「おぉ〜。ホントに壁に埋まってらぁ! 変なの〜!」
村で聞いていた通りの珍しい景観に、観光客のようにシンクがはしゃぐ。
人差し指と親指で作った円に魔力でスクリーンを貼り、望遠鏡の代わりにする『遠見』の魔法を用いて、背の高い針葉樹の先端から盗賊団の砦を偵察する。
高さは20メートルを超え、落ちたらタダでは済まないが、シンクは平然と片足で直立していた。
ミーナを送り届けた村で、ついでに捕らえた盗賊を傭兵ギルドに引き渡したシンクは、村長宅の夕食に招待された。
ミーナの祖父である村長は、シンクが提示した護衛料の実に10倍もの謝礼金を差し出した。
受け取ったシンクはとても気を良くし、盗賊本隊の討伐までも申し出た。
しかし。村長は沈痛な面持ちで首を振った。
「実は⋯⋯ヤツらのボスは魔剣使いなのです。公社からの応援が着かないことには、どうしようも……」
そう聞いたシンクは間髪入れず、自信満々に切り返す。
「安心しなよ。俺だって魔剣使いだ」
そして盗賊が住み着いていそうな場所を教えてもらい、裏山深くの遺跡へ夜も更けた時間にも関わらず出撃したのだった。
砦正面の拓けた場所に、正門と思しき場所を見定めた。上手く隠したつもりだろうが、見張りの姿が丸見えではカモフラージュも無意味である。
樹上から飛び降りたシンクは音も立てずに着地すると、木陰に潜みながら接近していった。
見上げた砦はなかなかの規模だった。尖塔の高さが40メートルを超えており、岩壁から山中への奥行きもかなりある。遠目で見るより遥かに大きい。
ただ外壁のほとんどが長い間に風化してしまったようで、あちこちに麻袋を広げて応急処置に苦心している跡も見て取れた。占拠した盗賊のてによるものだろう。
「たくっ、盗賊風情には不釣り合いな豪邸だぜ。文化財をなんだと思ってんだ、まったく」
ブツクサ言いつつ、侵入経路を探そうと側面へ移動しようとした、その時だった。
砦の正門が、地響きを立てながら開き出したのだ。
「おっと〜? へへっ、こいつぁツイテるか?」
忍び込む手間が省けたと、シンクはほくそ笑む。
開かれた門からは、太い両腕を大きく振り、脚を振り上げる満面の笑みのガチムチ男が、汚らしい男達を引き連れて現れた。
「さ〜ぁいざ進めぇ〜♪ 暗黒の大河に漕ぎ出すのだぁ~♪」
調子外れに行進曲を歌い上げるガチムチ男。
身の丈2メートを優に超えながら、子供が着るようなTシャツに短パン、運動靴という奇妙な出で立ちである。似合っていないとかの次元を遥かに超越した奇抜さと不気味さだ。
「あいつがボス? ……ギルドの手配書にあった顔だな。へへ、ツイテるぜ」
シンクの口元に笑みが浮かぶが、別に男のセンスがツボに嵌ったからではない。
「確か『希望の略奪者ノゾムくん』だったな。盗賊団『ロマンス』のヘッド、懸賞金15万フレイヤ。へへへっ、マジでツイテるんじゃねーか、俺♪」
思わず声を弾ませたシンクに気付いた様子もみせず、ノゾムくんは背後の
「みんな、準備はいいね? もちろんだとも! 捕まった仲間達を救出に行くぞぉーっ!! おぉーっ!!」
『お、おぉー⋯⋯!』
やる気ムンムンなノゾムくんに対し、手下達のテンションは軒並み低い。明らかに乗り気でない様子だ。
「な、なあノゾム君? 救出はいいけど、クライアントからの仕事はどうするんだ? もう納期も近いんだぜ?」
常識は知ってるが恐れを知らない(でも盗賊)手下から水を差されると、ノゾムくんは拳を突き上げた格好のままスンッ、と表情を消した。
「⋯⋯フレンズ55号。君は不当に貶められた仲間の身柄よりも、あんな最悪な陰気な女を優先するのかい?」
「で、でも公社の騎士団に捕まったからってすぐには殺されねーけどよぅ。あの女は平気でオレたちを皆殺しにするぜ!? オレぁ、それが心配で⋯⋯」
「うわはははは! なぁーんだ、そんなことかよ。気にしすぎだ、55号!」
フレンズの不安を豪快に笑い飛ばしたノゾムくんは、右掌に気合を集中させて炎の球を作り出した。
火球は熟れたカボチャほどのサイズだが、ノゾムくんの手にあってはリンゴくらいにしか見えない。
「ボクの強さは知ってるだろう? 強いヤツはねぇ、何をしたって許されるんだよ!!」
オーバースローに振りかぶったノゾムくん。振り返りざま、シンクが身を隠す針葉樹へ火球を投げつけた。
「うわっとぉ!?」
バレていたことに驚きつつも、シンクは冷静に火球を回避しつつ、盗賊団『ロマンス』の前へ躍り出た。
背後の針葉樹に激突した火球が爆発し、周囲の木々を熱波で薙ぎ倒す。
熱さを背中に受けながら、シンクはノゾムくんと正面切って対峙する。
「おやおやぁ〜? これはまた、可愛らしいお嬢さんだ。ボクのお友達に加わりたいのかな?」
