【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー   作:無題13.jpg

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1.Built on Bones The City
王女アンスリアムの憂鬱


 王都ルメインの中央にそびえる白亜の城。

 古くは前王朝フェリセドナ時代の城を修繕したもので、現代では一般開放された観光地となっている。

 政治の中心としての役割は形骸化し、住まいとしても不便なので王族も敷地内の豪邸に移住して久しい。

 

 時代の流れの中で力を失った王族に代わり、政治の中心に収まったのは企業だ。

 

 その名は魔剣開発公団エクスカリバー公社。

 

 魔剣の開発と販売を独占することで絶大な資本と軍事力の掌握し、四百年以上も続いた絶対王政を木っ端微塵に粉砕した。

 保守的に凝り固まっていた議会を解体し、再編された議席の占めるのは公社に属した貴族と、同じく公社の重役を兼任した議員ばかりだ。

 もはやこのヴィステージ王国は、企業の属国と呼んで過言ではない。

 

(確かにもう絶対王政の時代は終わった。けど結局は支配者がすげ変わっただけだわ。この国の本質は何も変わっていない。圧倒的な強者による搾取の歴史は繰り返すばかり)

 

 オフシーズンの砂浜を物憂げに歩きながら、思索に耽る少女が独り。

 まだあどけなさを残す顔立ちながらも背が高く、鋭い目付きが凛々しく、無表情の中にも知性が溢れているようだ。淡い金髪をシルバースカルのバレッタでハーフアップに纏めた、青い瞳の美人だ。

 比翼の鴉を象る王族の紋章が刺繍されたショート丈のジャケットは紺色。その下に純白のシルクブラウスを合わせ、実用的な黒のスラックスと膝丈のロングブーツでまとめている。

 

 見るからに気品漂う雰囲気だが、それもそのはず。彼女こそヴィステージの王族、ディルノーグ王家の第三王女アンスリアム・ディルノーグなのである。

 王女と言っても王位継承権も無ければ実績にも財力にも乏しい、ルメイン市議会に所属するの一介の議員だが。

 『王女』という付加価値こそあれ、実情はそこらの泡沫議員と大差ない。

 

 足を止めたアンスリアムは、水平線に沈んでいく太陽に目を細めた。

 

(だけど支配力盤石の公社に楯突くなんて、愚の骨頂だわ。仮に王家の名の下に国内の貴族を結集したところで蹴散らされるだけ。取り入って協調するのが賢いってものよ)

 

 アンスリアムは夕陽を見つめたまま、胸の前で拳を握り締めた。

 

(でもね、私は心まで公社の資本主義に迎合しないわ。私は必ず、この国のトップに立ってみせる! その為に必要な準備は整ったの。後は一歩ずつ、焦らずに実績を積んでいけばいい……はず、だったんだけどなぁぁぁ〜〜〜…………)

 

 力強かったのは一瞬で、覇気はすぐに溜め息とともに抜け出てしまった。

 肩を落としてたアンスリアムは散歩を再開させながら、どうしたものかと頭を抱える。

 

 目的の為の手段が思い浮かばないのであれば、まだ良かった。無能な夢想家として、彼女の話は終わりだ。

 家柄と美貌とカリスマを武器に推し進めてきた政策が、ようやく形になったのと同時にコケた。彼女のアンニュイの理由はそれだ。

 それは暗礁に乗り上げたというより、船を繋いでいた港から水が無くなってしまった心持ちだろう。

 

 冷たい海風にでも当たれば打開策が思いつくかと散歩に出たが、良い代案は浮かばない。溜め息ばかりが嵩張っていく。

 

「はぁぁぁ〜……って、あら?」

 

 ふと気がつくと、砂浜の端まで辿り着いていた。

 ここから先は切り立った岩礁地帯だ。散歩感覚で歩くには足場が悪すぎるし、治安も一気に悪くなる。

 もっとも、そこらの暴漢にどうこう出来るアンスリアムではないが。

 

「……帰る、か」

 

 空の色もすっかり紺色に染まり、星の瞬きも視えてきた。

 急に温度の下がった風に身を震わせたアンスリアムは、沈んだ気分のまま踵を返そうとした、その時だ。

 沈みきる寸前の夕陽が何かに反射して、アンスリアムの視界を掠めていった。

 

「?」

 

 岩礁に振り返るも、光を放つ何かがあるわけではない。日の入りから月が登るまでの最も暗い今の時間、そこには黒い海面があるだけだ。

 アンスリアムは右手の掌を上向きにすると、拳ほどの光の玉を出現させた。魔力を固めた光源だ。

 

「……『光あれ』、なんてね」

 

 光の玉を頭上に浮かべて随伴させ、アンスリアムは軽やかに地を蹴った。

 羽毛の如き身のこなしで、岩礁を渡っていく。

 

