普段片付けをしていないから、ごちゃついた自分の部屋の荷物を纏めるのは大変だった。途中から裂け目を出しっぱなしにして(消耗が激しいし本当はあまりよくないんだけど)、仮拠点へと荷物だけを移動させるという少し荒い手段を用いて、私達はなんとか別の場所へと移動した。
「魔女様、どうして急に移動を?」
「プロトと出会った」
「プ、プロト様と!?」
「裁判所でたまたまね。あの子が言うには、『車輪』の魔女アルタが各地で暴れてるらしい。プロトは私に気をつけてと言ったけど、もしアルタが魔女達を襲い始めたら、プロトだって私の味方になってくれるとは限らない」
私達の今いる場所…仮拠点となる古民家は今では誰も使っていない、森の奥にある廃屋。昔は村があった場所のようで他にも小さな家がぽつぽつと残っている。その内の1つを、私が勝手に修繕して使っている形だ。
「ともかく、しばらくは魔法薬の精製やら、あんたの魔法の練習やらをしなきゃいけないから忙しいよ」
私達の体には、魔力(但し、厳密にはどのような力なのかは謎である)が備わっている。無論、魔法を使えば魔力も空中へと拡散し、その魔力を探知されると居場所は簡単に割れてしまう。だが、私達が今いるこの森は霧が出やすくなっている。光は霧によって拡散し、あらゆるところへと散り散りになるが、魔力はその逆。空気中の水分量が増えることにより、その水の中に魔力が溶け込み地面へと吸収されるため、探知がしにくくなる。それに、この森には魔法薬の材料となる薬草やキノコ、動物などもたくさん生息している。数か月ほどであれば、身を隠すにはうってつけの場所だ。
「魔女様…。はい、わかりました! ミラ、魔女様のように強くなります!」
ミラはまた元気よく返事をする。が、正直この森の奥で大声を出すのはやめて欲しかったので、それは素直に伝えておいた。
「じゃあ、まずは防護魔法から覚えよう」
そうして私達は、人目の付かない森の奥で魔法の練習を始める。
一方、セーラの家には不審な影が近付いていた。影は家の中へと吸い込まれるように入っていく。だが、当然そこはもぬけの殻。
「…遅かったか」
謎の人物は舌打ちをして、そのままその場から姿を消していった。
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私達が森に籠り、ミラの魔法訓練に勤しみ始めてから1ヶ月ほど経った頃。ミラは着々と魔法の腕を上げていっていた。無論見習いながらも魔女ではある為、一般人よりは遥かに使える魔法は多い。それでも、練度を上げ、魔法を臨機応変に使い分けられるようになれなければ、才能がないものとして追放されることも、この世界じゃ当たり前だ。だが、ミラは私の見込んだ通り、確実に才能ある魔女だった。
「防御して! 緩めずに防御! 私の攻撃が止んだら、すぐ攻撃!」
「はいっ! 防御…防御…こ、攻撃のタイミングがありません〜!」
無論私の攻撃を完璧に耐え切る程の実力はまだない。だが攻撃魔法ばかり覚えても私としては、あまり意味がないと考えていた。
魔女と言えど身体は人間そのものだ。余程魔力の高い人間であれば、その溢れ出る魔力が鎧の役割をすることもあるが、基本は弱い火の魔法ですら、当たり所によっては致命的な怪我になりうる。
だから、まずは防護魔法。その練度を高めて、自分や仲間を護れるようになれれば十分役に立てる。そして今のミラは、防護魔法なら私と同じと言えるレベルにまで到達していた。
「はいっ、一旦休憩〜」
「…ぶはっ! はぁ、はぁ、息が止まりそう…」
「お疲れ。だいぶ練度は上がってるよ。魔法薬も出来たから、そろそろ別の場所へ移ろうか」
そう言いながら私は小屋へ戻ってホウキを探す。しばらく乗っていなかったから、どこにあるかと数分ほど探してしまった。隅っこに立て掛けられていたそれはホコリを被っていて、何回か強くはたいてホコリを落とそうとしたら、余りの汚さにホコリが舞い上がってむせてしまった。耐えられずに外に出てミラにそれを見せると、ミラは目をきらきらと輝かせていた。
「わぁ、魔法のホウキ…! 私もいつか、手にする時が来るのかなあ」
魔法のホウキは、一人前の魔女になった証である。魔女として十分な鍛錬を積んだと認められた時、師匠から譲り受けるのが通例だ。
「うん。だからあげるよ」
だが、私にはもう必要ないものだ。…というか、ホウキくらい何本も持っている。無論私がミラに譲るホウキは、何代もの魔女が使い続けた代物だ。だから、それなりに魔力が浸透していて扱いやすい。
「えっ、えっ…いいんですか? 私なんかに」
「うん。よくこの短期間で防護魔法をマスターしたね。私が師匠から譲り受けたものだから、品質は保証するよ」
ミラはどうせ、すぐにそれを受け取るだろうと私は思っていた。私の弟子になったころから、よくホウキが欲しい欲しいと口にしていたからだ。だが柄にもなく難しそうな顔で眉間に皺を寄せ、数秒考え込んだ末、彼女は首を横に振った。
「…やっぱり、受け取れません。私まだやれます、攻撃魔法も転移魔法もたくさん覚えて、魔女様よりも強い魔女になるんです!」
ミラの気概に私も面食らってしまう。まさか無鉄砲でお転婆なミラが、そこまでのことを考えているとは予想だにしなかったからだ。しかし、だからこそ面白い。育て甲斐があるというものだ。
「わかった。じゃあ、昼食を食べたらまた特訓だ」
「はい!」
私達が再び小屋へ戻ろうと踵を返した時、凄まじい轟音が背後で響いた。反射的に防護魔法を自分とミラに付与しつつ振り返ると、煙の中からある人物の影が見えてくる。
燃え上がるような真紅に染った髪を、2つ結びにした不敵な笑みを浮かべる少女…いや、魔女。私も何度かその姿を見たことがあるから覚えている。
「…嘘でしょ」
そいつは不気味なにやけ顔でこちらを真っ直ぐ見据えてくる。まるで、カエルを睨んだ時の蛇のように。
「よくものこのこと姿を現したわね、アルタ」
その魔女…『車輪』のアルタは、ゆっくりと、しかし確実に、1歩ずつこちらへと近付いてくる。