───どうかこれが現実になりませんように。
2038年3月28日 23:42
「───どういうことだ、これは!」
都市のビルの上、社長室に灯りが灯る。
その口から放たれるは罵声、叱責の声。
「なぜこれまで、一度も漏れなかった会計情報やコンプライアンスに関する問題資料がリークされたのだ!?
貴様ら、一体なんのために雇ってやっているというのだ!?」
彼は部下を責め立てる。
彼は成功者だからだ。
彼は人を使うのが上手かった。
厳しい時代に、平凡な家庭の出から、名誉ある学校の成績上位者として卒業し、そして起業した。
彼は事業を成功させるために、さまざまな手腕を用いた。
邪魔な既存法の改正のために政治家と警察OBを招き入れ取り入った。
効率化のために人事を効率化し、無能な人間を叩き出し、必要な人材だけを雇い続けた。
時には最新のAIを実装した経理システムで経理部門を半数にし、事務作業を効率化させ1/3に引き下げ、徹底的に社員教育に努めた。
忠実かつ優秀な社員を求め、いかに安く済ませるか。それによって成功した人間だった。
───狂い始めたのは半年ほど前だ。
四半期決算、その直前に内部資料がリークされた。
社外秘の社員教育マニュアルが、丸ごとリークされた。
実態は世間に広まった。株価が落ち始めた。彼の誇りであった業績も株価も、みるみるうちに落ちると思われた。
黙らせた。
金に糸目のない報道機関にはCMの撤退を、広告屋供にも契約終了をチラつかせた。
あっけなく、彼らは口を閉ざした。取るに足らないSNSで、資料は流れたが金を持たせてやれば奴らはすぐに忘れ去った。
彼に取ってこの程度、瑣末な問題だった。
───だがそれは、3ヶ月前にもう一度起きた。
これまで脚色していた起業理念と、社内SNSの内容がリークされた。
余りに多い矛盾。輝かしい成功談の元に隠された実態が暴露された。
彼は苛立ちを隠せなかった。
法務部は以前ほどうまく対応ができなかったようだ。
旧知の友人の弁護士は始末に手間取った。
よく考えれば、そもそも今の時代にこんな人間を使ったのが間違いだった。
そう思って彼は、最新のAI弁護士にすぐさま対応させた。
あっけなく片付いた。
結果が見えた以上、無能を雇う考えはない。
契約を断ち切って、秘密保持契約だけを結んで叩き出した。無能な人間が減った。むしろ、清々した気分になった。
───そして一昨日。
年度末の仕事納めの17時を過ぎた時に、それはリークされた。
優れていると誇示していたコンプライアンス部門、そもそもの効率化の上でも“社員を大切にする企業”というていを成すためだけの空箱。その実態が暴露された。
もはや誰の手にも負えなかった。
弁護士AIの契約金を3倍にしても情報は止まらなかった。
最悪の日だ。
終業後、しかも年末最後の仕事納めの日。油断していたといえばそうだが、社員共は誰一人連絡を入れてこなかった。
気がついたのは翌日の昼過ぎだった。
青ざめるような、形容し難い怒りが込み上げた。
弁護士も人間ではない、だとすればもう……システム管理部門の人間でしかない。
年末の日曜だろうが、叩きつけた。
社員携帯に直通で、明日の出勤がなければ直ぐにでも解雇してやる、と。
彼の会社は彼の意見が絶対だった。法よりも、社内の秩序と彼の意見が優先された。
だというのに集まったのは半数にも満たなかった。
彼の怒りは収まらない。よく考えれば、都合のいいデータのためだけにシステム部門に人間を残したのが悪かったのだ。初めから、偽のデータをAI経理管理に入れされるだけのタイピング速度だけが取り柄の無能ども。
当然のように叱責は続いた。
朝まで、部下への罵声が止むことはなかった。
結局のところ、彼はシステム部門全員の解雇を言い渡した。
『役立たずのお前らなど無用だ』と吐き捨てて。
そしてそのまま社長室に籠った。
システムの問題など、AIに任せれば直ぐにでもわかる。早く切らなかった私が間違いだったのだ、と。仕事をこなす、昔のように。
───強いていえば、システム部門の長はかつての学友だったが。
そんなことなど、彼に取っては取るに足らないことだった。
そして結局わからないのは、警察に金を握らせてもリーク元の場所がわからなかった。
わかったのはただ名前だけ。
『Horus』
結局半年かけてもそこまで。
苛立ちを隠さぬまま、彼は作業に向かった。
結局、愚者に3度の機会を与えても、無駄なのだという。“結論“はただ、それだけだった。
2038年3月29日 10:28
街中を、少女の姿が走っている。
今となっては珍しくもないが、高校生だろうか?
