米花町でちんちん出したら逮捕された件について。 作:ひつまぶし太郎
酒言葉は、今夜はあなたにすべてを捧げます。
「───あなた、こんな茶番さっさと終わらせて大人しく戻ってくる気はないかしら。どうせ端から姉のために帰って来るつもりなんでしょう?自分の命を差し出すから、彼と姉は助けてほしい。自分は1日だけでも自由の夢を見れたからそれでいい、とか考えてるのかしらね。お子様らしいお姫様気取りだこと」
ローズ系の香水。
包容力のあるような香りに錯覚するが、その奥には黒い危険な香りが隠れている。
嫌がらせなのか、幼馴染と同じ黒髪に琥珀色の瞳の姿をした黒い女を前に、志保は身をすくませていた。
母親という可能性はない。
本人がもう死んでると言っていた。
つまり、目の前の人物は変装の達人だという女幹部ということなのだろう。
「ベルモット…」
「別にあなたが何しようが勝手だけど、私あの子のこと結構気に入ってるのよね」
あの子。
まるで幼馴染のことを自分のもののように言うその女に何か言い返したくて、だが、恐怖で頭も口も動かない。
もう追手が?
なぜ?
バレた?
怖い。
「───あんまりおいたしちゃダメよ?なんて、あの子を遠ざけるために色々差し向けた私が言えた話じゃないけれど…ケガすらしてないでしょ。どうせ」
クス、と微笑みながらも嫌悪感を滲ませているその女の言葉に志保は青褪めた。
やはり、巻き込むべきではなかったのだ。
自分の考えの甘さと愚かさを呪いたくなる。
どのみち1日逃げたあとは、自分を犠牲に彼と姉だけは逃がすつもりだったのに、既に幼馴染も組織に目をつけられていたなんて。
「もし、今日の晩。あの子を差し出すなら命だけは助けてあげるわ。あの子も、あなたも、あなたの姉もね」
結局、答えを出せないままに。
志保はふらつきながら、トイレを後にした。
●
僕と男たちの逃走劇は、ゲリラ戦と言うか一人ずつ襲っては逃げてを繰り返してなんとかした。
正直、思ってたより余裕だった。
なんとなく、裏で糸を引いてる誰かの思惑が透けて見えなくはないけど、夜の本番に体力が温存できるのはいいことだ。
あと、男たちの口ぶり的に夜まではおそらく次の襲撃もないことが確信できた。
だが、息を整えながら合流したらしーちゃんの様子が何処かおかしい。
ふらついてるし、顔も青い。
何かあったか聞いても答えてくれないし、嫌な予感しかしない。
しかも僕の嫌いな香水の匂いがする。
…あの女、余計なことを。
今回の襲撃はあくまで目眩ましで、しーちゃんへの精神攻撃が目的だったのだろう。
やられた、と歯噛みするが端から全部うまくいくとも思っていない。
ただ、このじんわりと苦しくなってくる感じ、やっぱ組織ってろくでもないなとは思う。
最悪の気分だ。
さて。
そんなお互い微妙にぎこちない状態で一呼吸置いたあと、僕らは映画のチケットを6枚買った。
呑気か?
でも、先程の推測通りなら襲撃は来ないはずだ。
正解かどうか確かめるのにちょうどいい。
仮に襲撃されたとしても、暗闇に乗じてくれるなら誤魔化しも効く。
それに、少しでもしーちゃんには自由の夢を見ていてほしいのだ。
例えそれが今日限りでも。
「ねぇねぇ、ポップコーン買っていい?」
「…私はパス。映画を見ているときに雑音出されると集中できないし」
「ふーん?おっさん、ポップコーンキャラメル味で」
「あいよ」
「あ、ちなみにさぁおすすめのホテル知らない?デートの後にしけこむのにちょうどいいやつ」
「そうさな…なら───」
「ちょっと!あんまりふざけないで!」
一本目はよくわからない映画だった。
最近の流行りで、僕らよりも少し上のティーンたちがこぞって話題にしていたから、きっとすごい映画だと思っていたのだけど。
不良の少年と優等生が織りなす二人の孤独な恋愛はじれったくて、平和だった。
退屈だったともいう。
あと、理解もできなかった。
爪弾き者だという不良少年にはチームメイトがいたし、勉強のし過ぎで友達のいない苛められっ子だという委員長にも友達がいた。
どのへんが孤独?
