カイザーの女帝は奇跡を否定する   作:緑川翼

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「The Teacher Of S.C.H.A.L.E」Yes That Kivotos/「シャーレの先生」……そう、あのキヴォトスの

 

「いやあ、大人の方を乗せるのは久しぶりですわ!それも、最近噂のシャーレの先生とはね! 最近はずっと、生徒の送り迎えばっかりしてたもんで! ああいや、生徒の相手が嫌ってわけじゃあ、ないんですが!」

「“はは……。それはやっぱり、カイザーの『転送システム』の影響で?”」

 

 アビドスを走るタクシーの中、シャーレの先生は心の中で頭を抱えながら、お喋りなロボットフェイスの運転手との会話に興じていた。

 先生。──各学園の自治区で制約無しに調査・戦闘行為を行うことのできる超法規的機関『シャーレ』の担当顧問にして、 所属や学籍に拠らない生徒の『募集』を行う権限を持つ大人。

 そんな大袈裟な肩書きを持ちながらも、やることと言えばD.U.周辺の治安維持ばかりだった先生の元に舞い込んだ、「地域の暴力組織によって学校が襲われているから助けてほしい」という支援要請の依頼。

 困っている生徒を見捨てられないと意気込んでアビドス行きの電車に乗り込んだものの、余りの広さに『()()()()()()()駅』で途方に暮れていた先生を拾ったのが、このタクシーの運転手であった。

 

「ええ! あの転移装置がキヴォトス中に設置されてから、大人はバッタリ電車もタクシーも使わなくなっちまって!運転しか能のないわたしゃ首を括るしかないと思っていたんですがね!カイザーの女帝サマに拾われて、こうして学生向けのタクシー転がしてるワケですわ!」

 

 先生がキヴォトスに来てから驚かされた事は多数あるが、カイザーコーポレーションが発明したという『デジタル転送システム』もまた、その1つであった。

 街中に設置されたガイドビーコンへとスーツを着た大人たちが気軽に瞬間移動をして、物流の大部分に転送システムが使われている。そんな光景。

 自販機すらも、金銭を払うと飲み物が転送される仕組みなのだ。

 引き金の軽いキヴォトスにおいて、テロや強盗の発生頻度はひたすらに高い。そんな治安だからこそ、商品をその場に陳列する必要の無い転送システムとの相性が良いのだろうと先生は考えている。

「機械に仕事を奪われるんです……ッ!」とは、機械化の煽りを受けたシャーレのコンビニでアルバイトをしている少女の言葉だったか。

 

「いやあそれにしても! わざわざシャーレの先生がいらっしゃるとは、カイザー学園も大っきくなったモンですわ!学校ができた頃は、こんなトコに学生なんざ来ないと思っていたんですがね!」

「“あ、あはは……”」

 

 その運転手の言葉でようやく、先生はどうやら目的地を勘違いしているらしいこの運転手相手に、どう伝えれば穏便に行く先を変えられるのかを考えなくてはならなかったのを思い出した。

 

 ……。

 

「いやあ申し訳ない! アビドス高校ってのは、てっきりもう廃校になってたモンだとばっかり!すっかり、カイザー学園に向かってましたわ!」

「“……そんなに、アビドス高校は廃れているんですか?”」

「そうですなァ……、アッシも学生向けのタクシーを初めて長いですが、アビドスの学生だって生徒を乗せた事はありませんな!」

「“そうですか……”」

 

 先生の持つタブレット型デバイス『シッテムの箱』のメインOSであるアロナ曰く、かつてはキヴォドス最大の自治区を誇った『アビドス高等学校』であったが、異常気象と砂嵐によって自治区ごと厳しい状況に陥り、衰退。

 その後釜に座って街を復興させたのが、『カイザー総合学園』なのだという。

 

「それで、どうでしょう! ここまで来たら、折角なんでカイザー学園に寄っていくってのは! ああモチロン、料金を取ろうとなんざ考えていやせん!」

 

 運転手にそう提案される。少し予定とは異なるが、この街に人と学生を呼び戻したカイザー学園を1度見ておくのも良いかもしれない。

 そんな発想と巡り合わせの元、シャーレの先生はカイザー学園を訪れたのであった。

 

 

 

  

 カイザー学園に到着後、ロボットに案内された末に辿り着いた校長室で、先生は思いがけない人物と出会う。

 

「どうも、シャーレの先生。私がカイザーの次期CEOにして研究開発部主任、合併買収部部長のカイザーエンプレスよ」

「“女帝(エンプレス)……?”」

「あだ名よ。リヴァイアサン、メカニスト、ミス・ブルーアイズ……。好きに呼べば良いわ。どうせ、誰も本名で呼ばないんだから」

 

