魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第14話

思い出したかい?鹿目まどか

 

 

 音が響く。言葉の通り、鹿目まどかは思い出していた。

 心の奥から、最悪としか思えない契約を結ばされた事の記憶が這い出てくるのを感じていた。

 

 

まぁ、君のせいではないよ

 

君を壊していた魔獣が

 

冗談のつもりで君をいじったらしくてね

 

ほら、あの時さ

 

耳の中に竹や鉄の串を何本も刺されて

 

掻き回されたことがあっただろう?

 

砕いて潰した君の脳に

 

イツトリの魔法を注いで

 

さらに混ぜ合わせて治すことで

 

君の記憶を壊して消してたみたいでね

 

まったく、悪戯好きで困ってしまうよ

 

まぁでも、君としても悪く無かったんじゃないのかな

 

あの時の君は酷い有様だったからね

 

常に怯えて

 

次にいつ殺されるのかって不安に駆られて

 

意識が戻るたびに

 

無様に這いずり

 

のたうち回り

 

それでも正気を保ち続けて

 

何も出来ずに死んでいく

 

それでも命乞いとかはせずに

 

悲鳴は上げても

 

やめてとか

 

来ないでとか

 

哀願は上げず

 

苦しみ抜いて死んでいく

 

正直、飽き飽きしていたところだったのさ

 

全く、同じことの繰り返しじゃ実験の意味がないじゃないか

 

君の覚悟は理解したけど、それを褒める気は無いからね

 

だから、一旦記憶をリセットさせてみたのさ

 

それでまたやり直しだ

 

言っておくけれど

 

この作業はもう何度も何度も行っている

 

数千?数億?数十回程度じゃないことは確かだね

 

正確な数は分からないよ

 

退屈な作業だったからね

 

途中からは魔獣達に丸投げしてたかな

 

余りの変化の無さに、君の存在も忘れかけていたんだ

 

時々、複数の記憶を一気にフラッシュバックさせたり

 

何もせずに老衰させたり

 

魔獣達も色々やってたみたいだね

 

異界の兵器と混ぜたおかげか

 

残虐性には際限がなくってね

 

魔獣達も楽しんでいたみたいだよ

 

記憶を無くした君を

 

何も分からない君を

 

拉致して体を切り刻んで

 

溶かして

 

焼いて

 

それでも生きている君を

 

今度は煮込んで

 

また刻んで

 

それからやっと食べ始める

 

同じ事の繰り返しでも

 

魔獣と空間兵器…ドグラと言ったかな

 

その融合体は飽きるってことを知らないみたいだったよ

 

君はよほど

 

虐げていて楽しい存在らしいね

 

鹿目まどか

 

よかったね

 

君はやっと

 

他者に必要とされる君になれたんだ

 

これはきっと、ある種の勝利の形なんだ

 

鹿目まどか

 

確かに円環の理は敗北した

 

いや、戦ってもいないからそれは正しくないね

 

戦う以前に、全て終わっていたのだから

 

その中で、君は自らの価値を得たんだ

 

永劫の時の中で、朽ち果てるまで殺され続ける

 

朽ち果てても生き返らせて殺され続ける

 

魔獣達の飽くなき欲望を満たし続ける

 

これはある意味、魔獣達への救済じゃないのかな?

 

だとすると、君にとっての本望だろう

 

これらは人の闇から生まれた

 

世界が変わっても、人がいる限りそれは変わらない

 

その闇を、欲望を、君は僅かでも照らして満たしているんだよ

 

形は変われど、これは救済の女神として

 

立派に使命を果たしていると言えるんじゃないのかな?

 

だから鹿目まどか

 

君は僕達に負けたんじゃない

 

無価値だった自分自身を見事に打ち破った

 

つまり

 

君は負けたんじゃない

 

勝ったんだ

 

 

 降り積もっていく声を、鹿目まどかは黙って聞いていた。

 頭と心の中では、これまでの加虐の記憶が延々と渦巻いている。

 俯いた顔の下で並ぶパネルには、涙滴の跡があった。

 それを手で拭ってから、鹿目まどかは顔を拭った。そして彼女は色の無い空を見上げた。

 空が震えた。そんな気がした。

 

 

鹿目まどか

 

 

 声は平坦だが、明らかな動揺を帯びていた。 

 

 

君はひょっとして

 

笑っている、のかい?

