魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第15話

 自意識を自覚するのは随分と久々のことだった。

 その存在は永い眠りから覚めた直後、或いはその前からの命に従い配下達の蘇生措置を開始した。

 無数の巨大なカプセルが並び、ガラス張りの奥には氷結した異形達が見えた。

 人間、爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、獣、そして悪霊を思わせる鋼の異形達がカプセルの中に封じられている。

 

 先に目覚めたその個体は、並ぶそれらのどれよりも巨大であり、また凶悪な外見をしていた。

 厳つい頭部からは捻じれた三本の角が生え、逞しい全身を暗黒色の甲冑で覆っている。

 生物と悪霊を原型とした異形達の最前列には、一目でそれらの長と思しき個体がいたが、この存在はそれらと比較しても圧倒的な威容を誇っていた。

 長たちを将軍とすれば、この暗黒の鎧を纏った個体は大将軍とでもすべき存在となるか。

 

 大将軍は思考した。捻じれた角が生えた頭部と、逞しい胸に張り付いた老人の顔の中にある頭脳の両方で。

 自分に命を下した者の正体は分かり切っている。それは帝王であり大元帥であり、そして魔神である。

 正体は分かっている。だがしかし、その際に脳裏に浮かんだ姿と声は……。

 度し難い現象が起きていると思考する頭脳に、カツリカツリという雑音が届いた。

 薄闇の奥から、何かがこちらに歩み寄ってくる音だった。

 

 知らずのうちに、大将軍は剛腕を背中に回していた。

 外套の内側には、身の丈に匹敵する大剣が収まっている。

 音の矛先へと抜き放とうとした際、不吉な記憶が蘇った。

 蘇生措置を施している個体の一つ、爬虫類の軍勢を束ねる個体へと視線を流す。

 機械の脊椎に悪寒が走り、大将軍は柄から手を離して片膝を着いた。二の舞になると思ったのだろう。

 

 

『楽にせよ、暗黒大将軍』

 

 

 忠誠の姿勢を取った配下へと、その者は声を発した。

 可憐な少女の声であったが、声を聞いただけでその者の恐ろしさが伝わってきた。

 

 

「戯れが過ぎますぞ…闇の帝王よ」

 

 

 言い終えた時、暗黒大将軍は自らの姿が跡形もなく溶解するか、放り投げられて全身を破壊されるかの何方かだろうと思った。

 直観的に最も上司として長い時期の名称を出したが、この存在は何が地雷なのか分からない。

 そもそも常時起爆している核弾頭、またはビッグバンなので予測も回避も出来ない。

 

 

『戯れ、か』

 

 少女の姿をしたものは言った。それだけで世界が凍えて砕けて燃え盛るような威圧感が発せられる。

 大将軍の前には、大きさにして数十分の一程度の桃色髪の少女が立っている。

 黒い長シャツと藍色のスリムパンツを履いたそれが外見通りの存在でない事は、可憐な少女の外見で隠し切れない鬼気が示している。

 死を待っていると、聞こえたのは乾いた笑い声だった。機械が笑うとしたら、こうなるだろうとした声であった。

 

 

『その言葉は今の私に相応し過ぎる。礼を言うぞ暗黒大将軍、不愉快な気分が少し楽になれた』

 

 

 軽く頭を下げつつ、暗黒大将軍は戦慄していた。

 この存在の変化と、何かに対して不快さを抱いているという事象に。

 しかしそう考えると、自分達の復活の原因が分かってくる。

 

 

『それでは早速で悪いのだが』

 

 

 減り下った言い方が却って恐ろしい。これならば、激昂して火炎や雷撃でも吐き散らされていた方がずっとマシだった。

 そんな相手の気など知らずか、少女の形をした存在…暗黒大将軍曰くの闇の帝王は一枚の紙を取り出した。

 視認した暗黒大将軍の二つの顔の眉間に、機械のコードと血の通った管が浮いた。苛立ちによるものだった。

 そこには嘲弄の形で不愉快な笑みを浮かべる白い獣が描かれていた。

 大将軍にはその獣が、画像越しにこちらを愚弄しているように思えたのだった。

 

 

『闇の帝王にして地獄大元帥。そして魔神として命を下す』

 

 

 命を発する少女を前に、大将軍は更に深く身を屈めた。

 

 

『七大将軍及び戦闘獣軍団が蘇生次第、我の招集に応えよ。神の力に溺れ、自らの世界を売り渡した愚か者を蹂躙せよ』

 

 

 大将軍は深く頷いた。同時に大将軍の眼と全てのカプセルが禍々しい光を放った。

 それは獰悪な色に輝く眼球であり、または発光器官だった。

 理由はどうあれ、久々に与えられた殺戮の機会が嬉しくて堪らないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終焉の…魔神よ……

 

僕達を

 