 カイザーエンプレス。このアビドス地域を復興させた立役者は、このキヴォトスで初めて出会う『大人』の女性であった。

 左腕が義肢であり、腰に鍔のない刀こそ佩いているものの、黒髪黒目の美人と言える顔立ち。また服装も普通のスーツ姿であり、大胆な恰好をする生徒の多いこのキヴォドスにおいては、逆に物珍しいスタイルをしている。

 カイザー学園の校長だというロボットフェイスの大柄な男性とも挨拶を交わし、柔らかいソファに座って本題に入る。

 

「……来訪の目的は、アビドス高校への救援活動依頼ですって?」

 

 先生がてアビドスを訪れた理由を問われて語れば、エンプレスは露骨に眉をひそめ、校長もまた不快そうに鼻を鳴らす。

 そんな反応をするからには、アビドスとカイザーの間には何か確執が有るのかと、先生はそれとなく尋ねる。少し躊躇ってから、先生の対面に座る2人は答えた。

 

「アビドス高校の物資不足など諸問題は、我々カイザー学園、引いてはカイザーコーポレーションも把握している。その上で、アビドス高校には何度も物資提供や()()の提案をしていた」

「もちろんただの善意ではなくて、それ相応な『大人の事情』は有ったけれども、援助としては破格の条件だった自負があるわ」

「アビドス高校はその全ての申し出を一蹴している。その癖シャーレに支援要請をしていたとなれば、いい気はしないだろう? 我々を信用していないのだと、明言されるようなものなのだからな」

 

 2人にそう説明されれば、なるほどアビドス高校の対応は不自然なのかもしれないと、先生も今回の依頼に多少の警戒を見せる。

 もちろん先生は皆の先生なので片方の話だけで物事を判断する気はないし、例え裏切られていたとしても腹を立てる気はないのだが。

 そんな決意を秘めた先生の様子を興味深そうに観察していたエンプレスは、少し考える素振りを見せてから先生に提案する。

 

「実は私、この後アビドス高校の生徒たちと会う約束があるの。もし良ければだけど……、先生もご一緒にどうかしら?」

「……ふむ。アビドスは広大だ。案内人(ガイド)なしで訪れた旅行者が遭難した事例も事欠かない。先生にガイドの伝手が無いのなら、エンプレスに付いていくべきだろう」

「“そうですね……。じゃあ、お言葉に甘えて”」

 

 先ほどアビドス都市部の駅前ですら迷子になった先生にとってその提案は断る理由もなく、エンプレスの申し出を歓迎するのだった。

 

 

 

 

 先生を後部座席に乗せて、私は『転送システム』で呼び出した高級車でアビドスの整備された道を走る。

 本来なら助手席にいる護衛に運転させるべきなんでしょうけれど、私は自分で運転するのが好きだった。何時もの移動はテレポー トだから、運転の機会は滅多にないのだけれど。

 車はアビドスの都市部を抜けて、砂にまみれながらも清潔な工業地帯へと入る。

 

「観光名所もない道のりで御免なさいね、先生。しばらくはずっとこんな光景だわ」

「“……ここ一面、カイザーの工場なんですか?”」

「ええ。凄く広いでしょう? 従業員と製品、そのすべてをテレポートで動かせるからこそ、人が途絶えて砂しか残っていなかったアビドスにここまで大規模な工場を構えることが出来たのよ」

 

 お父様に掛け合ってアビドスでの事業を一任してもらうのには手間取ったけれど、この工場群はその手間に見合うだけの利益を生み出しているわ。

 だから、ここの光景は好きよ。砂嵐によって過疎化したこの辺り一帯をカイザー社が買い取って、工業地帯へと作り変えた企業努力の結晶なのだから。

  

「“本当に、エンプレスの作った『デジタル転送システム』は凄い発明ですね”」

「……よく勘違いされるんだけれど、私は研究開発部主任なだけ。システムの基礎を作ったのはラボのメンバー達よ。もちろん、私も研究には参加していたけれど」

 

 私は1人の科学者ではあるけれど、ミレニアムにいるような本物の天才とは違う。プロジェクトは私が研究開発部主任のポストに座る何年も昔から動いていたものだし、システムの竜骨を作り上げたのも私じゃない。

 

「“それでも、いまこの装置が普及しているのは、きっと貴方の努力があったからなんだと思います”」

 

 先生の純粋なほめ言葉に、企業の人間として後ろ暗い事ばかりやってきた私の胸は良心で痛む。次のメンテナンスで、心臓をチタン製の物に取り替えるべきかしら。なんて、下らない事を考える。

 

「“それで……、こんなに凄い発明なのに、どうして──”」

「どうしてカイザーコーポレーションは、転移装置の()()()()()()()()()()のか、って?」

 

