「こーーーの、鈍感女ーーー!!」
大方人とは思えない怒号が、閉鎖空間に響き渡った。ぐわんぐわんと反響する声が耳に入ると、私達が今どのような状況に置かれているのか尚更実感できる。
「だって、私は本を買いに来ただけだし」
私だってこの状況を信じたくはなかった。今私達の目の前にいるのは、正体不明の魔女だ。見た事のない顔ぶれだが、何故か私とアルタの名前を知っていた。おそらく四権の魔女の弟子…消去法で行くならばフリルの手先だろう(もしくは、無意識のうちに私が名前を呼んでしまっていたかもしれない)。
先程まで穏やかだと思っていた元店主の魔女は、私達を拘束魔法で完全に縛り上げていて、その精度は凄まじく私達は文字通り手も足も出ない。四権の魔女が揃いも揃ってこのザマだ、目の前にいるのは相当の手練で間違いなかった。
「叫んだって誰も来やしませんわよ。わたくしの拘束から逃れることは出来ませんわ…例え、あなた達四権の魔女でもね」
「アンタマジで…何なワケ? 何が目的なのよ!」
「アルタ、大声出さないで」
耳を塞ぎたくとも塞げないから、隣で仲良く吊るされているアルタの声が直に鼓膜を揺さぶる。こんな状況では落ち着いて魔力を練ることもままならない。アルタの叫び声を聞いて満悦の様子の謎の魔女は、私とアルタをよそにこの場所から出ようとしていた。
「敵に目的を教える人なんていませんよ。あなた達は一生このまま私の魔法で吊るし上げてあげます。たま〜に様子を見に来てあげますよ。まぁ、その時には死んじゃってるかもしれませんけどね」
謎の魔女は不気味な高笑いで私達をバカにするように笑い飛ばす。基本的に、魔法を維持するには持続的に魔力を消費しなければならない。だが拘束魔法は、他の魔法とは少し性質が違っていた。練度が高くなれば、一度拘束してしまえば物質のように大気中に固定され、しばらく動かなくなってしまう。その原則と、先程の言動を踏まえると、この魔女の使う拘束魔法はもはや完璧と言って良いほどの練度だろう。この場所から離れてもなお、長期間維持出来るという圧倒的な自信に、嘘はないように見える。
「では、わたくしは用事がありますからこれで失礼します。くれぐれも脱走しようなんて思わないでくださいね。わたくしの拘束魔法は、暴れるほど強く締まってあなた達を痛めつけますわよ」
私達が何を企んでいるかは見透かされているようだ。確かに、気付かれないようにゆっくりと動かしてみたがそう簡単に外れる気配は全くなかった。
私達が入ってきた入口とは反対側の鉄扉から、魔女はそのまま姿を消していく。轟音と共に扉が閉まると、突如耳鳴りのするような静寂に包まれる。
外の音も全く聞こえない。時計すらもなく、時間感覚すら無くなっていた。今私達に襲いかかるのは恐ろしい魔女ではない。ただただ無限に訪れる、悲しいまでの静寂だけだ。
「…ていうか」
しばらくするとアルタが口を開いた。だが先程までの緊迫とは打って変わって、彼女はやけにその口角を吊り上げてニヤニヤしている。
「マジで何が目的なワケ? アンタ」
アルタがそう言った瞬間、私達に掛けられた拘束魔法は跡形もなく消え去っていた。
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ミラの魔法をこの目で見た私は、絶句した。間違いない、絶対に間違いない。私がこの目で見たから間違いはないはずだ。誰がなんと言おうと、それは確実なものだった。
ミラが使用したのは、固有魔法だ。
「ミラ…あんた本当に…?」
「わ、私だって信じられません! あぁ〜どうしましょうどうしましょう」
もうそろそろ成人しようかという魔女が、揃いも揃って滑稽に慌てふためいていた。ミラは恐らく、出力は低いが魔力総量の多い魔女だ。訓練次第で様々な魔法を会得出来ることに違和感はない。だが、いくらなんでも早すぎる。私だって固有魔法を会得するには3年ほどかかった。それを彼女は、半年やそこらで会得したと言うのだから、はっきり言って才能の塊と言わざるを得ない。
「まあ、一旦落ち着いて。固有魔法が使えるというのは本当に栄誉なことなんだ。誇るべきことだよ」
「魔女様ぁ〜! ありがとうございますうぅ〜」
「泣かないの! 傷口開くよ!」
既にミラの頭の包帯からは血が滲み出ている。だがその威力もこの目で見て納得した。これほどまでに深い傷を負うほどの魔法を見たのは、何年ぶりだろうか。
