米花町でちんちん出したら逮捕された件について。 作:ひつまぶし太郎
カクテル言葉は、これで終わり。
あるいは、死者の手向けに送られる究極の一杯の話。
「無様だな」
男は嗤う。
その男の役目は猟犬だった。
決して主人を裏切らず、敵対者を地の果てまで追いかけ、その喉に食らいつき地面に無理矢理捻じ伏せる。
そんな役目。
「節穴かよ。こっから起死回生の必殺技で逆転すんのが王道でしょ」
対する僕もまた嗤う。
こういうときの笑い方がそっくりで、本当に嫌になる。
たった5年間。
されど5年間。
自然と、無意識に。
家族を喪った直後から、僕は彼のことを手本として生きてきた。
なんの気まぐれで彼は僕を拾ったのだろう。
なんの気まぐれで、紛いなりにも保護者を演じたのだろう。
腹の中まで真っ黒なその男の心の内はわからないが、わかりきったことは一つあった。
僕はここで殺される。
●
しーちゃんはもう寝ている。
僕が水に混ぜた睡眠薬は子どもでも安全ではあるが、結構強力なので朝まで起きることはない…はずだ。
食べ散らかされて、何度も何度も溶け合ったあとの僕も眠りたいが、残念ながらそうはいかない。
僕は
「ごめんね、しーちゃん。僕の保護者って、ほら。多分知ってると思うけど、最悪だから。…あ、うちの保護者のことは知ってはいても、僕の保護者なことは知らないかな。実は飛び級したのだって偶然じゃないんだよね」
僕は彼女をシーツでくるんで、あらかじめコンセントを抜いて冷気を逃がしておいた冷蔵庫の中に隠す。
思い返すと、長い潜入任務だった。
組織にとって大事な忘れ形見を、同じ子どもの目線で監視しろ。
そして報告しろ。
そんな裏切りを、僕は8歳の頃から5年も続けてきた。
隣で見るしーちゃんの笑顔が眩しくて、何度も心が折れかけたけど、今日でそれも終わり。
しーちゃんの隣から、嘘つきはいなくなる。
僕の保護者である銀髪の男。
彼は、しーちゃんの保護者でもあった。
僕はずっと、友人の話を保護者に伝えてきた。
その習慣は昨日の夜だって変わることなく、今日のことだって事前に伝えていた。
誰かさんの横槍のせいで計画が狂いかけたけど、最終的にこの形に持ってこれたのだから良しとしよう。
しーちゃんのメンタルが予想以上にぼこぼこだけど、そこはまぁ…うん。
未来の誰かに任せる。
少なくとも今の僕の役目ではない。
「…せいぜい派手に行こう。これが僕の葬式だ。最悪の生前葬だけど、やらないよりマシってね」
「───時間だ。ガキ、対象は?」
「ここではない何処か、かな。ちなみに僕とお前は地獄行きだよ」
何食わぬ顔で部屋に入ってきた黒尽くめの大人の喉をナイフで掻っ切る。
そして、銃を奪って発砲。
部屋に備え付けのガラスケースで厳重に保管された防災用の斧を取り出す。
ついでに警報装置を起動。
これで、無関係な人は逃げるだろう。
火災報知器で逃げなかったのなら、それは間抜けなそいつが悪い。
逆に逃げるでもなく、向かってくるやつは僕の敵だ。
ホテルマンすら抱き込んでることを僕は知っている。
「意外と家族想いで助かるよ。あ、これ皮肉ね」
「何言って───!」
「二人目」
警報を聞きつけたことで泡を食ったように部屋へと飛び込んできた男の足を斧でかち割り、地面に伏せた男の頭にもう一度斧を振り下ろす。
そう言えば、僕の初めての仕事もこんなんだったな。
『なんでこんな事になっているかわかるか?』
『わからない?はっ、だったらそのおめでたい頭に刻み込んどけ』
『お前がこうなってんのはお前のせいだ。お前がお前であることが罪で、始まりなのさ。お前はエデンからは逃げられない。なにせ、お前はアダムでもイブでも、ましてやヘビでもねぇ』
『ただの林檎なんだからな』
保護者の男はそう嗤って、僕をマフィアの事務所に放り込んだ。
飛び交う銃弾と怒声。
殺らなきゃ殺られる。