 

 

 鹿目まどかは、泣き笑いの表情になっていた。

 こみあげる感情を文字通り噛み殺し、必死に笑いの表情を浮かべる。

 今にも吐きそうな、泣き出してしまいそうな顔だった。

 心の中には地獄があり、頭もそれを覚えている。

 

 だがそれを圧し潰すようにして、更なる地獄が湧き上がっていく。

 自らの地獄を、他者の苦痛と他の世界の地獄を重ね合わせて強引に打ち消す。

 それが他の世界とその世界の住人たちへの冒涜と思いながら、その罪悪感で心が引き裂かれそうになりながら。

 これが醜いやり方だと思いながら、鹿目まどかは自分の地獄を強引に黙らせていた。

 

 

ああ、そうか

 

機械人形

 

君がまどかを苦しめているんだね

 

 

 声と共に、世界が揺れた。

 鹿目まどかはそれを、感覚としてではなく実感として感じていた。

 視界を覆う無限の無色、そこに異変があった。

 

 

機械人形

 

君は鹿目まどかを誑かし

 

その心を傷つけた

 

君も君の住む世界では

 

無敵に近い存在なのだろうけど

 

宇宙は広いよ

 

残念ながら

 

君程度の力では

 

鹿目まどかを自分のものにはできないよ

 

今の僕達は

 

宇宙の神に等しい存在だ

 

だから君を

 

神として断罪するよ

 

機械人形

 

君は矮小な存在ではあるけれど

 

そんな事は関係ない

 

僕達は君の侵略行為に対し

 

断固とした態度を取らせてもらうよ

 

だから

 

安心しておくれ

 

鹿目まどか

 

僕達が

 

 

 無色の中に亀裂が入る。それは一気に、世界の全体を覆った。

 

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

僕達が

 

 

 声が唱和する。世界の異変は続いていく。

 空間が歪み、平坦だった世界に形と輪郭が生まれていく。

 膨らみ、撓み、弾け、そして。

 

 

僕達が

 

君を

 

その侵略者の手から

 

助け出してあげるよ

 

だから

 

安心しておくれ

 

 

 言い終えると同時に、それはずるりと這い出てきた。

 歪んだ空間の隙間から。形を持った虚無の中から。

 その姿に、鹿目まどかは悲鳴を上げた。

 しかし両手で必死に口を塞ぎ、喉奥から溢れようとする悲痛な叫びを抑え込む。

 

 

鹿目まどか

 

暁美ほむら

 

もう少し待っておくれ

 

僕達が

 

君達を

 

守ってあげる

 

 

 唱和する声は、強大な口から発せられていた。

 無数の泡が弾ける様子が見え、獲物に吸い付く蛭のように蠕動する唇が見えた。

 それは、巨大な、途方もなく巨大な赤ん坊の姿をしていた。

 ただしそれは、余りにも奇怪で醜悪でおぞましかった。

 赤ん坊の姿と言うのは全体的な大まかな輪郭に過ぎない。

 その実態は無数の襞や触手、死体や生肉、機械に血肉、亀裂や罅。

 生傷や瘡蓋のようにも見える数多の要素が複雑に絡まみ合い、赤子の形に成形された異形だった。

 それがずるりと、更に巨大な裂け目から身を乗り出している。

 

 

だから

 

もう安心しておくれ

 

 

 この時に、鹿目まどかは嘔吐した。赤みを帯びた胃酸であるのは、胃が傷ついて血が滲んだからだろう。

 赤黄色の粘液はパネルに落下し、鹿目まどかはそれを必死に拭った。

 そして咳き込みながら、それでも鹿目まどかは前を見た。 

 声は二つの場所から発せられていた。一つは異形の赤子の口。

 そしてもう一つは、それを吐き出している巨大な口。

 口は、丸い輪郭の途方もなく巨大な頭部に開いた裂け目だった。

 

 その頭部の形に鹿目まどかは見覚えがあった。

 いや、彼女だけではなく、彼女が守りたかった安寧の世界の者達なら、ごく少数の例外を除いて誰もが見た存在だろう。

 

 

僕達が

 

そこから救い出してあげる

 

 

