俺はいつものカウンター席に一人で腰を下ろした。
「・・・・・・」
情けないことに、言葉を探している内に、ラシードは力を使い果たして気絶してしまっていた。
「ったく、俺が主人公にかなわないわけよな」
頬杖をつくと、いつも主人公が座っていた席が視界に入る。
『当たり前だ!!!!』『うるせぇ!!!いこう!!!』『生きたいと言えェ!!!』『海賊王に…』
俺の頭に浮かんでくるのは、憧れたワンピースの光景だ。アイツの姿はまさに自由そのものだった。
自分でチャンスをつかみ、何かを変えていく。こんな物騒な世界なら余計にそう思えてくる。
この世界でもあいつは、今頃エースを追いかけているんだろうか?
「俺も次に掴める手があったら、絶対に逃がさない様にしないとな」
考えるほどにルフィが全くの別人種に思えてくるので、俺は無理矢理思考を切り替えることにした。俺は俺のやり方でやるしか無い。
「にしても次から次へと、一体どうなってるんだこの海は?」
ここ最近のフーシャ村は妙に荒れ過ぎてている気がする。俺の知らないところでワンピースの物語は動き始めているんじゃないだろうか?
特に、
「あんなのフーシャ村に現れちゃだめだろ」
俺は天井を見つめながらそう呟く。
ーーーーーーーーーーーーー
しばらくして、おやっさんが二階から降りてきた。どうやらラシードを落ち着ける場所に寝かせてきたらしい。
「おやっさんいつもので」
「はいよ」
おやっさんは俺の疲れた様子を見てニヤリと笑い、それ以上は何も言わず奥へと戻入っていく。
おれはいつも通りの椅子を引き、いつも通りの姿勢でオレンジジュースを待っている。俺が体を預けているカウンターだって大して変わりはない。
「だけどやっぱり違う」
俺はオレンジジュースを一口飲んだ。いつも通り非常においしいのに、すぐに手が止まってしまう。
思えば、この店には何度も助けられてきた。
転生当初はフーシャ村の空気にも馴染めず、どうしても原作との違和感ばかり気になっていた。
原作に登場しないこの店の静けさと、無駄に詮索しないおやっさんだけが救いだった。
ああ、この世界にも、俺の居場所があるかもしれないなって。
……なのに、どうして今日に限って、こんなに味が遠いんだろう。
「なんだまずかったのか?」
おやっさんは厨房から出てきて、窓側の奥の席に座る。閉店後にいつもおやっさんが座っている席だ。外は暗い、いつの間にかもう閉店の時間になっている。
「おいしいよ、そりゃおいしいんだけどさあ……」
「心残りの味がするんだろ?」
おやっさんはコーヒーを飲みながら、何でもないことの様に言う。俺の事なんか見通しのようだ。
「まあ、こんな時間にガキがいちゃあ不自然に思うのが大人だな。賢いくせしてお前さん、そういう所に疎いよな」
「あぁそっか」
おやっさんは「そっかってお前」と鼻で笑う。
俺は誤魔化すようにストローを吸い続ける。夜はまだまだ長そうだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、帰ろっかな」
オレンジジュースを飲みほした俺は、背伸びをしながら立ち上がる。あーあ考えすぎて疲れちまったな。
「なんだ、随分と上機嫌になったじゃねーか」
おやっさんも何処か先程よりリラックスした表情で、話しかけてきた。
「まぁこれで心置きなく寝れそうかな」
「そうか、なら良かったよ。今度来たらまた
おやっさんは、コーヒーカップを持ち上げながら言う。いつも通りの別れなので、顔は特別こちらに向けたりしない。
「じゃあ、また今度」
そう言って店から出ていこうとすると、おやっさんはコーヒーを置いて立ち上がった。
「待て、やっぱ帰んな」
おやっさんの鋭い声に俺はビックリし、立ち止まって振り返る。おやっさんは顔をしかめていた。
「目覚めた……、いや遂に姿を現したってところかな」
「え?」
な、何言ってんだこのおっさん?