死ぬのは嫌だ。
無我夢中になった僕は人を殺した。
その時だ、僕の力を知ったのは。
その時だ、なぜ父が僕を殺そうとしたのかを確信したのは。
「20、21。うへぇ、このナイフはもう使えねぇな」
そして、今日も殺す。
名前を聞いたことあるような大人から、知らない誰かまで。
不細工なダンスを僕は踊る。
斧、拳銃、ナイフ、鉄パイプ、硝子の破片、殺した相手の飛び出した人骨、自分の拳。
選り取り見取りで助かる。
「死んだと思った?残念だったな、トリックだよ!」
死だ。
夥しい死がそこにはあった。
僕が積み上げた地獄が広がっていた。
子どもの姿だから油断した。
血まみれの子どもの姿に動揺した。
僕が配電盤を壊したせいで暗闇だったからいつもより反応が遅れた。
暗視ゴーグルをしていたら花火を打ち込まれて視界が終わっていた。
理由は様々だろうが、うちの保護者より弱いなら僕は殺せる。
とはいえ、僕だって何度も斬りつけられ、打ち付けられ、ぶっ放されてるんだけど。
超痛い。
死にそうだ。
でも、死ねない。
死にたくない。
自分の血が床を汚し、直後に僕が奪った命がその上にばら撒かれる。
「…まさにうちの保護者の教育の賜物ってか?」
視界が明滅する。
危険信号は全身から発せられているが、カット。
何度も繰り返してきたその断絶によって、僕は何度も立ち上がる。
「なんでこんな必死なんだっけ。誰のため、僕のため?名前はなんだっけ」
「あぁ!?死ねよ、ゴミが!」
「まぁ、いいか」
身体が軽い。
血を流しすぎた。
痛みもない。
壊れかけの身体は、もう危険信号すら出してくれない。
拳銃をぶっ放した体が勢いに負けて血の池に投げ出される。
立ち上がって、前へ。
「あー、容赦なく鉛玉ぶち込みやがって…でも、お陰で思い出せたぜサンキューな」
カルバトス。
コルン。
アイリッシュ。
たまに会う僕に玩具を買ってくれたり、アイスをくれた組織の中でもまともなように見える大人。
あるいは、うちの保護者への嫌がらせをしたくて僕に優しくしてくれた大人。
三人とも冷静に、迷うことなく引き金を引いてきた。
お陰で僕も鈍ることなく三人を殺せた。
殺すまでに何度も死にかけたけど。
中でもアイリッシュの一撃は強烈だった。
もう右腕が使い物にならない。
それでも立ち上がって、前。
「あ゛あ゛、もう…死にそう!ほんと痛い!くそが!僕の未来が加速度的に消えてく!はは!容赦のない鉛玉ありがとうございます、死ね!」
片目と頭髪を失っていた老人には右腕を叩き斬っただけなのに逃げられてしまった。
出来ればしーちゃんを連れ戻すために出てくる大人は全滅させたかったんだけど。
この時点で僕の作戦は失敗だ。
だけど、前に───進まなきゃ。
絞首台への階段を登る罪人のように、長い時間をかけてようやく屋上へとたどり着く。
「…所詮子どもの浅知恵ってこんなもんか」
「そうだな。でも実際いい線いってたよ、お前さん」
「おー、褒めてもらえるとは。久しぶりだけどウォッカは元気してた?僕は見ての通り元気だよ」
「…こっちは最悪の気分だぜ。死人に話しかけられてるみたいでな。ほんと、なんでその様で生きてんだよ気持ち悪い」
グラサンをかけたその男の言葉に、僕は思わず笑おうとして失敗する。
…そういや肺にも穴空いてたっけ。
右腕は千切れかけで、左膝から骨が飛び出してる。
お腹からは腸が飛び出ていて、左目は開かない。
確かに、なんで生きてるのかわからないほど僕はズタボロだ。
「俺、お前のこと嫌いだったんだよ」
「そうなんだ。割と僕は好きだったんだけど…あんたの作る料理」
「料理かよ」
今夜は快晴。
片目でも満月がよく見える。
死ぬにはきっと、悪くない日だ。
タイトルが定まらない作品ですみません。
ようやくしっくり来るタイトルになりました。
次回最終回。
たぶん今日の夜投稿です。