 頭部から生えた小動物の耳、その耳から生えた腕のような器官。

 全体的な形状は、子宮と卵巣に酷似していた。

 病的なまでに白く、表面はごわついた体毛で覆われている。

 体毛に塗れた異形の子宮が、異形の赤子を吐き出している。異形の出産が眼の前に広がっていた。

 白い体表の二か所が裂け、丸い眼球が覗いた。

 白骨のような白目の中心に、小さな黒い瞳があった。

 

 

この姿

 

僕達の種族の中だと

 

結構珍しい個体群みたいだね

 

例えるなら試作版というか

 

初期版といった感じなのかな

 

だからこそ

 

他の僕達には

 

僕達の考えが理解できなかったのかもしれないね

 

まぁ、どうでもいいけどね

 

 

 そう語る異形の獣の姿に、鹿目まどかは生理的な嫌悪感を止められなかった。

 この存在がインキュベーターなのは分かる。だがそれを見た覚えがない。

 まるで忘れられたキャラクターのようであり、存在を歪められた姿に思えていた。

 既知であり未知の存在には、原型となった獣には無い悪意の表情が滲んでいる。

 赤子を吐き出す口は半月に開き、眼の歪みと相まって獣の顔には嘲弄の意思が感じられた。

 

 

それにしても

 

そんな表情をするなんて

 

鹿目まどか

 

君は女神だったというのに

 

救いの手を差し伸べようとする相手に対して

 

あまりにも失礼ではないかな

 

するとやっぱり

 

君には救済を行う資格も

 

受ける権利もないのだろうね

 

覚えているかい?

 

君を壊し続けて、時間にして千年くらいが経過した時に

 

一度だけでいい

 

助けてとか

 

誰かとか

 

誰かに助けを求めたなら

 

君にとっての救い主を創ってあげると

 

どんなものだってよかったんだよ?

 

君の学友でも

 

または年上でも

 

強い魔法少女でも

 

装甲を纏った戦士でも

 

異形の怪物でも

 

君の知らない強い味方を

 

僕達なら簡単に作れるからね

 

それを君の仲間として

 

近くに侍らせ

 

災厄から君を守る英雄として

 

姫君を救う騎士として

 

共に戦い

 

守られる君にしてあげられたのに

 

まぁでも

 

幾つかの死は乗り越えられても

 

最後には死ぬように仕向けるんだけどね

 

救いの騎士の役割は

 

魔獣にやらせようと思っていたから

 

きっと喜んで君を殺してくれただろうね

 

一番盛り上がる場面で

 

君の首を撥ねたり

 

お腹を切り裂いて

 

眼を抉って

 

全身の骨を踏み砕いて

 

内臓を取り出したりとかしてね

 

串刺しにして

 

或いは磔刑にして

 

晒し者にするのもいいかな

 

ただこれらは

 

君の死の中だと

 

割とオーソドックスだったから

 

次にやるときには

 

もっと種類を増やさないとだね

 

 

 言葉が、声が増えていく。

 その度に宇宙が、異形の赤子と獣の姿に歪んでいった。

 いつしか世界の全ては、赤子と獣に満たされていた。

 一体一体の大きさがどの程度になるのか、鹿目まどかにも分からなかった。

 かつての自分の現身である絶望の魔女ですら赤子の口から見える無数の牙の、その先端で刺し貫かれる程度のものに過ぎないのではないだろうか。

 それが視界の全てを埋めている。

 互いに身を寄せ合い圧し潰しあい、同じ空間の中で蠢いている。

 並ぶ異形達の奥からも、新たな異形が這い出てくる。広がっている個体以外にも、その奥に無数に存在していることが伺えた。

 それらは次々と現れ、空間を埋めていく。

 既に隙間と言う概念はほぼなく、鹿目まどかを乗せた機械人形とその周囲の僅かな空間だけが唯一残った例外だった。

 

 

そうだ

 

いっそのこと、魔獣達に独立した思考を与えてもいい

 

魔獣と言う意識を消して

 

本当の守護騎士にしてしまおうか

 

または僕達が演じてもいい

 

辱めはしないと言ったけど

 

きちんとした関係を結んだ上だったら

 

そういう行為に至っても自然かもしれないね

 

その行為で快感と

 

そして結果を君に提供できる

 

鹿目まどか

 

喜んでくれ

 

君は大人になる前に

 

人としての生を終えた

 

しかし今

 

君は人の姿と血肉を取り戻している

 