珍しいのはその髪と目の色、荷物だけ。
重たそうな楽器ケースと共に、見慣れたリュックサックを背負っている。
昔大きな疫病から始まったという食事の宅配作業員。
学校帰りだろうか、荷物を下ろさないままに少女が駆けていく。
何やら機嫌が良さそうに、鼻歌を歌っている。
皆は気が付かない。
彼女は本当に学生なのか。その制服のような学校があったのか、それとも近くにあったのか。誰もが疑問に思わない。ただあるものとして見過ごした。誰にも覚えられなかった。
───都市の影を、彼女はいとも容易く潜り抜けた。
2038年3月29日 11:50
『“配送先”についたわね、間に合うかしら?』
「……後にして。」
目標から離れたビルに少女の姿はあった。
制服らしい衣装と、その身にはあまりある荷物の山。
年末なので人気のない雑居ビル。その屋内で少女は銃と“目“を準備していた。
楽器ケースに擬態されて運ばれた銃は狙撃用。それも彼女がオーダーメイドで運び入れた特注品。挙げ句の果てに今回は銃弾までもが自作と来た。
運送用ドローンとそっくりな三台のドローンが飛び立って、街中を当然のように飛んでいく。その姿は街でよく見かける配送用のそれとほとんど差異はない。
ただ少し、目を作り変えただけ。
お互いに向かって前後に安全な出力のレーザーを放つ、ただそれだけの機能をつけている。
仲良く等間隔に並んで間の風を見る。
『3rd Eye’s、起動。』
パーソナルアシスタントが告げる。
風がただ当然のように見える。スコープに映る風景と共に、最適な道を描く。
目標は、今も窓から見えている。
机に苛立ちをぶつけるかのように、時折不機嫌さを隠さないように拳を振り下ろしている。
だが余りにも、注意がなかった。ずっと机に向かっている。
───楽な仕事になりそう。
少女は特製の弾丸を一発、装填した。
いかんせん、今回は場所が悪かった。
都市圏のど真ん中。偉そうに時の成功者がオフィスを構えるビルの最中。
いつもの弾なんて撃ったらそれこそバレバレだ。
警察も無能じゃない。ガラスの割れ方と、損壊具合から弾丸の発射点を掴まれるかもしれない。
だから今回はとっておき。ダーツのように重い弾芯を、軽くて発射時のガスで燃えてしまうような装弾筒で覆った特注品。APFSDSと呼ばれるそれだった。
少し作るのに手間取ったけれど、なんとか間に合った。ライフリングのある銃では難しい、というのは確かにそうだった。
必殺の弾丸を込めたまま、精密に狙いを定める。
狙うは一点。頭部のみ。
オフィスの構造も知っている。
念には念を、頭蓋の強度と合わせてビルの外に飛んで行くように、証拠を残さぬように繊細に狙いを定める。
『動きが止まったわ。』
ここまで僅か10分たらず。
少女はただ当然のように、準備を終えた。
───目標は動かない。
結果は誰よりもわかりやすい。
───魔弾とは、必ず当たるからこそ“魔弾”と呼ばれるのに値するのだ。