彼らの家族との会話からクラスメートとの関係性まで、僕には遠い世界すぎて、気が付けば夢の世界に落ちていた。
「…ふが」
「寝てる…」
二本目はヒーロー物だった。
最近流行りのアメコミの実写化に影響を受けたパチモノがスクリーンの向こうで大暴れしている。
魅せるためなのか、派手に街を壊しながら戦うそのヒーローが『人を助けるのに理由はいらない!』といった時は思わず笑ってしまった。
いやいや、壊された街で暮らす人たちのその後はどうなるんだよ。
そのセリフをいうなら、命がけでまっすぐ誰かを助けるような人でないと説得力はでないだろ。
でも、音が大きいお陰でポップコーンが進んだ。
「派手なアクションだなぁ」
「…ふぁ」
三本目は殺し屋の話だった。
今まで殺すことしかしてこなかったその男が、一人の女と出会い変わってしまう話。
恋は魔法だ。
良くも悪くも人を変えてしまう。
その男は人を殺せなくなった。
でも、過去は消えない。
多くを殺した男は、当然多くの人間に恨まれていた。
どれだけその女を妻として迎え、街の外れの一軒家でひっそりと慎ましく生きていたとしても長くは続かない。
妻は殺され、男はまた殺し屋に戻る。
そして、その男も最期は摩天楼から落ちて終わり。
救いのない話だ。
それでも、絶望に立ち向かった男の話に、僕としーちゃんは引き込まれた。
「「…おぉ…」」
襲撃がなかったことに安堵しつつ、夜に向けて気を引き締める。
あの一本目は退屈で、二本目は派手なだけ。
三本目が良かった、なんて会話をしながら水族館へ。
暗いのに温かい。
仄かに光る電灯の柔らかい世界に、僕らは足を踏み入れた。
「綺麗…」
「僕、昔青空を海に例えてバカにされたの思い出した」
青だ。
天から差し込む光が空に天使の梯子を下ろすように、水槽の中にも、青を貫く光の梯子が揺れている。
そのスポットライトに照らされて、魚たちが踊る。
鱗が煌めいて、赤青黄色の模様が浮かび上がる様はまるで流れ星だ。
「あら、悪くないんじゃない?」
「そう?この青は、海の底を覗き込むのと同じくらい怖い深さがある、ってやつなんだけど」
「10点」
「やりぃ、満点だ」
「…バカね。そんなわけ無いでしょ。百点満点中の10点なんだから」
「厳しい…」
二人とも、お互いに口にしないだけでなんとなくわかっていた。
終わりの予感があった。
行き詰まった現実があった。
「…私達みたい」
「なにが?」
「どこかに行けると、空を羽ばたく鳥と同じくらい自由にどこまでだって行けると信じて疑わない哀れな魚。でも本当は、どこにも行けない。硝子の檻からは出られない」
「……ふーん。あ、それよりあの魚ってニモのやつ?」
きっと、僕らは分かっていた。
遠くに行っても何も変わらないとわかっていた。
だって、そう。
『ここではない何処か』なんて、僕らには存在しない。
●
タイムズスクエア。
ホテルの部屋は、スイートルーム。
…なわけは当然なく。
29階まであるホテルの中層。
前日にどこぞのバカが酒の飲み過ぎでおっ死んだらしくて、訳アリとして格安になっていた部屋に僕らは落ち着いていた。
「ラッキーだったね」
「えぇ、本当に」
「…先にシャワー浴びてきなよ」
「……えっち」
「なにが?」
時間は夜。
良い子はもう寝る時間かもしれないが、ここにそんな子どもは存在しない。
家出少年少女に倫理観を求めるな。
とりあえず、テレビを付ける。
うちにはテレビがないので、ザッピングしてるだけでも楽しい。
あーあの番組終わったんだ。
え、あの番組はまだやってる。
あそこで事故かぁ。
うわ、家が燃えてる。
まだ僕にも家族がいた頃を思い出せて、なんだか無性に泣きたくなる。
そのセンチメンタルに任せてポエムみたいな手紙を書き終えて、それが恥ずかしくなって枕に隠したあたりでしーちゃんが浴室からでてきた気配がした。
「ねぇ」
「なに」
短い言葉に振り返った瞬間。
───唇が重なった。
柔らかい。
シャワーのあとだから、彼女のお気に入りのシャンプーの匂いが強調されている。
まるで、僕にそのキスの感触と彼女の身体を覚え込ませるように、何度も。
何度も彼女は僕に唇を落とす。
僕はあっという間に彼女のキスに溺れて、押し倒された。
「…ごめんなさい。最低な私を許して…」
「なぁに。美少女からのキスだけで十分釣り合い取れてるよ」
しーちゃんは泣いていた。
彼女の指が僕の輪郭を確かめるように這い回り、僕は声にならない悲鳴で悶える。
その姿を目に焼き付けるためなのか、しーちゃんの濡れた瞳が僕を捉えて離さない。
嗚咽を漏らしながら僕を食べるしーちゃんは、綺麗だった。
ここが終わりだ。
夢を見るのをやめて、現実と戦う時間が来る。
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