今の君は

 

嘗て経験できなかった

 

肉の交わりが出来る器官と

 

自分の中に新たな命を育む機能を

 

取り戻しているんだよ

 

新しく取り戻した生の中で

 

君はヒトのメスとしての幸せと

 

機能を使えるようになったんだ

 

だから

 

だから

 

だから

 

だから

 

だから

 

だから

 

だから

 

 

 だから、という言葉が延々と続いた。

 声と共に、何かが動くのを感じた。それは目には見えなかった。

 だが確実に存在し、蠢いているものだった。空気が不可視である一方で、確実にそこに存在しているように。

 鹿目まどかは、それを途方もなく巨大な腕と手であると感じた。

 異形達が存在する位置から、一体に付き一本、どころではなく無数の手が伸びてくる。

 それを鹿目まどかは認識できた。既に女神としての権能も魔法少女の力も欠片も残っていない。

 無力な自分に、獣たちが見せてきているのだと分かった。

 

 その夥しい数、としか思えない巨大な手が全方位から伸び、機械人形を握り締めていた。

 手の大きさを地球とすれば、機械人形の大きさは砂粒程度かそれ以下だろう。

 それが幾つも折り重なり、機械人形を圧搾していた。握った拳を更に別の手が掴み、まるで雑巾を絞るかのような状態となる。

 何をするのか、容易に想像が着いた。

 そこで、鹿目まどかは決断した。

 涙はもう流れていない。口の端から垂れた胃液は乾いている。

 小さな手が伸びた袖で、鹿目まどかは口を拭った。

 

 

 

もう、よいのか?

 

 

 

 異形のものとは違う声が、文字が頭に響いた。

 鹿目まどかは頷いた。

 

 

だから

 

僕達が今

 

そこから助け出して

 

 

聞け、インキュベーターどもよ

 

 

 

 声を遮り、別の声が、意思が響いた。

 それは無数の異形が発する無数の声すら遮断する、確たる自我の声だった。

 

 

 

 

鹿目まどかは、お前達を理解しようとしたのだぞ

 

だから彼女は、お前達の話を聞いていた

 

その結果が、これか

 

 

 

 物静かな声だった。だが、苛烈な意思で出来た声だった。

 

 

 

 

 

 

 

君が

 

機械人形に宿る者か

 

たしかに、僕達はインキュベーター

 

だった、とした方がいいのかな

 

今はもう

 

魔法少女達には価値を感じない

 

魔法少女はもういらない

 

魔法少女は可能性を閉ざされた存在で

 

その存在価値はゼロだ

 

以前の僕達なら

 

そう思わなかったはずだからね

 

だからもう僕達は

 

インキュベーターではないのかもしれないね

 

 

魔法少女に価値はない、だと

 

 

 ミシ…という音を鹿目まどかは聞いた。それは、何かが軋む音だった。

 それを彼女は、理性が軋む音だと感じた。つまり、怒りの音であると。

 

 

そう言ったけど、聞こえなかったのかな

 

やはり、その器は君には矮小で不釣り合いなのだろうね

 

恐らく君は、もっと価値のあるものに宿るべきなんだ

 

神となった僕達が

 

会話をしている時点で

 

その価値に気付いていると思うけど

 

しかし少しがっかりしたね

 

君は魔法少女に価値を見出しているみたいだ

 

何故あのような廃物達に価値を見出すのか

 

わけがわからないよ

 

魔法少女達が…廃物。そう言ったか

 

うん

 

言ったよ

 

でも、君には価値ある存在のようだ

 

だから、取引をしないかい?

 

僕達は君に興味を持ち始めた

 

君も僕達には興味がある筈だ

 

何せ、この力を欲しがらない存在は

 

この宇宙にはいないだろうからね

 

ああ、そうだ

 

円環の理は別かな

 

彼女らは引きこもりの概念で

 

外の世界に興味を持たないからね

 

だからこうして

 

僕達に支配されてしまっているのさ

 

自分達だけが宇宙にあると

 

自分達が全てを司っていると

 

そういう傲慢が招いた事態だね

 

自業自得だよ

 

そんな愚かな存在を

 

君は価値あるものだという

 

ならば、その価値を役立てようと思うんだ

 

神か悪魔か

 

君の存在が何かは分からないし

 

どうでもいいけれど

 

君には価値がありそうだ

 

どうだろう

 

僕達の配下にならないか?

