天秤の魔女   作:うにちゃん

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第九話 最後の審判

 

 最高速で繰り出した私の炎の魔法に被弾した謎の魔女は、少しよろめきながらも脅威の再生力で体制を持ち直しながら、私達と的確に距離を置いてくる。奇妙なことに、あちらは特に反撃してくる様子はなかった。

 

「ミラ、とにかく攻撃を続けて」

 

「はいっ!」

 

 ミラはいつにも増して大きな声で返事をしながら、炎や真空波など、様々な魔法を駆使して攻撃を続けている。だが謎の魔女は防護魔法や同じ魔法で攻撃を打ち消しながら、やはり距離を取る一方だった。

 

「自分は温存するつもり? 2対1の状況じゃ、いくら消費の少ない防護魔法でもいつか綻びが生じるわよ」

 

「ご冗談を。あなた方程度に、魔法など使う必要がないだけですわ」

 

「減らず口を!」

 

 のらりくらりと躱しながら大口を叩く様子を見て、さらに攻撃の手を激しくする。移動速度も早く、中々距離が縮まらない。細い道をくねくねと移動しながら、地下街の方へと向かう魔女に着いていこうとした時、一瞬歩みを止めた。

 

「魔女様、私達誘い込まれてませんか?」

 

「かもね。ただ、ここで逃せば一般人に被害が及ぶかもしれない。放っておくわけにはいかないよ」

 

 ミラの言う通り、恐らくあいつは魔力を温存しつつ、自分に有利な場所へと移動し続けているだけだ。様子を見る限り、攻撃魔法もあまり得意としていない。きっとそれ以外の、結界や拘束などの魔法を得意とする魔女だ。

 

 階段を下り、魔女の向かった方へと走る。1つ目の角を曲がると、その突き当りにようやくその背中が見えた。その背中目掛けて、無意識的に真空波を繰り出す。真空波の魔法は空気抵抗に左右されない。どんな魔法よりも早く、そして真っ直ぐ飛んでいく。だがその抵抗も虚しく、私の魔法はまたもや角を曲がろうとする魔女のローブを掠め、そのまま壁に激突した。

 

「ほ、本当に大丈夫でしょうか…」

 

「大丈夫、私を信じて。それに、私もミラを信じてる。常に迷わず、自分の考える最良を選択していくんだ」

 

 ミラに言いながら、私も平静を保てるよう自身にも言い聞かせる。魔女が先程曲がった角まで来ると、私達も同じ方向へと向かう。するとまた見えてくるのは遠くに見える背中のみ。誘い込まれているにしては速度が早すぎる。あちらとしても、早く進みすぎて見失っては元も子もないはずだ。このままでは埒が明かないと思い、私は一旦追いかけるのをやめ、来た道を引き返し始めた。

 

「魔女様、どちらへ?」

 

「このままでは相手の思うツボだ。私は追いかけるのをやめて回り込むから、ミラはあいつを追いかけ続けて」

 

 ミラの手は震えていた。事実、この命令は実戦経験の少ない彼女には重荷かもしれない。だが、その震える手を力強く握りしめ、信じています、と一言呟くとミラはホウキへ跨り、全速力で魔女の元へと向かって行った。

 

「ったく、めんどくさいったらありゃしない」

 

 ぼやきながらも、あの魔女の魔力を探知するために目を瞑り、集中力を高める。大きな反応は2つ。近くにあるのはミラの反応だ。そしてそこから少し距離を置いて、ミラよりもさらに大きな反応が1つある。謎の魔女だと思われるその反応は、細い路地を縫うようにしながら時計回りに地下街を進んでいる。つまり私は反対方向から進めば、このままミラと挟み撃ちできる形になる。

 

「何が見えてるんですか?」

 