一撃で倒せなかったのは…

 

悪手だったね

 

 

 彼方とでも言うべき場所で、異形の存在は思念を放った。

 文字通りに蹴散らされた者達は、世界の彼方を覆う障壁のような何かに激突しその身を散らしていた。

 だがそれでも、その肉体は徐々に再生していった。

 原型を留めておらず、ほぼ液状となっていた体が少しずつ固体としての輪郭を取り戻していく。

 

 

凄い力だけど…

 

僕達の再生力は無限だよ…

 

だから、僕達を完全に滅することは

 

 

黙レ

 

 

 光の文字が並んだ途端、異形は黙った。それは単なる文字であったが、再生中の個所の多くが砕け散り輪郭が崩壊した。

 一瞬以下の交戦であったが、既に両者の関係は決していた。

 

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 獣を黙らせる事に並行して、魔神は鹿目まどかへと思念を送った。

 淡々とした、それでいて穏やかな意思だった。

 

 

『申し訳ないが、そこの光点を触れてはくれまいか』

 

 

 そう言われると同時に、操作盤の一部が金色の色を帯びた。

 ご丁寧に「タッチしてね」とまで書かれている。

 素っ気ないパソコン書き文字であり、鹿目まどかは思わずクスリと笑ってしまった。

 これならばまだ、可愛らしいデコ文字で書かれていた方が違和感がない。

 微笑みながら、鹿目まどかは右手を伸ばした。

 

 人差し指をぴんと立て、「タッチしてね」の部分に触れる、寸前で止まり、ゆっくりと触れた。

 そこは先ほど嘔吐した部分であり、これ以上の負荷を与えまいとする配慮だった。

 ゆっくりと、まるで怯える小動物のように、おずおずとしながら触れた。

 何も起こらなかった。

 なので追加で押した。同じく変化なし。

 鹿目まどかは、血がさっと引くような思いがした。

 もしかしたら、壊してしまったのではないか。

 そんな思いに囚われかけた。

 なので鹿目まどかは、光点をタッチし続けた。それが間違っていそうだと思ったのは、五十回ほど押してからだった。

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 思念が届き、鹿目まどかは動きを止めた。

 効果があるか分からないが、ボタンの隙間に息を吹きかけようと思っていたところだった。

 

 

『すまない、押したら消えるようにしておくべきだった』

 

 

 ほっとする鹿目まどか。しかし、それにしても行動が遅い気がした。

 理由が知りたかったので、少しムッとした表情を演技した。

 この時に「タッチしてね」は消えた。消え具合から察するに、動揺したようだった。

 

 

『白状する。画面を幾度も押す様子に、つい見蕩れてしまった』

 

『貴女は美しすぎる故』

 

『私は魅了されたのだ』

 

 

 思念が立て続けに届く。早口のような感じがした。

 

 

「そこは気が合うわね。まどかは完璧で究極で無敵の可愛さの持ち主よ」

 

 

 自分の声で、自分とは別の意思が声を発した。急いで口を閉じ、今度は演技ではなくムッとした表情をした。

 

 

『可愛いわね。尊いわ』

 

『肯定する』

 

 

 物理的に塞いだらオカルトで対抗してくる。

 厄介な連中を前に、鹿目まどかは諦めた。そうすると、恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてくる。

『美しすぎる』。そんな評価を自分が貰える日が来ようとは。

 

 

『ああ、そうだ。忘れていた』

 

 

 魔神の意思が呟いた。

 少し真面目な雰囲気に、鹿目まどかも気分を変えた。操縦桿を握り、前を見据える。

 彼女が操縦桿を握ると同時に、魔神の実体が動いた。剛腕を掲げ、右手を広げる。

 

 

改メテ命ズル

 

来タレ我ガ眷属達

 

愚カナ獣ドモヲ蹂躙セヨ

 

 

 並ぶ光の文字の先には、未だ蕩けている獣の残骸がある。

 思考が出来る程度に回復していた獣達は首を傾げた。

 崩壊した獣の内部にも、無数の獣が蠢いていた。白目と黒目を有する異形のインキュベーター達には、魔神の言葉が理解できなかった。

 

 

 

なにを、言ってるんだい?

 

 

 

 そう言った獣の声は、異音によって搔き消された。

 鹿目まどかはそれを、泥が弾けるような音だと思った。

 それは、獣の内側で生じていた。

 宇宙の果てに激突し薄い膜状と化したとはいえ、元のサイズが巨大であるためにその内部には広大な空間が広がっている。

 そこに、奇怪な存在が出現していた。

 

 

これは……

 

何…なん、だい?

