米花町でちんちん出したら逮捕された件について。 作:ひつまぶし太郎
カクテル言葉は、明日への期待。
あるいは、期待してしまうほど穏やかな日常の話。
目が覚めた僕は、まず初めに殴られた。
なんでだ。
目線で問えば、鬼は嗤った。
「なんだ、文句があるなら口にしてみろ」
文句。
文句か。
地獄の鬼に告げる文句なんて、あまりないが。
「…お腹へった。地獄の料理が食べたいです。もてなせください」
「…くくっ、いいだろう。たらふく食わしてやる」
鬼は暗闇に振り返る。
「おいウォッカ、浴びせてやれ。地獄の馳走をな」
「へ、へい兄貴。とりあえず近所のスーパーに買い出し行ってきやす」
「あら、優しいところもあるのね?」
「ふん、エデンの実に餓死されちゃ敵わねーんでな」
お前が作るんじゃないのかよ、とか。
馳走を浴びせるってなんだよ、とか。
誰だよその無駄にセクシーな女の人はよ、とか。
言いたいことはたくさんあった。
だが、それもグラサンのおっさんに振る舞われたご馳走を前に吹き飛んだ。
ハンバーグにオムライス。
唐揚げにステーキ。
パンケーキとクレープ。
地獄の鬼が作る料理は、バカの考えたメニューのオンパレードだった。
「ぐす…しょっぱい」
「おいおい、泣くほどうまいってことはねぇだろ…」
「…ふん。ウォッカ、いったんお前に任せるぞ。俺は出る」
これを食べても怒ってくれる人もいないし、たぶん僕よりはしゃぐであろう誰かもいない。
そんなふうに家族のことを思い出したせいで、結局地獄の初日は泣きつかれて眠ってしまった。
●
「…あなたでも授業中に眠ることってあるのね」
「おはようしーちゃん。先生の声があまりにも素晴らしくてつい、ね」
「ふーん。…そう言えば昨日、あなたの好きなゲームの発売日だったかしら」
正確に言うと妹が好きだったゲームの最新作です、とはわざわざ口にしない。
僕の健康管理に余念がない目の前の女の子にとって、ゲームの種類に関係なく、夜更かしの時点でギルティなのだから。
…自分も夜行性のくせに。
そう反論したいところだけど、怒ると怖いし、とある弱みを握られている僕は沈黙を選ぶ。
「ナンノコトカワカラナイナ」
「はぁ…」
昼。
最悪な夢から目覚めた僕を覗きこむのは、やけに可愛い女の子。
名前はミヤノシホ。
僕の黒髪のせいで同郷であることを期待させてしまった過去のある同級生だ。
ごめん。
僕生粋のニューヨーカー。
ブルックリン出身で、好物はピザ。
そう告げたときの彼女の気まずそうな顔ったらなかった。
警戒心があるんだか、ないんだか。
傷ついた野良猫のように周りを拒絶し、孤高であることを望んでいる風に振る舞っているくせにその瞳の奥で誰かとの繋がりを求めている。
あと、子どもにしては珍しく自分の中での正しさみたいなのが確立されている。
その正しさの判定だと、どうやら自分自身は悪らしいというのが彼女の妙だ。
「それに、あなたでもって。僕ってそんな真面目に見えてる?」
「少なくとも、人の話を蔑ろにするあなたではないでしょうに」
「…ないがしろ?シロナガスクジラなら知ってるけど…」
「あなたは人を無視しない、って言ったのよ」
「…ふーん。最初からそう言えばいいのに」
「はぁ?」
「あ、うそうそ。しーちゃん流石!賢くて可愛い!よっ!大統領!」
「やめなさい」
何だお前からかいやがって殺すぞ、みたいな視線に僕は慌てて取り繕うが、しーちゃんの顔が『可愛い』という単語に反応して一気に真っ赤になったことですぐに悪戯心が疼く。
「照れてる?」
「…抹殺するわ」
「無理無理。僕って不死身だから」
「…あなたねぇ、いつまでゲームの夢を見てるのよ」
「死ぬまでかなぁ」
「なら早めにその夢からは卒業しなさい。来年からハイスクールに通う年で、ピーターパンを気取るなんて痛々しい」
「ひでえや。というか飛び級2回してるんだから来年からハイスクールって言ったってまだお互い12歳じゃん」
僕にとってこの口の悪い彼女が悪だろうが善だろうが、気の置けない友人であることには変わりない。
お互い飛び級したせいで友人が少ないというかいないもの同士、昼休みに人目を憚るように校庭の裏手で昼食を食べる関係なのだし。
「食べる?」
「今日もありがとうございます」
食べるというか、餌付けされているというか。
バードストライクが原因の飛行機事故で家族をなくした僕は昼食がない。
いやお弁当がないのは事故じゃなくて僕のせいなんだけど。
自分で作るのめんどくさくてつい…。
あと、住む場所を貸してくれてる人も、わざわざ僕にご飯を作ってくれるような人でもないし、お小遣いなんて物は当然ない。
仮にその人が弁当を用意したとしたら、それは僕を毒殺するためだろう。
絶対食べたくない。
ていうかうちの保護者はキッチンに立つところすら想像できない。
全部焦がしそう。
なんだろう、彼がたまにうちに連れてくる子分の方ならエプロンとかも似合いそうなんだけど。
女の人の方は無理。
あの人根っからの女王様で、人を使うのは得意でも自分じゃ何もできないし。
…でも演じてたらできるんだよな、不思議。
さておき結果として、購買の売れ残りを通り越して賞味期限切れの廃棄パンをいつももさもさ食べるガキが爆誕したわけだけど、それを見かねたしーちゃんがいつも僕の分のサンドウィッチも作ってくれてるのだ。
頭が上がりませんよほんと。
世話焼きというか、なんというか。
一人しかいない友人を繋ぎ止めるため、恩を売りたい。
嫌われたくない。
好かれたい。
そんなどこか打算的で、依存的な献身の味がするピーナッツバターとブルーベリーのサンドウィッチ。
美味しいけど、少し重たい。
断ったらすごく哀しそうな顔をするので断れない。
味は美味しいし、可愛い女の子の手作りはすごく嬉しい。
でもなんか罪悪感が…。
そんな風に思う僕は、きっとヒモにはなれない。
なる気もないけど。
「今日はいい天気で最高」
「あら、曇り空をいい天気だなんて。いつから皮肉屋になったのかしら」
「空なんて雲があればあるほどいいんだよ。暑いし」
「そうね…」
「あと日差しがあると灰になっちゃうらしいし」
妹の受け売りで話す僕の顔はちゃんと笑えてるだろうか。
しーちゃんがまたゲームの話かよって顔をしてるので、たぶん笑えてるのだろう。
「それで?ブルーベリーとピーナッツが好物な吸血鬼さん、今日のお味はいかがしら」
「最高に美味しい。血とかクソだよね。いつもありがと」
「そう…」
「あ、照れた」
そんないらぬ心配が頭によぎるほど、平和だった。
───幸せが壊れるのは、いつも雲一つない晴れの日だ。
明日は雲一つない快晴だと、学校に流れる放送委員の天気予報が告げていた。
快晴は別れの合図。
僕は何度だってそれを思い知らされる。