天秤の魔女   作:うにちゃん

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第五話 石版の魔女

 

 フリルは私の実の妹だ。もちろん幼い頃から関係を拗らせていた訳ではない。共に魔法訓練をし、共に魔法学校へと入学した。苦楽を共にし、時に争い、時に泣き、時に笑い。親よりも友達よりも、何よりも親しく過ごした仲だった。

 

 だがある日、何者かによって私達の両親が殺された。フリルは酷く悲しみ、両親の死を目の当たりにした途端、その性格は豹変してしまった。大好きだった魔法が嫌いになり魔法学校を中退。私の制止をも振り切って家を飛び出し、その後何の心境の変化か、独学で魔法を学び、西の地を治める魔女へとなるまでに魔法を極めた。魔法学校を卒業していない魔女というのは、魔女の中でも異端的な存在。基本は認められないのだが、フリルはその有り余る実力で、例外として魔女になることを認められた一種の天才だった。

 

 もちろん私だって両親の死を悲しんだ。今思えば、あの時もっとフリルにもしてやれることがあっただろう。だがもう十数年も前の話。幼かった私達は、その圧倒的な事実の前にただ、立ち尽くすしか出来ることがなかったのだ。

 

 そしてそんな中、フリルが禁忌に触れようとした時、私は初めてフリルに手を上げた。それは、人体蘇生の魔法。古代から言い伝えとしてその名だけが残っている蘇生魔法は、現代人が扱うには余りにも不確定な要素が多く、一説には、悪魔が出てきて取引させられるとか、失敗すると化け物に変身するとか、様々な憶測が飛び交っていた。だがフリルはそれでもいいと話を聞かず、私はどうしていいかわからなくなり、その小さな頬を思いっきり叩いてしまったのだ。

 

 私が東の地を治める魔女になった時、西にフリルが居ると聞いて驚いた。まさかまたその名を聞くとは思わなかったし、顔が見れる機会が訪れるとも思っていなかった。また顔を合わせたら、お互い謝れるだろうか。そんな悠長なことを考えていたのはもう何年も前のことになる。

 

「ぼーっとしてると〜、地面に叩きつけられちゃうよぉ」

 

 なんとかホウキに跨って飛行しながらフリルの猛攻を避ける私を、フリルはホウキ無しで凄まじいスピードで追いかけてくる。フリルは結界魔法を得意とする魔女で、その結界の中では少しだけ魔力の消費が軽減される。その為この結界の中はフリルに圧倒的に有利な状況。私は攻撃の隙すらなく、ただ逃げ惑っていた。

 

「なんとか言ったらどうなの? おねぇちゃん!」

 

 フリルの猛攻は勢いをどんどん増していく。数発ホウキに攻撃が掠って、バランスを崩し、地面へと真っ逆さまになる。まずい、このままでは地面に叩きつけられてしまう。

 

『不動の石版〈イムーバブル・リトグラフ〉』

 

 その時、どこからか声が聞こえた。最早激突は避けられないと目を瞑っていた私がその目を開くと、地面は目の前にあった。だが、落下はしていない。それどころか、フリルの攻撃すら止まっている。いや、もっと正確に言えば、私もフリルも、動き自体が停止していた。

 

「あなたたちは、呆れますね。結界を貼っているとはいえ、こんな市街地で乱闘ですか」

 

 聞いた事のある声が頭上から聞こえてくる。黒髪の小柄な女性、石版のプロトが、この膠着した空間から、階段を降りるように1歩ずつ上空からこちらへと向かってくる。

 

「固有魔法は消耗が激しいんですから、あんまり使わせないでくださいよ。フリルせ、ん、ぱい」

 

 そう言いつつも、彼女は涼しい顔で私達2人の間に割って入った。プロトは、フリルと私を一瞥し、1つ小さくため息をついた。

 

「プロトちゃん…これどういうことかな〜? 魔法、早く解いてくれるぅ?」

 

「フリル、少し黙って。プロトはどうしてここに?」

 

「忘れ物を取りに王裁へ寄っただけ。私がたまたま外に出てよかった。アホみたいに大きい結界が見えたから、見に来てみたらこの始末」

 

 言いながらプロトは魔法を解除したので、私は地面にファーストキスを奪われた。当のフリルも戦意喪失したようで、それ以上攻撃をしようという素振りは見せない。

 

 プロトの固有魔法はそれほどまでに強力だった。そもそも固有魔法というのは、魔女の中でも限られた人間が持つ、その者にしか使えない魔法のことだ。様々な魔法を学び、基本から応用までを完璧に理解した上で、自分だけの魔法を作り上げる。ちょっとやそっとじゃ完成しない代物だ。四権の魔女達は、少なくとも1つはその固有魔法を持っている。

 