ーーーーーーーーーーーーーーー
ガタガタガタガタ
突然、店が揺れ始めた。
「地震?いや上からか。おやっさん!」
揺れはどんどんと大きくなっていく。俺は埃や砂を降らせる天井を眺めながら、おやっさんに叫ぶもおやっさんは微動だにしない。
ゆっくりとコーヒーを飲みながら緊張した面持ちで階段の方に目を向けている。
「おやっさん何を」
揺れがピタリと止まった瞬間、空間に音だけが置き去りにされた。
耳が痛くなるほどの静寂――何かが、そこに“いる”。
俺はおやっさんの視線を追い、ゆっくりと階段の上を見た。
暗闇に沈む廊下の一番奥。月明かりが届かる影の中に、人の形をした何かが立っていた。
背筋を撫でるような冷たい風が、開いてもいない窓から入り込む。
光も音も吸い込まれそうなそのシルエットは、確かに笑っていた。
「……まじかよ」
声が自分のものだと気づくのに数秒かかった。
おやっさんは、固まる俺を見て警戒心を高めながら上から見下ろす人物に問いかける。
「お前は、誰だ?」
ーーーーーーーーーーーーー
ONEPIECEキャラのおやっさんとは違い、原作を読んでいる俺が状況を理解するには、目の前の情報だけで事足りていた。
顔は暗くてよく見えないが、確かにソイツは音も立てず不気味な笑顔をしている事が分かる。狙いはやっぱり、
「おやっさん!」
俺が叫んだその声が届くより先に、そいつはいた。
視界がズレたのかと思った。いや、視線の方が遅れている。
気づいた時には、ラシードの姿をしたソイツが、おやっさんの目の前に佇んでいた。
静かすぎる。空気が止まっている。
「想像以上だな」
時間が引き延ばされる。コーヒーカップがカウンターに転がる音が、異様に響く。
その余韻が消える頃
おやっさんの膝がゆっくりと折れ、身体が横に傾いた。
まるで人形みたいに、綺麗に。
ドサッ。
おやっさんが倒れる音が、現実に引き戻すトリガーだった。
「馬鹿野郎、ここ東の海だろ」
正直な話、ガープからラシードの過去を聞いて、昼にいきなりおやっさんに飛び出した時にはラシードがそうだと確信はしていた。ただどうしても認めたくなかった、認められなかった。
「やっぱ憑いてたな、ハクバ」
ラシードの表情につられてか俺も一緒に笑えてくる。
……帰れなかったのは、きっと後悔じゃない。
ラシードの裏に潜む“何か”を、見て見ぬふりしていた俺自身が怖かったんだ。
俺がハクバの名前を言うと同時に、俺の目の前からラシードが消えた。その速度は昼に見たハーフ&ハーフとは一味も二味も違う。
コイツの速さに、今の俺じゃ敵わない。
だから信じるしかない、ラシードのあの行動を。
さっき誓ったんだ、次掴める手があったら絶対に逃さないってな。
「ルフィ、前みたいにはなれなくても。俺だって、今度は手放さない」
そう言って伸ばした俺の手には、いつの間にか鉄パイプが握られていた。
ーーーーーーーーーーーーー
あくまで俺の感覚だが、ハクバ状態のラシードは劣化版百計のクロといったところ。
原作序盤の敵の更に下位互換、とは言えこれから10年鍛えたルフィが倒す事になる相手だ。
「今の俺じゃ、一発でもモロに喰らったら時点でアウトだな」
噂の超人は俺の瞬きの隙を突いたのか、いつの間にか目の前に姿を現す。
俺が慌てて構えた鉄パイプは、ハクバラシードの右足で弾き飛ばされてしまった。
「だが読み通り」
「ほざけ」
「あ、喋れるんだ」
俺はラシードのもう片方の足による蹴りを受けて、店の窓を突き破りそのまま夜のフーシャ村へと追い出される。
蹴られた勢いのままゴロゴロと地面を転がり、デッカイ風車に背中がぶつかる。
大した距離ではないが、ぶつかった衝撃で呼吸がしづらく頭はクラクラする。
蹴られる瞬間に受け身が遅れていれば、俺は本気で死んでただろう。
転がった先の地面は湿っていて、草の匂いが鼻を突いた。
静まり返った村の中に、自分の荒い息だけがやけに響いていた。
(だが諦めるわけにもいかねーよな)
俺が突き破った窓から店内の様子が伺える。
目に入るのは倒れこんだおやっさんだけ、ハクバの姿は見当たらない……。
恐らく既に何処から俺を狙っているはずだ。
「貴様も地獄に送ってやろう」
「上?」
見上げた視界の先に、ハクバの影が月を背に揺れている。月光に照らされたフーシャに腕と足で器用にぶら下がっているハクバの姿があった。暗闇でロングコートに身を包むその姿は、まるでコウモリの様な・・・・・・
「気を抜いたな」
「やっべぇ」
俺が考えている間に、ハクバラシードは上空から凄い速さで近づいていた。
元の速さと落下速度によるスピードの暴力だ。
俺は咄嗟に足を横に滑らせ、膝を地面につけたまま転がる。
「上空、どうりで姿が見えなくなるわけだ」
だが姿が見えないほどの超加速なんて馬鹿げた技じゃなくてよかった。
勿論アイツの速さは本物、磨けば偉大なる航路でも通用しそうだがーーこの世界を才能だけで挑むにはまだ足りない。
「ほう、私の速さでも物足りないというのか?」