 質問を先読みすれば、先生は気まずそうに頷く。確かにカイザーコーポレーションは、ヘイローを持つ者が転送システムを使用して転移する事を禁止している。でもそれは、ちゃんと技術的な問題もあっての規制。

 間違っても、巷で噂されるような私の私的な恨みやコンプレックスによるものではないわ。

 

「専門的な話を抜きにして簡潔に説明するなら、私たちの作り上げたシステムは、あくまで物理的な存在をデジタル化して、それを電波による転送と再物質化を可能にしただけ、って事よ」

「“えっと……、つまり、この技術は生徒たちのヘイロー(非現実存在)には対応していない……?”」

「流石は先生。鋭いわね。システムを使えば、まず間違いなく生徒の肉体()転送可能でしょうね。でも、彼女たちの持つ神秘にどう作用するかについては、全くの未知数だわ」

 

 キヴォトスにおいて、ヘイローを持つ生徒たちは保護された存在。問題なく転送できるのか。それともヘイローに干渉して何か別の現象を引き起こすのか。その予想すら覚束ない。

 そんなリスクを取って実験するくらいならば、生徒の利用を全面禁止にした方がよっぽどマシ。少なくとも、私とお父様はそう考えた。

 

「まあだから、()()()()()()()()()()限り、彼女たちが転移装置を使える日は来ないでしょうね」

 

 意地悪で使わせていないのではない事には納得してくれたのか、先生はそれ以上転送装置について何も言わない。

 そんな会話を挟みながらも運転を続けている内に、車はカイザーの工業地帯すら抜けてゴーストタウンと化した街へと進んでいく。人の気配を感じない、砂だけが残る荒廃した街並み。

 

「“此処は……”」

「『()』アビドス自治区に近付いてきたわね。閑散としているでしょう? 見ての通り、アビドス高校には砂嵐にやられた街を活性化させるだけの力が残っていないの」

 

 私たちにはこの状況から街を復活させたノウハウが有るから、そこだけでも頼ってほしいのだけれど。そう、呆れてしまう。

 砂漠化がどうとか、再開発がどうとかなんて事は、大人になってから考えればいい。責任のない子どもは、身の程を弁えて青春でも謳歌していればいいでしょうに。

 

「さて、そろそろアビドスの校舎が見えてきたわね。まあ正確には、本館が砂に埋もれてから転移した別館らしいけれど」

「“あれが……”」

 

 カイザーコーポレーションと深い繋がりがあるがためにどうしても企業的な匂いの消せないカイザー学園に対して、アビドス高校はいわゆる『一般的』な学校の空気感を持っている。

 まあ、過疎化した学校に残っている生徒たちが『一般的』であるはずがないのだけれど。車の接近に気が付いて、校舎から生徒が出てくる。断じて、お客様をお出迎えしようという雰囲気ではない。

 

「相変わらず、どの学校でも歓迎されないわね。私は……」

 

 つい口から出てしまった呟きは、幸いにも先生に届くことなく溶けて消えた。

 

 

 

 

「大層なお持て成しをどうも、とでも言えばいいのかしら? 貴方たちの先輩にアポは取ってあったはずだけど?」

「……ん。だから、まだ撃っていない 」

 

 先生を車内に残して車から降りれば、銃を手にした4人の生徒に囲まれる。特にオオカミ耳の2年生からは、何かあればすぐに発砲するだろう『敵意』が感じられる。

 まあそれは、車から降りてからホルスターから手を動かそうともしない私の護衛にも、同じ事が言えるのだけれど。

 それにしても、こちら側から歩み寄ったとはいえここまで敵意剥き出しなのはちょっと想定外ね。彼女たちを率いる3年生には、話を通しておいたのだけれど。

 

「……このまま睨み合って時間を潰すつもりなら、悪いけれど帰らせてもらうわよ。私には社会的な立場があるから、仕事も一杯で暇じゃないの」

「なによ! いきなり連絡を寄越したのはそっちでしょ!」

「そもそも……、アビドス高校に()()()()をしておいて、よくのうのうと顔を出せましたね?」

「その恨みつらみは、せめて交渉の卓についてから吐いてほしいわね。今日はゲストもいるのだから」

 

 アビドス生の恨み言を聞き流しながら車の後部座席を開ければ、まだ状況を飲み込めていない先生が現れる。もう少し友好的に接触できると思っていただけに、恥ずかしい所を見せてしまったわ。

 

「えっと、誰?」

「もしかして……、シャーレの先生ですか?」

「“うん。そうだよ”」

 

 メガネの1年生の言葉に、先生が応える。先生の返事に生徒たちが一瞬喜びで色めき立つものの、私の車から出てきた事で再び警戒を露わにする。

 

