「あ、プロトさんおかえりなさい。…またジュース飲んで、不健康ですよ」
「ただいま。いいの、今日1本目だから」
「絶対嘘だ」
セーラの所から帰ってくると、弟子が1人出迎えてくれた。ダークブラウンの三つ編みと、大きな丸メガネが特徴の魔女である弟子のロイズは、数ヶ月前、彼女が死にかけている所を私が拾い上げた子だ。魔女になったはいいものの、食いぶちも稼げず餓死同然の死に方をする魔女も少なくない。それほど魔女の世界も甘くないのだ。私とて、そういう輩を全員救えるわけじゃないし、救いたいとも思わない。ただこの子に関しては素質を感じたから、それが失われるのは惜しい気がしたのだ。
「プロトさん、なんかホコリっぽいですね。王裁に行ったのでは?」
「うん。東の魔女に会ってきただけだよ」
言って、しまったと思った。この子は何故か、私がセーラのことをお気に入りだと思っているらしい。うかつにその話題にを口にすると、歯止めが効かなくなるのだ。
「あ、プロトさんが大好きなセーラさんですね! こんなに可愛いプロトさんが恋するなんて、どんな可憐な方なんでしょうか…ああ、お会いしてみたいです!」
「あのね。違うから。私達の今後にも関わる大事な話をしてきた。私達は当面、南の魔女アルタを足止めしなきゃ」
「それはセーラさんの為にですか!? ああ、なんて純粋な愛なんでしょう…!」
「ロイズ」
私が杖でその腕を軽く小突くと、ロイズはすみませぇん、と謝罪にもならない形式のみの謝罪の言葉を口にする。
私はセーラから頂いたジュースの瓶を開け、2つのコップにちょうど半量ずつ注いだ。そのうちの1つをロイズへと手渡す。
「西の魔女フリルとも遭遇した。彼女が暴れ出すかもしれないから、念の為だよ。革命派の動きを抑制する為にも必要なことだから」
「分かりました。何かあったら、このロイズにお任せくださいね」
ロイズはジュースを一気に飲み干し、どんとその胸を叩いた。ロイズも十分実力のある魔女だ。最近はその頭角を現し、顕著に実力を伸ばしている。ロイズの言葉通り、彼女に何かを任せるようになることも、近々あるだろう。それまでに、私は私の出来ることをやるしかない。
「じゃ、準備しといて」
私はこれから南の地へ、アルタの元へと行かなければならない。彼女の動きを抑制して革命派と接触しないようにするには、直接説得するしかないだろう。ロイズが準備を終えるなり、私は南の地、アルタの拠点へと向けて転移を開始する。
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「…で、マジで何なわけ?」
心地よい風に打たれながら紅茶を飲んでいたところに突然の来客だった。よくもまあ、毎日ご丁寧に整えてるであろう漆黒を湛えた黒髪を、四方八方まっすぐ切りそろえたお人形さんみたいなフザケた髪型でアタシの元へやってきたもんだ。
「アルタ、私と組もう」
そいつは人でも殺してるんじゃないかってほど、冷ややかな目で淡々と話す。北の魔女プロトは、その寒い地域にその顔面すらすっかり適応しているようだった。
「…はぁ?」
「私と、組もう」
プロトは表情ひとつも変えずに、もう一度同じことを口にする。別に、なにも聞こえなかったから聞き返したわけではない。天才と呼ばれるほど頭がいいんならそれくらい察して欲しい。
「そうじゃないわよ。なーんでアタシが、アンタなんかと組まなきゃならないワケ?」
アタシは鈍感な女が大嫌いだから、はっきりと気持ちを伝えてやる。そもそも、今は革命派の存在だったり、その情勢のおかげで魔女達は領土争いのヒマなんてなく、結果的に平和ボケしてるだけ。先代の魔女達が別の地域の魔女達と共闘したなんて話は聞いた事すらない。はっきり言ってイレギュラーだ。
「いい? よく聞いて。フリルがセーラを襲った。一時的に撤退させたけど次は何をしでかすか分からない。私はフリルを、あなたは革命派を足止めしたい。ウィンウィンでしょ」
プロトは一文一文、区切るように話す。きっとアタシにも分かりやすく説明しているつもりなんだろう。こいつの言っていることも一理ある。だけどだからと言って、それが共闘の理由にはならない。それぞれがそれぞれのやるべきことをやればいいだけだ。特にフリルなんてアタシが最も関わりたくない魔女だし、革命派なんてアタシ1人で十分潰せる程度の規模しかない。はっきりいってメリットは無い。
「良いように言ってるけど、アタシは賛成しないわ。革命派を潰すくらい、アタシ1人いればワケないわよ。だからアンタはアンタでフリルの相手でもしてて頂戴」
「それに」
プロトの話はまだ続くようだった。プロトは相変わらずこちらの目を真っ直ぐと見つめながら話す。こうして目を合わせながら喋られるのが昔から苦手だ。
「私についてくれば、いくらでも戦闘していい」
