魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第11話

「何、なの」

 

 

 少女の眼は驚愕に見開かれ、口端がわなわなと震えている。

 

 

「これは、何、なの」

 

 

 少女の周囲には、無数の輝きが散らばっていた。

 それは日の光の様な温かいものではなく、ぎらぎらとした刺々しい光だった。

 光を放っているのは、夥しい数の鏡だった。

 鏡は全てが砕け、割れ、破片同士が折り重なっていた。

 

 大小さまざまな割れた鏡面が折り重なり合い、互いを貫き合い、天と地を形成している。

 それらで形作られた世界の中の、ほんの少しの隙間の中に、その少女はいた。

 紫を帯びた黒と白を基調とした衣装を纏い、長く美しい髪は翼のようにも見えた。

 深窓の姫君のような麗しい顔は今、憎悪と恐怖、そして怒りで歪んでいた。

 彼女の怒りを呼び起こしているのは、鏡の中で広がる光景だった。

 それはまるで、いや、まさに。

 

 

「地獄」

 

 

 少女は呟く。

 数多の世界を渡り歩き、そして高次元の地獄を垣間見た少女でさえも、その光景はそうとしか思えない悍ましいものだった。

 鏡が映す光景を、少女はその言葉以外に表現する術を知らず、知りたくもなかった。

 

 

『これらは私の記憶だ。暁美ほむら』

 

 

 声がした方向へと、少女は、暁美ほむらは即座に反応した。

 数多の世界で愛用した拳銃を抜き放ち、即座に数発の弾丸を放った。

 鈴の音が鳴るような音が鳴った。

 

 

『すまない、防御力は据え置きだ。今それを解く』

 

 

 伸ばされた繊手の指先で、弾丸は全て叩き落されていた。

 鏡面で満ちた床に転がった弾丸は、まるで硬貨のように潰れていた。

 接触した対象物の硬度が高過ぎて、そして迎撃に用いられた力が強過ぎて圧搾されたのだろう。

 現れたのは鹿目まどかを模した存在であるマドカだった。

 

 暁美ほむらは歯噛みした。

 弾丸を迎撃したのは、当たるのを恐れたのではなくこの姿に対して弾丸を浴びせまいとする配慮と気付いたからだ。

 この存在にそんな感情を抱かれたことに、暁美ほむらは心底からの嫌悪を抱いていた。

 そうするに足りる事象が全ての、無限に等しい鏡の中にあるからだ。

 地獄の光景はありとあらゆる角度と方向から、常に暁美ほむらに向かっている。

 地獄自体が、彼女を見ているかのように。

 そしてその地獄自体が今、眼の前に立って口を訊いている。最悪と言わずしてなんと言おう。

 

 

『これで攻撃は通る。私の外見は、適したものを思い浮かべれば』

 

「死ね」

 

 

 言い終える前に、暁美ほむらは弾丸を放った。

 姿の候補は幾つかあった。

 一つは嘗て、救世と称して愛する者を殺害した白銀の魔法少女。

 そしてその従者である黒い吸血姫。

 契約を促す忌まわしい獣に歯車の貴婦人、そして襤褸を纏った骸骨。

 そのどれもを、暁美ほむらは選ばなかった。

 放たれた弾丸は、対象物の右頬を撃ち抜き歯と歯茎と、頬肉の半分以上を吹き飛ばした。

 

 

『一度だけ、聞こう』

 

 

 砕けた口で、その存在は明瞭な声を放った。そして話している間に、傷は完全に治っていた。

 

 

『よいのか?この姿で』

 

「死ね」

 

 

 再びの銃撃は額と喉を撃ち抜いた。後頭部が破裂し、首裏からも肉が弾ける。

 飛び散ったものは空中で光となって散乱し、すぐに消えた。

 光が消えた頃には、傷は既に塞がっていた。

 その体の首元を、暁美ほむらは荒々しく掴み取った。

 細い首に、少女の全ての指が食い込む。突き破られた皮膚からは、光子の輝きが漏れていた。

 

 その者は黒い長シャツと藍色のスリムパンツを履いていた。

 編み込まれた長い髪が二又の流れとなって背中で垂れ下がっている。

 掛けられた眼鏡の奥には、紫色の瞳があった。

 服装と多少の外見の変化があったが、その者は暁美ほむらと同じ姿をしていた。

 前例に則れば、ホムラとでもいうべき存在か。

 

 

「反論があるなら聞くわ。それを理由に殺してあげる」

 

 

 嘗ての自分の姿へと設定したその者に、暁美ほむらは毒液のような憎悪を滴らせた。

 

 

『貴女の気の済むままに』

 

 

 平然と、しかし馬鹿にした様子など微塵もなくホムラは返した。

 

 

「まどかの所へ、案内なさい」

 

『承知した。では眼を閉じられよ。そうすれば何も見ずに』

 

「うるさい」

 

 

 返事と共に複数個の手榴弾を投擲する。ホムラは避ける事無く全てを受けた。

 肉体の全てが飛び散った、と見えた時と、時が逆行するような再生は同時だった。

 もはや驚きも、何のリアクションをする気にもなれなかった。

 

 

「彼女は全てを見ると言ったのでしょう」

 

 

 頷いたホムラの胸へ、機関銃の嵐を叩き込む。

 再生が始まる前に、暁美ほむらはホムラの喉を左手で荒々しく掴んだ。

 そして顔をぐいと近付け、美しき憤怒の表情で叫んだ。

 

 

「ならば私も全てを見るわ!!この腐り切った思考と貴様が蹂躙した世界を!!私に見せなさい!今すぐ!!」

 

『承知した。ならば』

 

 