 

 

 その存在を、インキュベーターは理解できなかった。

 正確には認識できなかったというべきだろう。

 それは巨大な、少なくとも猫程度の大きさのインキュベーターからしたら遥かに巨大な存在だった。

 全身を光で、光子の塊で構成しているのは巨大な怪鳥だった。

 曖昧模糊とした、モザイクのような姿であったが巨大な翼と嘴からはこの存在が鳥類であることが伺えた。

 それはインキュベーターの群れへと一気に降下し、巨大な口で数百匹の獣を一気に掬った。

 

 一拍遅れて、今度は巨大な渦が獣達を襲った。獣達は一気に上空まで巻き上げられた。

 渦の中に囚われている中、獣達は渦を発する異形の姿を見た。

 それはどこか、魔獣にも似た姿だった。

 襤褸を羽織った骸骨の下には、人間の顔のような造形が見えた。悪霊、といった表現が似合いそうな姿だった。

 そう認識した時には、異形達の体は渦で砕かれるか、或いは悪霊が放った円形の刃で首を撥ねられていた。

 

 

これは…

 

ただの…

 

『ただの光子の輝きにしか見えない』

 

『そう言うつもりなのだろう、インキュベーター。いや、その紛い物か』

 

『つまらん。どこまでも予測通りでつまらぬ』

 

 

 インキュベーター達は一斉にそちらを向いた。

 一人の少女がそこにいた。

 黒い長シャツと藍色のスリムパンツを履いている事を除けば、自分達が無限の回数殺害し壊して直した少女と同じ姿をしていた。

 それが、積み上げられた多数のインキュベーターを椅子代わりにして座り、獣達を睥睨している。

 可憐な少女の姿であるが、見た目通りの存在の筈が無い。

 実際、インキュベーター達は虚無の神から下賜された力を発動していた。

 獣達の思考では、少女の姿は即座に破砕され、既に解析が完了しているはずだった。

 それが何の効果も示さない。逆に破壊の意思を抱いた個体の頭部が弾け飛ぶ始末であった。

 

 

終焉の魔神

 

そう名乗るだけはあるってことだね

 

でも、ここまでだ

 

君はもう、僕達を

 

 

『攻撃することは出来ない』

 

『これを見ろ』

 

『とでも言うつもりだろう』

 

 

 鹿目まどかを模した姿の終焉の魔神、マドカ改め魔神マドカとでもいうような存在は飽き飽きした口調で言った。

 無表情ではあるが、よく見れば額に小さな皺がある。不機嫌さによるヒビだった。

 

 

『オベリウス』

 

 

 マドカがそう言うと、巨大怪鳥の姿をした光子の塊は口を大きく開いた。

 するとその内部から、無数の桃色の光が溢れた。光はマドカが胸の前で開いた右掌の中へと吸い込まれていった。

 

 

『貴様らが鹿目まどかを切り刻み、その因子を蓄え人質にすることなど』

 

我ガ予測シナイトデモ思ッタノカ?

 

 

 声と共に再び光子の塊が溢れた。

 それは異形の内壁を突き破って発生していた。

 光子の塊が生まれ出でる前、その壁がひどく輝いていたことに獣達は気付いていなかった。

 光は異形の内側から、次々と溢れていく。

 

 その形状は様々だが、それは七つに分類できた。

 人間、爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、獣、そして悪霊である。

 見る間に、異形の内側には輝く異形の群れが発生した。

 七つの種類の異形達はそれぞれの属する群れで固まり、その最前列には一際巨大な個体が立っていた。

 これは雑多な群れではなく軍隊であり、これらは軍団を統率する将軍達だった。

 

 更にその前には、全身を甲冑で覆った威容が聳え立つ。

 将軍を束ねる長、大将軍といった存在だろうか。

 

 

『貴様達は弱すぎる』

 

 

 魔神であり、鹿目まどかでもある存在。魔神マドカは欠伸をしつつ言った。

 退屈極まりないのだろう。

 

 

『だから武装を用いず殴る蹴るをして、死なない程度にほどほどに殺したのだ』

 

『そうしないと貴様は確実に死ぬからな』

 

 

 魔神の発言に、インキュベーターは反論も嘆きも挟むことが出来なかった。

 あれほど無敵と思った力が無意味になる存在がいるとは、思いもしていなかった。

 その事実が、獣達から意思を奪いかけていた。

 反抗の意思を削られたまま、獣達は元来の虚無性ゆえに狂うことも出来ずに絶望的な言葉を聞き続けた。

 

 

『本当に弱過ぎて』

 

『目を閉じて開く程度の時間があれば』

 

『貴様のあらゆる死に様が予測出来たぞ、紛い物』

 

『無様に這いずれ』

 

『のたうち回れ』

 

『鹿目まどかの光だけを残し』

 

『その存在を終わらせるがいい』

 

 

 魔神マドカは手を掲げ、

 

 

『行け、光を纏いし禍つ者ども』

 

 

 言いざまに振り下ろした。

 そして、異形の軍団による殺戮が始まった。

 

 

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