剣の外部音声装置に、ノイズキャンセリングは未搭載だ。

 

『んん、やっぱり保安局の制服ね。あなた、お仲間がどこに消えたか教えなさい』

「……何言ってんだ、お前――いギィ!?」

 

 触腕がほんの少し力を込め、リノの右肩がもげた。

 付け根から関節ごと外された上腕から下が、それでも握り締めて離さないリボルバーごと取り上げられた。

 

「あがァっ!? が、がエセ!!」

『ちゃんと質問に答えな〜ちゃい! 秘密裏にこの地区の保安部隊を壊滅させる作戦だったのよ? 堪え性のないオークちゃんがドンパチしちゃったのは予定外だったけど、その前後であの建物から人が出入りした形跡はなかった。なのに中身は空っぽ、でも寸前まで人のいた形跡はあった。どういうこと?』

 

 質問ついでに、左腕までもぎ取られた。

 口を噤もうが無関係に。

 

「ヒギッ!? イイイイイィィィィィッ!!」

 

 さくらんぼの茎を外すぐらいの容易さで失われた両腕。

 食いしばったリノの口からも鮮血が溢れる。

 意識を蝕む激痛に、涙で滲む視界が霞む。見開かれた眼にはもう、正常な情景も映らない。

 それでも、リノは鈍く輝く魔剣の単眼だけを凝視し続けた。

 

『……嫌な目だわ』

 

 やがて、望む返事が得られないと判断したのか、触腕がリノの右足首を摘んで逆さまに持ち直した。

 

『オークちゃんやゴブリンちゃんは、痛い目をみればすぅぐ従順になるのに。人間はますます反抗的になるばかり。嫌になるわ』

『ほな、それやったらうちにくれはります? その人』

 

 刹那、一陣の風が吹き荒んだ。

 

『なに!? ぃ、ぐぬうぅぅぅ!!』

 

 暗闇の中、紫に輝く凶刃が閃いた。

 その一瞬で、触腕がまるで最初から()()であったように、乱切りとなって落ちていく。

 リノは両腕ごと夜空に投げ出されるも、闇に紛れた大きな手が包むように抱き留めてくれた。

 

「あが……ぁ、え?」

 

 固い板面が背中を打つが、もはやそれを痛いと感じる余裕もなかった。

 それでもリノは、見開いた蒼い双眸に自分を守る闇色の装甲を持つ魔剣を映し出す。それが礼儀と言わんばかりに。

 

『無理せんで寝ておったらええよ? 血ぃも足りんで辛いやろ』

 

 耳元で囁く聞き覚えのある声を最後に、プシュっと空気の漏れる音を聞く。

 鼻先に甘ったるい匂いを感じた次の瞬間。それまで気丈に保たれていたリノの意識が、強制的にブツンと切れた。

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