聞き捨てならない言葉に耳が傾いた。確かに、革命派の件だって、こいつらがいなければもっと領土争いが活発になるかと思ったからやり始めただけのこと。アタシは魔法をたくさん使えるならそれほど楽しいことは無い。こいつの言うことを飲むのは癪だが、鈍った体を動かすことが出来るとなれば、少しくらいなら。
「んじゃ、約束するならいいわよ」
「約束を破るように見えるとでも?」
「アンタみたいなのが一番胡散臭いのよ。ま、とはいえ一時的によ。飽きたらアタシはオリるわよ」
ひとまず様子を見ても損は無いだろう。アタシだってそこまで馬鹿じゃない、こいつがアタシを騙そうとしている訳じゃないことくらいは分かっている。
「じゃ、成立だ。さっそくだけどひとつ手伝って欲しいことがある」
プロトはそう言うと、アタシの冷蔵庫から勝手に取り出したジュースを飲み干して立ち上がった。後ろで弟子っぽい奴がなんやかんやと言っていたがプロトは全く気にも留めず、私の肩を叩いて行こう、と一言だけ小さく呟いた。
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とんだ邪魔が入った。わたしはただセーラちゃんと遊びたかっただけなのに。…いや、自分の気持ちにすら嘘を吐く必要はないか。あの東の魔女セーラを、もしくはその弟子を、絶望へと引きずり込みたかっただけだ。そうすればきっとわかるだろう、あの時わたしがどれほど辛く苦しかったか。信頼していた姉にすら否定されどれだけ悲しかったかを。
「ほんともぉ…やんなっちゃう…」
私の意志とは裏腹に、大粒の涙がぼろぼろと頬を伝っていくのがわかる。ここ最近こうしてずっと泣いてばかりいる。それ以外に出来ることが見つからないのだ。あの時以来私の胸にはぽっかりと穴が空いていて、その穴は何があろうとも決して埋まらない。
『フリル、結界を解きなさい』
あの冷酷女の無機質な声がリフレインした。それは昔私が結界に閉じこもった時よく聞いた声によく似ていて、昔のことが思い出される度に私の心臓は掴まれたように苦しくなる。
『解きなさい。結界を解きなさい』
考えれば考え込む程に声は反響する。耳を塞いでみるが、もちろんそれはわたしの脳内で響いているから、全く意味はなかった。
「やめて、やめて」
『解きなさい』
「やめて…っ!!」
ガチャ、と後ろから扉の開く音がして、ようやく正気に戻る。振り返らずとも見当はついていた。わたしがこうして塞ぎ込んだ時、必ず様子を見に来るわたしの弟子、艶やかな茶髪を胸の辺りまで伸ばした盲目の魔女、メルがそこに立っていた。
「フリル。落ち着いてください」
メルは盲目だが、その代わり探知能力に長けている。魔力の弱い一般人をも見分けるその繊細な探知能力で私の元へと寄ってくると、慣れた手つきでわたしの顔を彼女の方へと向ける。目は常時瞑っているが、それでいて有り余るほど端正な顔立ち。本人は見えていないくせに、すらっとした長い足を折りたたんで、わたしと目線を合わせながらメルは続けた。
「大丈夫、わたくしがここにおります」
メルはわたしの頭を、その大きく暖かい手で優しく撫でる。彼女の胸元へとわたしの顔を引き寄せて、まるで子供をあやす様に背中をぽんと軽くたたいてくれた。
「メル…わたし、セーラちゃんにまた謝れなかったぁ…」
「東の魔女ですか? 確か、フリルの実のお姉様でしたね。気になさらずとも、わたくしがお傍で仕えますのに」
「やだやだ、セーラちゃんじゃないとダメなのぉ!」
わかっている。わたしだってわかっている。こんなことをメルに言ったって仕方がない。こうして毎日メルを困らせて、あの頃から成長出来ていないままの自分に嫌気がさす。だけど、わたし達の関係はもう戻らないだろう。その事実を認識した瞬間に、わたしの心はまたあの頃へと逆行して、こうして子供のように幼稚な言動や行動を繰り返してしまっていた。
「フリル、わがままを言ってはいけませんよ。あなたならきっと出来ます、自分を信じてください」
「うん…メルありがとぉ…」
気が付くとわたしは、メルに優しく抱き締められ、気分が落ち着いていた。わたしが立ち上がるとメルも一緒に立ち上がる。メルは本当にわたしのことを気にかけてくれるいい弟子だ。だからわたしも期待に応えないといけない。であれば、まずは何をすべきだろうか?
「フリル、あなたは東の魔女を再起不能にするのが目的なんでしょう?」
メルは甘い声でわたしの耳元で囁いた。その声を聞いた瞬間、わたしはわたし自身のやることをようやく思い出す。
「そーだ…セーラちゃんを倒さなきゃ。今度は確実に、邪魔も入らないように…」
わたしは立ち上がって、くしゃくしゃになったローブを整えた。愛用の杖を手に取ると、転移の準備を開始する。わたしの体が消える直前、メルの顔は少し笑っているように見えた。