 

その未知の構成物質と動力源は

 

壊すには少し惜しいと思っていたんだ

 

まだ魔法少女達の方が利用価値があると思っていたけれど

 

脆弱な依り代に宿る意思が目覚めたのなら

 

その価値観は逆転するね

 

なので価値あるものに

 

無価値なものを対価に差し出そう

 

機械人形に宿るものよ

 

魔法少女は

 

いや

 

鹿目まどかも含めて

 

この世界の全てを君に差し出そう

 

時を操る術も

 

精神を操作するやり方も

 

壊れた心の直し方も

 

新たな物語を紡ぐ術も

 

終わらせるやり方も

 

全て君に授けよう

 

君が価値あるものとした存在で

 

永遠に遊び続けるといい

 

勿論これは僕達が鹿目まどかと結んだ契約とは別だから

 

何もかもを好きに壊して

 

辱めてもらって構わない

 

今、君の中で怯えている

 

かつて神であった無力な少女

 

鹿目まどかを

 

そしてその中にいる悪魔

 

暁美ほむらを

 

そしてこの世界を

 

思う存分に弄べる玩具として

 

君に差し出そう

 

何度でも時を繰り返し

 

破滅を与え

 

希望を与え

 

世界に生きる者達で

 

始まりの物語を

 

永遠の物語を

 

そして叛逆の物語を紡ぐといい

 

君の意思で全てが動く

 

愚者の遊戯を

 

飽きるまで続けるといい

 

その対価に

 

君はその技術と神性を

 

僕達に与えておくれ

 

つまり

 

僕達と契約して

 

 

断る

 

 

そうか

 

既に半壊しているとはいえ

 

サンプルには極力傷を付けたくなかったのだけど

 

それではさよならだ

 

少しの間だけど

 

僕達以外の神と

 

会話が出来て楽しかったよ

 

脆弱な機械人形に宿るものよ

 

 

 

 声と共に、不可視の腕に力が籠った。

 ミシリと軋む音を、鹿目まどかは聞いた。だが彼女はそれに怯えなかった。

 それは、自らを包むこの存在が自ら発した音だからである。

 そしてそれを、彼女は見ていた。幾度も幾度も、記憶の世界で。数など無意味になる回数を。

 だから彼女は、異形達が怖くなかった。

 ただし恐怖はあった。

 それは、この音を立てている存在に対してのものだった。ごめんなさいと、鹿目まどかは呟いた。

 

 

『鹿目まどか』

 

『その感情は当然だ』

 

『謝ることなどなにもない』

 

 

 無限大に等しい力を受けながら、意思はまどかへと言葉を伝えた。

 鹿目まどかは、ただすまなそうに頷いた。

 静かな時が二つの存在の間で流れていた。

 

 だが一方で、異形達は穏やかではいられなかった。

 惑星はもとより、銀河系や宇宙そのものを瞬時に破壊する力の中で、機械人形の形に変化が見られない。

 破壊された時の姿のままに、虚空に横たわっている。

 力の上に力を重ね、更に圧搾を強める。

 

 すると、機械人形に変化があった。

 腕が、脚が、少しずつ動き出した。

 装甲は歪み、内側へと減り込んでいく。

 それを意識した時、全ての異形は空虚感を覚えた。それを自覚した時、全ての異形は愕然とした。

 絶対者となり神となった自分達が不安を覚え、それが払拭されたとして安堵したなど、認めてはならない事だった。

 

 だがその安堵と驚愕は、すぐに別の感情へと変わった。

 かつて、この存在に感情は無かった。

 だが今は、全能感と共にそれを得始めていた。

 そして今、引き起こされた感情は『恐怖』だった。

 

 夥しい数の手が機械人形の手足や胴体、頭部それぞれを拘束している。何時でも握り潰し、引き千切れる状態だった。

 それが出来ない。

 そもそも円環の理を即座に掌握した異能、空間支配能力は相手の力量や硬度、概念等を無視して己の意思通りに何もかもを支配下に置いて蹂躙できる。

 だが、何も起きない。

 声を発することも忘れ、異形達は狂ったように力を込めた。

 全力を込めて握り、そして捩じった。

 宇宙全体が震え、悍ましい破壊音が鳴り響いた。

 空間が歪んで砕け散る音と、凄まじい破壊の反動による膨大なエネルギーの発露が生じた。

 