シンクの姿を認めたノゾムくんが、ニンマリと上機嫌に微笑んだ。同時に両手を左右に広げ、初弾よりも一回り大きな火球を準備している。今度のは西瓜のサイズだ。
シンクは恐れず、かといって侮らず、ストレートな怒りで応える。
「誰がお嬢さんだ、馬鹿野郎。用があるのはテメェの首に掛かってる懸賞金にだけだぜ」
「ん、ん〜? 懸賞金?」
小首を傾げたノゾム君は、すぐ隣のフレンズ4号に尋ねた。
「懸賞金ってなんだい? ボク、何か悪いことしたかな?」
「へぁっ!? え、えーっと、そりゃあ⋯⋯」
「けっ。テメェの自覚なんて関係ないぜ。実際に金が掛けられてんだ、さぞあっちこっちで恨みを買ってるんだろうさ」
答え難そうな雰囲気の4号を無視したシンクが言い放つ。
その途端、寸前まで和やかだったノゾムくんが豹変する。
「貴様ァァ!! ボクらの楽しいお喋りを邪魔するんじゃあないぞぉーっ!!」
顔中の血管がブチギレそうなほど激昂し、歯を食いしばった赤鬼の形相となったノゾムくんは、火球をまとったままの右手で4号の顔面をむんずと掴んだ。
瞬間、4号の身体は爪先まで一挙に燃え上がる。
「ギャアァァァァァーーーーーッ!?」
「友情のフレイミングダァァァァーーートッ!!」
火達磨にされた4号が、先の火球以上の速度で投擲された。
シンクはドン引きしながらも横へステップして危なげなく躱す。直後、さらに2人分の火達磨がぶっ飛んできた。
「友情はどうしたっ!?」
思わずツッコミを入れつつも、シンクは逆方向に跳んで一投目を回避、もう一つをぶん殴って強引に軌道を逸らした。
刹那。
炎のフレンズを隠れ蓑に間合いを詰めてきたノゾムくんが、突進しながら燃え盛る拳をシンクに振り下ろしていた。
両腕を交差させて受け止めるシンクの両足が、あまりの衝撃力で地面にめり込んでしまう。
「貴様ァァァ! フレンズを殴り飛ばしやがってぇぇぇぇっ!!」
「火ぃ付けてぶん投げたヤツが言うことか!?」
「友情の為に命を懸けるのは当然だ!!」
「救えねえな、あんた!!」
押し潰そうとばかりにノゾムくんの筋肉が膨張する。
シンクはそのパワーをさらなるパワーで押し返し、力任せに両腕を開いて弾き飛ばしてのける。
「う、うおっ!?」
体格も重量も無視した怪力に慄くノゾムくんの鳩尾に、追撃の爪先蹴りがめり込んだ。
「がごっ!?」
「そぉーらよっと!!」
鳩尾を踏み台に巨体を駆け上がったシンクは、厳つい顎に膝を食らわしつつもう一段跳躍。拳を固く握りしめ、魔力をスパークさせて眉間を殴りつけた。
小爆発を起こし、ノゾムくんの巨体が砦の方向へぶっ飛ばされる。
地面で一度バウンドしたノゾムくんは、何度も転がりながら正門に激突。土煙を巻き上げながら壁面にめり込んで爆音を鳴らし、ようやく停止した。
「ひぃぃっ!! なんだ、あの女ァ!?」
「ノゾム君をぶっ飛ばしちまいやがったぞ!?」
いつの間にか散り散りに逃げていたフレンズも、狂暴ながら強さだけは認めていたリーダーの苦戦に戦慄する。
そこに一発、シンクの魔法弾が掠め飛んでいく。
「おい、誰だ今『女』っつったの!? 俺は男だよ、馬鹿野郎!!」
耳聡く聞きつけたシンクはフレンズに詰めようとするが、
「⋯⋯い、痛いじゃあ、ないか⋯⋯」
ノゾムくんのゆらりと立ち上がる気配を察するや、即座にそちらへ向き直った。
「も、もう怒ったぞ⋯⋯うわはははっ! お、お前とはもう、友達になってやんないぞぉ〜、うわはははは!」
「の、ノゾムくんが、笑ってる⋯⋯」
空気がピンと張り詰める。
門戸板を無理やり引き千切って抜け出したノゾムくんの手には、黒光りするフルタングナイフが握られていた。
艶消しされた鈍い銀色で、持ち手のカバーすらない質素な刃物だ。ノゾムくんの大きな手にあっては、彫刻刀のように頼りない。
「ひぃっ! で、出るぞ!!」
「ノゾム君の『魔剣』が!」
場の緊張感が急激に高まり、フレンズ達が一斉に息を呑んだ。
シンクも後腰に吊り下げたナイフに手を伸ばし、口許をニヤリと歪めて敵を見据える。
「友情パゥワぁぁぁぁっ!!」
虚ろな瞳でナイフを振り上げたノゾム君が、その切っ先を躊躇なく自分の脇腹に突き刺した。
瞬間。
毒々しく赤黒い光がナイフから放出され、ノゾムくんの全身を飲み込みながら肥大化していく。
みるみる膨張した光が楕円球を形作り、元の背丈の10倍近い全長に達するや、内側から弾けるように砕け散る。
その間、僅か1秒。
現れたのは鋼の巨人。
重装甲をまとった黒光りする上半身、ガトリングガンを三門束ねたメタルシルバーの両腕、両肩と背中にはミサイルコンテナを搭載。下半身は方向自在の無限駆動だ。
両肩と一体化したモノアイの頭部でシンクを見据える、その姿は、半人型の機動戦車だ。
これこそが魔剣。
科学と錬金術の粋を結集させた、レムナント大陸の最強兵器。その戦闘形態が、シンクの眼前に立ち塞がった。