 集中していた所に、ふと耳元で声がした。それは私が先程までよく聞いていた、聞きたくもない耳障りで胡散臭い声だった。慌てて目を開けると、そいつはすぐ目と鼻の先にいた。私は慌てて距離を取り、杖を構えた。するとそいつは、また不気味にケタケタと笑いながら言った。

 

「また出会いましたわね。お弟子さん、どこに行かれたんでしょうか? その宝石みたいなお目目を瞑って難しいお顔をされては、せっかくの可愛いお顔が台無しですわよ」

 

 言われながらも探知を解かずに集中する。おかしい、先程までと結果は変わらない。相変わらず、大きな2つの反応が追いかけっこを続けているだけだ。つまり、目の前のこいつには魔力が反応していなかった。では、ミラが追いかけているのは一体誰だ? こいつは本当に魔女なのか?

 

 どんな手練の魔女でも、魔力を完全に0にする術は持っていない。そもそも、魔力が0の人間は稀である。魔力量の多い魔女ともなると、魔法の効果で魔力を隠すことは出来ても、完全に隠すことは出来ないはず。だとすればこいつはそれを完全に隠すことが出来る天才か、魔力0のただの人間かのどちらかだ。

 

「また難しいお顔をされて…ですがそんなお顔もお美しいですわ。あなたもわたくしの傀儡にして差し上げましょう」

 

 私が考えを巡らせていると、そいつは懐から杖を取り出しそれを天に掲げた。

 

『鍵の無い錠〈アンブレイカブル・ロック〉』

 

 そいつが魔法を唱えた瞬間、私は全身の自由を奪われ、天井へと吊り下げられた。固有魔法…やはりこいつは魔女だ。何らかの方法で、魔力を完璧に隠すことの出来る魔女。そして、吊り下げることの出来る天井があるこの空間こそ、この魔女が私達をここまで誘い込んだ理由に違いなかった。

 

「さぁ、ゆっくりといたぶって差し上げますわ」

 

 そいつはゆっくりとこちらへ歩みを進めながら、その艶やかな唇を長い舌で撫で、妖しく濡らす。動こうともびくともしないその拘束魔法に、私は死すら覚悟していた。

 

「ただし、トドメを刺すのはわたくしではございませんわ。ちょうどそろそろ到着するはずですよ」

 

 目の前の魔女はそう言うと、魔力の気配を感じたのか、きょろきょろと辺りを見回している。

 

 そうして魔女が横を向いた際、ようやくその遮光グラスの隙間からはっきりと見えたのだが、この魔女、目を常時瞑っている。盲目の為か分からないが、つまり私の顔や位置ははっきりと見えていないはずであり、恐らく魔力の探知だけで人を認識している。ともすれば、私も魔力を最低限まで絞れば探知されにくくなり動きやすくなるかもしれない。私は少し集中し、魔力の制限を始めてみる。だが、その前に魔女の言っていた人物の姿が現れる。

 

 ホウキにのってやって来たその人物は、私を見るなりやけに嬉しそうにその口角を吊り上げる。

 

「あはっ、あははっ、ホントにセーラちゃんだぁ! 会いたかったよぉ!」

 

 甲高い声で喜びを露わにするそいつ…西の魔女フリルは、私に目掛けて一直線に飛んでくる。そうして私の目の前まで来ると、私の目と鼻の先まで近付き、拘束されている私の頬をゆっくりと撫でる。唇が触れてしまうのでは無いかというほどの距離まで来ると、フリルはそのまま話を続ける。

 

「わぁ〜本物のセーラちゃんだぁ…この間は邪魔が入っちゃったけど〜、今日は2人っきりでいっぱい楽しもうねぇ〜」

 

 フリルは私の頬にその柔らかい唇を軽く触れさせると、恍惚そうな表情で溜め息をついた。制御の効かない私の身体を好きなように撫で回し、唇の縁をなぞりながら舌なめずりをする。

 

「フリル…あの魔女はあんたの弟子だったんだね。私が迂闊だったよ」

 