 嘗ての自分の姿で淡々と語るホムラの眉間へと、暁美ほむらは闇色の矢を突き刺した。

 矢はなんの抵抗も無いかのように半ばまで埋没した。

 途端に、暁美ほむらの意識の中へと一瞬にして無限の夢幻が流れ込む。

 それは確かに無限ではあったが、手の加えられた有限でもあった。

 世界の分岐点、転換点が抜粋され、継ぎ接ぎされた記憶の世界。

 

 それは事実を隠した捏造ではなく真実。ダイジェスト版とでも言うべきだろうか。

 例えるなら、早回しの映画のような。

 または何かの情報を纏めた記事のような。

 或いはぱらぱらと一気に捲った漫画のような。

 情報が簡略化されたのは、情報を受け取った自分の意識がそうさせたのだろうと暁美ほむらは思った。

 全てを見たら狂ってしまう。そう思ったからこそ、受け取った情報を自分の中で改竄したのだろうと。

 そうなった原因は自分自身の防御機構とでもいうべきものと、もう一つ、自分の内にいる者の仕事であると思われた。

 労うように、左手の甲の宝石を優しく撫でた。紫の輝きの奥で、一瞬、眩い緑が煌めいた。

 

 その光を見ると、心が僅かに楽になれた。

 それでも確かに、その光景は地獄の坩堝であった。

 

 記憶が駆け巡った直後に暁美ほむらの眼が見開かれ、口が開いた。何かを言おうとしているようだった。

 

 

「やはり、お前は」

 

 

 言いながら、彼女は矢を引き抜いた。光が纏わりついたそれを、暁美ほむらは彼方へと投擲した。

 

 

「お前は、本物の悪魔よ」

 

 

 暁美ほむらは忌々し気に吐き捨てた。その表情には怒りが滲んでいる。

 だがそれ以外にも、美しい顔には複雑な感情が刻まれていた。少なくとも親しみのそれではない。

 親しみではない、のだが。

 

 

「だから、お前を」

 

 

 その感情を塗り潰すように、暁美ほむらの表情に暗い何かが滲んでいく。

 服装はそのままに、口端が吊り上がり半月の笑みが浮かぶ。

 

 

「この世界の為に…まどかの為に…お前を……お前の全てを、完膚なきまでに使い潰してやるわ」

 

 

 美しい毒花のような蠱惑の笑みを浮かべ、暁美ほむらは言った。

 

 

『それは私の望みだ』

 

 

 即座にホムラは返した。

 

 

『この世界の為に、私の全てを捧げよう』

 

 

 平然とホムラは言い切った。

 その発言と、垣間見た光景は全く嚙み合っていなかった。

 そもそも、この存在と会話が通じていることが信じられない。

 

 だが、今は必要だった。

 全てを終わらせる力が。

 

 暁美ほむらは頷いた。その時、全ての鏡が一斉に砕け散った。

 光が全てを包み込み、対峙する二人もまたその中へと掻き消えていく。

 光の中で、暁美ほむらは見た。

 かつての自分の姿を取ったものの、本当の姿を。

 

 筆舌に尽くしがたいほどにおぞましい、黒鉄の破界神の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 無数の鏡が連なる世界で、マドカは言った。

 

 

『私は貴女の意思を尊重する』

 

 

 声の先には、鹿目まどかがいた。

 鏡の地面に膝を着き、膝立ちの体勢で少女は固まっていた。

 彼女の視線の先には、割れた鏡の連なりがある。視界の全てに広がる世界を、鹿目まどかは見続けていた。

 一つも取りこぼさないように、あらゆるものを見ていた。

 

 

『尊重するが』

 

 

 マドカはそこで言葉を止めた。無機質な声の中に、躊躇の残滓が垣間見えた。

 言葉を選んでいるようだった。

 

 

『いや、邪魔をしてすまない。雑音だったな』

 

 

 それだけ言って、マドカは黙った。

 黙り、マドカも鏡の一つを見た。

 

 その中には、滅びゆく世界が見えた。

 何もかもが炎に包まれ、竜巻が全てを蹂躙し、無数の光が世界を覆い尽くしていく。

 最後に残ったのは、荒涼たる大地。

 一片の生命もない、死の世界。

 

 ただ一人、戦衣に身を包んだ少年だけが世界の中に取り残されていた。

 慟哭する少年の前に非人間じみた美しさの女性が顕れた。まるで女神のような姿であった。

 絶望の淵にありながら、少年の眼は強い意志に満ちていた。

 彼の言葉を受け取ると、女神は小さく息を吐いた。

 少年が身構えた刹那、その体は微塵と化した。後には、眼から涙を流す女神と死の世界だけが残った。

 

 

デハ、次ダ

 

 

 意思の声が響く。その声は、死の世界の遥か彼方で生じていた。

 そして破滅は、全ての鏡の中で起きていた。

 

 

コノ世界ハ、モウイラヌ

 

 

 そして破滅は、全ての鏡の中で起きていた。

 

 

 

ZERO二還レ

 

ZEROに還れ

 

ZERO二還レ

 

ZEROに還れ

 

ZERO二還レ

 

ZEROに還れ

 

ZERO二還レ

 

ZEROに還れ

 

ZERO二還レ

 

ZEROに還れ

 

 

 

 全てが壊され、焼かれ、溶かされ、そして消されていった。

 最後には、意思を放つ者だけが残った。

 鏡の中には、それだけがいた。

 世界を滅ぼした者だけが。

 

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 マドカが言った。鹿目まどかは、無数の鏡を見たまま動かない。

 

 

『これが私だ』

 

 

 マドカは続けた。

 鹿目まどかは微動だにせず、地獄の光景を見続けていた。

 

 

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