「うぅー気持ち悪い…」
「仕方ない。まさか転移が使えないなんて、知らなかった」
転移魔法が使えないアルタを無理やり転移させると、アルタは転移酔いでしばらくフラフラと覚束無い足取りを見せていた。
「アタシ、攻撃魔法しか覚えてないもの」
酔いから立ち直り、さっそく自慢げに自分の魔法の不得手さを語るアルタを横目に、私は目の前の目的地を見据えていた。
西の街、リーフ。西部では一番大きい街で、ここを拠点とする魔女も多い。様々な商店が軒を連ね、その中にはもちろん魔道具を扱うものなどもたくさんある。
その中でも、私が向かっているのは魔導書を扱う専門の店だ。無論他の街に魔導書を扱う店はあるのだが、ここにしか扱いのないという魔導書があるという話を聞いてこの街まで来た次第である。
街へ入り、しばらく奥へと進んでいく。中央広場から東西南北へ伸びている大通りのうち北側へと続く路地へと入り、すぐ右側にある小道へ入ると目的の店があった。
古びた木製の扉を開けると、こじんまりとした店内はホコリとインクの匂いが混ざり合う、なんとも言えない空気が充満していた。扉が閉まるとその音に反応したのか、奥から店主らしき人が出てきた。その両目に遮光グラスをし、綺麗な茶髪を胸の辺りまで伸ばした2〜30代ほどに見える女性は、私達を見るなり声を掛けてきた。
「何かお探しですか?」
「ええ、魔導書を探しに来ました。ここにしか扱いがないと聞いたので」
店主に伝えると、店主は納得したような素振りを見せ、店の奥へと私達を手招いた。だがその際、私達のいる方向とは違う方へ向けて手を振る彼女を見て、私は彼女が盲目だということに気付く。彼女は壁を手で伝いながら、店の奥へ奥へとゆっくり進んでいく。
にしても、この店は予想以上に広いらしい。売り場自体が狭い割には、人ひとりが通るのもやっとなくらい本がびっしり並べられていたし、奥にはその莫大な在庫を抱えるための倉庫でもあるのだろう。
ようやく突き当たりまで達すると、いかにも頑丈そうな鉄の扉にぶち当たる。地鳴りのような音を響かせながら扉が開き、真っ暗な空間へと出る。明かりをつけると、そこがコンクリート張りのやけに広い空間だと気付くが、そこには本などは見当たらず、とても倉庫とは思えない。だが店主は、またもやさらに奥へ奥へと進んで行く。ここはまだ目的地ではないのか。
だが私はそこでふと気付いた。隣を見ると、つい今までそこにいたアルタの姿がない。私が視線を戻すと、アルタはいつの間にか店主の女性の前に立ちはだかっていた。
「ちょっと、どこまで連れてく気? まさか、アタシ達を監禁しようとか企んでるんじゃないでしょうね」
「アルタやめて。貴重な本なんだ、盗難防止の措置を打っていて当たり前。店主さんも、迷惑かけて申し訳ない」
店主の女性は微動だにせず、ただ真っ直ぐ進行方向を向いている。店主に悪気がないと分かると、アルタはバツが悪そうな顔をして再び私の隣へと戻ってきた。すると店主は美しい所作でこちらへ向き直ると、一文字につぐんでいた口をゆっくりと開いた。
「プロトさん…そしてアルタさん。長らくお待ちしておりましたよ」
言いながら、店主はその妖艶なほど血色の良い薄い唇をしなやかに動かしながら舌なめずりをした。周りの空気が一気に凍りつく。まずい、どうして気が付かなかった。
こいつは魔女だ。
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私は北の地から取り寄せた、世にも珍しいと言われる魔導書に目を通していた。外はしとしとと雨が降っていて、そのぱたぱたとランダムな雨音が耳に心地よい。気温もちょうど過ごしやすく、私はミラが作ったプラムの砂糖煮をつまみながら魔導書を読み耽っていた。
ミラはと言うと、フリルと出会ってからはより一層訓練に励んでいた。最近は防護魔法を自然に展開しながら、別の魔法を同時に使うことも覚えてきていた。この調子だと、近い将来ミラに東の魔女を任せても大丈夫かもしれない。私はなんとなくそんなことを考えながらもページを捲る。
「お、これは」
ふと私の目に付いたのは、古代の魔女達が使った固有魔法という欄だった。広範囲を一瞬で爆発させるもの、対象の動きを巻き戻す魔法など様々な面白い魔法が紹介されていた。これはもしかすると、私の新たな固有魔法の会得に繋がるかもしれない。
固有魔法の原理はそれを使う者にしかわからない。もしくは、原理を知らずそれを会得し扱う者もいる。要するに、やってみたら出来てしまったという天才肌の感覚派がそれにあたる。私も唯一固有魔法を持っているが、原理は分かっていない。正に"やってみたら出来てしまった"のだが、私は先に申した通りの天才とは少し違っていた。
固有魔法とは、魔法の組み合わせによる一種の化学反応である。例えば水の魔法と雷の魔法を組み合わせると、理論上は広範囲に電撃を与えることが出来る。だがそう簡単にはいかないのが魔法という謎の力だ。私も固有魔法を会得する為必死に特訓していた時期があった。新たな攻撃魔法を会得して、多彩な攻撃手段を獲得したかったからに他ならない。だが私が手に入れた力は、とても戦闘に使えるようなものではなかった。私が中立の立場に甘んじている理由もそこにあった。
つまり私は、攻撃魔法を組み合わせることで、とても直接攻撃をするような魔法とは程遠いものを生み出してしまったのだ。こうなってしまうともう私にも分からない。だが使えるものは使えてしまうのだから、それを誇りなさいと師匠に言われたことを思い出す。
「ま、魔女様」
いつの間にか目の前に立っていたミラの声が、いつもより小さく、そして震えていた。
「どうしよう、魔女様」
顔を上げると、頭からたらたらと血を流しているミラの姿がある。私は一瞬思考が停止してしまっていた。また他の魔女による奇襲か? だとしたらミラは余りにも冷静すぎないか? いつもよりぐるぐると回る思考に混乱していると、ミラは怪我人とは思えないほどの笑顔を見せる。
「私…私、新しい魔法覚えちゃいました!」
私の頭は更に混乱した。ここ最近、私はミラに新しい魔法は特に教えていない。訓練する魔法の種類を絞り、ある程度の魔法に特化させた方が良いと考えたからだ。それが、ミラは新しい魔法を覚えたと言うではないか。
「えっと…とりあえずその血、拭きなよ」
思考を放棄してしまった私は、血まみれのミラに包帯を渡すことしか出来なかった。当のミラは本当に気付いていなかったらしい。私が包帯を渡して頭を指さすと、自分の血を手で拭って有り得ない、と言った顔をしていた。傷口を消毒して包帯を巻いている最中にアドレナリンが切れたのか、あまりの痛みにぼろぼろと泣いていたほどだ。
「ミラあんた…一体何やらかしたの」
私が問いかけると、ミラはえっとえっと、と口篭って説明しづらそうにしていた。ミラ自身初めての出来事で、何から説明していいか分からなかったのだろう。私はお茶を注いでやってゆっくりと話を聞くことにした。