廃爵された貴族屋敷を買い取り、大規模な改修を施した新設の騎士団基地は、組織の稼働からまだ一ヶ月そこそこというだけあって、どこもかしこもピカピカだ。
その真新しい廊下をズカズカと突き進む、麗しき一人の女騎士がいた。
耳の穴に小指を突っ込んだ気怠い仕草と、瞼が半開きの眠そうな表情とは裏腹に、薄紅色をしたセミロングヘアーは瑞々しく輝くようだ。
装備は簡素で、胸部に最低限のプロテクターだけを留め具も掛けずにぶら下げている。
アンダーは濃紺色をした柔らかな布地のワンピースと、スカートと前掛けが一体化した青のベストの二重構造だ。
スカートの裾から覗く茶色の編上げ靴だけが無骨で、長旅で履き慣らされた傷みが目立っている。
そんなやる気ない装いでさえ、人目を惹きつける彼女の魅力のエッセンス。基地の受け付けからここに来るまでにすれ違った職員が、皆一様に頬を赤らめて彼女の背中を見送っていた。
やがて、最上階の角にある巨大な両開きの扉に迫った美貌の騎士は、襟と姿勢を正してから、乱雑にノックした。
「はっ! シンク・ストレイド三級準騎士であります、師団長殿!」
語気を強めにしたものの、あんまり迫力が出ず、むしろ可愛く囀るような調子になった。
「どうぞ。鍵は開いています」
返事はおっとりとしているようで、女性としてはかなり低い声だった。
女装姿のシンクは、もう一度襟を正してから取っ手に指を掛けた。
シンクは別に、女装の趣味に目覚めた訳ではない。雇い主となったアンスリアムの指示だ。
一週間前のことだ。
海岸でアンスリアムの魔剣グリムフェンサーに拉致されたシンクは、魔剣が使えないのもあって大人しく夕食の招待を受け入れた。
……断る手段が無かったのも本当だが。
アンスリアムが使用人と暮らしているという屋敷は、王族の住まいとしては質素だった。そこらの宿屋と大差ない構造の3階建て家屋に、2坪程度の庭だけだ。
「もぐもぐもぐ。もっちゃもっちゃもっちゃ」
「む、無心で食べるわね……」
「朝からロクに食ってねーからな、もぐもぐもぐ。泳ぐのに胃袋空にしとかなきゃだったし、ぐびぐびぐび」
(きったねー食い方……)
華奢な見た目と反した旺盛過ぎるシンクの食欲に、対面のアンスリアムが辟易している。
夕食はそれなりに豪華で、シンクは遠慮も警戒もせず満喫させてもらった。
食材そのものは市場に出回る一般的な品質だが、調理師の腕が良いのか味付けは絶品だ。
これらの調理を全て手掛けたのは、シンクの隣に控えて食事の世話を焼く、褐色肌の小柄なメイドらしい。
「いい腕してんな、むぐむぐむぐ。さすが王女様のメイドだぜ、むしゃむしゃむしゃ」
「おおきに。ワイン、おかわりします?」
「ちょーだい」
シンクのグラスに濃紅の液体を注ぐ金瞳のメイドは、小柄を通り越して子供のような体格だ。成人前なのは当然として、下手したら10歳前後の小娘かも知れない。
しかし胸の膨らみは体格に反して非情に豊かで、最小限で無駄の無い所作にも関わらず上下左右に弾むほど。
幼い顔立ちとは裏腹なロリ巨乳には、シンクの視線も釘付けだ。
「ぐびぐびぐび……ぷはーっ」
「ええ呑みっぷりどすな。ほな、もう一献」
褐色メイドはイヤらしい視線を気にする素振りもなく、むしろ自分の身体を誇示するようシンクの世話を焼く。
金色の瞳に宿る妖しい熱を隠そうともせず、じっと静かに彼を見つめていた。
「えーっと、シンクさん? 食べながらでいいから聞いてほしいのだけど」
いつまでも終わらない食事に痺れを切らしたアンスリアムは、自分の食器を下げさせつつ切り出した。
シンクは150gのステーキを一口で頬張りつつ頷く。何の肉だか分からないが、実にジューシーで旨味が強い。
「シンクさんはエクスカリバー公社とヴィステージ王国との関係については知ってるかしら?」
「んぐ? ああ、公社が手下にしてる国の中で、一番デカいのがヴィステージだな」
「そ、それはそうなんだけどね。じゃあ、公社が元は王国が経営する国営企業だったってことは?」
「ん〜……聞いたことあるような。でも昔の話だろ? 大陸で国が『国』として成り立つには、まず企業の子分にならないといけねえ。なんてのは子供でも知ってる常識だぜ。がつがつがつ」
何を今更、とでも言いたげなシンクに、アンスリアムは微かに柳眉を吊り上げた。それを隠すよう、ワイングラスを一気に空ける。
統一「出来なかった」戦争で疲弊しきった大陸を復興したのは、エクスカリバーを始めとする魔剣開発企業だ。
魔剣使い達の軍隊を組織し、街の復興やインフラの再整備を進めつつ物流を掌握しながら、人々を自分達の技術に依存させていった。
軍事力を掌握されては王家の権威も形骸化する。かつては王族や貴族のみが入隊を許された騎士団も名前が残るばかりで、今では完全に公社の下部組織だ。
「ぷはーっ。それは知ってる。お陰で俺ら傭兵にも仕事が回ってくるんだ。いい時代になったぜ」
シンクの冷ややかな反応に、アンスリアムがますます肩を強張らせ、ワインの瓶に直接口をつけて一本空けてしまった。
「ぷはーっ。……でも公社の権力だけが肥大化した現状は、社会に大きな歪みを生んだわ。公社に楯突けば貴族だろうと平民だろうと生きていけなくなる。経済的に徹底的に追い込まれてね」
「特権階級が公社にすげ変わってきただけじゃね、それ? むしろ
「悪かったわね、搾取するばかりの王家で! だけど、このまま対抗戦力もないまま公社の専横を黙認し続ければ、結局は同じ歴史の繰り返し。ううん、格差は以前よりもっと広がるわ」
そう熱く豪語するアンスリアムは、己のコネとツテを最大限に使って新たな軍事力を創設したそうだ。
それが貴族令嬢で構成された、ラマシュトゥ師団である。
「ふ〜ん、ずずずっ」
「心っ底興味なさそうね!?」
「あんたの政治思想なんかどーでもいい。本題はなんだよ」
「……はぁ、これだから傭兵は……」
食後のコーヒーを啜るシンクの薄い反応に、力なく肩を落とす。
褐色肌のメイドは頭を掻く主に一瞥もくれることなく、シンクが食べ終えた10人分もの皿をせっせと片付けていた。