魔力総量の多い者は、出力のコントロールが出来れば、もちろんそれに見合った火力を実現出来るようになる。ミラの欠点はそのコントロールが出来ないことであった。その有り余る魔力で防護魔法を展開し続ける事などは出来たが、それを攻撃に転じることを苦手としていたのだ。
しかし、その欠点を唯一克服する方法こそが、固有魔法の大前提である、魔法の組み合わせだ。ミラは私が教えた魔法以外にも、魔導書を読み解き知識を付け、魔法の組み合わせを学んだ。そしていざそれを実践してみると、これがすんなりとあっという間に上手く行ったというのだ。一つひとつの魔法の出力は弱くとも、それを複数重ねる。重ねられるだけ重ねる。そうして練り上げられた魔力は、ミラの中で乗算的に増大し、爆発的な威力を実現したのだった。
そして、ミラの使用する魔法は、先程まで私が読んでいた魔導書に書かれていた古代の魔女が使ったと言われる、伝説の魔法にやけに酷似していた。いや、むしろ、ほぼ同じと言っても過言ではないかもしれない。かつてこの国全土を治める力を誇ったと言われる最強の魔女が使用し、見るもの全てを恐怖に陥れたその魔法。使用する者すら蝕むその威力に、禁術とまで言われた禁断の魔法、そのものに。
『超新星爆発〈スターライト・エクスプロア〉』。
自身を含む広範囲に爆発を起こし、絶大な破壊力で辺り一面を吹き飛ばす魔法。ミラはまだそこまでの威力が出せず、練度が低いために頭の傷程度で済んだが、下手すれば最悪その命はなかっただろう。それに、人と全く同じ固有魔法は使えない…とされている。実例が無いだけで、例外があるのならば恐らくミラが初になるだろう。
「ひとまず、この魔法は禁止。何をしたかは知らないけど、私の教えた魔法だけ練習しなさい」
「はい…わかりました…」
しゅんと項垂れているミラには悪いが、これはミラのためでもある。下手に暴発して怪我をしたり命を落としてしまってからでは取り返しがつかない。特訓は一旦やめにして、気分転換の為にも街へと繰り出すことにした。
支度を済ませ扉を開けると、そこには見知らぬ人が1人立っていた。遮光グラスをかけ、鮮やかな茶髪を胸の辺りまで伸ばした女性だ。過去の弟子にもこんな者は見たことがないし、どこかの魔女の弟子だろうか。それとも単に郵便? そんなことを考えていると、あちらが先に口を開いた。
「セーラさん。お会いしたかったです」
女性は深くお辞儀をすると、そのまま私の方へと歩み寄ってくる。だが途中からその速度を上げ、私に勢いよく抱きつくように密着した。
「魔女様!!」
後ろでミラが叫ぶのが聞こえる。それと同時に、腹の辺りに伝わる鈍い感覚。ああ、そういうことか。納得した瞬間、私はやけに冷静になっていた。
「ここで死んでもらいましょう」
刃物で腹部を貫き、私に密着したままのそいつが耳元で囁く。私も知らない奴に命を狙われるくらいには有名になったらしい。ひとまず刺さった刃物をそのままに、そいつを突き飛ばす。生温い感触が服を伝って気持ち悪い。
「…やってくれたわね」
「魔女様、ここは私が…」
「いや、ミラはプロトを探して。運が良ければ、この街にいるはずだ」
私達の会話を聞きながら、そいつは口角を吊り上げて舌なめずりをする。
「無駄ですわ。プロトさんとアルタさんは、ここには来ませんわよ」
「何だって?」
そいつはまた私に近付こうと、こちらへ歩を進めながら続ける。
「だって、わたくしが閉じ込めちゃいましたもの。決して出られないところに…ね」
頭に血が上り、脳の血管が膨張するんじゃないかというほどの怒りを、私は久々に目の前の女に対して抱いていた。それと同時に、プロトやアルタを相手取って傷ひとつすら負っていない手練だという事実にうっすらと恐怖を覚える。
だが、そんなことは言っていられない。ここにはミラもいる。フリルの時のようにはいかない。私が万全でない今、これから隠れてももう無駄だろう。私は良くても、絶対にミラを失うわけにはいかない。
「ミラ、サポート頼むよ。久々の実戦練習だ」
「は、はい! 魔女様!」
私は腹部の刃物を取り去って適当に治癒魔法を掛けておく。痛みは残っているがこれは戒めだ。こいつへの怒りを忘れない為、そして決して気を抜かない為の。
「絶対殺す」
私は杖を取り出し、そこにありったけの力を込めた。