「別にそういう訳じゃ・・・・・・。いや、そうだな」
ハクバラシードは俺の頭目掛けて拳を向けて来るが、俺は首を横に反らして躱す。
ラシードは驚く様子を見せながら拳の勢いのままに進む。
そして、でっかいフーシャに綺麗な拳の跡をつけた。
「意外と、お前ももう長くないんじゃないか?」
「何の話だ?」
ハクバラシードはすぐに方向を切り替えて俺に飛び出してくる。しかしこれもまた寸前のところで交わす。
ハクバは俺を傷つけようとする度に、一瞬だけ動きが遅くなる。
思い出すのは昼におやっさんを殴らなかったことだ。
きっとその時の様に、本体がハクバの攻撃を邪魔をしているんだろう。
とにかく俺はその瞬間を必死に探して、平静を装っていく。
ハクバラシードは、何度も避けられる自分の動きに納得がいかない様子だ。
手を握ったり開いたりして、動作の確認をしている。
俺はそんな様子を見て、挑発するように左の口角を上げる。
「お前の攻撃は、俺には当たらない」
「何故だ?」
「答える義理もない」
幸運なことにハクバ側はまだ、その事実に気づいていない。
文字通り自分たちの存在を白黒で考えているんだろう。
その上、
「ここまでしぶとい人間も初めてなんじゃないか?」
ハクバは自分のことを過信している。
一辺倒な攻撃を繰り返し、その度に俺に避けられ続けている。
こいつの今までの相手は、ほとんどがクズの山賊に一般人。軽く一撃で沈めてきた筈だ。
ルッチではないが、モブの俺からすれば勿論そんな奴超人の域にいると言わざるを得ない。
だが読者な俺からすれば、お山の大将な事にも変わりない。
「知ってるか?この海にはな、ハンマーで魚人や四番バッターを仕留める戦士が居るらしいぞ」
「何の話だ?」
「井の中の蛙大海を知らずって事よ!」
ハクバラシードは少しづつ俺への警戒を高めている。
そして僅かにだが足を後ろに引いた。
俺はその隙を逃さず、ハクバに向かって思いっきり鉄パイプを振り上げて飛び出す。
この試合はハクバに0.1%でも俺を脅威と認めさせればいい。
そうすれば必ず本体が目覚める。
俺がするべきは、たった一撃で流れを完全に変えること。
「
ーーーーーーーーーーーーー
他人よりも自分を優先する、その切替がラシードには必要だった。
そしてレンから感じ取ったたほんの少しの脅威により、ラシードの本能はリミッターを外した。
人を傷つけ無い事よりも、自分の命を優先したのだ。
レンはラシードの反撃を受け、赤黒い液体をまき散らしながら倒れこんでいる。
「まさか、己の命まで犠牲にするとは一本取られたよ」
そう言った少女の顔からは緊張が抜けていく。
次第に全身からも余分な力が抜け、ばたりと地面に倒れる。
先ほどまで超人であった少女は、姿はそのままに草むらの上で幸せそうに眠る。
「寝言は寝てから言ってくれ」
俺はそんなラシードの様子を伺いながら、ゆっくりと立ち上がる。
ぎりぎりだった。
だから俺は、ラシードから来るであろう反撃を避ける事だけに注力した。
幸い、攻撃をよけ続けたお陰で目は慣れていた。
あとは死んだふりをしてやり過ごすだけだ。
「本命の必殺ケチャップ星ってな。最後の最後まで過信してくれて助かったよ」
俺はケッチャプをペロッと舐めながらラシードのもとに近づいていく。
今まで見てきたラシードとは雰囲気が違い、憑き物が取れたような顔で眠っていた。
こいつも自分の中で不安と戦っていたに違いない。
それでも最後まで俺に気を遣っていた、きっとその優しさがハクバもどきを生み出してしまったんじゃないだろうか。
「ったく、相手が超人と分かりながら、何の準備もしない一般人がいるかっての」
まあそのおかげで村を守れたのも事実だ。
俺の行動が彼女の助けになったなら、それでチャラにしてもらいたい。
「そういえば……」
一般人と言えば、おやっさんは大丈夫だろうか?
おやっさんはラシードに酷く執着されていた、ハクバのスピードもパワーも俺とはけた違いのはずだ。
「まあ、あのおやっさん意外とタフなところがあるしな」
山賊との頂上決戦でも、俺と対峙していた山賊のリーダーを除いて、いつの間にか全員を倒していた。
その癖次の日にはケロッと開店準備をしていた。
いや、考えてみればタフ過ぎる気がする。
さっきもハクバが現れる前からその存在に気づいていた様な……。
「確かにお前みたいなガキは珍しいよな」
カチャ
「嘘だろ」
俺が両手を挙げながら恐る恐る振り返ると、黒いスーツを身にまとい、俺の後頭部に鉄砲を構えているのはおやっさんだった。
「おいレン、俺は言ったよなあ。こんな時間にガキがいちゃあ不自然に思うのが大人だって」
『まあ、こんな時間にガキがいちゃあ不自然に思うのが大人だな。賢いくせしてお前さん、そういう所に疎いよな』
「っち、CP!」
「今までのジュース代を返してもらおうか、ルフィの宝払い分もまとめてなあ」
一応ラシードとキャベンディッシュは別人です。
ハクバ=ハクバもどき?
あとラシードの両親はラシードが殺しました。