 すぐに波間で揺れる薄紅色の塊が見つかった。顔を海面に浸した人間の頭髪だ。

 先の光りは、右手に握り締めたままのナイフに、沈む寸前の夕日が反射したものだった。

 

「水死体か。ツイてないわね、お互いに」

 

 自嘲的な笑みで口許を引きつらせたアンスリアムは、遺体を放置する訳にもいかないと腕を伸ばした。

 

「がばァッ!!」

 

 その瞬間。水死体だと思われたものが、勢い良く跳ね起きた。

 

「ひっ!?」

 

 予想だにしなかった事態に、アンスリアムも派手に尻餅をつき、そこに波まで被ってしまう。

 海水でびしょ濡れになりながらも、しかしアンスリアムは目の前で咳き込む麗人から目が離せないでいた。

 

「ゲッホ、ゲホッ!? あー、口ん中しょっぺーな、おい」

(……綺麗な顔……)

 

 光の玉が照らした顔は、荒っぽい口調と反して細い。まだ幼さすら残した可愛い系だ。

 透き通る蒼色の猫目は、快活な少年にも利発な女性にも見える。

 薄紅色の濡れ髪顔が張り付いた肌は日焼けのせいか微かに浅黒く、不思議なコントラストを奏でていた。

 

(まさかエルフの生き残り? それともまさか、伝説のセイレーン?)

 

 美貌と歌声で船乗りを惑わす魔性の存在を思い起こす。王族貴族といった見目麗しい連中と接し慣れたアンスリアムでさえ益体もない創造に耽ってしまうほど、『彼女』の姿は幻想的だった。

 

「ん? ……こんな次期に海水浴かよ、あんた。大丈夫か?」

 

 謎の美女はアンスリアムに気付くと、ナイフを鞘に納めて手を差し出してきた。変わり者とでも思われたのだろうか。

 心外ではあったが、アンスリアムはその手を取った。小さいが案外とゴツく、タコまみれだ。幻想は思ったよりも武闘派らしい。

 

「こんな真冬に泳ぐわけないじゃない。あなたが倒れているのを見つけたから、水死体かと思って見に来たの」

「そいつは手間を掛けさせたな、すまねえ。ところで、ここはどこだい?」

「ルメインの端っこ。アジュールビーチっていって、観光地としては有名だけど。……なんなの、あなた?」

「傭兵だよ。それじゃあな」

 

 話もそこそこ、片手を軽く上げた謎の美女は、どこかを目指して足早に立ち去っていく。

 光源はアンスリアムの横にしかないが、暗闇に不自由することなく平地同然に岩礁を渡っていった。

 

「あっ! ま、待ちなさい!」

 

 一度は呆然と見送りかけたアンスリアムだったが、我に返るとすぐに謎の美女を追いかけた。

 相手はもう砂浜を歩いているが、呼びかけに気付くと振り返った。

 

「どしたん?」

「あ、あなた、どこから来たか知らないけど、この街では不法侵入者は厳しく取り締まられるの。漂着者といえども、滞在には手続きがいるわ」

「そうなのか? 分かったぜ、見つからないようにするよ」

「分かってねーな、おい!? ……生憎とね、これでも市議会議員なのよ。立場的に侵入者を見過ごせないの。大人しくついてくるのなら良し、さもなくば……強引にでもご同行願うわ」

 

 アンスリアムは傍らに浮かせていた光の玉を掴み、一息に握り潰した。

 細長く再構築された二条の光が螺旋を描いて変形し、2メートルにもなる二股の槍へと再構成される。

 それまで飄々としていた謎の美女が、アンスリアムの起こした現象に、分かりやすく目を見開いて驚いた。

 

「魔力を結晶化させたのか!? 魔剣でもあるまいし、生身でできるもんなん……?」

「へえ、よくご存知。結構レアな技なんだけどっ!」

 

 アンスリアムは、光の槍を横薙ぎに一振りする。

 それを合図として、謎の美女の周囲で砂粒が弾け飛び、砂中から隆起した光の壁がドーム状に取り囲んだ。

 

「結界の遠距離展開まで……芸達者だな、おい」

「当然よ、天才だもの」

 

 アンスリウムは不敵に笑ってみせるも、謎の美女は自らを取り囲む光の壁にばかり注視していて、アンスリアムを全然見ていなかった。

 

 魔力の結晶化。そして本来なら術者の周囲にしか張り出せない結界の遠距離展開。どちらも非常に高い技術力を要する魔法だ。

 才能のない人間では、半世紀修行しても身に付かないとされる技術。それを若干16歳で取得したアンスリアムは、国内でも五指に数えられる優秀な魔導師なのだ。

 

「只者じゃねえな、あんた。それとも市議会議員ってのはそれぐらい出来んのが普通なん?」

「私が特別なのよ。さあ、従うか抗うか、はっきり言葉にしてもらおうかしら?」

 

 油断も隙もなく光の槍を構えたアンスリアムは、謎の美女へと一歩踏み込んだ。

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