「そう警戒しないでちょうだい。()()()()カイザー学園にやって来た先生と偶然出会って、その縁で行動を共にしただけよ」

「たまたま? アビドス駅からの動線をカイザーの学園にまで引いておいて、良くそんなことを言える」

「そもそもよ! なによ『アビドス学園前駅』って! ウチとは何にも関係ないじゃない!」

 

 あの駅名は『アビドス(()()()()())学園前駅』の略称であり……、というのが建前だけれど、実際はまあ、ネコ耳の1年生が指摘する通りのアビドスへの嫌がらせの一環ね。

 アビドス高校の抱えた借金の抵当として土地を奪い、そこに大きく門戸を開いた巨大な学園を建てる。更には仕事と学生の需要を餌に住民も誘致すれば、いまだ手に入れていないアビドスの土地すらもカイザーの所有物だと世間の人々に認知させるのは、そう難しい話じゃない。

 こうして彼女たちが大切にしているアビドスの名も、土地も、彼女たちの取りえる選択肢すらも、ゆっくりと奪い去っていく。

 とまあ、こんな工作を法に触れていないからって堂々とやっているから、カイザーコーポレーションはアビドス高校の生徒から蛇蝎のごとく嫌われているのだけれど。

 

「貴方たちが企業や私たち『大人』の事を信用していないのは知ってるわ。でも、冷静に考えてほしいの。無意味に見栄をはって、限られた青春を借金の返済だけで終わらせるつもり?」

「ッ……!! ホント、良くそんな事が言えるわね……! 」

「以前から提案しているアビドス高校とカイザー学園の『()()()』。これは貴方たちにとって、メリットしかないはずよ。下らない意地を除けばね」

「「「「───ッ!!」」」」

 

 突き付けられる、4つの銃口。さて、どうやら生徒たちの逆鱗に触れてしまったようね。事情を知らない先生が後ろで狼狽えている。

 温厚そうな栗髪の2年生すらミニガンを向けてくるけれど、今の言葉に嘘はない。学校の統廃合は私の考えた内で最も穏当な手段であり、カイザー学園の設立や自治区の復興はその為に行ったと言っても過言ではないわ。

 

「前に打診した通り、『カイザー・アビドス学園』としての統廃合が叶うのなら、貴方たちの中から生徒会長を選出する準備がこちらにはあるわ。考え直してちょうだい」

「……企業の、特にあなた言葉は、信用できません」

「ちゃんと文書に残してもいいわよ? 貴方たちは復興を成し遂げるための力が欲しくて、私たちは新興勢力ゆえに()()()()()()()()()()()。協力できる筈でしょう?」

 

 元々は高い発言力を持っていたアビドス高校と、条件を緩めてまで生徒数を増やしたカイザー学園。

 この2校が合わされば、連邦生徒会へ議員を送ってアビドスの復興事業を要請する事だって不可能ではないでしょう。

 そう語れば、生徒たちの銃口が若干ぶれる。幾ばくかは心を揺さぶれたらしい。このまま何人かが賛同してくれれば、そこを起点に離間工作でも仕掛けられるのだけれど……。

 

「はいはい。何時までも外で喋ってないで、いい加減学校に入ろうよ。おじさん、暑くて溶けちゃいそうだよ~」

「ッ! ホシノ先輩?!」

 

 まあ、そう上手くはいかないわよね。緊張した空気の中でとぼけた声で現れたのは、私がアポを取っていた3年生。遅れたのか、はたまた様子見をしていたのか。

 どちらにしても、彼女の登場で後輩たちが平静を取り繕うだけの余裕を取り戻した。狙ってやったとしたら、彼女の存在を軽視しすぎていたわね。

 

「入ろうって……。そもそも! コイツとの会談なんて私たち認めてな───」

「……そうですね。少し、気が急いていたかもしれません。申し訳ありませんでした」

「ん。教室に案内する。着いてきて」

「今日は暑いですし、冷たい麦茶も用意しますね☆」

「ちょっとみんな……ッ?!」

 

 ホシノの言葉を受けて、銃を下げて校舎へと進むアビドス生たち。

 先生の好感度を上げつつ、怒りで視野の狭くなった彼女たちから言質を取る……。なんて企みは、少し欲張りすぎたわ。結局二兎とも逃がしてしまった。反省しつつ、私は生徒たちに続いて校舎へと進むのだった。

 




なお、カイザーエンプレスが借金に追われて青春を謳歌できていないアビドス生たちの事を案じているのは事実とする。しかしその心配は、「アビドス学校を廃校にして私の支配下に置けば、悩み事からも解放されるわよね!」という形で出力される。
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