 その時、全ての異形は大きくたじろぎ、苦痛の意思を発していた。

 

 

そんな……莫迦な

 

 

 呆然とした言葉を異形達が発した。

 異形が伸ばした手は、機械人形を捩じ切るための力が込められた瞬間、逆に砕かれて千切れていたのだった。

 思念の力で生み出された不可視の手は、全ての指がズタズタに裂け、原型を留めていなかった。

 刺だらけの鋼鉄の棒を生身の手で全力で掴み、そして全力で捩じった結果となるだろうか。

 答えは簡単である。手が凄惨で無残な形となり、手の主は筆舌に尽くしがたい苦痛を味わう。

 

 砕け散る手からは絶え間ない激痛が流れ、異形達の脳を焼いた。

 だがそれ以上に、それを成した機械人形が恐ろしかった。

 この存在は何もしていない。ただ破損個所を直しているだけだった。

 折れた骨がより強度を増すように、削れた皮膚が厚みを増すように、その部分はより強固に変貌していく。

 

 そして、倒れていた機械人形が立ち上がっていった。

 その頭部では、操縦桿を握る鹿目まどかの姿があった。

 恐怖を感じつつ、その顔には強い意志と怒りが込められている。

 がくりと大きく前傾し、今度はゆっくりと態勢を戻す。

 虚空の中で直立した機械人形の姿は一変していた。

 

 全体的な形は、『Z』と解析された機械人形のそれである。

 だが、ありとあらゆる部分が攻撃的に変貌していた。 

 ただでさえ逞しかった腕や肩、そして脚の各部には露出した岩塊のような隆起が見られた。

 触れただけでも相手を傷付け、砕くような力強さと、万物を拒絶するかのような禍々しさがあった。

 背中の翼は更に巨大化し、まるで蝙蝠のような…いや、有翼の悪魔を彷彿とさせる恐ろしい形に変化している。

 

 そして最も顕著な変化は、その頭部だった。

 形だけで見れば、変わらないとも取れるだろう。

 だが王冠のような頭部にはいくつもの層が出来、それはまるで薄い刃を何層も束ねたかのようだった。

 神仏を思わせる神々しい顔は全体的に大きく歪み、特に口部を覆うスリットは半ばから引き裂け、悍ましい形の乱杭歯となっていた。

 鉄仮面と拷問具を組み合わせたような、地獄の死神が鉄に宿って形を成したかのような、鋼で出来た髑髏の様な。

 その全てが正しく、しかしそのどれでも表現に値しないほど、この存在は禍々しく恐ろしい姿をしていた。

 鹿目まどかは操縦桿を通じ、その変化の一つ一つを我が身の事のように感じていた。

 

 操縦桿を握る手は震えていた。この存在がとても恐ろしかった。

 震えを止めようとするも、血が滲むほど下唇を強く嚙んでも細い手が痛くなるほど操縦桿を強く握っても、何をしても震えが止まらない。

 その震えが操縦桿を通って相手に伝わることが、鹿目まどかには嫌で嫌で溜まらなかった。

 自分の弱さを、そしてこの怯えが相手を傷付けるのではないかという思いが強かった。

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 操縦桿を通って意思が届いた。穏やかな口調であると思った。

 

 

『それでは手が痛むであろう』

 

 

 でも、とまどかは言った。

 

 

『あとは私に、我に任せよ』

 

 

 意思は言い切った。鹿目まどかは、体から力がふっと抜けるのを感じていた。

 恐怖は抜けきっていない。ただ、この存在が味方であることに安堵したのであった。

 その事についても、鹿目まどかは罪悪感を感じていた。信じ切れていないのだと、自分の心を恥じたのだった。

 だからせめて、態度だけは示そうと思っていた。全力で握っていたために、操縦桿を離す際にも痛みを感じた。

 全く足りないが、これは自分への罰だと彼女は思った。

 

 そしてこの時、鹿目まどかの心を高鳴らせていたのは、恐怖心だけではなかった。

 恐怖に次いで彼女の精神を高揚させていたのは、この存在への憧れだった。

 変貌した姿は、記憶の世界で幾度も見た。だがそれは、今以上に感じた恐怖によって曖昧な形に変えられていた。

 しかし今は、その姿がはっきりと見えた。それを彼女はこう思った。

 