 ただ、プロトの言う通り、それらはいくつもの魔法を組み合わせて作り上げたもので、一度使うとかなりの体力と魔力を消耗する。他人の動きを止めるこのプロトの固有魔法は、彼女ほどの者でなければ、まず使うことすらままならない魔法だ。

 

「フリル、結界を解きなさい」

 

「何よぉ! 私より後輩のくせに、前の戦争の時のように、あんたなんか…」

 

「解きなさい」

 

 まくしたてるフリルをよそに、プロトはその冷たい眼光をフリルに突き刺しながら命令を続ける。一瞬怯んだフリルが、しょぼくれながらも結界を解除した。おそらくフリルが反撃しなかったのは、私への攻撃で魔力を相当使っていたのと、結界を貼り続けたことで魔力を消耗していたからだろう。不意打ちでなく、かつ万全の状態のフリルならば、プロトの固有魔法でさえ効力を成さないだろう。

 

 結界が解けると、辺り一面はようやくあるべき光を取り戻し、家の中からはミラが飛び出してきてこちらへ駆け寄ってきた。

 

「魔女様、ご無事ですか!?」

 

「ミラ、よく隠れてたね。私は無事だよ」

 

 結界を解いた後も、プロトとフリルはまだ無言で睨み合いを続けている。四権の魔女の中でも屈指の実力を持つ2人が睨み合うだけで、こちらにもかなり気迫が伝わってくる。

 

「あなたたちも早くここを移動して。私はフリルと話があるから」

 

「いや、ちょうど良かった。私もプロトに用事があったんだ。アルタのことなんだけど」

 

 プロトはフリルから目を離し私の方へと向き直る。フリルはそのプレッシャーから解放され膝を着いて崩れ落ちた。あの様子を見るに、今の彼女は放っておいても大丈夫だろう。プロトも同じことを考えたようで、フリルとの話し合いは後回しにすると言いながら、フリルが西の空へと飛び立つのを見送り、私の家の中へと入っていく。プロトにとっては西の領土などいつでも行ける場所だからだろう。

 

 家に入ってきたプロトは、初めに私の弟子、ミラへのことをしばらく見つめていた。隅から隅まで舐めるように見回した後、ぽつりと呟くように言う。

 

「この子がお弟子さん? いい子だね」

 

「うん。声はデカいけどいい子だよ」

 

「そうじゃなくて、魔力の話」

 

 プロトはミラに更に近付くと、またジロジロとミラの体を見る。ミラはなんだかこそばゆそうにしていた。

 

「プ、プロト様って、大胆な方なんですね…」

 

 ミラが言うと、プロトは一瞬驚いた様子を見せた。そして珍しく笑ったかと思うと、くるりと踵を返し椅子へ腰掛ける。

 

「あなた、防護魔法貼りっぱなし」

 

 プロトがそう言った途端、ミラは自分の体を改めて見回すと、あー! とまた大きな声を出して魔法を解除していた。おそらく外で私とフリルが戦闘していた時から、緊張からか無意識のうちに展開していたのだろう。ともかく無意識で魔法が展開できるのは良いことだ。

 

「プロト。アルタの件なんだけど、あの子今は革命派を敵視しているみたいだよ。今いるこの部屋も最初は革命派が占領してた。ここには私の師匠の結界も貼ってあったのに…」

 

「アルタが? 珍しいこともある。確かに革命派は厄介だけど、少なくとも実状被害は出てないはず。…まあ、出てからでは遅いのも事実だけど。結界に関しては仕方ない。モノと同じで、古くなるもの」

 

 プロトは冷蔵庫から勝手に飲み物を取り出し飲み始めると、そのまま続けた。

 

「ああ、そうそう。前にあなたと王裁で会った後、家に行ったのにいなかったから驚いた。あなた、どれだけ行動が早いの。まあ、いいことでもあるけど」

 

「だって、プロトがアルタに気をつけろって言うから。まあ、私に言わせりゃフリルの方が危険だけどね。元気になったら、また何を仕掛けてくるやら」

 

 プロトは瓶入りのジュースを飲み干し、空になった容器を静かにテーブルへと置いた。

 

「いいや、アルタにも気を付けて。正確には、これからアルタが引き起こす事に。革命派を相手取るのも簡単なことじゃない。こちらにとってはアルタのしたこと。だが革命派にとっては魔女のしたこと。かえって無関係の私達まで狙われかねない」

 

 プロトはもう1本ジュースを冷蔵庫から取り出し、懐へと仕舞うとおもむろに立ち上がった。

 

「私は引き続きアルタの行動を抑制しておく。あなたはまた、面倒なのに絡まれないようにしてね」

 

 言い終わるとプロトは杖を取り出し、次の瞬間には既に転移の準備を始めていた。

 

「あっ、ちょっと待て!」

 

 私は必死に止めようとしたが、時すでに遅し。プロトの体は完全に消えてしまっていた。

 

「ジュース代払え!」

 

 私のその声は、虚空へと消えて行く。

 

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