元童貞現TS処女が色欲担当に選ばれただって〜〜〜〜!? 作:ちんとまんの境目の子
「“大罪”はまだ揃わんのか!」
「はい、あとは色欲を残すのみであり……」
ここは魔王城。今日も人類を支配せんと画策されている軍事施設の一角。
「熟練のサキュバスから選ばれるという話はどうなっている……!」
「つい先日 確認をとったところ、『それでは公平な選出にならない』との返答がごさいまして――」
「性欲の化身みたいな種族のくせして、どうしてそこまで生真面目なんだ!」
上司は苛つき憤りそのままに机を叩く。
部下はおずおずと、鞄から資料を取り出した。
「それで、こちらを……」
それは一枚のチラシだ。魔国の特定地域で広く配布されたもの。
『サキュバス最優秀者選抜の開催のお知らせ』
「人生逆転のチャンスだ!」
ひとりの落ちこぼれが言った。
手にはチラシが握られている。大罪:色欲のための最優秀者選抜の案内だ。
周りを見渡せば薄暗い室内、壁には数々の魔術印が刻まれており、そのどれもが禍々しい。この落ちこぼれが作った、18年の研究の集大成が飾られているのだ。
「私の研究には意味があった! 黒魔術には力がある!」
彼女は黒魔術に傾倒したサキュバスである。
いつだって研究に没頭してきた。食欲や性欲を、湧き上がる欲望のほぼすべてを研究意欲に換えて生きてきた。
故に、サキュバスでありながら、彼女には性行為の経験がない。
反して、かの選抜はその技巧を競うものになるだろう。
では、彼女は何に勝機を見出したか。
「黒魔術には世界を渡る力がある! 別世界から、異世界から――――サキュバスなんか圧倒してしまう、この世界を震わせぶち壊す、性欲の大罪、その化身を召喚すれば!!」
その指先は空を裂く。
連動するように、部屋に光が満ちた。数々の魔術印が、壁から、床から、天井から。果ては空間そのものすら輝いて――あるいは、暗転して。唸るようにひび割れるように、こう叫ぶ。
ああ、最悪の物語が始まる、と。
勉強に明け暮れた人生だった。親に「そうあれ」と教育されてきたから。
小学校に入る前から習い事漬けの生活。受験を経ずに入った学校はひとつもなく、敷かれたレールを只管になぞるばかりだった。
おかげで受験において負けることはなかったものの、言い合いで親に勝った記憶もなかった。ずっと解けない鎖で繋がれているようで、悔しくて息苦しくて。
確かに裕福な家だったけれど、自由がなかった。
公園で友達と遊んだ記憶はない。本来それに当てられるであろう自由時間は塾の予定が占領していた。
人との遊び方がわからない。例え学内で誰かにそれを誘われたとしても、宿題や疲労が溜まっていて、断らなければならなかったから。
僕の生涯23年間でつくった友達は片手で数えられるほどで、彼らもまた似た境遇の人だった。
大学受験をする頃には、友達は皆 心を壊していた。かく言う僕もそうだ。勉強のしすぎが原因で勉強ができなくなってしまったのだから、とんだ皮肉だ、両親はどんな顔をしていたのだろうか。
すぐに引きこもってしまったから僕はその表情を知らないけれど、きっととても無様だったことだろう。
僕に青春なんてなかった。友達とも決して親しいわけじゃなかった。学校生活における互助組織としての側面がつよく、友情は希薄だったように思う。
笑い話は数えるほどで、行われる会話のほとんどが事務連絡に近い。中高一貫の男子校であったのに、下ネタのひとつすらなかった。
だから、僕は性から縁遠い人間だ。
教科書的なことは知ってる。仕組みもわかる。医学知識だって多少はかじっている。
けれど、実態を知らない。女性視点の話はもちろん、男性側の心情だって僕にはわからない。
他人が怖かった。ただでさえ何を考えているか不明で危険だというのに、僕はもう子供じゃない。未成年というバリアがないから、相手方に騙すことを躊躇う理由がない。
外に出られない。人を信じられない。頼る先がない。
どうにも立ち行かなくなって、僕は自殺した。引きこもりはじめて ちょうど5年が経った日に、いま死ななければいつ死ぬのかと勢いづけて。
夕陽が焦って水平線へ顔を隠そうとするみたいな、夜が始まりかけた刻のこと。
「もっと早く死ねたなあ」というのが生前最後の感想だった。結局 自殺してしまったのだから、生きてた分だけ生活費がもったいなかっただろう。
無気力ながら食べていた僕の食糧が、もし、恵まれない国に生まれ今にも餓死しそうな子供たちに行き渡っていたならば、どれだけの人命を救えただろうか。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そのような人たちの幸福を切に願う。
慈善団体に寄付した僕の全財産は、金持ちの子供としてもらった小遣いのほぼすべてだから多いとも少ないとも言い難い額だったけれど、それでどうか許してほしい。
自分の都合で死んだ 罪ある僕が、世界の誰にも恨まれていませんように。繁殖という生命の至上命題に背いた僕に、どうか慈悲ある解放を。
――――僕は、そうやって、いまや願うことしかできない。しかし、裏を返せば、考えることはできているのだ。
死した僕だが、なぜだか未だに意識がある。加えて言えば、体もある。女性の身体だ。知らない人のからだを、自分のものであるかのように動かせている。
耳が聞こえる。目も見える。目を覚ましたとき、手元には一冊の本があった。『現況の説明はこちら!』と題名にある文章のまえがき部分の内容を要約すると、以下のとおり。
『あなたは生き返りました! それは元々 私のからだです! 巧みに駆使して、是非とも人類に復讐を!』
この新たな身体には尻尾があった。背中には羽がある。やけに妖艶な体つきをしており、本によればサキュバスであるらしいとか。
とんだファンタジーだ。そんなこと、叶うわけもない空想であったはず。実体験するはずなどないと思っていたのに。
事実は無遠慮に、夢を現実にしたようだった。
悪魔との契約があって、あらかじめ肉体の方に誓約が施されているとかなんとかで、僕の意思決定には制限がかけられているそうだ。
当然 自殺はできないし、人間の味方にもなれないし、それどころか精力的に人に害なすよう強制されるらしい。
それが、悔しくて、息苦しくて。
十分に生地が硬く袖の長い服があったから、試しに首を吊ろうとしてみた。首にくくるまではスムーズにできたけれど、なぜだかその先にはどうしても進めなかった。
まるで自分の身体じゃないみたいだって思った。実際、そのとおりではあるのだろうけれど。
飛び降りもできなかった。入水もそうだ。断食と脱水はこれから試すけれど、きっとダメだろう。
忌々しい。
自由がない。これじゃ学生時代と同じだ。引き篭もり生活のほうがマシじゃないか。
誠に自分勝手なことだけど。
ああ、死ぬんじゃなかった。
続きません