「そうだよぉ、メルっていうの。メルちゃんはとっても優秀でね〜、こうやって私のサポートをしてくれるんだぁ」

 

「あんたはどれだけ私を怒らせれば気が済むのかな。とりあえず、離れてくれない?」

 

「えぇ〜、嫌だよぉ。セーラちゃん今の自分の状況分かってるぅ? こ〜んな無防備な姿晒しといて、言うこと聞いて貰えると思ってるの?」

 

 言いながら、フリルの顔からは先程までの笑顔は消えていた。口を真一文字に結び、視点は定まらず目が座っている。遊びは終わりだと言わんばかりに、私の眼前、至近距離で杖を構えた。

 

「セーラちゃん。あたし寂しかったんだ。ずっとセーラちゃんに会いたかった、ホントだよ。だから安心してセーラちゃん。これからはずっと、死ぬまで一緒だよ」

 

 フリルは目の前に構えた杖に力を込めているようだ。先程までの私をバカにするような言動も、語尾を伸ばす独特の喋り方もしていなかった。既に私を殺す覚悟を決めているらしい。

 

「ばいばい、セーラちゃん」

 

 杖の先が光り始める。ミラ、ごめん。私はまず自分の弱さを呪った。ミラにはまだ教えるべきことがある。無論私でなくてもそれは務まるだろう。だけど私はもっとミラと一緒に魔法の訓練をしたかった。ミラの成長を見届け、一喜一憂し、馬鹿なことで笑い合いたかった。そして最期に、ミラの作ったプラムの砂糖煮を食べたかった。

 

 覚悟を決め、目を瞑る。眼前に魔力が集中していく感覚が気持ち悪い。だが、目は開けない。死ぬ時は潔く…でなければミラにも示しが付かない。死を目前に暴れ回るような、だらしない魔女ではいたくない。

 

「………」

 

 だが、いつまで経ってもその時は来なかった。意を決して徐々に目を開けていくと、先程の状態で静止したまま、ボロボロと涙を流すフリルの顔が見えた。

 

「うぐっ…ごめ、なさい…おねぇちゃん…」

 

 その姿を見た瞬間に私は、過去のフリルの姿を思い出した。私と喧嘩して泣いていたフリルを。両親を失い、共に抱き合って泣いていたフリルを。そして、私に甘えて柔らかく笑っていた、フリルの顔を。

 

「フリル、何をやっているんですか? トドメを刺して差し上げなさい」

 

「魔女様ーーーーーっ!!」

 

 後ろで見ていた魔女と、遠くから聞こえるミラの声がほぼ同時に響いた。ミラはホウキに乗り全速力でこちらに来ると、私を目掛けて炎の魔法と氷の魔法を同時に放った。すると、私の身体を支配していた拘束は解け、私は地面に激突する前にミラに抱き抱えられた。

 

「ミラ、拘束魔法の性質をよく覚えていたね」

 

「ふふん! 魔女様の弟子ですから!」

 

「そして、フリル」

 

 私は改めてフリルへと向き直ると、フリルは必死に涙を拭きながら顔を上げた。

 

「今まで無理させてごめん。良くここまで頑張ってくれたね」

 

 私はフリルから視線を外すと、その後ろに鎮座する、メルと呼ばれた魔女へと視線を向ける。恐らく、こいつが全ての元凶だ。

 

「そうなのっ…あたし、ほんとはおねぇちゃんと…っ」

 

「フリル、もういいんだ。下がってて」

 

 極度の怒りによる吐き気を押さえ込んでメルを睨みつける。

 

「メルとか言ったな。私の家族を、妹を侮辱した罪は重いぞ」

 

 だが、ここ最近怒り過ぎてそのコントロールにも慣れてきたらしい。気付けば私は、杖の先に最大量の魔力を自然と込めていた。

 

『裁きの天秤〈ファイナル・ジャッジメント〉』

 

 

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