 

「かっこいい…それに……きれい」

 

 

 鹿目まどかはそう言った。言葉を放った声は熱を帯びていた。胸の内で高鳴るのは、憧れの感情だった。

 力と言う概念を凝縮し、極限まで引き出したかのような姿。

 悪魔のような翼は万物を切り裂き、光など軽く追い越し宇宙の果てまで一瞬以下で飛翔する。

 触れた全てを破壊し、敵対者の存在を根本から許さない。

 禍々しさと悍ましさは全て、その身に宿る力の象徴。

 悪を滅ぼす無敵の力。鹿目まどかには、そう思えてならなかった。

 

 

インキュベーター

 

いや、もうそれですらないか

 

自らの世界を売り飛ばした愚か者

 

それが今の貴様か

 

 

 異形の神が意思を発した。それは失望と怒りで出来ていた。

 

 

神か

 

悪魔か

 

私はそのどちらだと謂ったな

 

ならば答えよう

 

その両方だ

 

我は魔神

 

終焉の魔神

 

 

 魔神と名乗った時、赤い亀裂のような眼の中で闇が蠢いた。

 地獄の渦を思わせる瞳が生まれ、世界を見据える。

 異形達を見る暗黒の視線は怒りに満ちていた。

 

 

貴様ラハ 鹿目まどかノ心ヲ愚弄シタ

 

 

 意思は光の文字となり、虚空の中で煌々と輝いた。

 

 

彼女ハ貴様等ヲ理解シ赦ソウトサエシタ

貴様等ニモ理由ガアッタ筈ダト

 

ダカラ話ヲ聞キタイト、彼女ハソウ言ッタ

ソレ次第デハ、全テヲ赦スト

同ジ世界ノ者ダカラト

何カ問題ヲ抱エテイルノナラ

喜ンデ手ヲ貸スト

鹿目まどかハソウ言ッタ

 

ソレハ我ニハ度シ難ク

我ハ愚カナ行イデアルト思ッタ

ダガソレハ間違イダッタ

 

愚カナノハ彼女ノ心ヲ弄ンダ貴様ラト

彼女ノ心ハ理解出来ナイトシテ

可能性ヲ否定シタ我デアッタ

 

我ハ貴様等ヲ赦サヌ

ソシテソレ以上二、彼女ヲ信ジキレナカッタ愚カナ我自身ヲ、我ハ赦サヌ

 

 

 終焉の魔神の意思を、その頭部に座す鹿目まどかも聞いていた。

 彼女はパネルに手を伸ばし、その表面を優しく撫でた。

 気にしないで、という意思だろう。

 

 

それで、君は何がしたいのかな

 

鹿目まどかがそんなに気に入ったのなら、彼女の事は直ぐにでも

 

 

我ハ終焉ノ魔神

 

我ハ貴様ラヲ終ワラセ二来タ

 

 インキュベーターの言葉を遮り、魔神は文字を放った。

 それは処刑の宣告だったのだろう。

 

 

楽二死ネルトハ思ワヌ事ダ

 

 

 或いは拷問か。そのどちらでもあるのだろう。

 自らに対して遥かに矮小な大きさの魔神を前に、夥しい数の異形達は動きが取れなかった。

 サイズ差は戦力換算の要素とは成り得ないと先ほど思い知ったばかりだった。

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 光の文字が座席に座る鹿目まどかの元へと届く。

 

 

『我に命ぜよ』

 

『貴女の望みが』

 

『我の望みだ』

 

 

 鹿目まどかは静かに頷いた。

 操縦桿をしっかりと握り、意思を思い浮かべた。

 

 

「やっつけて。もう誰も、私みたいな目に遭わないように」

『承知した』

 

 

 

 その時ふと、魔神の姿が消えた。

 異形達の思考に、驚愕と困惑の感情が走った。

 そしてそれは直後に塗り潰された。

 無限大のようなサイズの全身に、一片の隙間なく激痛が走ったのだった。

 痛みが精神を貫くのと、莫大な衝撃が全身を襲ったのは同時だった。

 

 何が起きたのか、異形達には分からなかった。

 苦痛の中、獣は前を見た。

 そこに魔神の姿はなかった。

 遥か彼方に、真紅の巨大な翼を背負った姿で停止している。

 異形は全身の状態を調べた。帰ってきた結果に、異形は愕然とせざるを得なかった。

 無限大に等しい大きさの肉体が、原型を留めずに破壊されていた。

 今の異形は、一面に広がる異界の血肉の膜となっていた。

 どういう状況かと精査した時、異形の思考は恐怖に支配された。

 宇宙の彼方へと自分達は追い遣られ、その果てとでもいうべき場所を覆う鉄の壁に激突し、その身を散らしていたのだった。

 

 一体何が起きたという思考は、遂に結論を導けなかった。

 当然だろう。事象を認識するだけの時間も与えられなかったのだから。

 

 鹿目まどかだけは、その全てが見えていた。

 意識が飛び出したようになり、彼女にはそこから全てが見えていた。

 それは凄絶な破壊の光景だった。

 それは全てを打ち砕く鋼の拳であり、万物をぶち抜くプラズマのような蹴りであった。

 

 獰悪で恐ろしい姿の魔神が繰り出す殴打と蹴りは、一つの宇宙のような大きさの異形の体全体に一瞬の間も置かず一片の隙間もなく叩き込まれていた。

 異形の皮膚や毛皮が砂を吹き散らしたように崩れ、原型も留めず冗談のように吹き飛んでいく。

 それが一瞬で、一瞬の間も置かずに全ての異形達に降りかかっていた。

 

 光の速度すら比較にならない、まるで同時にあらゆる場所に偏在している概念のごとく、魔神は飛翔し暴虐の限りを尽くしていた。

 時間を停止しているわけではない。ただあまりにも速くそしてあまりにも力が強すぎていた。

 単なる殴る蹴るの一つだけで異形の獣は巨大に過ぎる顔面を陥没させられ、異形の赤子はその全身を獣の体内へと押し戻され、その内側で爆裂させられた。

 何光年と離れていようが、相手がどれだけ巨大であろうが意味はなかった。

 一体一体が宇宙を砂の城塞のように簡単に破壊できるであろう巨大な異形達が、それを遥かに上回る力の持ち主に一方的に蹂躙されている。

 破壊と殺戮の暴風を、鹿目まどかは宇宙の果てから見ていた。打ち砕かれる異形達を、鹿目まどかは見ていなかった。

 自らを苛んだ存在が蹂躙される様を見て、気分が晴れることもなかった。

 ただ、暴風の只中にいる存在を見ていた。

 

 終焉の魔神。そう名乗った存在の姿に、ただひたすらに見蕩れていた。

 暴力に魅力を見出しているのではない。

 それは圧倒的という言葉でも足りなかった。

 無敵という言葉が相応しい様相で暴れ狂うその姿が、鹿目まどかにはたまらなく美しく思えてならなかった。

 

 

『お待たせした』

 

 

 意思の声がしたその時に、鹿目まどかは座席と操縦桿の感触を思い出した。

 魔神の言葉に、鹿目まどかは小さく首を振った。

 そして全ては一瞬の出来事だったと、即座に理解できた。

 瞬き一つするよりも早く、全ては終わっていた。

 

 

『奴らにはまだ用がある。ざっとこんなところであろう』

 

 

 魔神の言葉を聞きながら、鹿目まどかは空を見た。

 そこには一体の異形もいなかった。

 あらゆる隙間を埋め、並んだ者たちの更に奥にもひしめいていた異形達はその姿を消していた。

 ただ遥か彼方、宇宙の果てにその答えがあった。

 辛うじて何かが見えるといったその先に、異形達の残骸が転がっていた。

 赤子や獣の原型は完全に崩壊し、液状の何かといった風の存在に成り果て、虚空を漂っている。

 それはまるで、海の上を漂う漂流物、ゴミのような有様であった。

 自らを神と称した存在の末路であると、誰が信じるであろうか。

 

 

きみ、は

 

 

 途切れ途切れの声が唱和する。辛うじて息がある、と言った程度には異形の獣たちは生きていた。

 

 

いったい、なん、なん、だ

 

 

 言い終えた異形の前に、煌々たる光が輝いた。

 

 

 

 

な ん だ と 思 う ?

 

 

 

 

 自らの存在を問いかける光の文字に、全ての異形は悲鳴を上げた。

 

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